41時限目 虚弱者の休憩所<1日目>
――時刻は、9時30分とちょっと過ぎた。
ムペムペ砂漠に着いてから――1時間30分程度、経過した事になる。
長い様で短い、濃密な時間だった事は確かである。
ティタが発見した謎の”黒い塊”を目指し――俺ら『勇者パーティ2軍』は、散り付く灼熱の光線を全身で浴びながら、砂漠を邁進した。せざるを得なかった。
……その結果――
「……なァんか、見えてきたな!」
「あれって……そうよね?」
「そうだね~あれだね~」
「や、やりましたっ!!」
「「「「 オアシス !! 」」」」
――オアシス。砂漠の様な乾燥した地域における緑地。
泉や河川を形成しているものがあり、砂漠の観光における拠点として利用されるらしい。
また、落ち着く場所、安息の地――みたいな比喩として、”オアシス”という言葉が使われたりする。
(正味、情報として知っているだけだったが……)
――果てのない砂漠だと思っていた。ただひたすらに、足だけを動かした。
(期待感だけが、膨張を起こしている)
黒い塊へ近づくにつれ――俺にでも認識出来る距離に近づくにつれ――緑色の、村らしきものが露となった!
(――リアルなオアシスッッ!!)
「マジで……あるんだな、オアシスは……!」
「あれ絶対オアシスだよーー! わーい!」
「ティタ! お手柄よ!」
「えへっ!」
喜悦の声が沸き上がる。暗闇に沈んでいた心が、輝く空へと浮上する。
「……チラホラと学園生も見えますね」
「ティーちゃんみたいに目が良い人がいるんだろーねぇ」
「『ワーグ族』か」
「それか……空を飛べる『ハーピー族』、五感の優れた『ニンフ族』、状況分析の『ヒューマノイド族』ってところかしら」
(結構いンじゃねェか……)
本当に、只々だだっ広い砂漠だと思っていた。見渡す限りの砂の海。見通せてしまう絶望の世界。
しかしながら、砂山等の傾斜や蜃気楼、砂塵によって――遥か彼方まで見通せていなかったらしい。
「チェックポイントと捉えても良さそうね」
俺の背中におぶさっている保冷剤が、そう呟く。
耳元でボソッと喋りやがった為、若干ASMRみを感じてしまった。
「何故そう思う?」
「ヒントが”強烈な熱源”しかないのよ? いくら学園が厳しい試練を課すとしても、何もない砂漠に私達を無責任に解き放ったりはしないと思うわ。そんなの『干からびてください』と言っている様なものだもの」
「つまり、学園側の用意した”手がかり”の1つって事か?」
「同時に『温情でお膳立てしてやったのだから、ここまでは来れるよね?』的なチェックポイントって事」
「あァ、そういう」
ピスカの魔法で何とか辿り着けそうだが、これがエルルの言う通りのチェックポイントだとしたら、初手でそれなりの脱落者が出るだろう。
(手厳しいねェ……)
油断は一切していないが、学園の課す『5つの試練』――中々、苦しい戦いになりそうだ。
「取り敢えず、飯食いてェなァ」
「情報収集も必要よ。この砂漠について色々知りたいし」
「わたしは休みた~い」
「シャワー浴びたいです……キンキンに冷えた水で」
各々が、欲望を素直に吐露していく。
変わらない景色を、キツい熱風を浴びつつ、時に不安定な砂にハマりながら、余計な体力を消費しつつ我慢の行進だ。不満が溜まらない訳がない。
何となく、足取りが軽くなった気がする。相変わらず、砂に足は取られてはいるが。
”ゴール”は分からないが、”セーブポイント”は見つけた。そんな心境。
「さ、あと少し気張るか!」
「ええ!」「はいっ!」「あいさー!」
……。
…………。
………………。
――そこは、大きな泉を中心にした村であった。
――『ナッグルオアシス』。そう書かれた看板が、砂の大地へと突き刺さっている。
連なる様にして毒々しいサボテン……? が、”村”と”砂漠”を区分けする様に、境界線の如く、将又、国境として仕切る壁として生い茂っていた。
オアシスへ一歩踏み出すと……一面草の絨毯がお出迎え。
小さな小さな雑草で出来た床となっている。泥濘からの解放であった。
俺がナッグルオアシスを”村”と表現しているのには理由がある。それは――
「あ! 『宿屋』があるよー!」
大きな泉の他に、木製の家が立ち並んでいるからだ。
それも……『宿屋』、『飯屋』、『武器屋』、『薬屋』、『教会』と大きな看板を掲げている……まるでRPGに出てくるような建物が、規則正しく顔を揃えていたからである。
( !? ガチでゲームの世界だ! ドエレー!!)
内心、狂喜乱舞。まるで異世界みたいだぁ~(直喩)
「つーか涼しくね?」
村に入って気が付いた。とても涼しい。
真夏の直射日光の中、冷房の効いたコンビニに逃げ込んだ様な感覚だが。
「あれよ」
背中から声がして、エルルが指差している方向を見る。
(……サボテン? が煙吐いてる?)
村と砂漠を分かつ謎サボテンをよく見ると……体からうっすらと煙が排出されている。
「『クラウチーク』って植物ね。地中の水分を吸って、”雲”を吐き出す特性を持っているわ」
「あ、だから若干涼しいんですね!」
要は、熱風から村を守るようにして、目で見えるか見えないかレベルの雲を張っているお陰で、暑さが弱体化しているっつー事らしい。
――正に、オアシス。熱から守ってくれて、その上様々な店のある休憩ポイント。最初の村。
「意外といるね~」
キョロキョロと辺りを見渡すピスカ。
――確かに、ざっと見た感じでも20人、30人程度はいるだろうか。
勿論、皆学園生。そして、エルルの言っていた通り、ワーグ族やハーピー族がちょくちょく居る。
(遠くからこのオアシスを見つけたのが早かったんだな)
俺らも遅い方では無いと思うが……それでも、俺らより先にここを見つけられたという事実は、改めて身を引き締める理由となった。
「……て言うか、いつまでおんぶされてんだよ」
近くのベンチで休んでいた学園生達の視線を感じ、ようやくおんぶし続けている事に気が付いた。
……ちょっと恥ずかしい。”氷属性化”のせいでキラキラしているから尚目立つ。
「え? ずっとおぶってくれるんじゃないのかしら?」
「ほざけ保冷剤」
その場でしゃがみ、エルルを解放した。
すぐに両手いっぱいに伸びをしている。さぞ快適な旅だったろうよ。
「う~~~~ん。おんぶされているのも、案外疲れるのね」
「俺りゃその何倍も疲れてんだぞ?」
「ご苦労様。またよろしくね?」
「二度としません」
幾ら涼しかったとはいえ、腰にキている。こんな事はもうこおりごりだ。氷だけに。ふふっ。
「何ニヤニヤしているのよ」
おっと。ポーカーフェイスがウリであるこの俺が、どうも表情に出てしまっていたらしい。反省。
「……じゃあもう切っていいよね~?」
「何が?」
「魔法」
「ああ……」
すっかり忘れていた。直ぐに理解できず、曖昧に返事した所で――エルル自身が纏っていた氷の気配が一瞬で消え去った。
「ふーーーー……」
大分魔力を使ってしまった様だ。あのピスカが大人しく息を吐いた。
「お疲れ。ありがとな」
「とても助かったわ」
「ピーちゃん! ありがとうございます!」
「どーいたしましてー」
三者三様に感謝を述べ、ヒラヒラと手を振って受け止める。
ピスカの魔法が無ければ今頃……うわー、考えたくもねェな。
「取り敢えず、飯にしようぜ?」
一先ず……腹が減った。
暑さで体力を消費したためか、体がエネルギーを欲している。割とガッツリめでもイケそう。
それと、オアシスに到着してから、飯屋からいい匂いがしてきて我慢ならん。
(それもガーリック系なんだよなァ……あー、そそる)
自分の体に正直に。素直に前向きな意見を述べたが――
「まだ9時ですが……」
「食べれるうちに食べた方が良いとは思うけれど……早くない?」
「それより休みたいな~」
――女性陣から反対意見が噴出してしまった。
「じゃあどうするよ?」
「わたしは休みたいなー。魔力使ったからさー」
「そうだな。休憩は必要だな」
ピスカはずっと休息を主張している。
そりゃそうだ。あんだけのんびり屋なピスカがここまで頑張ったんだからな。尊重してやるべきだ。
「7時間くらい寝たいなー?」
「ざけんなー?」
今日が終わるわ。休みの日に夕方起床ぐらい絶望感あるわ。
「……ピスカの意見は分かった。エルルは?」
「私は少し休めば大丈夫よ。それから情報収集したいわ」
「言ってたな」
この村に情報を得られそうな店は無さそうだが……どっちかと言うと他の学園生との情報交換ってところか?
「ティタは?」
問いかけると、ティタは少し照れたようにして……
「……お風呂入りたいです///」
「よし! そうしよう!」
「「こらこら」」
その他に止められた。
俺とした事が、ティタの可愛さにヤられて思考停止してしまった。ズルい子だわ。
「皆の意見は分かったが……」
「バラバラね」
「あ、あたしのお風呂は無しでいいので……!」
「まーまー。お風呂は大事じゃん? わたしも汗流したいし―」
「俺も飯食いたいしー」
「ちょっとー。真似しないでよー、マーくん。真似するならもっと可愛くやってよー」
「食いたいし☆」
「うわっ! キモッ!? 誰!?」
「は?(威圧)」
「ふふっ! マオさん、怒ってる真似上手いですね!」
「マジだが?(真顔)」
「……くぅーん」
「ティーちゃんイジメるなー!」
「君にキレてんだよこの野郎」
「混沌としてきたわね……」
……。
「じゃあ一旦自由行動にすっか?」
「……そうね」
全会一致で解散となった。取り敢えず11時オアシス入口集合。
……。
…………。
………………。
――ここは、”飯屋”『セーフミート』。
まず外観。木で作られたロッジの様な立ち姿である。
山奥でひっそりと佇む、知る人ぞ知る隠れ家的レストラン的な奥深さを感じる。
……とはいうものの、でかでかと『飯屋』と書かれた看板を掲げており、強烈な芳香の自己主張が激しい。
嗅ぐだけで法悦。鼻腔が幸せ。既に満たされているかも。
(まぁ、食うけど)
次に内装。何と言うか、俺の想像していた異世界の酒場と言った感じ。
木で作られているから当たり前だが、中もログハウス。木の温もりが、良い感じ。
「いらっしゃい!」
元気のいい店主に迎えられ、油でべた付く店内を歩く。
学園生は数人しかいなかった。ま、朝9時だしな。朝っぱらから重いモン食えるのは、俺ぐらいなモンですよ(自信過剰)
人も少ない事だし、折角だから店の奥の4人掛けテーブル席へどっかり座る。
(ふむ……)
テーブル上にあるメニューを手に取る。これもべた付く。
パラパラとページを捲るが……名前の通り、肉料理主体であった。よく分からない魔物の肉が使われている様だが……ウマそうだから、ヨシ!
……。
「はいよ! 『魔豚の丸焼き』!」
(う、うおおおおおおおおおおお !? )
ま、まんま……豚の丸焼きだァ!! 漫画飯だァ!!
――思いっきり、かぶり付く!
瞬時、肉汁が、飛沫を上げる。弾力のある肉だが、簡単に噛み切れる。噛む度に、旨味と油が口いっぱいに広がり、脳が喜び震えている。
(”豚”なのに”羊”とはこれ如何に)
――なんて、下らない事を考えるも、それ以上に……うンまい!
……気付けば無心で食っていた。只々飯を貪る。食へ向き合う原始の姿。
飯を食う時はこうあるべきだ。喰らう。命に感謝し、命を食らって、命を長引かせる。
(ごちそうさまでした)
十分程度で完食。誠に美味でした。
「ありがとうございましたー!」
店主へお金を支払い、店を出る。お釣りもべた付いていた。
中々考えさせられた。飯を食う、ただそれだけでこんなに幸せなんだってな。
「……さて」
無事、腹は満たされた。良い間食となった。内心、店を評価する――
(――☆、1つ)
全体的にべた付いていて嫌だった。