縦断歩道では手をあげて
帰宅中に自転車漕いでたら思いつきました。
飛んで2XXX年。
世界の国境が消え、各国が統合して科学力を突き詰めた結果、あらゆる病気の治療法は確立され、人類の平均寿命は軽く二百歳を越えた。
人口増加により各地に千メートル級の超巨大ビルが乱立し、埋め立てによって海の面積は今や一千億分の一となり、大陸間の距離はわずか数百メートル、そこでとある建設会社が海洋間縦断歩道の建設計画を立ち上げた。
これまでも利便性の追求により、旅行や研究、輸出入を使用用途とした海洋間縦断道路、海洋間縦断パイプ、海洋間縦断トンネル等の建設が行われ、それらは全て完成していたが、一人乗り車、一人乗りヘリコプター、果ては一人乗り電動ロケットが一般に普及し、足を使って遠出するという概念が薄れつつある現代人にとって海洋間を徒歩で横断するという行為は逆に新鮮に捉えられた。
建設は一瞬で完了された。
設計は量子コンピュータにより一寸の隙もなく、本体はAIの制御する特殊工作機械で1nmの誤差もなく建設された。
その間僅か三日。
数百年前ならば数十年規模の建設であるはずのものが僅かな間に作られたところに人類の弛まぬ努力、培った叡智、全人類平等時代、各国が協力、強調し合った結果そのものが詰まっていると言えた。
完成した橋の完成度は言うまでもない。
全長は凡そ三百メートル。
吊り橋とアーチを組み合わせたような形で、材料に使われたのは近代発明された鉄より硬く、金より柔く、羽根のように軽い特殊カーボン。
各所に張られた超硬質超極細ワイヤーが太陽に照らされ鈍く光っていた。
周りに乱立する超巨大ビルと比べるとやや小さいがそれでを差し引いても圧倒的な存在感がその橋にはあった。
入り口には旧イタリアの芸術家が彫ったような、一見幾何学模様のようで、それでいてどことなく有機的な美しい彫刻のあしらわれた巨大な門があり、橋の各所にはカプセルボールに入れられた多種多様な植物、途中で疲れた時の為の各種休憩場、中央には巨大な3Dホログラム装置が設置されており、それは一種の街の形態をしていた。
開通式には、繋がれる両橋の首相が参加し、大勢の人間の面前で橋の両端に取り付けられた赤いテープをハサミで切り落とした。
パチン
ハサミが繊維を裂く音とともに切断されたテープは空気抵抗を受けながらゆっくりと左右に揺れつつ地面に落下し…
破裂音がした。
皆が歓喜の声をあげ、ホログラムの花火が各所から噴き出る中で、二人いた首相の片方の頭が突如として破裂したのだ。
音もなく音速の二十倍の速度で飛んできた特殊カーボン加工の対物ライフル弾は首相の禿げた額に垂直に突き刺さり、加えられた回転と刻まれたライフリングによってドリルのように肉を抉りながら脳内を突き進んだ。
側頭部から後頭部に渡って激しい衝撃を受けた首相の頭骨はあっさりと砕け散り、破片が顔面の皮膚を突き破って頬や耳から飛び出た。
眼球は末端の神経を繋ぎ止めたまま剥き出しになり、対物の衝撃波によりペースト状に掻き回された脳漿が背後に花咲く花火のように舞い散り、最前線で満面の笑みを浮かべていた少年の顔にドボドボと降りかかった。
頭部を完全に破壊されゆっくりと後ろに倒れていく首相だった肉塊を見て、初めて人々の脳がそれを認識しようとする。
歓喜の声は狂気の声に昇華した。
…
犯行を行なったのは狙撃されなかった方の首相がいた土地の人間であった。
名はここでは仮にAとしておこう。
このAは、事件後即座に場所を特定され、対空ドローンによって一瞬で捕縛された。
倫理の観点から極刑が廃止されたこの時代においての最大の刑、脳をデジタル化した後に執行される、禁錮10万年が課せられた。
問題はそのAが裁判時に発した言葉である。
曰く、
「私は首相に命令を受けてやった。」
ありがちな発言ではあるが、念のため関与を断固として否定する首相の家宅捜査が為された。
結果は君達の予想通りである。
首相の家からは殺された首相の暗殺計画を記した計画書がズラズラと発見されたのだ。
検分機にかけた結果、首相が書いたものという結果が出たが、首相はそれを断固として否定、結果、証拠不十分として首相は無罪とされた。
が、このような結果に首相を殺された土地の人民が納得するわけがない。
当然のように両土地間での険悪感は加速していき、一種即発の雰囲気が土地中で増していった。
そして、ある日とあるニュースが流れた。
最前列で死んだ首相の脳漿を浴びた少年がPTSDになり、自殺したというニュースだ。
悲壮感たっぷり嗚咽を混じらせ記者の質問に答える母親の悲痛な叫びが電波を通じて流れた。
…戦争が勃発した。
両土地ともに発展した軍事力は凄まじいものであり、戦いは長期化、泥沼化していき、あちこちにガラクタと死体が転がり、かつての栄光を誇ったビル群は廃れ、時代は逆行していった。
そして海洋間縦断歩道は物資のためあらゆる部品が剥ぎ取られ、見るもみすぼらしい板と化していた。
…そして十年。
戦争は一向に収まらず、海洋間縦断歩道は捕虜を連れていく為の通り路となっていた。
捕虜たちは皆背中に強化アサルトライフルを突きつけられており、抵抗の一切をさせぬように手を上に上げさせられていた。
そして捕虜たちは敵国に連れていかれるときに歩道に立てられた看板を見るのだ。
「縦断歩道では手をあげて」
なんとも後味の悪いエンド。
もしかしたら病んでるのかもしれない。