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魔道石板と九人の妃  作者: パーシング
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魔道ドレス


「聞きましたよ閣下。お妃様を九人同時に丸裸にしたとか」

「しとらんわ」


 バローへの反撃も力が出ない。


 あれからドレスの応急処置をして馬車で移動し、逃げるように船室にかくまったものの、この大所帯は隠しきれず途中途中で好奇の目に晒された。

 まるで暴漢にでも襲われたように露出した、悩ましい肌をみせる美少女九人。

 バローでなくても下世話な噂を流したくなるだろう。


 のんびりゆらゆらと川を下っているこの船を手伝って、早く王都が見えない距離まで離れてしまいたい。


「いい宣伝になったのではないですか? あれなら一気に噂が広まりますよ」

「内容が問題だ」


 妃を連れて駆け落ちしたという話がヒソヒソ伝わる程度でよかったものを、多数の名家令嬢を襲って強奪したなどと言われかねない。

 しばらく王都に戻る予定はないが、どんな話が広まっているか聞くのも想像するのもいやだ。


 手元の魔道石板が見たこともないほど「元気はつらつ」とツヤツヤしているのが唯一の収穫であり、非常に苛立つ最大の原因でもある。


「閣下。お嬢様方がお呼びです」

「はい」


 力なく侍女に連行され、一応の身繕いが終わった九人の妃が待つ船室に通される。それほど広くない部屋で自分たち以外は人払いをした。


「レギアス閣下」

「はい」


 イレーヌが俺の名前を呼んだ後、言葉も出てこないという様子でため息を吐いている。怖くて視線を合わせられないが、呆れた雰囲気が全方向から漂っているのは間違いない。


「言って下されば、いくらでも差し上げましたのに。どうして待てなかったのですか?」

「あ、はい」


 恐らく、多少時が前後しただけで、きっと同じ事態になったのだ。

 魔道石板に許可を与えたら、あのような乱暴な手段で一気に取り上げるなどと思ってもいなかった。発動場所がテラスか馬車か船室かの違いで、結局はそれぞれ大騒動になっただろう。


「妃にしたからと言って、その場ですぐに手を出さなくとも――――差し上げましたのに」

「イレーヌ。最初が肝心よ。そうやってすぐレギアスを許しちゃだめ」


 偉そうに横から口を挟むメグが少し鬱陶しいが、脳裏から離れないのはこいつの悩ましい姿だ。

 今まで女の部分を「全く」意識したことがなかったのに、いつの間にかあちこち育っていたのを確認してしまい、以来胸の動悸が止まらない。


 同じく正面にいたイレーヌやメリアンヌたちだって、バッチリばつんと見てしまったことには変わりないのに、こちらは目にしてはならない神々しいものに感じ、一方のメグは何故か体の一部を猥褻に直撃する不思議。


 ここで本人に「何故でしょうね」と相談する訳にもいかないので、胸の奥にそっとしまった。


「魔道石板のお話はメグから聞いていると思いますが、あの光る鉱石がこいつの大好物のようで。上手く抑えられませんでした、本当に申し訳ない」

「それはもうわかったからいいわ。その子の元気が戻ったなら、せめてお返しに何か召喚してみせてよ。レギアス。あ、私は古代世界の下着がいいな。あれ、とっても使いやすかったから」


「下着は流石にまずいだろう」

「どうして? これからは周りに気兼ねなく何でも使えるじゃない。どうせ貴方も目にするものだし」


 そうかもしれないけど。

 そうかもしれないけどな。


 下着姿が具体的に脳内に浮かぶから、今はやめてくれ。


 興味津々といった感じで周囲を囲まれる中、ポンとあの布きれを召喚する気まずさを想像すれば身震いがしてくる。

 しかし、鉱石を消してしまった代償は確かに必要だし、妃となった彼女たちに召喚の実態を隠すわけにもいかない。


 仕方なく侍従を呼び、鉄釘とランプの油、葡萄酒を用意させてテーブルに並べた。


 これらは召喚の負担を軽くする為の触媒だ。


 素材が近くにない場合、魔道石板の力で強引に生成することも可能なのだが、燃費が「非常に」悪くなる。今回の場合、川底の汚泥や空気中からも材料を引っ張ってこれるようだが、ようやく回復した力だ、出来るだけ効率的に使っていこう。


「数量と大きさは? 昔と同じじゃないだろ?」

「大人用をどれか一揃え出して、それを基準に合わせましょう」


 なるほど。以前よりは賢い方法だ。


 俺は魔道石板を操作し、高級下着に分類される一式を召喚する指示を出した。先ほど脳裏に焼き付いた見事な凹凸から推測し、大きめを選択する。

 古代世界では「シルク」と呼ばれた虫の繭が主原料で、一部に油から生成した糸と鉄線が使われているようだ。


 蛾になる虫が口から吐く云々の件はメグにも言っていない。


「ふぁっ!?」


 誰かが変な声を発していたが、俺は久しぶりの召喚作業に集中していてよく分からなかった。狙い通り、テーブル中央の上空から葡萄酒色の布きれがふわりと現れる。触媒は確実に減っているはずだが、鉄釘以外は一見して分かるような分量ではないようだ。


「魔術……ですわね」


 誰に聞かせるでもないような小声でシフォナが呟いた。

 誰も手を伸ばさないことを確認して、経験者のメグが率先して布地を検める。

 一度誰かが触れてしまえば、召喚した四点の下着が広げられるのに時間は掛からなかった。


 透ける飾りが沢山ついた下履きと胸当て、そして腰丈、膝丈のとてもとても薄い服。

 そのどれも上品な光沢があり、波打つ表面が非常に滑らかで美しい。


 あんなにしなやかで細い糸を、どれだけの手間を掛けて織り込んだら布ができるのかと思うと、気が遠くなりそうである。


 花の香りがしたためてあると説明にはあったが、確かに布地が動かされるたびにふわりと漂ってくる。

 初めて召喚した大人用は、作り込みのこだわりが深いようだ。


 その昔、メグが王都の生地商人に問い合わせたらしいが、手に入る範囲に同じような布地は見当たらないとのことだった。生物由来となれば、そもそもこの世界に存在しないとしても不思議はない。


 古代世界の文献も、すべてが読み替えられるという訳ではなかったのだから。



「せっかくの紫色だし、マミナが試したら?」

「ふぇっ!? わ、わたし?」


 さっきのは彼女の声か。


「誰かが試せば大まかに予想がつくでしょう?」

「ええ、えええぇ!?」


 長女マリアと三女キュミに促されて――いや両脇から抱えられて、強制的に立たされた次女マミナは周囲に助けを求めている。


 しかし、一緒に立ち上がった漆黒ファーネスと白銀モルトカリナの手には、既に召喚した下着が準備されており、ここに進退窮まったようだ。


「こ、ここで?」

「もう旦那様なんだからいいでしょ?」

「よくないっ!!」


 メグにだけは強くいえるマミナだった。



「レギアス様が後ろを向いているように、私たちがしっかり見ていますから」


 そう言うメリアンヌとメグに俺も拘束される。


「俺が席を外せばいいだけのことだろう」

「いえ、今日からは何事もレギアス様が中心になります。御前を下がるとしたら私たちのほうですが、この船には他にまともな船室はないそうですので」


 我々十人の他に同じ数の従者、多数の荷物。

 これだけ乗せられたら立派なものだが、客室として使えるような場所はここしかないと船長から聞いたばかりだ。


 メリアンヌの言う通り、俺が変に遠慮してしまうと彼女たちの身の置き所がなくなってしまうし、従者が見ている手前、作法としてもよくない。


 ここまで持ち上げられるのはまだ慣れないが、領地に着けば最高権力者の重責が待っている。

 俺が手をつけなくては食事が始まらないし、一人でふらりと散歩するのも心配をかける。移動する先々に回り込んで手配をする煩雑さを思えば、周囲に負担をかけないように、一つところで大人しくすることも覚えなければなるまい。


 あまり黙りこくっていると、衣擦れの生々しい音の他に短い悲鳴も聞こえてくるので、高みの見物を決め込んでいるイレーヌやシフォナ達と世間話をしながら待った。


 許されて後ろを振り返ると、髪を振り乱し疲れ切った様子のマミナの周りで、各人が自分の身体に触れて確認しているところだった。


 背中越しに一体どんな格好をしていたんだろう。


「どうだった?」


 難しい顔をしているマリアに聞いてみる。


「マミナには若干小さかったのです。もう少し全体的にゆったりしている方が――」

「ほっといてっ!!」


 先陣を切り、尊い犠牲を払ったマミナには相応の報いがなければいけないだろう。


「マミナ。ご褒美に古代世界のドレスを召喚してあげよう。葡萄酒色でいいかな?」

「はい…………ドレス?」


 以前は画像で確認できなかったのだが、魔道石板が力を回復した今は具体的な形を見て選ぶことができる。透ける布がふんだんに重ねられて沢山の花を形作り、要所の縁を光沢のある素材が彩っている魔道世界のドレスに目がとまった。


 淡い藤色からすみれ色、葡萄酒色まで、ありとあらゆる「紫」が詰まった、とてもとても豪華なものだ。繊細な飾り刺繍も息をのむほど見事で、マミナには絶対似合うと確信できる。


 テーブルの上にある触媒の範囲で賄えそうでもあるし、こういった大物を召喚する手順も確立していきたい。


 肩が大きく出た形のせいか、対となる専用の下着があるようで、ふわりと広がった裾の中まで一切気を抜かない作りになっている。外からは殆ど見えない部分だが、紐で吊った靴下や色を合わせた靴まで含めての装飾なのだろう。


 ここを盛大に飾って一体誰に見せるのかという話だが。


 腕を伸ばしたマミナの上空に一式を召喚しようとしたところ、矢印が本人に引っ張られる不思議な感触があり、そのまま実行する。


 途端に、彼女の手のひらに紫色の石の入った銀の指輪が現れた。

 小首をかしげるマミナに慌てて使い方を読み聞かせる。


「ええっと、どの指につけてもいいのだが――――」

「どの指でもいいということはありません。閣下から頂ける指輪なら、左手の薬指と決まっております」


「……失礼、これでいいか? このように左手薬指につけた後、運命色ごとの呪文を唱える必要がある。石に触れながら続けてくれ。【紫雲の装いを我が身に】」

「はい、紫雲の装いを我が身に」


 瞬間。


「ふぁっ!?」


 指輪から光る糸が無数にあふれ出し、マミナの身体を覆っていく。

 次の瞬きが終わると、先ほど画像で見たドレスがそのまま実体化し、彼女を美しく飾っていた。


 これは凄い。古代神話の奇跡のようだ。


 今まで着ていた破れかけの服がどうなったか気になるものの、ほんの一瞬で長手袋まで着けた正装になっている。コルセットで持ち上げられた胸元は深く豊かな谷を作り、手前にこぼれ落ちそうになっているが、いやらしさは一欠片もなく、細い背中の線までがただただ美しい。


 身体を見回している本人も相当狼狽えているが、変身の一部始終を見ていた周囲の方が驚きが強い。その中でいち早く硬直から立ち直ったイレーヌが俺の袖をつかみ、こう言った。


「閣下。これは私ども全員に頂けるのでしょうか? 頂けるのでしょうかっ!?」


 美しい妃を九人持つのがどういうことか、今になって正確に分かった気がした。




挿絵(By みてみん)


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