51時限目 使命を果たせ<2日目>
「――なるほどね。マオ君はメルン王家の遠い遠い親族と……」
「ま、俺も最近知ったんだけどな」
「そうね。私も」
――一時的に、ミャンが仲間に加わった。
同時に、俺とエルル達の関係を、ある程度説明する必要性が出て来てしまった。
そこで、現在のまごう事なき真実を、遠回り的に伝えた。
(正直、ギリギリの線ではあるが……)
決して、嘘ではない。
実際、王家入りしたのは真実であり、”養子”と言う立場は、法的な観点から見ても一等親であり、親族に値する。
また、「遠い遠い親族」と言うのも、俺自身が異世界からやって来たという事を、「遠い遠い」と表しているにすぎず、言葉として破綻はしていないだろう。
(まァ、そこに至る過程はすっ飛ばしているが)
だから、現在の事実を、そのまま語っただけである。
ふーん、と何処か疑う様な目線ではあったが、
「そうだったんだね」
と、粘ることなく納得してくれた。
「だからティタちゃんが、マオ君に従属しているんだね」
「そう言う事だ」
一度説明してしまえば、そこからの理解は早かった。
メルン王家という事は、無論メルルと関係はあるし、エルルの専属であるピスカや、俺自身に専属が付く事も頷ける。
頭の後ろで腕を組み、目線を上にあげ、脳内処理でもしている様な仕草であるが――
「勿体ぶる必要なかったじゃん?」
そう言われ、今度は俺が少し考える。
何の事を言っているのか……勿体ぶる様なシチュエーションなんて……
(……ああ)
数秒思考し、思い起こした。
「オリエンテーションの時か?」
「そうそう」
そう言えば、ミャンとランコと3人になってしまった時、2人に詰め寄られた事があったっけ。
何故エルル達と関りがあるのか――そういう疑問だったはずだ。
一度前髪をかき上げ、理性的に考えをまとめる。
「……あの場で言っても、信憑性が無いと思ったからだ」
「信憑性?」
「その場限りの誤魔化しに聞こえても仕方ないと思ってな」
「あー、証明できないって事ね」
神妙に頷く。
自身の証明が、その場で出来なかった為、誤魔化すような態度を取った――そう言う筋書きの言い訳である。
「まぁ、確かにね。マオ君が親族だって言っても、多分半信半疑だったね」
これにも納得して頂けた。
我ながら、上手く口先で説明出来たと褒めてやりたいところだ(自画自賛)
(招いたのは俺自身のせいだが、な)
「兎に角、そう言う縁があって、俺達はパーティを組んでいる訳だ」
他所から見たら、ドエレー凸凹パーティに見えるだろう。王女にメイド2人、そして硬派な漢。
しかし、その背景や経緯をしっかり理論で説く事で、こうして理解ってもらえる。
「……それで、これからどうするつもり?」
機を見て、様子を窺っていたエルルが、今後の方向性について喋り出した。
「時間は――17時過ぎね。私は『教会』で湯浴みをして、今日は動くつもりは無かったのだけど」
ミャンの登場によって、其々バラバラだった予定が、『飯屋』に集約されてしまった。
となると、これからの行動としては、ほぼ自由行動となる訳だが……。
――その時、突然ピスカが勢い良く立ち上がった。
「歓迎会やろうよー! ミャーちゃん歓迎会!」
1人だけ元気の有り余っているピスカらしい、アクティブな発想である。
「え、えぇ? いいの?」
ミャンがちょっと控え目に、窺う様な目線を流す。
(歓迎会……ねぇ?)
正直、あと風呂入って寝たい気持ちはあるが……
「あら、良いわね」
「そうですねっ! 是非やりたいです!」
思いの他、女子共がやる気満々である。
こういうイベント事が好きなのは、俺の世界も異世界も変わらないのかもなァ、なんて思いに耽っていると――
「どーかな、マーくん?」
俺の様子を気にする様に、笑顔でお伺いを立ててくる。
……。
「いいんじゃねェか? 今日はあと何もねェし」
わざわざ、水を差すような事も無いだろう。
折角、協力体制を築けたんだ。より親密になれる様、歓迎会は行うべきかもな。
「じゃあじゃあ~、宿屋でやろうよー! 部屋取って、部屋の中で!」
「! 古より聞いた事があります! 1つの部屋に少女達が集まり、寝間着で夜通しお喋りをする『パジャマパーティ』なるものがあると……!」
「古て。普通にあるでしょ?」
「どんな儀式なのよ……」
ワイワイと、歓迎会で賑やかに盛り上がり始めた。
こうなると、後は流れに身を任せるだけで良い。俺がしゃしゃっても仕方ない。
「マオもそれでいい?」
「……ああ」
女子会に硬派が雑じる訳だが、決して嬉しいという感情は無かった。
嬉しいと言うよりかは、漸く腰を据えて落ち着けると言った、安心感の方が強く感じられるのであった。
……。
…………。
………………。
一先ず、女子会の前に教会で湯浴みを行う事になった。
何故、教会で湯浴みなのか、と疑問に思ったところ――
『協会は、穢れを払う場所でもあるわ。身を清める為の温水施設が整っているのも、その1つね』
――との事であった。物は言いようである。
様々な思想や思惑が合併し、この世界においての教会は、独自に進化を遂げたという事だろう。
(教会で風呂だなんて……俺からすりゃ意味不明だったが、身を清める為とはな)
時代が変われば色々発展を遂げる。その時代時代に合った先鋭化が出来れば、素晴らしい事だと思う。
しかしながら……エルルの話じゃ、教会は専ら”公衆浴場”の様に使われているらしく、『聖司長』が頭を悩ませているらしい。
(聖司長……あった事はねェが)
どうやら教会関係の偉い人らしいが、俺には縁もゆかりもないからどうでもいい。
……。
「ふぅー……」
あっという間に風呂から上がって外へ出た。
確かに、教会内部には『湯浴み室』があり、大浴場が設けられていた。
勿論、男女別に分かれており、他に客もいなかった為、俺はゆっくりと湯舟に浸かる――事は無く、烏の行水の如く素早く出た。
(――クソ暑いんだよこの野郎!)
夕方とは言え、まだ太陽は沈んでいない。ムンムンとした熱気が、オアシス自体を纏っている。
恐らく、単純に屋根を乗せられているだけだからだろう――このオアシス、ナッグルオアシス程涼しくはないのだ。
(風呂上りなのに暑いって地獄かよ……!)
要は、風呂上りに涼みたくても涼めない。致命的である。
だから俺は入浴を簡単に済ませ、クーラーオーラ等の魔法道具で涼もうと画策していた。
(風呂上りに学ランなんて着てられるか!)
試験中ならばいざ知らず。
一応日影で、火傷になる事は無いだろうと高を括って、黒のタンクトップに黒のジャージズボンと、かなりラフな寝間着の格好で『武器屋』を目指す。
(もうじき日が暮れるので良しとしよう)
なんて、自分を都合よく甘やかす。
『疲れたぁ~~……』
『取り敢えず休もー』
――と、ここでオアシス内に、複数の学園生がやって来ているのを発見した。
発見……と言うよりかは、先に声を聞いて、目で見て発見をした。
閑散としていたオアシスだったが、数人やって来ただけでやけに賑やかに感じる。
(俺らより大分遅れて到着してるのな)
何となく優越感に浸りながら、学園生達を横目に歩く。
誰も彼もが疲弊感を露にし、ボロボロの状態で休んでいる。それも、数人づつ固まっており、複数のパーティが到着したみたいだった。
(ここの奴らも、今日はここで一夜を過ごすんだろうな……)
昨日を乗り越えた者達ならば、夜の恐怖を十分に味わった事だろう。
湖の側で座り込んでいる女子3人組も、ムペムペ明けの今日はかなりキツかった事だろう――
(――ん?)
なんか、見覚えあるな――
「……あれ? マオくんだ!」
俺が声を出す前に――少女の方が先に声を上げた。
ウサ耳を揺らしながら――豊満な胸も揺れながら、近寄って来たのはウサギベースのワーグ族。
「おう。シルファか」
「おっすー! マオくん!」
見覚えのある子は――シルファ・フルグランであった。
疲れなど感じさせないくらい、底抜けに明るい笑顔を向けるシルファ。眩しくて浄化されそう……。
「マオくんも受かってたんだね! 良かったー!」
「シルファもな」
そういや、入園試験以来か……。筆記試験時、隣の席だった事を思い出す。
筆記に手応えがあったとの事だったから、落ちる心配は一切していなかった。
心配はしていなかったが、こうして会うまでは、頭の片隅にずっとあった訳だが。
「試験の後、学園で会わなかったからどうだったんだろうって思ってたけど……お互い受かって良かったよね!」
「そうだな」
「イェイ!」
「? おっす……」
シルファに促され、何となくハイタッチを交わす。
本当に眩しい子だ……こういう風に、ストレートに感情をぶつけられると、硬派な漢は困ってしまう。
「んーー?」
そして、良く動く子でもある様だ。
ジーッと、俺の姿を見ながら、俺の周りを歩き始めた。どういう意図による行動だろうか?
「なんか新鮮だなー。髪下ろしている姿」
「ああ……そうか」
そう言えば、こっちは風呂上りであった。
普段はワックスでオールバックにしているが、今は素直に髪を下ろしている。
「肌も出してるし……色気あるね?」
「風呂上りだから」
「そっかー……」
おっかなびっくりに、俺の胸筋に触れる。ちょっと力を込めてピクピクさせてやると、思いの他喜んでくれた。
「! わぁ! 生きてるみたい!」
「鍛えているからな(?)」
「ほうほう……」
「……」
……。
(ボディタッチえぐっ!!)
な、何なんだこの距離感……俺の初心な所が出ちまうじゃねェかこの野郎。
「……髪下ろしてて、よく俺だって分かったな?」
流石のポーカーフェイスが崩れてきた為、適当に話を逸らそうと試みる。
すると、シルファは俺の胸筋を触りながら、
「そりゃ分かるよ。忘れられないよ……」
…………。
(き、筋肉の事だよな? 筋肉だよなァ!)
なんだこの雰囲気……硬派に似つかない空気になっているが。
「君はパーティ組んでいるのか?」
当たり障りの無い質問をしてしまった……。
何なら、無駄な質問でもある。女子3人休んでいた所にシルファが居た訳だから、他2人は同じパーティである確率が高い。てかそうだろ。
「そうだよ!」
パッと俺の胸から手が離される。
仄かに残る温もりに、硬派ながらドキドキせざるを得ない。
「わたしの仲間を紹介するよ!」
ぴょんぴょん跳ねる様に、未だ座り込んでいる仲間達の元へ向かう。
――一瞬、制服越しでも分かる弾んだ胸に目がいってしまい、視線を横へズラす。
(……恨むぜ、クソ鳥)
シルファ同様、筆記試験時に隣だったクソ鳥――ギンタに、シルファの胸の話をされてから、目が吸い込まれる様に胸にいってしまう。
――これは”呪い”だ。
(チッ。俺もまだまだだな……)
前髪をかき上げ、昂る気持ちを抑えつける。
食欲・性欲・睡眠欲は生きる上で切り離せないものではあるが、御してこそ”硬派”というもの。
そう言う意味で、俺はまだまだ、発展途上の硬派な漢と言う訳だ。
そうやって俺が悶々としていると、シルファが仲間を連れて来た。
(――ん?)
これまた、見覚えのある2人だな――
「……ん? あなたは……」
「あれぇ? どっかで会ったよねぇ?」
――黄緑色ロングヘア―のエルフ少女と、灰色羽のハーピー少女。
(どこかで会って話したな。どこだったか?)
失礼にならない様、ジロジロとは見ずに観察してみる――
「じぃーーーー……」
――と思ったが、ハーピー少女が全身を凝視してきた為、そこまで遠慮する必要は無さそうだ。
「フン……(ガン見)」
「じぃーーーーーー(ガン見)」
「……何ですかこの光景」
エルフ少女の言いたい事は分かる。
俺とハーピー少女がガンつけ合っているからだ。それを見せ付けられている第三者は堪ったもんじゃないだろうぜ。
(薄っすらとしか覚えて無いって事は、数分程度しか絡んでないだろうな。そして不健康な感じ……)
――ハーピー少女は全体的に不健康そうであった。
華奢で小柄。光沢のあるピアスを鼻や耳に付け、目元にクマが出来ている。ダルそうな姿勢も不健康に後押ししている。
(もう少し……もう少しで思い出せそう……)
何となく、俺が先に思い出したかった。
ガン付けされた時点で、戦いの火蓋は切られた。ガン付けは不良の得意技であり、それを仕掛けられたからには、応戦しなければならない。法律でも決まっている(?)
そう、これは勝負なのだ。勝つか負けるか、どちらが先に思い出すのか――
「――あ、ホームで会った人ですね」
しれっと、エルフ少女が先に思い出してしまった。
「「ホーム?」」
出鼻を挫かれた俺とハーピー少女がハモる。エルフ少女は表情を変えずに頷く。
「ほら、オリエンテーション終了後のホームですよ。あの時に会話したはずです」
「あ、あー?」
そう言われると、変な2人組に話しかけられた記憶が思い起こされる。
確か、試験後の結果発表の是非を問うていた様な。
「そうか。君達は組んでいたんだな」
「そうだねぇ。あの時から組んでいたねぇ」
しみじみと喋るハーピー少女。昔を思い出して懐かしんでいるのだろうか。
(言うほど昔じゃないが)
「ふーん。2人と知り合いなんだ?」
「知り合いと言うか、ちょっと話した程度だぞ」
「ふーーーーん?」
本当にちょこっと話しただけ。だから、思い出すまで時間がかかった。
「! じゃあさ、もうちょっと話していかない?」
どこか楽しそうにしているシルファは、突如閃いたとばかりに声を上げる。
シルファが指差したのは――あの”飯屋”だ。
「あ、えーっと……」
飯屋で食べながら駄弁ろうという事だろう。
さっき食ったばっかなんだよなぁ……。正直、そんな腹減って無いんだけど。
(しかし……これは千載一遇のチャンスでもあるんだよな)
そう、チャンス――俺は、とある使命を果たさなければならない。
「……一緒させてもらう」
「そう来なくっちゃ!」
選択肢は、他になかった。
「はぁーお腹空いたねー」
「ぼくはそんなに空いてないなぁ」
「そんな事言っているから、バテてしまうのですよ?」
少女3人の後ろを、不審者宛らついて歩く。
(何としても、聞き出さなければならない……)
様々な策が、思い付いては消えていく。
飯を楽しみにしている少女達とは裏腹に、俺は別の思いを抱く。
それは、オリエンテーション時にギンタと交わした約束――
(さて、どうやって仲介すっか……)
――そう、シルファのEPの番号を引き出し、ギンタと引き合わせる約束である!
頭一杯、腹も一杯。いっぱいいっぱいな俺は、再び飯屋へと舞い戻るのであった。