第7話 メルン4兄妹の次女
「「――うまッ!!」」
ティタの手料理オムライスは、ケチャップでハートマークはなかったものの、美味かった。
俺と同席のピスカが、その濃厚な味に舌鼓を打つ。
なんだコレ、ドエレー美味! こんなん俺の世界のオムライスと味一緒じゃねぇか!? つかそれ以上に美味ぇわ!
「うあ~、忘れてたぁ……」
眉間にしわを寄せ、深刻そうな表情のピスカ。尋ねない訳にはいかないだろう。
「どうした?」
「萌え萌えキュンしてもらってない!」
「おいコラ」
突然スプーンを置き、そんなことをドヤ顔で言いのけるピスカ。あんまティタを困らせる様な事を言うじゃありません。
「?? 燃え燃え……?」
あーホラ、分かってない顔してるぞ、この子。
「萌え萌え~……キュンッ!」
「いやピスカがやるんかい」
両手でハートマークを作り、胸の前に掲げ、愛情いっぱい真心こめて「萌え萌えキュン」と唱えるだけであら不思議、心もお腹も満たされるんだ。
硬派な俺の、唯一の弱点と言ってもいいだろう。全面的に、甘々メイドさんにはたじろいでしまうのだ。
「ふぃ~。ティーちゃんの料理にわたしの愛情。最強の合作料理だよねぇ」
「料理自体には何も影響ないだろ」
「マーくんには感じなかった……? わたしの愛」
「ああ」
そんなん感じるかい。
「あはは、『ピーちゃん』にも喜んでもらえて良かったですっ!」
騒がしいピスカへ心の底から喜ぶ純粋無垢なティタ。
そして、とくるっと俺の方へ向いた。
「嬉しいです。マオさんに食べてもらって……」
ちょっと恥ずかしそうに、照れるティタ。
……有難いことだ、こんな素直な子に作ってもらったオムライスを、食べることが出来ると言うのは。
「ピスカのこと、”ピーちゃん”って、呼んでるんだな」
「ピーちゃん――ピスカちゃんとはメイド学習院入った頃から友達で……ずっとこの呼び方なんです」
「そ~ゆ~こと。わたしとティーちゃんはズッ友なんだよねぇ~」
「ねー!」
ズッ友にあんまりいいイメージ無いけど……当人同士は本当に仲良しなようだ。
「卒業して以来ですよね! すっごく久しぶりで……連絡は取り合ってたんですけど」
「ほんとにねぇ。わたしなんて、四六時中ティーちゃんのことを思ってたんだよね~」
「そうなんですか?」
「マジマジ~。何ならティーちゃんのこと思い過ぎて、自分がティーちゃんだと思ってたんだもん」
ちょっと重いなぁ、このエルフ。
「いいご主人に巡り合えたようで~」
そう言って、横目で俺を見るピスカ。その目は語っていた――”わたしの親友を泣かせたりするなよ”と……。
分かっている。俺に女性、子供を泣かせる趣味はない。硬派な漢は言葉で語らず背中で語るもの。
「……はいっ!」
このティタの笑顔を悲しませない様、全力で生き抜くだけだ。
兎にも角にも、この世界における軸を定めたい。ふんわり柔らかいオムライスを食べつつ、そう意気込むのであった。
……。
…………。
………………。
「頼みたいこと?」
「うん~」
皿洗いなどの後片付けが終わり、食後に本日4杯目となる紅茶を嗜んでいると、一気飲みしたピスカにそう切り出された。
「……ひたやへどしたはも」
多分、「舌火傷したかも」と言っているのだろう。そりゃそうだ、熱々の紅茶を一気飲みしたのだから。
「ひょっとひへ~」
ちょっと見て~と言ったのだろう、涙目で舌を出し、見せ付けてきた。
人種は違えど、ベロの色形は一緒。少し赤く腫れている……気がする。
「見ても分からん」
率直な感想を述べると、ちょっと残念そうに引っ込めた。生憎と俺は医者ではないのでな。
「ちょっとだけ、実験に付き合ってもらえないかなって」
「実験?」
つーか普通に喋れるじゃねぇか、と思いつつ疑問を投げかけた。ティタも同じ気持ちらしく、俺の言葉に頷く。
「血を分けて貰いたいなって~」
「血ィ?」
「”勇者の血”について調べていてねぇ。ほんのちょっとでいいんだけど」
「どんぐらい?」
「……10リットル~?」
「死ぬわ!!」
全身の体液枯渇するよ?
「ウソウソ、じょ~だんだよ~! 一滴程度でいいからさぁ~」
ねだるようにして縋りつくピスカの頭を押し返しながら、はぁと一息。
「まぁ、そのくらいだったらいいが」
「うっし、生の言質貰っちゃったねぇ~!」
言質だなんて怖い事言うなよ……。なんか協力したくなくなるじゃないか。
抑揚のない声で喜ばれると、より怖気が増す。何かとんでもない悪魔の契約を結んでしまったのではないかと不安になる。
「じゃあ早速、行こっか~」
「どこに?」
席を立ちあがるピスカに尋ねると、ニコッと笑った。どこかミステリアスな雰囲気を持つピスカとは思えない、無邪気な笑みだ。
「解体室」
――やっぱり悪魔の契約かもしれない。
「……あー、別の日でもいいか?」
「だ~め。言質を踏み倒されても困るからぁ」
逃げようにも逃げられない。俺の右腕はガッチリとピスカの左腕に組まれ、引っ張られながら廊下を進む。その後をティタが心配そうに付いてくる。
密着したピスカの体から、思うことがある。
華奢な体にしては、腕から確かな肉付きを感じる。運動能力を発揮できる筋肉はあるようだ。
俺ン中の勝手な想像だと、エルフは不健康で運動不足で引きこもりがち、というものだったが……イメージに先行され過ぎたな。
ピスカは恐らく、動けるメイドだろう――。
「にゅふふ~、こんなに密着しちゃって……ドキドキする?」
「ああ」
別の意味でドキドキ心配になってきた。
「君は科学者か何かなのか?」
「なんでそう思ったのぉ?」
「実験をやっているんだろ? 何かは知らないが」
「……実験を行っているのはわたしじゃないんだ~。わたしの仕える”ご主人様”なんだよん」
ご主人様……つまりピスカも、誰かの専属メイドということになるが……。
そうこうしている内に、2階の最奥、どん詰まりにある”解体室”へ辿り着いてしまった。
(なんか暗ェなァ……)
異様な空気感である。他の場所とは違う、陰惨な雰囲気が漂うディープな場所。
「コンコンッ! ピスカで~す。失礼しまぁ~す」
口でノックして躊躇なく扉を開け放つピスカ。直後、室内の光景に目を奪われる――。
「――書斎か?」
「違うんだけどねぇ。私物の本が多すぎて~」
足元に散らばる本を避けながら、器用に跳ねる様に中へ入っていくピスカ。俺とティタも、真似するようにして中へ。
一見すると書斎だ。
図書室レベルじゃないが幾つか本棚があり、本が埋まっている。
ど真ん中に4畳程の畳が敷かれ、ちゃぶ台一つ。奥に作業机らしき机が幾つか並び、占いでしか見たことがないような水晶が並ぶ。まん丸いガラス玉もあれば、山の岩壁様な凸凹した水晶もある。
ここのどこが”解体室”何だろうか――
「採取してきた『魔結晶』を解体し調べるための部屋――だから、解体室なの」
俺が疑問を口するより先に、謎の声により、俺の考えを読むようにして答えられた。
「あ~、外出てたんだね~」
「ちょっと飲み物を買いに。入れ違いだったわね」
ピスカは俺とティタの背後に向かって声をかけた。背後――つまりは入って来た出入口。
振り返ると、見知らぬ少女が立っていた。
「――ようこそ、私の解体室へ」
少女は、これまた異様な格好をしていた。
野暮ったい赤色の上下ジャージの上に、白衣を着るという独特スタイル。どこかで見たことのある桃色の長い髪。もみあげ辺りは三つ編みになっており、ワンポイントの白いカチューシャが頭部に乗っかる。
濃い桃色の瞳が、既視感を増加させた。
「……イカしたファッションだナ?」
「それは貴方も一緒だと思うわ」
恐らく同年代だろうと思い、タメ口で会話を続ける。
バラバラの本を、左右に寄せながらやって来た面白ファッション少女は、そのままちゃぶ台前に座り込んだ。
「立ち話も何だし、座って話さない?」
「それもそうだな」
対面に、遠慮なく座ることにした。側に、ティタは立ったままである。
「久しぶりね、ティタ」
「は、はい! おひさしゅぶりです!」
少し緊張しているようで、甘噛みして答える。前々から2人は知り合いのようだが……。
「ティーちゃんも座ったら~? 立ったままは疲れるよぉ」
少女の側に座り、ちゃぶ台へお菓子を並べるピスカ。少女は先程買って来た、飲み物の入った瓶を人数分渡した。
「はい、貴方達の分もあるわ」
「なんだ、わざわざ買って来てくれたのか」
「こんな部屋だから、ちゃんとしたおもてなしが出来なくて申し訳ないわね」
「いや、気にしないで欲しい」
「ふふっ、それなら良かったわ」
人数分ピッタリの飲み物の数から、俺たちが来ることは予定済み……という事になる。
「ピスカの言う様に、ティタも座って寛いで?」
「わ、分かりました! 失礼します」
少女に言われてようやく腰を下ろした。何だろう、ティタの言動、緊張具合から、畏まる様な相手である気がする。
それにこの髪色。桃色の髪だ。今まで桃色の髪は2人見てきたが、すっごく似ている。
「まず初めに自己紹介しなくてはね」
凛とした表情は、廊下まで伝わる暗い雰囲気をかき消すような、強い意志の塊であった。
「私は『エルル・ド・メルン』。アーキュリア国メルン王家、第2王女よ」
――ああ、やはり似ている。
ドレスこそ着ていないが、姿形はもちろん、言葉の重みやカリスマ性が、フィリル王妃やウルルと似ているのだ。
……なんでそんなちょいダサい格好しているんだろうな、この子は。
「俺は雑候谷真魚。真魚と呼んでくれ」
第2王女ということは、ウルルの妹ということになる。という事は、同い年か年下くらいなものだろう。ならばわざわざ畏まる必要性はなさそうだ。
「私の事も、エルルと呼び捨てで構わないわ」
「分かった」
「あ、わたしはピスカ! ピスカ・ブラストスだよ~」
「知ってるよ。何故また自己紹介した?」
「急にマーくんが記憶失ってたら困るからさ~」
「何それ怖いって」
この子はたまにボケてくるな……。
「そうなの?」
「いや、違う」
「そうなのね。異世界に来て、記憶失ったのかと思ったわ」
ああ、ほら。関係ない人に気を遣わせてしまった。
「やはりと言うか、エルルは俺の事情は知っているんだな?」
「ええ、私はさっきピスカから聞いたばかりだけど……恐らく私たち4兄妹や、国王王妃、国の中枢、それに仕える従者あたりまでかしら」
「4兄妹……?」
気になるワードが出たため、俺が繰り返すと、エルルは指を折りながら説明してくれた。
「長男の『ヴァルド』兄さん、長女のウルル姉さん、次女の私、3女の『クルル』。以上が『メルン4兄妹』と、恥ずかしながら言われているわ」
「フン、なるほどな」
未だ見ぬ長男と3女がいるのか。きっと皆桃色の髪で、桃色の目をしているのだろうな。
兄妹が多いのは良い事だ……本当に。
「……」
「? どうかしました、マオさん?」
「いや」
不意に家族の事を思い出したが、ティタの呼びかけで我に返った。
髪をかき上げ、思考を戻そう。
「血が欲しいって話だったナ? どうすればいい?」
「まあ待って。もうちょっとお話しましょう? 私、貴方の事もっと知りたいわ」
偶然巻き込まれた硬派な漢には、特に語ることもないのだが……。
「……久しぶりのお茶会、楽しいの」
エルルの無邪気な笑みを見て、俺の事を語ってもいいかもしれないと、少し思った。