30時限目 スマートなウェポン
――ミャンにしっかりと怒られた後、俺達は再び捜索再開。
「――なぁ、ちょっといいか?」
「ん? 何」
生い茂った雑草を、しゃがんでかき分けているミャンの背中に、同じように雑草をかき分ける俺は尋ねた。
「あの”クソデカハンマー”はどこに仕舞ってんだ?」
周囲に殺気は無く、人影もない。ただただ雑草を弄る事にも飽きてしまった。
折角だから、気になっていた事を聞いてみる事にした。
「……ああ、『体薙ぎ』の事かな?」
しゃがんだまま、こちらへ体を向ける。若干スカートが際どいから止めて欲しい。
「ほい」
「 !? 」
瞬きしている内に、右手に握られていたのは――例の大槌である。
「ど、ドエレー……!」
まるで手品でも見ているかのような鮮やかさ。実際、手品だと言われても疑わないだろう。
今の俺はきっと、目をキラキラ輝かせた少年の様に見える事だろう。不良とは言え、いつまで経っても心は純粋な少年のままなのさ。
……多少、穢れてはいるかもしれないが。
「何その反応。今更じゃん?」
ふふっ、と笑みを零すミャンに――初めて少女らしさを感じた。
思えば、出会いでは『宝石箱』の一味と勘違いされ、喧嘩は未消化で終わり、しまいにはサバ折りされた経緯がある。
ようやく、この子とまともに話せているのかもしれない。
「てか、マオ君も持ってるでしょ? 『スマポ』」
「……?」
聞き慣れない単語だ……。”スマホ”じゃなくて”スマポ”? スマートポン酢の略? 酸っぱそう。
思わず短ランの内ポケットから、自分のスマホを取り出し見せるが、
「何それ?」
怪訝な反応をされただけだった。そりゃそうだよな、知る訳ないよな。
……暫し静寂。
「……え!? スマポ知らないの!?」
「ああ」
ニコニコ笑顔からビックリ驚きの顔へ。コロコロ表情が変わって、見ているこちらが面白い。
「あー、マオお兄ちゃんは超☆田舎出身ですからねぇ~☆」
側で話を聞いていたランコが、会話へ参加する。さっきまで草藪を漁っていたからか、頭に葉っぱを乗せているのに気が付いていない模様。
馴れ馴れしく、しゃがんでいる俺の肩に手を置き、横から顔を出すランコ。一々仕草があざといんだヨ。
「なんせぇ、ランちゃんの事知らないぐらいでしたからぁ~?」
「は!?」
驚きから、「マジかコイツ……!」の驚愕の表情へ。百面相みたいだぁ……(直喩)
「……どんな所に住んでたのよ」
「遠い田舎だ」
君達から見たら遠い田舎。嘘は言っていない。
「それにしても限度があるでしょ? この世界に住んでいてランちゃん知らないなんて……」
「あは☆ そーだそーだ!」
ラリ子め。ミャンに便乗しやがって……なんかムカつく☆
どうやら、思っていた以上に、ランコはワールドワイドなアイドルだった様だ。抜群の知名度を持っている。
「ランちゃんの事知らない程のド田舎……ま、それならスマポの事知らなくても納得だよ」
フン。本当に人気なんだなぁ、アクアマリン。
……だからどうしたって話だが。
「見ててね?」
納得してくれた様で、今一度手元に注目を集めると、大槌が瞬時に消えた――
( !? ……あん?)
――と思いきや、ミャンの右の掌に”何か”が乗っている。
繁々見てみると――赤色の指環が、煌々と輝いていた。
「『スマートウェポン』――略して『スマポ』。要するに、武器のタネだよ」
ミャンがグッと握ると――再び大槌となって顕現した。
「 ! っぶねェ!」「きゃん!」
――ついつい近くで凝視していた為、大きくなった大槌にぶつかりかけた。
同時に、すぐ側で見ていたランコの顔にもぶつかりそうになって、更に避けた。
結果、二段階の軌道を描く様にして俺の顔が動いた事だろう――。
「……この野郎」
「あはははは! ゴメンゴメン!」
悪気無さそうに謝りやがって……一瞬首がピキったぞクソが。
「び、ビックリしたぁ~~汗」
ランコが一番ビックリしただろうな。なんせ、突如大槌が迫ったかと思ったら、硬派の顔が変な方向に動いていたんだからな。ちょっとだけ同情。
「か、顔スゴい動いたね……ぷっ! ふ、ふふふふ……!」
「無邪気に笑ってんじゃねェぞ?」
「ご、ごめんって! 怒らないでよー! ふふっ!」
お腹を押さえ、蹲るようにして笑いを堪えるミャン。ツボにハマってしまった様だ。
「ふふふ……!」
くっ……こんなんで笑いが取れてしまった事に、若干喜んでいる自分が憎いッ……!
「いつまでも笑うな!」
「いたっ」
ペシッと、軽くデコピンをして正気に戻してやった。
「はーっ……笑ったー」
「いいから早く教えてくれ」
「あいよ」
目尻に涙まで溜めやがって……ったく。
「形状変化をする魔法【変形】を有している魔結晶を用いて作られた携帯型武器――それがスマートウェポン」
――次の瞬間には、また赤色の指環へと戻っていた。
「魔力に反応して、武器の形や本来の魔結晶へ変える」
――気付けば大槌へ。目まぐるしい変化に、俺の視界は忙しない。
「作り方は簡単。スマポにしたい武器を用意して、魔結晶に一晩くっ付けて形状を記憶させる。そしたら勝手に覚えてくれるので――」
――最終的に指輪となって、ミャンの右手の小指へと収まった。
「この通り。加工してアクセにして持ち運べるってワケ」
ニコッと晴れやかに笑うミャン。分かりやすい説明で、店頭販売を見ている気分であった。
「ドエレーブツだナ?」
「実際はこんな簡単には出来ないんだけどさ。便利だよ」
見ているだけで欲しくなる魔力が、このスマポにはあると思った。それ程までに、俺にとっては魅力的であった。
(これでいつでも、俺の”鉄パイプ”を持ち運べる……!)
不良のバイブル、鉄パイプ。これがなきゃ、喧嘩は始まらないと言っても過言ではない。
「腰に差してる鉄パイプをスマポにするんですかぁ?」
「当たり前だろ」
当然とばかりに胸を張って言うと、クスクスとランコが笑いやがった。
先程のアクシデントもあり、この野郎! ――としばきかけたが、
「あは☆ マオお兄ちゃんらしいですねぇ!」
なんて褒められてしまった。
「……押忍」
急に褒めるなよ。ビックリして”押忍”が出ただろうが。
硬派はあまり褒められ慣れていないんだ。取り扱い要注意なんだこの野郎。
「ら、ランちゃんはスマポ持ってる?」
どこか一歩引いた様な聞き方をするミャン。
この反応……やはり”お姉ちゃん”か。変わってるよ。
「持ってるよぉ☆」
そう言って、右手の薬指にハマっている『青色の指環』を取り出した。
「君も指環か」
「スマポは指環がメジャーなんですよぉ。直ぐ展開できますしぃ☆」
――一瞬で、指環はマイクが先端に付いた銃? になった。
「何これ?」
「『センタリングマイク』だよぉ☆」
「だから何これ?」
良く分からないブツが出てきた為、俺は反応に困った。その上”センタリングマイク”とかって名称聞いても疑問は解決されないし。
そんな俺の様子が面白かったのか、ランコは小悪魔チックにニヤリと笑った。
「何だと思いますぅ?」
(ラリ子の分際で俺を試すと言うのか……?)
正直、誰がどんな武器を使おうが興味は無いが、ランコが挑発してきた為、俺も少しだけムキになった。
今一度、気怠い脳みそを興して、思考の渦へと潜水してみようではないか。
ミャンの大槌は分かる。見た目で分かる。だがこれは本当に分からない。
まず銃なのか? 形状は銃だ。間違いない。よく見る銃の形をしている。
――だが先端にマイクが付いている。これがイミフ。マイク型の銃? アイドルだからマイク?
マイクが付いているせいで、銃口から弾が飛び出すイメージが浮かない。と言うか、銃口自体がマイクの為、弾が出る場所が無い。
……は? マジでナニコレ?
「……あは☆」
考え込んでいる俺を見て、嬉しそうに見ているランコ。きっと”ドS”なのだろう。
「……鈍器?」
「違いまぁ~す☆」
「は?」
「いや『は?』って言われてもランちゃん困りますよぉ……」
鈍器じゃないならもうお手上げだ。閃きもしなった。
後はアイドル要素からメガホンくらいしか浮かばなかったが……。
「……メガホン?」
「違うよ~☆」
「鈍器?」
「だから違うってば!」
「は?」
「なんで逆ギレしてるんですかぁ~~!?」
当たる気がしない。異世界に常識に適応しきれていない俺には難問の様だった。
「……チッ。ギブ」
「一々キレないでくださいよぉー……」
俺が降参すると、やれやれと言った風に肩を竦め、突然立ち上がった。
……すぐ側にランコの黒の二―ソックスが迫り、目線を決して上へ向けられなくなってしまった。
「ほら、マオお兄ちゃんも立って☆」
しゃがんだままだと色々不都合があった為、文句は言わずに立つ。釣られてミャンも立ち上がる。
「ん~~と」
キョロキョロと辺りをあざとく見渡す。”あざとく”と言うのは、わざとらしく小手を翳して物色していたからだ。
「何を探してるの?」
「標的になりそうなモノ☆」
標的って何だよ? と次なる思考に移る前に、ランコが一つの樹を指差した。
「あは☆ あの樹に決めたっ☆」
決めるのはいいんだが、先に何をするか教えてほしいものだ。
仕方なく、ランコの数歩後ろで、ミャンと共に見守る。
「答え合わせに見せてあげるよぉ☆」
握っているマイク付き鈍器を両手で構えると、マイク部分から軽く水飛沫が飛び始めた!
(マイク部分に水が溜まっている……?)
どこからか水が注入されているのか? よく見ると、銃本体のグリップ部分からプラグが伸びており、ランコの手首と繋がっていた。
「……装填、完了」
真っ直ぐに、樹へマイクの先端を向け――
「――ふぁいや☆」
――トリガーを引いた!
「 !? 」「!」
一瞬目視出来たのは、半透明の弾であった。
直ぐに水気を含んだ様な轟音と共に、樹のど真ん中に風穴を開けていた。
――遅れて水の飛沫が舞った。雨の日に、道路を走る車がすれ違いざまに水を撥ねらせる様な光景。
「ランちゃんの”センタリングマイク”は、体内の水分を集めて凝縮し、魔力を込めて『魔力水弾』として発射する事が出来るんです☆」
先端を上に向け、ふぅーと息を吹く。小癪にも西部劇の真似事だ。ホンマあざとい。
(成程、確かに)
命中した樹の周辺が、びしょびしょに濡れている。水を纏った――と言うか、水の塊そのものが発射されたと言うべきだろう。
威力は抜群。大きな樹木も軽々と貫通させた。チャチな拳銃レベルじゃねェ。
これぞまさに――水鉄砲。
「どうカナ?」
――青髪のサイドテールが弾んだ。
どこか悪戯っ子の様に微笑むランコに、俺はアイドルらしさを覚えた。
同時に、僅か、数ミリ、ファンの気持ちが分かった様な分からない様な……気がした。
「体内の水分って言ったな?」
「そうだよ☆」
「じゃあランコは体液を飛ばしてるのか……」
「ちょ、ちょっとマオお兄ちゃん! 言い方がなんかヤダ!」
頬を膨らませプンプン怒る。ぶりっ子すんな。
「ら、ランちゃんの体液……!?」
「ほら! ミャンお姉ちゃんが変な事言っちゃってるじゃん!」
ランコが苦情を言うも、俺の言葉通りの意味だろうに。いい子ぶんな。
「体液飛ばすのは分かったが、脱水症状になんねェの?」
「ま、また体液って! ……ランちゃんはなんないよぉ」
そう言って、自身の右ヒレ耳を見せ付けて来た。
可愛い子ぶんな――ぶってはないか。
「あー、『マーメイド族』か」
「そうです☆」
海の支配者とも言われている種族、『マーマン族』と『マーメイド族』。元が魚だし、体内に保有できる水分量が違うのだろう。
「そう言う訳でぇ、答えは”水鉄砲”でしたぁ☆ マオお兄ちゃんは残念賞~☆」
「は?」
「だから逆ギレ止めてってばぁ~~~~!」
初見で当てれる訳ねェだろこの野郎。残念賞確定。
「悔しいからってぇ、ランちゃんに当たるのは良くないと思いまぁす!」
「え……別に悔しくないけど?」
「急に引かないでよぉ!」
詰め寄るランコを適当にあしらっていると、ミャンが仲裁に入る。
「まぁまぁ、両者その辺で」
「おう」「は~い☆」
聞き分けが良いのは、別に本気で喧嘩している訳ではないからだ。じゃれ合いにすぎない。もしくはプロレス。
「そんな訳で、スマポが楽なのは伝わったかな?」
「良く分かった」
指環にでもしとけば、いつでも手元に鉄パイプ――それに準ずる鈍器を得る事が出来る訳だ。……楽じゃない訳がない。
「俺も用意してもらおう」
「それがいいよ」
エルルに頼んだらやってくれそうだな、と漠然と考える。そもそも、エルル以外に適任が思い浮かばないだけだが。
「……そう言えばさ」
不意に、神妙な顔でミャンが尋ねて来た。
「マオ君って……エルルちゃんとどういう関係?」
予想外の質問に、一瞬の間。
(……説明ムズッ)
取り敢えず前髪をかき上げ、時間をかけるのはマズいと判断した。
「ま、色々な」
雑に誤魔化す。何を言っても、墓穴を掘りそうだったからだ。
(元々、この子はエルルの友達だ。しかし、エルルは”俺の存在”については話していない様子。ならばここは雑に流して、後でエルルにフォローしてもらった方が効果的だろう)
俺のスタンスはずっと変わらない。信頼できる奴には自身について打ち明けるし、それ以外には一切打ち明ける気はないという事。
――なんて、考えを巡らさせていくが、
「それ、ランちゃんも気になってましたぁ☆」
ランコからも突っ込まれる。
何故、ランコから? エルルとつるんでる時に見られたか? 更なる考えの波に飲まれる。
――実際として、ミャンもランコも、校舎裏での真魚VSフェンの喧嘩を目撃した際、真魚とエルル達との触れ合いも目撃していたからであった。
さて、どう誤魔化すか……!