39時限目 砂漠の洗礼<1日目>
――朝8時頃、目的地である『ムペムペ砂漠』へと辿り着いた!
「「「「暑っっっっっっっっっっっっっっっっつ!!!!」」」」
――ヴァルヴァラ学園の飛行棟から、探検者ギルドへと転移び、そこから『ムペムペ砂漠行』のホームへ行って転移だ。
一瞬、意識が飛び――視界がはっきりとした時には、既に転移完了。地下深くにあるムペムペ砂漠のホームへと降り立っていた。
(相変わらずドエレー……)
魔法による現実感の喪失と、価値観の齟齬については置いておいて。
まるで地下鉄のホームの様な様相で、見慣れたような見慣れない様な……不思議な既視感に犯される。
勿論、電車やレールと言った近代の類は無いのだが。
だだっ広く無機質で暗い地下広場――と言ったところ。
やや黴臭さを感じつつ、他の学園生の流れに身を任せ、地上を目指して勇ましく行進。
――正に”軍隊アリ”だ。俺達は今、アリとなってぞろぞろと歩き荒ぶ。地を踏む足音と、反響する話し声と、我々が有機物だと再認識出来る息遣い。
様々な音が共鳴し、共振し、1つの”軍”として蠢いている。
(気張っていくしかねェよな……!)
俄然、ヤる気しか起きない。長い長い階段を、列になって登っていく。
この先は試練への入り口だ。差し込む光は希望か、将又絶望なのか……。
――数十分、入り口を目指して登って……遂に辿り着いた。
「……いやいや、暑っつ!?」
外気に触れた途端、肌がチリリと疼く。
洒落にならない冗談じゃないレベルの熱波が、俺達を厳しく出迎えてくれた。
と言うか、それ以前に――
「……な~~~~~~~~~~んにも、無いね~」
視界全てが砂漠であった。空の”青色”と砂の”茶色”のグラデーション。
「ガチの砂漠じゃねぇか、これ」
「そうね……ガチだわ」
「ガチのガチですね……」
悲壮感漂うエルルの横顔を見て、俺もまた顔を顰める。ティタのイヌミミも怯える風にして平伏した。
ホーム自体が砂の中に埋まっている為、猶更一面何もない様に見える。
「マオ、後ろ」
「おっと」
入り口で突っ立っていると、後ろから同じように登って来る学園生の邪魔になる。エルルに言われて直ぐに脇へと移動。
「ここが件のムペムペ砂漠なんだねぇ~ふむふむ」
「何だか……とんでもなく広いです……!」
「そしてとんでもなく暑いわ」
「「「……(無言の頷き)」」」
4人の認識は全く同じ。
――広くて……暑い。単純だが、ドエレー厄介な状況である。
(原因がシンプルに分かりやすいってのが、一番面倒なんだよな)
ここよりはるか遠く――地平線より少し上に、太陽の様な日の光――そもそも、この異世界には太陽があるのか知らないが、俺達を照らしている”熱源”が原因である事は間違いない。
真っ青な空と一際輝く”太陽もどき”。他は大海の如き砂の海――
実際は、所々砂の山が形成されており、正に砂漠。ザ・砂漠。ジ・砂漠(ネイティヴ)。
(リアル砂漠なんて初めて来たが……想像以上に、想像以上だ)
砂漠に付いて3分もしない内に……額から汗が垂れる。
視界は汗でボヤけ、頭が沸騰しているか如く余剰に過熱されている。
汗は額だけじゃなく、腕も汗ばみ、背中では一筋の雫が流れ落ちた。汗で衣服が湿り始めている。
そりゃそうだ。直射日光(?)を浴び続けているのだからな。
(せめて木陰でもありゃあ幾分マシだったが……)
見渡す限り――多少の草は生えてはいるが、木の一本も生えていない。木陰なんて以ての外。
「とりあえず、突っ立ってないで進もうぜ。暑すぎる」
「どっちに?」
「……」
……どっち、なんだろうなぁ?
……。
…………。
………………。
「……グゾ暑ィ゛……!」
――数十分経っただろうか……体感では、1時間以上炎々と――延々と歩いている気がする。
俺達『勇者パーティ2軍』は、取り敢えず北西方向へと進んでいた。
あの太陽の様な”熱源”くらいしか目印が無い為、熱源を目指して進むしかなかった。
「暑い゛よ゛ぉ゛ー……」
隣を歩くピスカも、この暑さにやられフラフラしている。滝の様に汗を流し、前髪が湿りに湿っている。
「はぁ、はぁ……こ、こっちの方向で良いんでしょうか……?」
息も絶え絶えに少し後ろを歩くティタは、黒タイツが仇となってより暑そうだ。頭上のアホ毛が湿ってへにょっている。
「他の学園生達も”アレ”目指して歩いているからな……」
勿論”硬派”な俺と言えども、流石に暑さには負けていた。
自慢のオールバックは汗で乱れ、黒のタンクトップは肌にじっとり張り付いている。全身”黒”というのが災いになっている。
肌に張り付く服に嫌気がさすが、脱ぐ訳にもいかない。この熱波で肌を晒そうもんなら、直ぐに”真魚のミイラ”の完成だ。
「まぁ、他に目ぼしいモンもねぇし」
砂を踏みしめ、辺りを広い視野で見る。
他の学園生達も同じように暑さに悶え苦しみながら、熱源へと歩を進めている。
あれだけまとまってホームから飛び出た軍は――あっという間にバラバラに点在している。
俺ら4人の周囲1キロ以内には誰もいないんじゃないか、と疑うレベルで他と距離が離れている。
――しかし、これだけ広い砂漠だ。遮蔽物が皆無な為、どのあたりに何人程いるのか、目で簡単に確認出来た。
『あの暑さの原因に……「灼熱結晶」があると見たわ!』
エルルが声高らかに言い放つ――遥か後方で。
「……いいから、早くこっちまで来いよ?」
『わ、分かってるわよぅ……』
「ルーちゃんだいじょうぶーーーー??」
『待ってなさい、今、はぁ、追いつくから、はぁ』
ぜーはー、と息を荒くしながら、俺ら3人より遅い歩みで付いてくるエルル。仕方なく待ってあげた。
「はぁっ、はぁっ!」
――数分は待った。体感30分は待った。汗だくだくだくのエルルがようやく合流。
顔は真っ赤に火照り、マントすら濡れて張り付く始末。一度川にでも落ちたような状態であった。
(ま、それは俺らも同じではあるが)
何なら汗が渇いて塩が出来ている箇所もある。これで塩分には困らないな!(自給自足)
「何なのよこの砂漠!」
「キレんなよ……」
暑さで思考回路が攻撃寄りになってんのか? 気持ちは分るが。
「ルーちゃん、どうどう」
「うぅ……もう疲れたわ」
「頑張れよ?」
「ありがとう、頑張るわ……」
ピスカにあやされながら、再び歩を進める。今度は、少しペースを落として。
「あの先に”灼熱結晶”があるって?」
「え、ええ。その可能性が高いわね」
「根拠は?」
「これは”試練”よ。それも学園が用意している試練。明確な答えがないと、合否を出せないじゃない?」
「そりゃそうだが」
会話をしながら汗をぬぐう。
……汗が出るうちはまだいい。汗が出なくなり始めたら熱中症の疑いが出てくる。
探検バッグの中からぬっるい水の入ったボトルを取り出し、少しだけ飲む。
(最早お湯!)
先の事を考えるとがぶ飲みは出来ない。水が無くなったら――本当の終わりがやって来る。
「ここまで情報が無くて、あるのはあの熱を放つ存在……そのものがヒントって事よ」
「成程な」
エルルの言う様に、ここまで何もなく砂漠を練り歩く事になるならば――熱源こそが、目指すべきゴールなのかもしれない。
「とにかく進みましょう。せめて、木陰があるといいのだけれど……」
「目視だと何も見えないな」
絶望的な程に何もない。ただの砂漠。一日中、熱波を浴びながら進まなくてはいけないのか?
「……そうでもないかもしれません」
打ちひしがれそうになった所で、ティタが目を凝らして先を見ている。
「この砂漠、真っ平と言う訳ではありません。所々凸凹していますよね?」
「そうだな」
確かに時折、砂の山が構築されている。砂の地面自体、少し沈み込む程度には砂が積もっている様な状態だった。
「4、5キロ先ぐらいに……砂の山とは違う塊が見えます」
「 !? 」「ホント!?」「うっそ~~!?」
ティタの見ている方向に目を向けるも……蜃気楼でぼやけて良く見えない。
「よくよく目を凝らすと、何かあるのが分かります」
前方を見ていたティタが、くるっと俺らの方へ振り返る。
自分も暑さで怠いだろうに……握り拳と笑顔を作り、
「希望はあります! 元気よく行きましょうっ! こうはーちゅうにゅうっ! ですっ!」
明るく可愛く、俺らを鼓舞してくれた――!
(……推しが今日も可愛い!)
これ以上の”幸せ”ってある? 俺は無い(断言)
「……はぁーーーーティタをモフモフして抱きしめたいわ」
「……なんなら揉みくちゃにしたいよね~~~~」
「むしろ全身洗ってあげたいわ」
「その後優しくドライヤーで乾かしてあげたいよ~」
(……は? 分かりみ)
3人共メロメロであった!
「――とは言え、最低4キロは歩かなきゃいけないんだねー……」
「そうですね……」
ティタのお陰で、微かな希望が浮き出てきたが……現状の解決にはなってないわな。
「涼しくなるアイテムでも持ってきたら良かったなー」
「無い物ねだりしても仕方ないわよ?」
「そうだけどー……”冷感グッズ”でもあればなー」
(……待てよ?)
「つーか、ピスカの魔法で何とかなんねぇ?」
「んにゃ?」
ぽかん、とした表情をするピスカ。流れ落ちる汗と一緒に、前髪をかき上げる。
「ピスカの【付加】で、”氷”でも付けらんねぇのかってハナシ」
「……あー」
――ピスカの魔法――【付加】は、10種類の『属性』を付加できる魔法らしい。
「”氷”も確かあったよな? それ、俺とか人に付加出来ないのか?」
「付加って言うかー付加ね、付加」
「はいはい」
わざわざカタカナ語で呼びやがってこの野郎……カッコツケCが。
「その――【付加】で、俺とか人に付けられんのか?」
ナイフに属性付加出来るのであれば、人にも出来そうな気がするが……。
「……人は皆、何かしらの”属性”を持っているわ」
「急に何?」
「良いから聞きなさい?」
突然、語り始めたエルルに茶々を入れるも、直ぐに諭されたため口を閉じた。お利口さんだ。
「人は皆、何かしらの”属性”を持っているわ」
「おう」
ちょっとずつでも、足を前に進ませながら話を聞く。
時折、熱風が吹き込んでくる。周囲の砂を巻き上げ、強烈な熱と共に砂塵が襲い掛かる。
(チッ!)
その都度、顔を覆ってガードする。庇いきれない部位が熱で激しく痛み、歯を食いしばって耐える。
「! ゲホッ! ゲホッ……要は――”持っている属性に、外部から属性を介入させるのは難しい”って事よ」
「……大分端折ったな?」
「し、仕方ないじゃない!」
咳込みながら、涙目でプンプンしているエルルだが――再び吹き荒れた熱風を受け、弱弱しく溜息を吐いた。
「何なのよ~~~~っ!」
ここまでエルルがグダっているのを見るのは新鮮で、珍しく、愛おしくも感じた。
「フン、成程な?」
「……何ニヤニヤしているのよ」
「気のせいだろ」
フッ。お得意の”エンパシー”で感じているだろう。俺がエルルを見て愉快そうに思っている事をな!
「マオさん何だか楽しそうです……」
「まぁな」
「……ムカつくわね」
やんややんや燥いでいる間――ピスカは腕を組み、俺に言われた事について考えている様だ。
「う~~~~ん。人に【付加】ねぇー……」
「出来ないか?」
「んにゃ、そう言えばやった事ないな~って」
「意外だナ?」
ピスカの事だから、自分に属性付加して遊んでいるモンだと思っていたが……。
「”属性剣”ってカッコいいじゃん? 炎の剣とかー、雷の剣とかー」
「分かる」
「私は分からないけど……」
はぁー、これだから”少年心”を持ってないヤツは……。
「……何だか心外なのだけど?」
「ま、漢の浪漫だからナ?」
「マオの言う”硬派”といい”男の浪漫”といい……分からないし、興味も湧かないわね」
「おいコラ」
さり気なく硬派ディスってんじゃねぇぞ? しばくが?
「試す価値はあるんじゃない?」
「そうだねー……」
――暑さで頭が朦朧とし始めている。
一刻も早く、この状況を打破しなくては、数キロも歩けずここで打ち止めになってしまうだろう。
「……ふー」
額から、大量の汗を流しながら、目を閉じる。
エルルの指示で、ピスカが魔力を集中させている――様に見えなくもない。
「……うーん、イメージが湧かない……」
「とりあえず、エルルを氷属性にしてみろよ」
「! え、私!?」
遠慮なく、わたわたしているエルルの背を押してピスカの前へ。
気が付けば、ピスカの右手がガチガチに凍っている。
「行くよールーちゃん! 頑張れーーーー!」
「頑張るのは貴方でしょう!?」
逃げようとするエルルを後ろから羽交い絞めにしてやると、ピスカの凍った右手がエルルに触れた――
「 !? うおっ!?」「うわーっ!」「きゃいん!?」
――刹那、エルルの体が大きな氷塊となって凍り付いた。
腕を掴んでいた俺は、慌てて離れたが――俺自身、凍っている訳ではなかった。
エルル自身が見えない程の――大きな氷塊。純粋な冷気に、周囲の温度が下がっている――
「……これ、こんままエルルの事運べねェかな!?」
「いいねそれー!」
「ふ、二人共……!」
『――私は冷感グッズじゃないわよ!』
――亀裂が入る。
ミシミシ音を立てて氷塊が割れていく。砕けていく。中身の正体が現れていく――!
「……成程」
氷の飛沫を飛ばして顕現したのは――冷気を纏ったエルルそのものであった!
「芯から冷めているわ……今の私は」
”氷属性”のエルル――爆誕!!