プロローグ
【あらすじ、身を持って→身を以て】「私は魔法使いの末裔なのよ」
母がフィオラによく言っていた言葉だ。
内緒話を打ち明ける少女のように自慢気に笑っていた。
「だったら魔法でパウロの脚を元気にしてください」
親友のパウロは元々庭に迷い込んだ野良犬で、母と二人で見つけた時には既に脚を引きずって歩いていた。
「そういう難しい魔法は出来ないのよ。何度も試したけど、どうしても発動しないの」
そう言って胸を張る母を半目で見る。
王家の血筋も入っていると言われる歴史ある伯爵家の、そのご立派な家の若奥様とはとても思えない不思議な人だ。
「でもね、呪文は知っているのよ。フィオラにも教えてあげる。それはね———」
「…変わった響きの言葉ですね」
母の教えてくれた呪文とやらは聴いたことのない音をしていた。
でも何故だか不思議と心に残る。
「フィオラがどうしても辛くて悲しくて逃げ出したくなった時に使いなさい」
「使ったらどうなるのですか?」
「さぁ? 知らないわ。でもきっと凄いことが起こるのよ」
目を煌めかせて語る母は本当に変わった人である。
知能が低い訳ではないが世間離れしていて掴み所がない。
踊り子として旅をしていた母に伯爵である父が一目惚れして攫うようにお嫁さんにされてしまったのに、仕方ないなと笑ってしまう人なのだ。
そして結婚を反対する父の母、つまり私の祖母からの強烈な嫌がらせものらりくらりと躱す強い人だ。
「何が起こるか分からないのなら怖くて使えないです」
「ふふ、それは問題ないわ。嫌ならもう一度呪文を唱えればいいの。魔法はキャンセルされるのよ」
「へぇ、便利で都合がいいのですね」
嫌味で言ったつもりなのに「そうでしょう?」ともう一度胸を張る母に呆れた顔を見せたが、一人になった時に呪文をこっそり唱えてみた。
当然何も起こらなかった。