50時限目 ミャン、参戦!<2日目>
――時刻は午後4時。待望の『ギャルンオアシス』へ辿り着いた時の事だった。
「――あれ? マオ君?」
”怪力女”こと――ドラゴニュート族のミャンが、湖の畔へ座り込んで涼んでいた。
「おう。早いナ?」
「そうでもないよ。さっき着いたばかりだし」
流石に、濁った湖へ足を浸していた訳ではなかったが、俺が近づくのを見て靴を履き直した。
魅惑的な生足が視界に入り、さり気なく目を逸らす。
「て言うか、よく会うよね?」
立ち上がり、お尻を軽く払っている。
どうしても、一挙手一投足に注目してしまうのは、男の性なのか……。
「それも、君が涼んでいる時にな」
「あははっ! 確かに!」
朗らかに笑い、合わせてトカゲじみた尻尾が揺れる。
少女には不釣り合いで武骨なパーツに、種族としての壁を感じてしまう。同じ”ヒト”である事は変わらないはずなのに。
「……え、ストーカー?」
「違うわ」
ジッと観察していると――一転、ミャンの瞳に警戒色が浮かぶ。チラリと除く八重歯が光る。
「違うから、警戒しなくていいから。落ち着け」
「そう? いざとなったら折るケド?」
「必要ない必要ない」
わきわきと、両手を動かし近づくミャンに対し、待ったをかけて牽制。
「偶々だ」
思わず半歩下がってしまった足を、前に進める。
……そうだった。ミャンの一挙手一投足に注目してしまうのは、”過去の出来事”が頭の片隅に刻まれているからだ。
(俺を”サバ折り”しやがった事は絶対忘れねェからなァ?)
男の性、なんて言葉で片付けてはならない。
伊達にこの女を”怪力女”と名付けてはいない――。
「ミャンだけか? キュビィは?」
話を逸らす目的もあるが、真っ先に気になった事を聞いてみた。
”ナッグルオアシス”で会った時は、2人でソロみたいな関係性だったはず。パッと見た所、ミャンしかいないようだが……果たして?
(今度こそ不仲になったか?)
「ああ、それはね――」
ミャンが何か言いかけた瞬間――俺を追い越して1つの影が差す――
「ミャーーーーちゃーーーーん!!」
「うわぁっ!?」
――ピスカが、ミャンへと勢いよく抱き着いた!
小柄とは言え、スピードの乗ったピスカの突進だったが……
「ぴ、ピスカちゃん!?」
体幹を鍛えているのか、将又元からか、困惑しながらもミャンがしっかりと受け止めていた。
「にゅふふ。お久だねー、ミャーちゃん」
ニヤニヤと、意地悪っ子めいた笑みを浮かべるピスカと、対照的にちょっと嫌そうなミャン。
「久しぶりー……あとその呼び方止めてって言ってるでしょ?」
「えー? 可愛いじゃーん?」
「そう言う問題じゃないんだよね」
プリプリ怒っているミャンが珍しい。あと、ピスカは誰に対しても変わらんな。
「別に良いと思うけどなー。ミャーミャーちゃん?」
「『ミャー』が1個多いね?」
……そう言う事か、と一人納得。
これはピスカなりの、ミャンへの”弄り”なのだ。不良流に言わせてもらうと”可愛がり”。
「でもさー、ミャーちゃんの名前自体が”ミャン”って……もうそう言うニックネームになっちゃうじゃん」
「それはピスカちゃんの匙加減じゃない?」
「……受け入れるしかないと思うよ、ミャーミャーミャーちゃん」
「多いから! さっきから増えてるから! 3匹になってるから!!」
ほう、ツッコミ属性ですか……(感嘆)
ピスカに強く出れるってだけで、ミャンへの期待が高まるな。
……。
(いや、何の期待だよ……)
「にゅふふ。もう正真正銘”猫ちゃん”だねー」
「いや、故意的にそうしようとしてるよね? ウチを”猫”にしようとしてるよね!?」
「うん」
「肯定しちゃった!?」
――俺を置き去りにして、2人のやり取りが大分ヒートアップして来たな。
仕方なく、ミャンからピスカの肩を掴んで引き剥がしてやった。
「その辺にしとけ」
「えー? もうちょっと弄りたかったのにー」
「我慢しなさい」
「むーー……」
元気の有り余っているピスカは――取扱注意なのだ。
反対に、疲れ切っている俺にとっちゃ、こんな軽作業でも重労働となってしまう。
「……はぁ、ピスカちゃんは相変わらずだねー……」
溜息を吐き、後頭部をガシガシ掻くミャンに……何となく、苦労人の雰囲気が滲み出ている。
「ありがとね、マオ君」
「いや……」
(それにしても、”ミャーちゃん”か)
如何にも、活発的なミャンが嫌がりそうなネーミングである。俺にとっての”マオりん”だ。
しこりの様に――俺の脳内へと、未だに深く根付いている。
(さり気なく名付けられたが……未だに納得してねェからな?)
こればかりは、名付け親であるクリスに会ったら、一言物申す腹積もりである(憤怒)
あの時の事を思い出し、俺も心の中でプリプリ怒っていると――ミャンが、不思議そうに首を傾げていた。
「あれ? マオ君、ピスカちゃんと組んでるの?」
そんな事を投げかけられてしまった。
……まぁ、当然の疑問だろうぜ。
何故、接点の薄そうな俺とピスカが一緒に居るのか、大いなる疑問に答える前に――
「――私もいるわ」
どこか恥ずかしそうに――遠慮がちにエルルがやって来た。
意外にも、友達に対して消極的なエルルの事だ。俺やピスカのやり取りを離れた所から見ていて、突入するタイミングを見計らっていたのだろう。
「! エルルちゃん!」
先程までとは打って変わって、パッと花が咲くが如き表情で明るくなる。
驚く事に――今度はミャンの方から、エルルの元へと懐っこくやって来た。
勢いそのまま、エルルの両手を取って、上下にブンブン激しく握手する。
……いや激しすぎん? エルル若干宙に浮いてないか?
「久しぶりだね! 元気? 元気してた??」
「……ま、まあまあね。あと……強いわ」
「おっと、ゴメンゴメン!」
パワーに全振りした縦振りシェイクから、無事解放されるエルル。
感情表現が豊かなのは美点ではあるが、これを受ける側は大変だろうぜ。他人事だが。
「そう言うミャンは元気そうね?」
「そうだね! ウチは元気だよ!」
「そ、そう」
普通に、たじろいでいるエルルはレアだな。”SR”くらいのレア度だ。
「……何かしら?」
「フン。何でも」
「なんかムカつくわね……」
そしてこの洞察力。
内心、ニヤニヤしているのを勘付いてか、こちらを睨みつけてくる。おー怖。
「……ねーねーマーくん」
トントンと腕を肘で突かれる。気が付けば隣にいて、横並びになっている。
「なんかさー、わたしの時と明らかに反応違うよねー?」
「自業自得だ」
「えーー?」
何であれだけして不満気に出来るんだよ、この子は……(困惑)
「――あ、猫ちゃん!」
今度は、エルルの後ろの方に控えていたティタへと目を付けた。
エルル同様、ハードな握手をブチかます。
「あ、ひ、久しぶりですっ! あと猫じゃなくて犬ですっ」
「ピスカちゃん! この子が本物のミャーちゃんだから!」
「違いますが!?」
全身動かされているティタは、頭も目もグルグル回させている。
……うん、確実に宙へ浮いているな。
何と言う”バ怪力”の持ち主だろうか。こんなのに俺はサバ折りされたのか……(唖然)
「……君、ちょっとは加減覚えようぜ?」
「ああ、そうだね」
「きゃいん!?」
俺に言われて急に手を離した為、ティタが尻もちを搗いてしまう。
続けて、「ゴメンね」とティタへ手を伸ばして起こしてあげる姿は、直前までバ怪力を発揮していた人とは思えない。
「ふむふむ。じゃあマオ君は、エルルちゃん達と組んでるんだね?」
ティタ、エルル、ピスカ、俺と順々に見渡して――興味深そうに言った。
「そうだな」
思ったよりはすんなりと、同意の言葉が口から零れた。
馴染んできたという事だろうか……この関係性に。”仲間”と言うものに。
そんな俺の、繊細な硬派の心を知らずに、ミャンがグイグイ前に来る。
「ちょっとさ、詳しい話聞かせてよ」
指差すは――飯屋。丁度腹が減っていたとはいえ……あまり話したくは無いが。
(程々に話すか……)
全部は話せないから、多少端折って話す必要がありそうだ。
……。
(そういや、キュビィの事聞きそびれたな……)
…………。
………………。
「――途中でフェン君と会ってさ」
飯屋『セーフミート』にて、ミャンを入れての晩飯となった。
ナッグルオアシス同様、ログハウスの様な木造作りの飯屋である。
(っつーか、系列店だよな)
客は俺らしかおらず、長方形のテーブルを5人で囲む。
其々が頼んだ料理がきた所で、早速尋ねてみる事にした。
「フェン……ってあの狼のワーグ族?」
野菜メインのスープを口に運びながら、エルルが興味深そうに尋ねる。
食事マナーなんてあって無さそうな飯屋であっても、エルルがお上品に飯を食べるだけで、高級レストランに早変わり。
何をしても絵になると言うのは、何ともや、彼女の一種の才能と言えようか。
「そうそう。それで、ウチら見かけても一瞬こっち見ただけでさ」
ラーメンを豪快に啜るミャン。見かけも野性的だが、食べ方もワイルドである。
「キュビィちゃん、フェン君が心配になっちゃってさ。追いかけて行きたいって」
「! えーーーー! それってさー」
「……何だか、関係ないあたしまでドキドキしてきましたっ」
何だか盛り上がっている様子。ガールズトークの雰囲気だな。
「フン、そこまで面倒見る必要あンのかよ」
関係ないとばかりの、俺の硬派な態度である。
俺はと言うと――やっぱり『魔豚の丸焼き』を頼んでしまった。
(”漫画肉”の魅力にッ……抗えねェッ!)
粗野にかぶりつき――パリッとした皮、弾力のある肉と、溢れる肉汁を堪能する。
(美味ッ!)
飯に夢中になっていたが、女子共の視線を感じ、一旦中断する。
「……何だよ」
「分かってないねー、マーくん」
「あ?」
得意気に腕を組んでいるピスカに対し、眉間に皺を作ってしまう。
因みに、ピスカはホワイトソースのかかったパスタである。何味のソースなのか……皆目見当もつかない。
「わざわざミャーちゃんとのソロ協定を蹴ってまで、狼君を追いかけたんだよー?」
「わざわざ、ですからね。アレ、しかないですよね?」
「そうね。ふふっ、アレね」
「アレだよね? アレしかないと邪推しちゃうよね?」
……。
「……そうだな、”アレ”だよな」
「「ダウト!」」
「あァん !? 」
ピスカとミャンに突っ込まれてしまった。誰が”嘘”だコラ。
「じゃあアレがどういう意味なのか……説明出来るかしら?」
「ハ! 上等ッ!」
俺が”硬派な漢”だからって、バカにしやがってこの野郎。
挑発してきやがったエルルへ……俺はビシッと”アレ”についてご説明してやる――
「落とし前――付けに行ったんだろ?」
あれだけ迷惑をかけやがった奴だ……。筋を通すにゃ、しっかりケジメってモンを付けなきゃ道理が通らん。
「……はぁ」
エルルよ、残念そうな顔でこっちを見んな。
「まぁ、要はフェン君を意識しちゃってんだよね」
「 !? 」
思わずかぶり付いていた肉を皿の上へ落としてしまった。
「は、はァ? アイツを意識って……正気か?」
「そんな動揺しなくても……」
呆れた表情でスープを飲むミャン。いやいや、落ち着いて飲んどる場合か?
「ワーグ族同士、惹かれるものがあったのかもしれませんね」
豆とオムレツのセットを食べているティタが、苦笑する。
ティタもワーグ族であるから、何か思う所があるのだろうか……。
「感じるのか? そういうの」
「? いえ、あたしは特には」
感じないんかい。何だったんだよさっきのは。
「いやいや……驚いた。正気か?」
「正気だよ」
ミャンに突っ込まれた所で、俺も多少の平静を取り戻す。
「ま、キュビィちゃんならソロでも動ける実力者だからね。心配はないと思うよ」
「そうか……」
世の中、物好きもいるモンだ。よりによってあのクソ犬とは……正気か?(復唱)
(……何となくだが、ギンタの気持ちが分かった様な……)
嫉妬にも似たこの気持ちは、なんと表せばよいのだろうか。
「そんな訳で、一人寂しくここへ辿り着いたって感じかな」
最後の一滴まで飲み干し、優しく丼を置いた。
その様子を見計らって――エルルが口を開く。
「――なら、私達と一緒に行動しない?」
!?
(何を言い出すかと思えば……)
「え…………?」
目が点になっているミャンを置いて、エルルは俺らを見渡す。
「知っての通り、私とミャンは数少ない友達よ。王家から、ミャンの家――『マイティック狩人事務所』へ魔物討伐の依頼をしたり、私が直接ミャンへ依頼していたりしたわ」
――勿論、知っている。友達が少ない事も含めて、知っている。
記憶の海に点在している情報だが、かき集める事で1つの情報体へと生まれ変わる。
「どこぞの馬の骨ならいざ知らず――ミャンは実績もあって信頼できる子よ」
「それはそうだねー」
「狩人、ですもんねっ」
突拍子もない事であったが、エルルの言は的を射ている。
事務経験があるのと無いのとでは違う。それも、王家から依頼される程の狩人ときた。勧誘しない手はない。
戸惑いはあったが――『勇者パーティ2軍』メンバーも、勧誘に対し積極的になっている。
(無論、俺も)
――戦力は、多いに越した事はない。
「この先の事を考えると、より実地で動いて来たミャンがいる事で、このパーティのプラスになる。ミャン自身も、ソロじゃ大変でしょう?」
「それは……まあ。ソロの厳しさを体感していたところだったよ」
「何も、パーティに加わって欲しいと言っている訳では無いわ。取り敢えず、灼熱結晶を手に入れるまで協力体制を敷きましょう」
「……ウチ、至れり尽くせりだね」
後頭部を掻き、どうしようかと考えあぐねている模様。
ソロで挑む事に、何か矜持めいたものを掲げているのだろうか? 悩みと言うのは、そう言う所か。
「何より――」
――しかしそこへ、止めとばかりにエルルが切り出す。
「私は、ミャンと一緒に探検したいわ……友達、だから」
頬を赤らめ、三つ編みを触りながら仰るエルルは――破壊力抜群であった。
「……うん」
半ば呆けていたミャンも――ちょっと照れて、
「じゃ、じゃあ。お世話になろうかな?」
一つ返事で、快諾したのだった。
――灼熱結晶を手に入れるまで、『ミャン・マイティック』が一時的に加わった!