第6話 メイドのエルフは物知り
ヴァルサリル城内の一階にある『食堂室』へと向かう、俺とティタ。
目的は、ティタ謹製のオムライスをご馳走になるためだ。
――道中、城内部を軽く観察する。
全体的にシックだが、華美さもある壁、窓、灯り。窓の外からは城下を一望できるようだが――
「 !? 」
城下町は、まるで天花市レベルの発展をしていた。
ビル、道路、信号機……そして車らしき乗り物が交差点を行き交う。
全くそのもの、とまではいかないが……皆、本物さながらな外見をしていた。
「ドエレー……」
「――『ルザブル』も大分発展したんです」
「ルザブル?」
「この街の名前です。アーキュリアの首都『ルザブル』。中心部にこの城、ヴァルサリル城が建っています」
「フン……つまりここがアーキュリアのど真ん中ってことか」
「そういうことになりますです」
良くも悪くも、異世界らしくない光景に目を奪われた。
もっと発展しておらず、原始的な生活をしているかと思っていたが……そうでもないのかもしれない。
(正直、中世レベルの環境だと思っていた……)
侮りがたし、アーキュリア。異世界とは言え、その差はほぼないようだ。
「あ」
「何だ――」
ティタの声に釣られ、凝視していた方を見ると、
「 !? 」
「『ホワイトドラゴン』ですね! 優雅です!」
「……ハ」
全身雪の如く真っ白な、誇張なしマジモンのドラゴンが、目の前を横切って行った。
例えるならば、コモドドラゴンを巨大化させ、真っ白な色合いにし、コウモリの様な翼を生やさせ、全体的にスマートさせたような存在――ドラゴン。
(どこが「その差はほぼないようだ」だ!)
……訂正。大差。俺の世界と相当な差があると認識を改めた。思考が一転二転して忙しい。
「白い竜は”秩序”を司り、黒い竜は”混沌”を司ると、昔から言われています」
「秩序……。だから白い竜が、城の回りを巡回さながら飛んでいるのか?」
「はい。ホワイトドラゴンなりに、空の秩序を守ります。でも、ホワイトドラゴン以外が付近を飛ぶと、撃墜しようと襲ってくるのです」
「フン。勝手に城の周りを飛んで、テメーの領域犯されそうになったら襲撃するっつーのは、縄張り争いしている不良みたいなもんだナ?」
ま、領域から出て来ない分、龍っころの方がお利巧と言えるが。
その点、不良は質が悪ィ。テメーの領域じゃ飽き足らず、他方へと広げやがるからなぁ。
ホワイトドラゴンが飛び去って行くのを見送り、意識をこっちへ戻すと、ティタが不思議そうな顔をしていた。
「?? 不良、ですか……?」
「何だティタ。君は不良の存在を知らないのか?」
「え、あ、はいぃ」
なんて純粋な子なのだろうか。それか、不良の存在がそれ程広まっていないか。
「マオさん、不良って何なのでしょう?」
――どちらにしろ、不良なんて知らない越したことはない。
「――落伍者だ」
……。
…………。
………………。
食堂室は広く、ガラス張りで見晴らしが良かった。
1階にあるとは言え、城自体が見晴らしのいい丘の上にあるのだろう。明らかに高所の感覚。
廊下からの景色より、こちらの方がルザブルを一望できる。
(見れば見る程、現代的だ……)
一部”龍っころ”が飛んではいるが、ほぼほぼ俺の世界の俺の街の景観。
それもそのはず。俺の天花市とアーキュリアは交流があると言うし、片方だけが発展する道理がない。
(俺は無意識に異世界を見下したのかもしれない……勇者に頼るしかない他力本願の国民性だと)
自身の軸――信念を得る前に、まずは固定概念の排除から始めないといけない。
――色眼鏡を外す。全てを裸眼で見なければ、正しい選択は出来ないだろう。
「早速、キッチンで作りますので、寛いで待っていてくださいませ!」
「ああ、焦らなくていいからな」
「はいっ!」
パタパタと嬉しそうにキッチンへ向かうティタを見送り、俺は再びガラス越しの景色へと思いを馳せる。
……こうして暫く、眼下に広がる街を眺めていると、
「……ちょっとそこの学ランくん。い~ですか?」
後ろから声をかけられた。気配がなかったことに驚きつつ、振り向いた――。
「 !? 」
驚いた。結果二度驚き、僅か目が見開く。
「やー、初めましてこんにちわー」
メイドさんだ。そりゃまあ、城仕えメイドなんて職があるみたいだし、城内にいても何ら不思議じゃない。
俺が驚いたのは、メイド少女が明らかに人間ではなかったからだ。
――そう、少女だ。恐らく同年代。肩くらいまでのウェーブの入ったサラサラ緑髪。前髪にひし形のヘアピン。病弱を思わせる不健康的白い肌。ティタ同様のメイド服だが、この子は上からグレーのパーカーを羽織っている。
ここまでは普通――と言う訳でもないが、許容範囲。まだいける。しかし――
「んんー? 学ランくん、わたしみたいなの初めて?」
そういうや否や、髪をかき上げ、その切れ長な耳を晒した。
「『耳長族』――なんて昔は言ってたみたいだけどねー。今は『エルフ族』って言うねぇ」
眠たそうな碧眼が、ジィっと俺を見定めている様である。
「……そうか、エルフか」
”異世界ファンタジーもの”と言ったら、やっぱりエルフは欠かせないだろう。
そしてこうして、目の前にすると、とんでもなく委縮してしまう。
(圧倒的神秘感……っ! まるで宇宙人にでも遭遇してしまったかのような!)
未知との遭遇は、俺の全身の鳥肌を奮い立たせ、寒気すら起こさせる。
「はーい。わたしはエルフ族の『ピスカ』。『ピスカ・ブラストス』って言うんだ~、宜しくねぇ」
当の本人は俺の感情など露知らず、マイペースに間延びした挨拶をしてきた。
礼儀には礼儀を。動揺しつつも、持ち前のポーカーフェイスで完全に隠し、挨拶を返す。
「俺は雑候谷真魚。真魚でいい。宜しく」
「……ん~、質問い~い?」
「ああ、何だ」
「その、ザコヤ? って何? 名字? 前に付くんだねぇ」
「ああ――」
俺はこの世界の人じゃないからな、と言おうとして、止めた。
(一応勇者ではあるが……こういうのって大っぴらに言ってもいいものなのか?)
正当で正式な飛鳥とは違い、偶然紛れ込んだ”疑似勇者”である俺の存在は、公にしていいものなのだろうか。
言い淀んでいると、ピスカは苦笑した。
「ごめんごめん。困らせるようなこと聞いちゃったみたいだね?」
「いや、そんなことはないが……」
「わたしとしては~、ちょっと合ってるか確認の意味だったんだよねぇ」
(……「確認」??)
そう言うと、数10メートル先の、ティタが調理をしているキッチンへと視線を向けた。
「あれはティーちゃんだよねぇ……」
「 ?? ティーちゃん?」
「そ、ティーちゃん。”ティタ”だから~、ティーちゃん!」
「ピスカはティタを知っているのか」
「うん。てか親友だよ~」
嬉しそうに笑うピスカの言動に、本当に親友の関係なんだなと心で理解した。
喜ばしい事だ、親友と胸を張って言える存在がいる事は。俺にはいなかったから、猶更憧れる。
凄まじい暴力で番長の座へとのし上がったが、いつしか”孤高の存在”となっていた。
(俺はそれでよかった。目的さえ果たせれば、それで……)
――考えがズレてしまった。髪をかき上げ、メンタル軌道修正。
もしかして、君もメイド学習院出身か? と尋ねるより先に、ピスカが動いた。
「……やっぱりね~」
俺の両手は、ピスカの両手に包まれる。か細く柔い両手に、俺の野太い両手は溢れる程だ。
「じゃあきみは、わたしの目的の人だね~」
「 !? ……それはどういう――」
「2人目の勇者だよね?」
(!? バレてるのだが!?)
「――何だ。知られていたのか」
平静を装い、素気なく答えた。
「勇者が2人ってのは、城の中でもごく限られた人しか知らないんだけどね~」
「その限られた人が、君か」
「そうだよ~、選ばれしメイドなんだから~!」
ビシッと、ダブル横ピースという謎ポーズを決めるピスカ。そんなジトッとした目でやられても、やる気と言うか元気が感じられないが。
「ティーちゃんが勇者に就いたってのは聞いてたんだぁ~。それで~、食堂室来ていたらティーちゃん料理作ってるし~、明らかにこの世界っぽくない恰好した人いたからさ~、声かけちゃった」
「なるほど……」
「名探偵でしょ~?」
「あんま自分で言うなよ」
そりゃ、勇者に就いたメイドと、変な格好の人がいたら、勇者だと怪しむだろう。
――しかし、訂正させてもらいたい。
「俺のどこが変な格好だ!」
「……あれ~、変なんて言ったっけ?」
憤慨する俺に、困惑するピスカ。
「まーまー、落ち着きなさいって。わたし知ってるよぉ、こういう学ラン」
自慢の短ランとボンタンを指差し、自分の顎に手をやり目を細める。
「”改造制服”ってヤツだよねぇ~。漫画でしか見たことなかったけど、リアルもいいねぇ」
「分かるか?」
「もち」
俺とピスカは固い握手を結んだ。彼女とならば、熱い友情の元、親友になれると確信した。
「お待たせしましたー! オムライス出来ましたよ!」
遠くでティタの呼ぶ声がする。ちらりと横目でピスカを見ると、羨望の眼差しを向けていた。
「……じゅるる」
と言うか、涎まで出ていた。
「……とりあえず、君も食うか?」
「! いいの~?」
「飯は、皆で食べるともっと美味いからな」
わーい、ひゃっほうーと飛んで跳ねて喜ぶピスカを連れて、ティタの元へ急ぐ。
「ありがとう、『マーくん』!」
「ま゛っ゛!?」
突如ピスカから放たれた言葉に、俺は喉から濃い濁音と共に戸惑いが出た。
にひひ、と悪戯っ子っぽい笑みを浮かべ、ピスカが釈明する。
「マオくんだから~、マーくん。よろしく~」
「……ビックリしたぞ。俺には似合わな過ぎて」
「似合う似合わないを決めるのは自分じゃなくて他人だ~、的な?」
「そんな言葉あったか?」
「今決めましたぞ!」
ビシッとサムズアップを決めるピスカ。何とも自由本舗な性格だ。
――ただまぁ、不快感はない。マイペースないい子だ。最初に抱いていた不可思議感は、俺の中で雲散霧消した。
「……こちらこそ宜しく、ピスカ」
「うんうん~」
満足気に頷いている模様のピスカ。と思いきや、
「ティーちゃんの手料理は早い者勝ちだ~!」
突如料理へ向けて猛ダッシュしやがった!
「ちょッ、テメー待てゴラァッ!」
何はともあれ飯だ飯! 色々あったが、俺は腹が減っているんだ!