第8話 彼女の現在、俺の現在
「――趣味はなんだ?」
「……解体かしら。あと物の構造を調べることや、新しい道具の開発も好きね!」
「そうか」
「貴方は?」
「俺か? 俺は特にない」
「そう……」
「ああ」
「「……」」
「好きな食べ物は?」
「うーん、いっぱいあって迷っちゃうわね! えぇっと……」
「しいて1つ挙げるとすれば?」
「……チョコかしら」
「なるほどな」
「貴方は?」
「俺はおにぎり」
「へぇ、確かに美味しいものね」
「ああ」
「「…………」」
「歳は?」
「15になったわ」
「 !? 俺も15だ……」
「同い年ってこと?」
「いや、俺は6月で16になる」
「なら、私の先輩ね」
「ああ」
「………………ねぇ、ティーちゃん」
「はい?」
「これ何? 何を見せられているの? 下手なお見合いなの?」
「ち、違うと思いますけど……」
「……今のところ聞きたいことないな」
「……そうなの?」
「ああ」
「「……」」
「会話下手ーーーーーー!!」
俺とエルルが対面で話をしていると、割って入るようにしてピスカが乱入した。
「ルーちゃんが話したそうだったから、2人の間に割り込まなかったけどぉ……我慢の限界だよ~!」
「話したいと言うか……どちらかと言えば聞きたい方ね!」
「そんなの知らないよ~!」
「俺も語るより聞き手だな」
「じゃあ最初から破たんしてるねぇ!」
ピスカにしては珍しいタイプの横槍を聞きつつ、俺は気になることを脳内ピックアップしていた。
「聞きたい事いいか?」
「いいわ」
睨みを利かせるピスカがいる前で、疑問に思ったことを聞いてみる。
「魔結晶……と言ったか。そいつは何なんだ?」
指を差す。机の上に鎮座するそのブツを。
そうね……と言って、エルルは作業机の上にあった魔結晶の1つをちゃぶ台へ持ってきた。
「この世界には『魔力』と呼ばれる”不可視のエネルギー”があるのだけど、その魔力が色濃く反応し形成されたもの、がコレよ」
置かれた魔結晶は、ゴツゴツとしており、神秘的な宝石に見える。様々な青色で彩られており、透け感もある。
ドエレーブツ、という印象だ。
「魔力っつーのはナニモンなんだ?」
「簡単に言うと、魔法を起こすためのエネルギーってところね。この世界の人は、生まれた時に体内で魔力を作る『魔力魂』を持ち、そこから魔力を引っ張り出しているわ」
……魔法、ねぇ。そう言えば、魔法のある世界だったな、ここは。
武骨な俺にはあまりに縁遠く、実感のない現実なため、正直認識は薄い。
その上――
「……その話で言うと、俺に魔力魂はないのか」
「ええ。この世界の人でないと魔力魂は得られない」
この事から、一つの事実に帰結する。
(俺に……魔法は使えないということか……)
――魔力魂がないと魔力が作れない。
――魔力がないと魔法は出せない。
――要するに、魔力魂のない俺には出せない。
残念なことに、俺にはファンタジーへ参加する資格すらないようだ。
(フン……不良の俺にはお似合いか)
まぁ、ヤンキーがゴリゴリの魔法使いだったら違和感があるだろうがな。
「エルルはこういうブツを研究してるという事か」
「そうね。それが最終目的はないけれどね」
「最終目的?」
俺が問うと、エルルはどこか遠くを見るような表情で、意志を持って答えた。
「私はね、“魔力なく誰でも使える魔法”をテーマに研究しているの」
「魔力なく誰でも使える魔法……」
「そう。この世界に魔法的に技術革新を起こし、“現在”をより良い世界にしていきたい。……それこそ、マオが、何の制約もなく、魔法を使えるような世界をね」
「……それが君の目標か」
「ええ。夢ではないわ。目標よ!」
彼女の思いは胸に響いた。
内容を理解出来る程、俺はこの世界の事を知りはしないが、理解できるところもある。
それは彼女の意志。熱い情熱。目標を達成してやるという思い。
――これが彼女の軸なのだ。生きる上での信念ということだ。
「目標自体はいいんだけどねぇ。だからと言って、勇者パーティ入りを断るなんて~」
「 !? 断ったのか?」
「ええ。興味ないもの」
「……悪い癖だよねぇ~。世界平和よりも、自身の魔法研究を優先する好奇心旺盛さはさ~」
「むぅ。そうでもないわよピスカ。私の研究によって現在がより良くなれば、その分界塵攻略も楽になるはずなのだから」
そうだ。信念とはそうあるべきだ。
自分を曲げずに貫いた先に、見えるものもある。勇者パーティに入ろうが入るまいが、世界は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
しかし確実に分かるのは、その選択によって、エルルは信念を通したという事だ。
――中途半端は、なかったということだ。
「……フン。効いたぜ、とても。君の目標はきっと叶うだろう」
「うふふ、勿論よ。叶えなくては意味がないわ」
強い言葉に強い自信。この意志があれば、彼女なら成し遂げられるだろう。
「それじゃあ、君が目標に近づける様、協力させてくれ」
「ありがとう。貴重なサンプル、頂くわ」
軸のある人、ない人。俺は今、どこを目指すべきなのか……。
しっかり考えていこう。半端者に、ならないように。
……。
…………。
………………。
解体室を出て、ティタ共に自室へ向かう。
道中考えるのは、ついさっきエルルとした会話だ――――
『ねぇ、マオ。私の”魔法研究パーティ”に入らない?』
『……君が目標を果たすためのパーティか?』
『ええ。貴方となら、叶えられそうな気がして』
『それは俺自身じゃなく、俺を実験台として欲しいということでは?』
『うふふ、そうとも言うわ』
『そうとは言わないで欲しかったが』
クスクスと笑うエルルだが、その目は本気だ。
『貴方の才能込みで、貴方を実験台として欲しいわ。……ダメかしら?』
『悪いが、俺にはどこかへ所属する前に見つけなきゃいけないものがあってな』
『……どうしても?』
『どうしても』
『そう……残念ね』
キッパリ断ると、予想以上に残念がるエルル。するとピスカが、謎の携帯電話を手渡して来た。
『 !? こりゃ……良く創られたガラケーだナ?』
『さすがにタッチ式のスマホは難しかったけれど、ボタン式のガラケーならば似せて作れたわ』
驚いた。異世界の技術は、ほぼ俺の世界の技術に近づいている。
――見た目は完全にガラケーである。折り畳み式で、ボタンも一緒。黒いボディがイカす。
『私の研究の一部よ。恥ずかしげもなく、自分の名前を込めて「エルルフォン」と名付けたわ。略して「EP」。今シリーズ6まで出ているの』
『人気作じゃねぇか』
『正直、市場のシェアは私一人勝ちね!』
独占状態とは羨ましい限りであるが、彼女の場合、儲けるためではないのだろうな。
あくまで目標の通過点、そう捉えていてもおかしくはない。
『これによって、通話、メールの他、簡易的な魔法が可能となっているわ』
『俺でも出来るか?』
『……いえ、魔力は必要よ』
『そりゃそうだ』
『いずれは魔力なしで出来るよう、改良を重ねていくつもりだけれどね』
そう言って、俺に手を握った。少し冷たいが、奥底の熱意が伝わって来る。
『これは差し上げるわ』
『いいのか?』
『ええ。サンプル提供に協力してくれたお礼』
見返りとしては大きすぎる報酬だ。俺の血程度で良ければ、幾らでも提供したくなる――。
『どう? 今後も協力したくなったかしら?』
『……なったよ。君の策略にまんまと乗りそうだ』
『ふふっ。僥倖僥倖』
裏があって逆に安心した。茶目っ気のある笑顔に清々しさすら感じる。
『私と、ピスカの番号は登録済みだから』
『そうか』
『それと、力が欲しい時は私に言って。私が力になるわ』
『……フン、この電話で慰めたりしてくれるのか?』
『いいえ、もっと貴方の実になる力――魔力よ』
『 !? 』
魔力、だと!? 突然の可能性に、全身鳥肌が立つのを感じる。
『……そんな事言ってい~の? ルーちゃん』
『構わないわ』
ピスカの指摘からして、何か特殊なものらしいが――
『ま、わたしとしてもマーくんなら賛成かな~』
有難いことに、お付きメイドのゴーサインが出た。
『申し出は有難いが、今すぐじゃなくていいか?』
『勿論よ。あくまで、力が欲しい時に、ね』
『ああ』
強力なバックアップと思っていいだろう。国やメルン王家、そしてエルルが俺の力になってくれるようだ。
『……俺に、肩入れしてくれるのか』
『当然!』
今度はまさに王女らしい、上品な笑みをエルルは浮かべた。
『私、貴方に興味があるもの』
――――何となく、ポケットに収まった”EP6”を触る。
エルルを頼る時はきっと、この世界にちゃんと関わる時だろう。
「これからどうするか」
選択肢は無限だ。どうやって世界を知るべきか。
「あの、マオさん」
ジッと、不安げながら俺を見つめるティタ。
身長差の都合上、どうしてもティタは俺を見上げる形となってしまう。意図せぬ上目遣いを、俺が見下ろす。
「あたしにも、マオさんのお手伝い、出来ないかなって……」
「俺の?」
「はいっ!」
耳と尻尾が張っている。緊張の合図だ。瞳もユラユラ揺れている。
こんな俺に、皆協力してくれる。
「たかがメイドが、何言ってんだって思うかもですけど……」
「思わない」
「!」
一瞬、尻尾が大きく揺れる。
「むしろ、こちらからお願いしたいところだ。俺はこの世界で自身の”信念”を定めたい」
「……信念」
「ああ。この世界を生き抜く軸を確立したいんだ」
前の世界ではとても歪んだ軸で生きてきた。
願わくば、正しい心の元、この世界を歩んでいきたい。
「何がしたいのか分からないってことですか?」
「まぁ、そうだな。俺は何がしたいのか分からないし、何が出来るかも分からない。どういう気持ちで物事に向かっていったらいいのか……努力の向ける先も決まってない」
「……分からないことだらけってことですね」
そう、俺にはティタの言うよう、俺は分からないことだらけなのだ。
まずは知らねばなるまい……この世界の事を。
「ティタ、教えてくれるか?」
この世界で生きていくために知識を付けよう。話はそれからだ。
「……はいっ! お任せください!」
その明るい笑顔に、俺も心の底から勇気が湧いてくる……そういう笑顔だ。
――自室へ入る。
専属メイドと言えども、ティタとは勿論別室であり、最初に目覚めたこの部屋は、完全に俺の部屋となった。
「今日は疲れた……」
色々あった。濃厚な一日だった。
壁にかかった時計を見る。俺の世界と異世界の時間も一緒のようで、19時30分を過ぎている。
ボケ高の番長になり、死にかけて異世界へやって来て、マブ王妃・王女たちと会い、舎弟が付き、オムライスを食べて、ガラケーを貰う……。
いやもっと重要な事だらけだったが。自室に戻った途端、疲れがドッと出て頭が回らん。
……ひと眠りしよう。ひと眠りして、これからの事を考えよう。
今はただ、眠りにつかせて……。
「ありがとう、皆。そして宜しく、異世界よ――」