43時限目 多生の縁<1日目>
「オメーのせいで締め出されたべや?」
「ま、マオ氏が独占しないで素直に教えてくれれば良かったのだ……」
――たった今、俺とベリルは、武器屋店主から追い出されてしまった。
武器を一つも眺める事が出来ずに退店。入店時間は数分。
(ホント……疫病神だわ)
また一つ、コイツと関わって”汚点”を生み出してしまった。硬派な俺にとって、ドエレー嘆かわしい事である。
「独占禁止! ”お兄ちゃん”として断固抗議する!」
「何言ってんだか……。ランコに聞いて断られたんだろ? なら、俺が教えんのは筋が通らねェだろうが」
「うぐ! そ、それはそうだけど……分かってるけど……」
事実を事実として言い放つと、もごもごとして口籠った。
最早、呆れて溜息しか出ない。俺から聞き出す事が――正道から外れ、脇道へ逸れているのを理解りつつ聞いて来た様だから、猶更。
「ま、懲りずに聞き出すこった」
「……精進します」
しゅん、と珍しく低姿勢。
さっきまでのラリ猫が嘘みたいで若干恐怖。マタタビでもキめてた?
「武器屋でマオ氏を見かけて、ランちゃんの事を思い出して……居ても立っても居られなくなっちゃって……反省なのだ」
「え?」
「? 何?」
「あ、いや……」
(――反省、出来るんだ……!!)
さっきまでの店での姿と、丸っきり正反対なんだが! マジで同一人物か?
「謙虚だナ?」
「それはそうだよ……」
そう言って、顔面蒼白で何かに怯え始めた。マタタビ切れの離脱症状かな?
「この間のオリエンテーション……あったでしょ?」
「ん、ああ」
思いもよらぬ所から、過去の汚点が引き摺り出された。虚を突かれた。
「ほら、ボク……ちょっと暴走しちゃったでしょ?(舌ペロ)」
「ちょっとじゃねェだろ(半ギレ)」
「う! ま、まぁまぁ」
宥めすかす様にして、どうどうと落ち着かせる動作を、俺にして見せた。
(は? なんで俺が悪ィみたいな……は?)
より不愉快になったが――取り敢えず置いておく。今はな。
「あの後さ……ボクのとこにギンタ氏が来てさ」
「あー、合流できたんだな?」
「合流って言うか、強制連行? とにかく、ギンタ氏に捕まって……それで……説教を」
「ほう」
しっかりと叱ってくれた様だった。
ギンタ、やるじゃないかお前。ああ見えて、ちゃんと常識的な部分あんじゃん!
……。
(――それか、男にだけ厳しい説ない?)
一概に、ギンタに対する好感度を上げて良いものか微妙なライン。奴も奴で、色々とラリっているからな。
(知り合いに碌な奴がいない件)
普通って、何だろうな?
「――がっつり怒られたか?」
「それはもう。捕まって空中でガミガミ言われてね……ほら、ボク高所恐怖症でしょ?」
「知るか」
さも『皆さんご存知ですよね?』のテンションで俺に問うな。
「それがトラウマでさ。行動を改めようかと」
「フン、良い心がけだな」
それが言葉だけにならなければ、な? さっきみたいにタガが直ぐ外れる様じゃ意味ねェからな?
「そう言う訳で……お詫びの品を」
ブレザーのポケットから――謎のカードを取り出し、頭を下げ両手でカードを持ち、俺へと差し出した。
――宛ら、名刺交換の図。いや俺は名刺差し出してはないけど。
「別に、こういうのは求めてねェが……何だよコレ?」
あのベリルが。クソネコが。ラリ猫が。
誠意を込めて差し出してきた為、無下にも出来ずに受け取って見る。
――トレーディングカードみたいだった。アイドルっぽい少女が写った、写真のカード。
「いや本当に何だよコレ!!」
知らない女のブロマイド手渡されても喜べるかァ!!
(――いや?)
な、なんか……見た事ある! どっかで一瞬見た事あるよ!
このキャピキャピ感……全体的に水っぽい感じ……もしかして !?
「これ、『アクアマリン』か?」
「正解! さっすがマオ氏ぃ~」
うりうりと肘で突っつかれる。ムカついたので一回頭を叩いた。
「ランコじゃねェのは分かるが……他メンバーなんて俺知らねェぞ?」
「~~っ! 凄いねマオ氏。真顔で人の頭叩いて直ぐ会話に戻れるんだ……?」
硬派は鋼の精神だからな(?)
「聞けば分かると思うよ」
「ほう?」
「それは”アクアマリン”クールなお姉さん系『リップ・ウンディウス』ちゃん!」
「知らんなァ」
何が『聞けば分かると思うよ』だよ。全部知らねェよ。無知だよ。
「なんでそれを持ってんだよ。オメーの推しはランコだろ?」
ランコのカードを布教とした目的で渡されるのは分かるが……何故別のアイドル?
微かな疑問に対し、ベリルは能天気そうな笑顔で――
「ダブったから。要らなくて」
「……」
コイツ……やっぱクソだわ。
……。
…………。
………………。
――ようやくベリルから解放されたのは、10時30分頃であった。
(なんか……ドッッッッと疲れた)
知ってる奴に会って、ちょこっと会話しただけなのになァ……(遠い目)。今なら宿屋で爆睡できるだろうぜ。
(さて……)
ブレザーのポケットに入った”リップのカード”を弄りながら、考える。
とは言え、だ。時間は限られている。今から宿屋に行って一眠りするには時間が足りなすぎる。
ここは気持ちを入れ替えて、”村ブラ”続行だ。
飯屋、武器屋ときた。宿屋、教会は俺の他が行ってるから行かなくていいか。
(消去法だな。残るは……)
俺の足は、”薬屋”へ向けて進みだした。
何か砂漠攻略に役立ちそうなモンでも売ってないかな、と期待を込めて向かう。
最悪、またエルルを保冷材にして進む羽目になりそうだが……。
地味に――いや派手に体力を消費するから切実だ。トバリ情報によると、暫くオアシスが無いみたいだからなァ――
……ざわ、ざわ
(ん?)
薬屋に近づいた所で――店の側で数人が言い争いをしているのが見えたし聞こえた。
『――高っ!? 高いよ!』
『高くするのは当たり前でしょう?』
『もっと安くしてくださいよ!』
『あー? 聞こえないよー?』
明らかに、揉めている感じだ。トラブルの香りがする。
(……チッ、冗談じゃねー)
ついさっきまでトラブルに見舞われていたこの俺だ。これ以上変な事に巻き込まれたくはない。
(回避、回避と)
こそこそと、遠巻きに騒動を見学しようと、隣の家屋の影に隠れて様子を窺った――
『だーかーら! もっと安く売れるはずじゃん!!』
『そうですね。このやり方は少々大人げないかと……!』
『……ズルい、です』
――幼い少女達と、
『分かってないですねぇ……いいですかぁ? これは立派な”商売”なんですよ?』
『そうだそうだ! オレらが先に買ったんだ。オレらに所有権があるんだよ?』
――不良じみた男達。
どうやら……2つのパーティ同士の対立らしい。
少女達の方は……3人共、箒の尻尾を生やしているから『ウィッチ族』だ。
黄色、青、緑とバリエーション豊かな髪色の少女達。見た感じ、やはりウィッチ族だからか、皆小学生くらいに見える――いや、実際そのなのかも?
対して、男達の方は……ヒレ耳の男が『マーマン族』、猿耳に猿の尻尾で”サルベース”の『ワーグ族』。
全体的にくすんで見えるのは、構図的に男達の方が悪者に見えるからだろうか。
『いいかいガキ共? そもそもこの”薬”はオレらが買ったもんだから、他人に売る必要ってないワケ。それをお前らが欲しいって言うから、仕方なーく売ってやるって言ってるんだ。値切られる義理ってないワケ』
『はぁーーーー!? ウチらが買おうとしたのを横入りして買い占めたんじゃん!』
……あァ、状況が読めたぞ。
『サル男』と『黄色髪ツインテ少女』の言い争いから、読めちまったぞ。
(少女達が薬を買おうとしたら、男達が割り込み買い占めた。売ってくれと男達に言うが、元値より高く請求されている、と)
会話からの盗み聞きだから、情報の精査は必要だが、ほぼほぼ当たりだろう。
両者とも、感情マシマシでぶつかっているからな。人間、感情がノっている時に”本性”が見え隠れするモンだ。
にしても……酷ェ話。
硬派の風上にも置けない。絡んだ事のない奴らだが……むかっ腹が立ってくる。
(悪意を感じる点も大きいな)
割り込んで買い占めもそうだが、家陰から見える男達の態度があからさま過ぎる。
明らかに、そうしようとして動いたと見て取れる。読み取れる。
だからこそ、むかっ腹が立つと言うもの。しばきてェ。
(しかしながら、一体全体何の薬なんだろうか? 見た所……皆、元気だが?)
『も、もういいよ……』
( !? )
――掠れる様な、弱弱しい声が聞こえた。
それも、今まで聞いた事のない声の種類。
『あたしは……だ、大丈夫だから』
――薬屋の軒下である。壁を背にして蹲るようにして座り込んでいた為、視認出来なかった。
明らかに、大丈夫そうじゃない少女が、震える体でこの騒動を治めようと声を上げたのだ。
(どこが……大丈夫なんだよ……)
目に見える肌の部分が――赤黒く腫れ、ひび割れ、傷んでいる。焼け焦げている様な印象。
少女自身、可愛らしい姿をしているから猶更――焼けている柔肌が、より惨たらしく見えてしまう。酸鼻をきわめている。
素人目で見ても分かる――砂漠の熱波による”火傷”だ。
(――良くねェな)
『何言ってるんですか「ルル」さん! あなたの”火傷”は重症なんですよ!?』
『そうだよ! 喋るのもキツいでしょ!?』
『……ボク達が助けるから』
『――だそうです。お仲間がそう言っているのですからぁ、大人しく薬に頼った方が良いですよぉ?』
『何事もお金が解決してくれるんだよ? さ、早く金出せよ?』
『――ッ! 最低、ですね』
『はぁ……今、出すから待っててよ』
『……下衆』
『! だ、大丈夫だよ……い、いざとなったら、あたしのま――』
「――必要ねェよ」
「――え……?」
火傷で苦しんでいる少女の前へ――進み出た。
驚きや警戒、様々な感情がこの場で渦巻いている事だろう。
だが、俺は気にしない。気にする事にも値しない。
――トラブルは避けたい。だが、だからと言って、見殺しにする理由にはならない。
「だ、誰……?」
「これ、飲んでみろ」
驚いている少女へ屈みこんで目線を合わせ、小瓶を手渡す。
「! こ、これ純正の――」
「いいから、早く」
「え……?」
「いいから」
「う、うん……!」
有無を言わさず飲ませる。ごちゃごちゃ説明する必要もない。
俺からの”威圧”を感じてか……少女は疑う事なく、素直に従った。
コルクを取り、小さな口で一気に呷った。
(悪いな、ティタ。俺の為に準備してくれたモンだが、他人の為に使っちまった)
――状態異常を回復する『ステータスポーション(SP)』。こんな所で役に立つとはな。
(”火傷”は間違いなく”状態異常”だ。効かない訳がない)
量自体、ビンの栄養ドリンクよりも少ない程度。直ぐに飲み干してしまう。
瞬時――少女の体がほんわり光り、小さく弾けた。
……。
「……あ、な、治った!」
しゅわしゅわと、火傷していた肌が、元の肌へと戻っていく。治っていく。
効果覿面だった様だ。薬の効果を見せびらかす風に、少女は元気よく立ち上がり、焼けていたはずの肌を摩った。
無論、全体的な火傷は跡形もなく消え去っている――
「ケッ。カッコつけてんじゃないよ、お前」
サル男が、俺を睨んでいる。
――それだけじゃない。人魚男も、面白くなさそうに顔を歪ませている。苛立ちが可視化して見えている。
「……ハ! 何言ってんだ、オメー」
正面から迎え撃つ。こう見えて俺りゃ、ガンつけは得意なんだヨ!
「人生、カッコつけて生きたいだろ?」
”硬派”は”カッコよさ”の詰め合わせなんだぜ? まだまだ甘ちゃんだナ?
「……ふざけてんじゃないよ?」
「これは立派な”妨害行為”ですねぇ……?」
殺気立つ男2人が、一歩進み出る。負けじと俺も一歩進む。
後退する必要はねェ。そっちがヤる気なら、俺もヤるだけだ――
「……待て、お前ら」
――唐突に、低く轟く声が投げ込まれた。
男2人が慌てて背後を振り返る。釣られて俺も、その視線の先を追う。
「止めて置け……今はまだ、”戦いの時”じゃあないぜ……?」
悍ましさを擬人化した様な男が、ゆっくりとやって来た。
――禍々しい、紫のウェーブロングヘアーを靡かせた、長身の男。額からは山羊の角が2本、目の上の方から生やしている。
爬虫類を思わせるトカゲの尻尾――コイツは『ドラゴニュート族』だ。
(どちらかと言うと……全体的に蛇っぽさがあるな)
鋭い目、得物を狙う様な挙動、漏れ出ている凶暴さ……波打った長髪もあって、”蛇”の要素に頭が引っ張られている。
ま、蛇もトカゲも同じ爬虫類なんだが。
「し、しかし!」
「邪魔が入った時点で……この商売は成り立たねぇ。小遣い稼ぎは出直しだ」
「へい!」
蛇男の指示で、あっさりと引く男共。随分と、飼い慣らされているんだナ?
「……!」
「…… !? 」
無言で、俺の前に立つ蛇男。対する俺も、無言でメンチを切る。
フン、我慢比べでも始まったか? と一瞬思うが――
「…………フッ」
――これもまた、あっさりと幕切れ。
髪を振り回しながら背を向けた。そのまま、背中越しに、
「――またな、『善人』」
地の底を這う様な低い声で、俺に吐いた。
「――失せろ、『悪人』」
言葉を投げかける。しかし、俺の言葉なんて意に介さず――舎弟2人を引きつれ、ヒラヒラ手を振って去って行った……。
(あの野郎……!)
二度と会いたくはない。アイツは……明らかに悪い事を企んでいる、悪ィ奴だ。
俺の中の”硬派”が警鐘を鳴らしている。アイツと関わるのは――地獄行きだと。
(――分かっているさ)
アイツは……やれる奴だ。フェンとは別ベクトルで、今後の強敵となるだろう。
肝に銘じた――いや、脳裏に焼き付いた。
――蛇男、アイツはドエレーヤベェ。
「……ふぅ」
闘志に種火が点きつつある。髪をかき上げ、冷静さを取り戻そう――
「あ、あの!」
気付けば、俺の周りに少女達が集まっていた。
「あ、ありがとう! おかげで助かりました!」
ペコッとお辞儀。小さい子が、更に小さく見える。
「……気にするな。俺がちょっと出しゃばっただけ」
「そんな事ないよ! きみのおかげだよ!」
「そうだよ! ちょーカッコよかったよ! ちょークール!」
キャイキャイ燥ぐ赤髪の子と黄色髪の子。
おお……若々しい女子パワーに負けそうだ。俺も若いはずだけど。
「それ、結構高価な物ですよね?」
一歩引いた位置にいる青髪の子が、赤髪の子へ飲ませたSPを指差す。
「……純正品は高い」
緑髪の子が淡々と事実を述べる。
確かに、ちょっと高いとティタが言っていたから……そうなのだろう。
「値段は関係ないさ。大事なのは”効能”だろ?」
「いやいや、大事ですよ。それだけの物を使わせてしまったという事です」
「……大事なのは、”結果”だろ?」
「さっきと言ってる事ちがーう!」
「ま、結果的に助けられて良かったよ」
「……無理やりまとめようとしてる……?」
もう、タジタジだ。
寄ってたかって口々に突っ込まれるから、硬派も形無しだ。
「……あ、あたし! 『ルル・サリューズ』って言います!」
収拾が付かなくなってきた所へ、赤髪の子が自己紹介を差し込んだ。
――赤髪でセミロング。頭の左右に小さい一本結び――ツーサイドアップっていうヤツか?
おどおどしている様な印象だったが……固い”芯”を感じる。それは、『大丈夫だから』と自分を犠牲に出来る精神が垣間見えたからだろうか。
「あ! ウチもウチも! ウチは『ティア・セクソクヴィラ』! ちょー元気印だよ!」
自分で言う? 明るい子である事は間違いないが。
――黄色の長髪で、ツインテール。男達と言い合っていたのは、主にこの子。
パーティの中でも、前に出て引っ張っていくタイプかも。
「ならわたしも。『モナ・アーチヘッズ』です」
流れに沿って、冷静に、自分の名を告げた。
冷静……と言うか、一歩引いている所や、どこか警戒している様な視線から、冷めていると表現すべきだろう。
――青髪のロングでストレート。このパーティの参謀役だろうか。
「……?」
青髪の子――モナが言い終え、流れ的に――と、皆の視線が緑髪の子へ向く。
しかし、当の本人がピンと来ていないのか、不思議そうに首を傾げた。
「……どうしたの?」
それはこっちのセリフだが……。
「ほら、『クリス』ちゃん。今皆で自己紹介してたんだよ?」
「……あ、そうなの」
赤髪の子――ルルに促され、ボーっとした表情で重い腰を上げた。
「……『クリス・ギャラルー』……です。よろしくです」
――緑髪のロングヘア―を、後ろで三つ編み一本にして垂らしている。
この通り、実態の掴めない不思議な子だ。ぼんやりしている様で、先程の言い争いには参加していたし、良く分からん子。
(……ん? よく見ると……)
4人を改めて見て、気が付いた。
皆が皆、前髪に黒のメッシュが入っている。仲間同士、オソロにして楽しんでいるのか。
(”仲間”っつーか、”友達”って感じだナ?)
この子達の空気感は、友達同士な感じ。ただ仲が良くて組んでいる様な、友達同士の延長線上と言うか……言葉にするのも難しい、が――
(ほんわかしている)
暖かい空気感である事は、間違いなかった……。
……。
4人の少女達が、俺へと集中している。
期待に満ちた眼差し、好奇心に輝く目、厳しい視線、虚空を見つめる瞳――
「分かりますよね? あなたの番ですよ?」
モナに促されては、言わざるを得ないだろう。
(ま、そもそも言うつもりではあったが)
礼儀には礼儀を。”仁義礼智信”は、いつも俺を高めてくれる。
「――マオだ。宜しく」
この子達との出会いは、良い”縁”であります様に……。