28時限目 名はパーティをも表す
――どうしてこうなった?
そう、確か俺達『ハートのパーティ』――『バラバラ』は、ヴァンテージの森へ入る前にミーティングを行っていたはずだった――。
……。
…………。
………………。
「! ちょ、ちょっとフェン君!?」
――うら若き女子共と、EPの番号交換を行っていたところだった。
「あは☆ これでいつでもマオお兄ちゃんとお話できますねぇ☆」
絶対に着拒してやる☆ と、心に誓っていた最中――ミャンの呼びかけで、俺の目線は森の入り口――フェンへと向いた。
「……チッ」
今まさに、独りで森へ挑もうとしているように見えるが……?
「……何だよ?」
長い銀髪を靡かせ、銀の尻尾を揺らし、気怠そうに答えた。
しかしながら、物憂いの仕草とは打って変わって、その表情は戦る気に満ち満ちている様だ。
(俺とタイマン張った時の様だ……)
ギラギラと、瞳は鋭く妖しく光っている。”狩る側”の眼をしている。
「今、森に入ろうとしてなかった?」
と言うか、片足は既に森の中へと踏み出されている。どうにもこうにも、言い訳が通用するような状況ではない。
ミャンが呆れた風に息を吐き、フェンの方へ歩を進める――
「ああ――」
その歩みよりを、フェンは手で制した。
「仮パーティの1人として、最低限の義務は果たした。ここからは、オレのやりたいようにやらせてもらう」
何を言い出すかと思えば……申し開きも何もない。
自己中極まりない発言を、ミャンへと――パーティメンバーへと浴びせてきやがった。
(コイツ……どこまでも”孤高”を気取りやがって)
まるで”俺”の様な事を宣うフェンに、同族嫌悪の波が押し寄せる。
「い、いやいや。何を言ってるんですか」
既に俺との番号交換を済ませているキュビィが、ミャンの横へと並ぶ。
ここまで来ておいて、頓珍漢な事を言いだすフェンを、宥めすかす為である。
「……なぁーんか、雰囲気悪いっすねー」
少し離れて、俺と女子の番号交換を羨ましそうに眺めていたギンタが、ポツリと漏らす。
明らかに雰囲気が悪い。雲行きが怪しい。決裂の匂いがする――
「ようやく、思いのほか時間がかかって、皆で森に挑もうってところまで来たんですよ? それを急に……勝手な事しないでくださいよ?」
「そうだよ! 何考えてるのアンタ!」
普段はウザったい姦しさも、今は説得の一つとなっている。どうにも勇み足なフェンを、何とかして止めようと試みる2人。
(……まぁ、結果は想像できるが)
この濁った流れの終着駅はどこか? 忌々しい事だが、俺には理解できる。
「これは”オリエンテーション”だ。オリエンテーションってのは、単に親交を深めるためのゲームだろ? それなら、オレはこのパーティで親交を深める必要がない」
「「 ! 」」
――決別、である。
皆と仲良くする気はない、と宣告されたようなものだ。所謂”絶交”と似ている。
……まぁ、友達でも何でもないし、絶交って何だかんだすぐ撤廃されがちだが。
「……ハッ」
漫ろにフェンと視線が交差する。思わせぶりな笑みと、その睨み――俺への”挑発”と受け取るには十分だった。
(フン。一匹狼め)
ティタの”同志”、ピスカの”友達”、エルルの――契約者? まぁ、ここはどうでもいい。
そんな関係性とも違う。とは言え他人でもないし、知人とは言いたくない。
(――『好敵手』)
きっと、これが一番収まりが良い。俺はアイツと似た存在で、ライバルなんだ――。
(――寒ッ! 何がライバルだ気色悪ィ。アイツはただの”犬っころ”。それでいい)
――ヤツを認めたくない俺の心の葛藤はさておき。
「あ、アンタ! 何考えて――」
「……」
ミャンの声を遮る形で――制止も無視して森の中へ独り駆けて行った……。
「はぁーーーーーーーーッ!?」
素っ頓狂な声と共に、慌てるミャン。隣のキュビィも呆然自失。
現在進行形で、俺の番号を登録中のランコも口を開けて”ポカーン”だ。
「何考えてるんだよアイツ……ッ!」
自己紹介もした。パーティ名も決めた。緊急時用に番号も交換しつつある。
皆で動こうって時にこんなことされたら……そりゃあ憤るわな。
「よ、呼び戻しましょう! 誰か彼に連絡を!」
キュビィの問いかけに、其々EPを取り出して――はたと気が付く。
「あの犬っころ……誰とも番号交換してないんじゃ……?」
俺とは交換する訳ないし、他の野郎共とも特に会話している様子も無かった。女子達とは、言わずもがな。
「多分――つーか確実に、誰とも交換してないな」
口を突いて出た言葉に――今度こそお祭り騒ぎである。
「ど、どどど、どうしましょう!? いくらオリエンテーションとは言え、魔物の棲む森ですよ!? 1人はどう考えても危険です!」
「そうだね……何かあった時に誰も助けられないんじゃマズいよ」
オロオロする2人の元に、俺、ランコ、ギンタが駆け寄って集まる。
「直ぐに追いかけよう」
「誰が行くんすか?」
「……」
提案したは良いものの、実際問題、誰があの俊足なワーグ族を、この鬱蒼とした森の中で追跡できると言うのか――
「わたしが行きます!」
そう言うや否や、森の中へキツネ耳を欹て、鼻を鳴らすキュビィ。
「わたしも彼と同じワーグ族ですから、”音”と”匂い”を頼りに跡を追います!」
ワーグ族は旧名『獣人族』。哺乳類をベースにしており、ベースにしている獣の特徴を受け継いでいると聞く。
どこまで身体能力が高いのか分からないが、間違いなく俺よりは追跡者に向いている。
「頼めるか?」
「任せてください! 何かあったら連絡します!」
「分かった」
こうしている間にも、フェンは森の中を単独特攻をかけている。
キュビィは別れの挨拶も軽めに、暗く深い森の中へと駆けこんで行った……。
「頼んだよーーーーーー!!」
小さな背中に、ミャンの大きな声がかけられる。
フェンの事は、彼女に託す他ないだろう。7人で挑む予定が、5人となってしまった。
「……狼クンはトラブルメーカーっすね」
お前が言うな、お前が。
……。
…………。
………………。
――フェン、キュビィの離脱。
減員を余儀なくされたパーティだが、トラブルというモンは、得てして重なるものである――。
「うあああああああああああああ!! ズルいのだ!!」
突然、ベリルが吠えた。
今の今まで、生のランコに現を抜かして勝手に呆けて、パーティの輪にも加わらず蚊帳の外だった奴が、突如発狂したのだ。
驚かない訳がない――いや、平常運転か。
「! な、何事?」
「マジ何すかあの人」
ベリルの事を多少なりとも知っている俺や、”お兄ちゃん”として知っているランコとは違い、図書棟でのドンパチ騒ぎ程度しか接点のないミャンは、とても良いリアクションである。
ほぼ初対面だと思われるギンタは、何故か軽く引いている様だ。
(……さて、今度は何なんだ?)
冷静に状況確認に努めよう。一歩引いた位置にいるからか、客観視出来ている。
発狂していたベリルは、4人の輪から離れた所で、悔しそうに森を睨みながら、唸っている――
「あの2人、ランちゃんに良い所見せようと先に入って行ったのだ!!」
……あー、まーた変な事言い始めたゾ?
「え、えぇ~と。そんな事ないと思いますけどぉ……汗」
普段ラリった事を言っているランコも、流石に困惑の色が強い。
そりゃそうだ。今までの流れを見ていないのか、と強く言いたいところである。
「お前、今までの流れ知らねェのか?」
まぁ、俺は言うけど。強く言うし、事を大きくするならしばく。
「あいつら、ボクより多く魔物を倒して、ランちゃんにアピールするつもりなのだ!! 絶対!!」
「いや聞けよこの野郎」
聞く耳持たず。興奮してしまっていて、言葉がちゃんと理解出来ないのだろうか。
……そもそも、出会った時から会話が成立していなかったな。訳分らんヲタ用語とか連発されたし、勝手にお兄ちゃん認定されて、ミャンに誤解されるし……碌な思いしてねェな。
思い出して来たらイライラしてきたな。やっぱしばくか!
指をポキポキ鳴らすと、直ぐにミャンに腕を掴まれた。
「分かるけど」
「……はいはい」
話の腰を折るなってか? こっちとしても、鯖折りされちゃたまらないからな。
しばくのは最後にとっておくとして……だ。
「ら、ランちゃん!!」
ベリルはランコの前に片膝を立てて頭を下げた。まるで騎士が女王に跪くかと如く。
(実態はファンがアイドルに跪いているのだが)
「ま、待っててねランちゃん!! ボクが一番、狩って見せるからねっ!?」
「ふぇ?」
まさか! と、思うより早かった。
ベリルは”犬っころ”同様、森の中へと駆けて行ってしまった!
「ねこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
絶叫にも似たミャンの怒声は、寂しく森に木霊するだけだった……。
……。
「え? なにこれ?」
暫しの沈黙後。
ミャンが俺に聞くが、俺にも分からない。分かるはずがないし、分かりたくもない。
「まーた追いかけなきゃいけないパターンじゃないっすか?」
「そうだな……」
「何なんだよホント……ウチのパーティボロボロじゃん」
「”バラバラ”の上に”ボロボロ”だナ?」
「散々じゃないですかぁーもうー」
あはは、と笑い合う俺達。ここまでくると逆に笑けてくるな。
そして――なんだろう、この差。
フェンは危なっかしいと言うか……多少はパーティに協力していたしな。”ケツ拭き”まではいかなくとも、協力してくれた分サポートを付けてあげなきゃと言う義務感が生じる。
対してあの『クソネコ』は……特に何もしていない。
それにアイツは……放っておいてもいいような感じがする。勝手に暴走して、勝手に生きてると言うか、特に手を掛けても掛けなくても平気でいそうと言うか……。
まぁ、何とかなりそうだよな。正直。
「――いやでも、放置はマズいだろ」
「急に冷静!?」
――とは言え、だ。ここで奴の暴走を放置してみろ。パーティの連帯責任になりかねん。
そうなりゃまたニカ先公の世話になるし、王家の嗜みがどうのこうのとエルルにしばかれる。
(俺自身、パーティからこっそり抜けて、単独行動を取るつもりだったのだが……)
フェン、ベリルと立て続けに抜けられちゃあ、流石の俺も自重せざるを得ない。
――チッ、”硬派”も随分と甘くなったもんだ。
「……はぁ、仕方ない。ギンタ君頼める?」
俺の一言で、理性的な思考に落ち着いたのか、ミャンがギンタへ指示を出す。
「うえぇっ!? オレェ!?」
いきなり刺されたギンタは、見るからに嫌そうに顔を顰め、全身で大袈裟にリアクションを取った。
「空を飛べば後を追えるでしょ? 見た所、飛ぶスペースくらいはありそうだし」
「そりゃ……可能か不可能で言ったら、可能っすけど……!」
すっごく嫌そう。今にもゲボ吐きそうなくらい嫌そう。
「ちょ、ちょ~っと待って! タンマ!」
そう言って、ギンタは俺の首に腕を回し、2人から少し離れた所へ移動。
「何だよ?」
「いや~、オレ流石に男のケツ追いたくねーっす」
「んな事言ったってしょうがないだろ? 文句ならあの”クソネコ”に言え」
「それはそうなんすけど~~~~!!」
バタバタと足踏みをして地団太を踏むギンタ。身に着けているアクセが、日差しを浴びてキラキラ輝いている。
「気持ちは分かる。分かるが……お前も分かるだろ?」
「う、うぅーっ! わ、分かるっすけどぉ」
現状、追えそうなのはギンタしかいないのだ。地上の魔物や障害物を無視し、空を自由に飛べるギンタしか。
(何とか宥めて、説得するしかねェわな)
無理難題を押し付けている訳でもないので、納得してもらうしかないのだが――
「……別にやってもいいっすよ」
急に、風向きが変わった。
「ただし! 条件があるっす!」
どうやら、向かい風の様だ。
「あ?」
「条件次第では、飲んでもいいっすよ?」
とてつもなく嫌な予感……! ギンタの提示する条件だァ……?
「今度、『ウサ耳おっぱいちゃん』との食事の席、セッティングして欲しいな~なんて!」
今度は俺が、ゲボ吐きそうなくらい表情が歪んだ。
”ウサ耳おっぱいちゃん”……? 誰だそいつは……?
……。
……あ、シルファの事か!
ヴァルヴァラ学園の筆記試験時、右隣に座っていたウサギベースのワーグ族少女。
そう、彼女の胸は確かに――豊満であった。
「セッティングってお前……硬派な俺がそんなん――」
「じゃあ無しっすね」
「……(ピキピキ)」
しばきてェ~~~~~~~!!
要するにあれだろ? ギンタとシルファの仲介役やれってことだろ?
かったりぃ~~~~~~~!!
「おいテメーマジふざけんなよコラ」
「お? いいんすか? オレ追わないっすけど?」
(く、クソが……足元見やがってこの野郎……!)
怒りで体が震えている。血が頭に上り始めているのが分かる。
硬派ってのは短気なんだよ。肉体言語が主言語だからなァ。
しかし、しかし……ぐ、ぐぎぎぎぎぎぃ!
「……………………わ゛、分かった」
渋々、渋々渋々引き受けるしかなかった。
「よっしゃああああああああ!! 揉みまくってやるぜえええええええ!!」
「テメー!! 声抑えろや!!」
女子2人に不審がられてんじゃねェかこの野郎!!
「しばく!!(アイアンクロー)」
「! ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「宜しく頼むなあああああああああああああ!!(キャメルクラッチ)」
「ギブ! ギブギブギブううううううううう!!」
取り敢えず、拘束を解いた所で、森を指差す。
「さっさと行けやゴラァ!!」
「と、鳥遣いが荒いっす!」
「っせェ!! もっとボコすぞこの野郎!!」
「ひぃぃ~!! マジの不良じゃないっすか~!!」
黒い羽を大きく広げ、逃げるようにして森の中へと消えて行った……。
「――ふぅ。スカッとしたぜ」
ストレスが溜まったらこれに限る。
「……どういうこと?」
腕を組み、不審げにミャンが尋ねてきたが、
「ギンタが行ってくれた」
簡単に、説明するだけで留めておいた。
「はぁ……ま、詳しい事は聞かないけどさ」
「あはは、なんか不穏でしたよねぇ~」
これから滅茶苦茶割を食う事になるんだ。これぐらいやっても罰は当たらないだろう。
……。
――さて。
気付けば”バラバラ”のメンバーは……俺、ミャン、ランコのみ。
「じ、じゃあ! 行こうか!」
「が、頑張りまぁ~す☆」
「……おう」
――どうしてこうなった?