26時限目 自らを教えるのは自然の摂理
――受付が済み、一度”仮パーティー”のメンバーが集まる。
「全員集まったね―」
竜の少女がそう言うと、フェンが「いや」と否定した。
「ハーピーの野郎がまだ来ていない」
「え? そうなの?」
フェンの言葉で、皆が辺りをキョロキョロ見渡す。
チャラホストは相当派手な格好をした奴だ。しかし、こうも同じ学園生や探検者がいると探すのも一苦労だが……。
するとフェンは、顎でチャラホストの行方を示した。目で追うと、列の出来た受付の方であった。
「あそこだ。奴は今、絶賛ナンパ中だ」
えぇー……マジ何してんだアイツ。
俺と同じ様な感情を、各々が顔で示す。そりゃそうなるわ。
困惑の状況で、キツネっ子が皆の顔色を窺う。
「じゃ、じゃあ……誰か呼んでくる?」
「ボクは嫌だなー。同類だと思われたくないし」
「あんなヤツほっとけ」
「そう言う訳にもいかないでしょ?」
「ランちゃんが呼びに行ってもいいんですけどぉ~……なんか変な噂になりそうですぅ」
(……はァ。しゃーねぇな)
「俺が連れてくるから」
このままでは埒が明かない。押し付け合いが始まりそうな雰囲気だった為、俺が動く。
(手間かけさせやがって)
真っ直ぐ、チャラホストの元へと向かう。なまじ顔見知りだから、俺が行くのが一番良いだろう。
輪から抜け、1人受付へ向かう。
(時間があんま無いっつーのに。アイツは何をしに来てるんだか)
学園長から与えられたクエストは、夕方17時までと時間制限がなされていた。
この仮パーティで合格出来るが怪しいが、やるだけやってみたい気持ちはある。
(ま、別に俺1人でも動けばいい訳だしな)
最初からソロ行動しか考えてはいないが、一応足並みをそろえておきたい。
ぶつくさ考えながら、人混みをかき分けていくと……やがて見た事のある黒い羽の少年を見つけた。
――奴はあろうことか、他の女子探検者グループの所で、ナンパを敢行していた!
「ちょいちょい! そこのお姉さん方! 今晩”おっぱい”どう?」
そんな誘い方があるか。
「おいコラエロガキ」
「……お! 不良クン! なんすか? 一緒に”おっぱい”するっすか?」
両手で見えない”ナニか”を揉みしだく様に、手で宙を揉みしだくチャラホスト。呆れて怒りすら通り越した。
「しねェよバカ。いいから、とっとと来やがれこの野郎。皆お前を待ってんだっつーの」
「おー、それはすんません。でも、ちょっとだけ待ってもらっていいっすか? そう言う事なら、先っぽだけ揉んで来るんで!」
「はァ?」
”先っぽ”だけって何だよ。そう言って全部やるんだろ? 世界で一番信用なんねェ言葉なんだヨ。
「何でお前が揉み終わるのを、俺らが真面目腐って待たなきゃなんねンだよ。”揉み待ち”って何だよ」
「そんな事言わずに。ほら、不良クンは”尻”揉んでていいんで!」
「ふざけんなこの野郎が。2人して胸と尻を揉むって何だよ。こちとら”変態ブラザーズ”じゃねェんだよ」
「2人合わせて?」
「変態ブラザーズ! ……じゃねェって言ってんだろ! しばくぞ!?」
そもそも俺、尻フェチじゃねェからな? ”本人も知らない尻フェチ”って何だよ。
「グダグダ言ってんじゃねー。オラ! 俺と来いや!」
「えぇーっ!」
「『えー!』じゃねェから。それ俺のセリフだから」
まるで”この世の終わり”かの様な表情で、嘆き悲しむ変態チャラホスト。
時代が時代なら、この演技だけで主演男優賞も取れそうな仕草である。
……そんな時代は、永久に訪れないだろうがナ。
「ほんっっっっと! タイミング悪いっすねぇ! もう少しで”おっぱい”出来そうだったのにー」
「我慢しろや変態チャラ男。いいから来い。マジで来い」
「えぇーーーー……」
首根っこを掴み、強引に引っ張り連れていく。
引き摺られながら陽気に「また今度おっぱいしようっす!」と女子達に声を掛けている様子を見て、思わず手が出そうになったが我慢した。
自分でもよく耐えたと思う。自分で自分を褒めてやりたい。
「……ちょーちょー、不良クーン。どうしてくれんすか! 折角の”おっぱいチャンス”だったのに!」
「そんなんノーチャンスだっつの。状況考えろや」
「揉めるかもしれない胸を放置するなんて、男のやる事っすか!?」
「知るか。自分の胸でも揉んでろ変態鳥公」
あーあ……と、がっかりしながら、奴はしっかりと自分の胸を揉んだ。
――なんか、ド変態過ぎて引き過ぎたわ。むしろ押したわ。
「うぅ……固ぇよう……」
(そりゃそうだろ)
嘆き悲しみながら、自分の胸を揉むコイツに、哀れみしかなかった。
……。
…………。
………………。
「――変態を連行してきた」
「すんません」
皆の前まで連れて来て、投げ捨ててやった。一瞬、竜少女がビクッと大きく反応したが、特に何かする様子もなかった。
ったく、要らぬ手間を掛けさせやがってクソが……。クエスト中、さり気なくしばいてやる。なんなら、魔物のフリしてしばいてやる。
「――じゃ、じゃあ、これで全員だね!」
今度こそ、と竜少女が仕切ってくれる。
こんな変人だらけのパーティだ。一人くらい、こういうまともな奴がいないとな。
「クエストは難易度F回収系クエスト『魔狼が守る、古の魔法道具』。これからクエストで指定されている”エリア”へ向かい、”古の魔法道具”と探す」
「要はー、”お宝探し”ってコトですよねぇ?」
「! そ、そうだね。ただ、魔物が生息しているから、場合によっては討伐しながら進む事になるね」
(――ん?)
ランコの相槌に、多少緊張している様子の竜少女。忙しなく毛先を弄っている。
アイドルを目の前にしてアガっているのだろうか? 案外ミーハーか?
――クエストの内容的には、竜少女とランコの会話の通り。
指定エリアで宝を探す。たったそれだけ、単純明快なクエスト内容となっている。まさに、オリエンテーションとして相応しいだろう。
「チッ、さっさと行こう。時間が勿体ない――」
フェンが指定エリアへの転移場へ向かおうとして――キツネっ子に目の前を塞がれた。
「……どけ」
「待ってください」
「何だよ。何かやる事でもあるのか?」
「あります。行く前に、やる事があります」
そう言って、キツネっ子は俺達全員を見渡し、へにゃっ、と笑った。
「取り敢えず……お互い自己紹介しませんか?」
……あぁ、そういや、してなかったな……。
フェン以外、異論も無いので、このまま自己紹介タイムへと突入する事となった――。
「では、わたしから! わたしは『キュビィ』って言います。18歳のキツネベースで、『商都ミルゲル』の片田舎出身です。よろしくお願いします!」
言い出しっぺのキツネっ子が、簡単な自己紹介をして、お辞儀をした。
――濃い青と白縁のブレザー、白のワイシャツ、赤のリボン、濃い青と白ストライプのスカート、白のソックス。スタンダードで、特に気崩している様子もない模範生。
――まんまキツネ色の肩くらいのショートヘアーに、黒縁メガネと、如何にも真面目な生徒である事が、見て窺える。
(”委員長”と名付けよう)
勝手に脳内でニックネームを付けた所で、一瞬目が合ったが――
「……」
直ぐに逸らされた。俺が無意識にでも、ガン付けていたのだろうか。
「じゃあ、次の人の番です」
「はーい!」
僅かな思考は直ぐに消し飛び、不連続性的思考は、次の竜少女へと切り替わる。
「ウチは『ミャン・マイティック』! 歳は15歳! 家が『マイティック狩人事務所』やってるんだ。狩りの仕事は是非ウチに!」
八重歯を見せて笑う竜の少女。瞳からは迸る熱量を感じる。
15てことは、”タメ”か、年下か……まぁ、そんくらいだとは思っていたが。
……それより、気になる事がある。
(マイティック狩人事務所……)
――彼女の言った言葉が、頭の中で反芻されている。
それは、以前耳にした事のある単語だったからだ。何の話だったか、何処で聞いたのかを、脳内の引き出しを開けては閉め、開けては閉めを繰り返し、きっかけを掴もうと藻掻いている。
――『魔物討伐専門の個人事務所です。最近は討伐だけじゃなく、魔物調査や捜索、素材回収なんかもやってるみたいです』
唐突に、ティタの声で、リフレインされる。
(あぁ……そうだ)
いつだったか、城の外で見た赤い竜。そいつの飼い主? が、マイティック狩人事務所だったっつー話だった。
俺はその話を聞いて、”何でも屋”なんだな、と返した記憶がある。
(エルルが良くこの事務所に頼み事をしてるんだったか? っつー事は、コイツは”エルルの友達”である可能性が高いな)
……今一度、見目形を観察する。
――燃える様な、真っ赤な長髪だ。
それを黒色のリングの髪留めを使って、ツインテールにしている。
勝気な赤色の瞳のツリ目で、正義感のある彼女らしいとすら思える。
爪の様なイヤーカフを両耳に付け、全体的に”竜”を模している様な気がする。
――そもそも、彼女は間違いなく『ドラゴニュート族』だ。
鹿の様な角を、両目の上の方に生やし、牙が生え、尻尾の竜の様だ。これだけ特徴があれば、流石にドラゴニュート族確定だろう。
――そんなドラゴニュート族の彼女の着こなしは、”アウトドア”な感じだ。
彼女はブレザーを着ておらず、白のワイシャツの袖を腕まくりして、紺のセーターを腰巻にしている。
――スカートに、靴下を履いていないのか生足だ。健康的な素足がちょっとエロい。
(――いつから俺は、他人のファッションチェックをするようになったのだろうか?)
多分、ティタの制服姿を見てからだとは思う。初見時、かなりの衝撃だったからな。
――兎に角、ようやく竜の少女の名前が知れた。ニックネームを付けるとしたら……。
じっ、とミャンを凝視していると、偶然俺と目が合い、微妙に後退りをされた。
「……分かってると思うけど、喧嘩はしないから!」
「分かってる。俺も今は自重している」
「あ、諦めては無いんだね」
「君のと喧嘩は、消化不良だったしな」
正義がなんだとほざかれ、逃げられてしまった為、俺の中では何れ決着をつけなければならないと思っている。
「う、ウチ的には、勘違いしてアンタに喧嘩売って申し訳ないって、お、思ってるんだよ! ウチの”正義的”に、勘違いした相手と喧嘩するのは、筋が通ってないと言うか……」
「それが”自己満”っつってんだよ。勘違いでも、一度は売った喧嘩だ。この筋は通せよ?」
「……! それは……そうだけど」
「つべこべ言わずに相手しろや、なァ?」
「待って! なんで今やる気満々なの!?」
焦るミャンを見て、ふと我に返る。
思わず、喧嘩口調になってしまっていた。アブねっ、今すぐにでも喧嘩の突入するところだった。
「……フーッ」
前髪をかき上げ、感情的な思考を奥に追いやった。
ついさっきフラストレーションが急速に堪ったせいで、直情的になっちまっている。これは良くない。
(短気は良くねェ。物事を悪い方向へと導いてしまうからな)
「……ちょっとちょっとー☆ 2人はさっきから何の話してるんですかぁー?」
超個人的な会話が多かった為か、戸惑い気味にランコが割り込んできた。
(……そうだな、今話す内容でもねぇよナ?)
「悪い。続けてくれ」
「ったく。雑談なら他所でやれよ雑魚が」
ボソッ、と放たれたフェンの嫌味に、こめかみに青筋が浮かぶのを感じました(突然の敬語)。
「……弱ェヤツがイキってもダセェぞ?」
「ハッ! まぐれで勝ったようなヤツに言われたくは無いな」
「フン。負けた奴に言われても何とも思わねェな。まさに『負け犬の遠吠え』って奴だナ? なァ、犬っころ?」
「偶々勝ててチョーシに乗ってる奴の方がイタいけどな、学ラン君?」
「「…… !? (ピキピキ)」」
2人して睨み合う。和やかな自己紹介の場が、一触即発の空気に早変わりである。
こうなっては仕方ない。俺も漢だ。短気は良くないが、売られたモンに対してはしっかりとオトシマエを付けなくちゃならん。
奴が引き金を引いたんだ。俺はそれに、応えるだけなんだよこの野郎――
「! ああ、もう!」
今すぐ決着でも付けようかと、そういう雰囲気に移った時だった――。
「 !? ぐぉっ!?」
突然後ろから、腰の辺りに抱き着かれた!
「 !! ちょ、お前……!」
「何考えてるのアンタ! 今はダメだよ! 早まっちゃダメ!」
――後ろから抱き着いたのは……ミャンだった。
背中で感じる柔い感触は一瞬だけだった。意外と力がある様で、俺の両腕ごとがっちりとホールドしやがった!
みしみし、と俺の骨が軋むほどのパワー。出力間違ってますよ、お嬢ちゃん。
「いきなり何しやがる! 放せやコラ!?」
「放したら、また喧嘩吹っ掛けるでしょ!? 今やってどうするの!?」
「チッ……!」
抵抗しようとするも、より強い力で封殺されてしまう。
……と言うか骨がオカシイ。変な音が聞こえてくる。
(――死ぬ! 腕が死ぬ!)
敵意よりも先に、心配が強くなってしまった。勿論、俺の身体の話だ。
(この怪力女がァ……ッ!!)
藻掻きながら前方を見ると――喧嘩を売って来たフェンはフェンで、いつの間にかキュビィに”謎のロープ”で縛られていた。
「お、オマエ! この縄解け!!」
「ダメです! あなたはあなたで反省しないといけません!」
「クソッ! どうなっているんだ、この縄は……!!」
(馬鹿犬が躾けられている……)
自分よりも一回り、二回りも小さいキュビィに、為すすべなく転がされている様子を見て……哀れみしかなかった。
(いや……客観的に見ると……)
……同時に、それは俺も同じだと、分らせられた。
(仕方ない。仕方がないから……降参だ)
「わ、分かった。俺はコイツを”今”しばかない。終わってからしばくから」
「どういう宣言ですか!?」
キュビィには突っ込まれたが、ミャンは「はぁ……」と溜息を吐いた。
本音を隠しつつ、俺は全身の力を抜いて、敵意が無いアピール。
「オラ! そこの犬も! 今喧嘩しねェって言いやがれ!」
「……ハッ! 情けない事言うんじゃねえぜ、学ラン。火が点いた今、喧嘩しないでどうす――」
「”強く”縛りまーす」
「!? ぐおおおおおおおおおおお!?」
キュビィの合図と同時に、フェンを縛る縄が、ミチミチと肉に食い込む程きつく縛り上げた。
「ぐ、こ、これくらいで……!」
「もっと”強く”できますが……どうします?」
「!?」
笑顔で、苦しむフェンの顔を覗き込むキュビィ。
(あ、悪魔や……)
真面目な顔してやることやってるタイプの委員長だ……!!
「……ハッ。萎えるぜ、全く」
そんな事を言って、フェンの闘志は一瞬で鎮火した様であった。
縄で縛られたまま、体の力を抜き、虚しく横たわる姿には涙を禁じえない。
「……ナ? もう俺ら喧嘩しねェから!」
「その通り。オレも萎えたぞ」
力を抜いて抵抗を止める。
つーか、力なんて入れられない。少しでも力んだら、両腕が粉砕されそうで怖いのだ。
「……えー?」
しかしながら、俺を背後でホールドし続けているミャンは、未だ訝し気なご様子。
「本当に?」
「ああ」
「本当の本当に?」
「ああのああ」
「……信じるからね?」
「信じてくれていい。俺の中の”硬派”に誓う」
「あ、うん……(”硬派”? 硬派って何?)」
恐る恐る……と言った感じで、ようやっと拘束を解いてくれた。
血管が圧迫されていた為、じんじん、と急速に血が流れていくのを感じる。どんだけ馬鹿力出してたんだよこのアホは……。
(こいつのニックネームは『怪力女』だナ……)
下手したら、オリエンテーション前に早くも脱落していたかもしれない。そう思うと、この子をしばきたくて堪らなかったが……我慢した。
「仮パーティを組んだ以上、無暗に喧嘩しない事! いいね?」
「……ああ」「……おう」
ミャンとキュビィが、俺らの前に仁王立ちし、ビシッと告げた。
これには、俺もフェンも従わざるを得ない。ったく、とんでもない”天敵”が現れたもんだ……。
「ズルいっすよー、不良クンに狼クン! こんな可愛い子達とイチャコラしてー!」
「……これがイチャコラに見えたんなら、一度眼科に行くのをおススメするが?」
「そうだな。”チャーシュー”になりたいのなら、キツネの前でナンパでもしてみればいい」
――不思議な事に、俺とフェンとの間に”謎の友情”が芽生えた気がする。
知らんけど。
……。
…………。
………………。
「――以上だ。宜しく頼む」
非常に簡単に、俺の自己紹介を終える。
「……なぁ~んか雑じゃないですかぁー?」
隣にいるラリ子が何か言っていたが、無視する事にする。
(名前を言って、宜しくって言っただけだからな)
実際雑だったとは思うが、これでいいのだ。
硬派は多くを語らず。背中で語るものだからな!
「ま、いいんじゃない? 学ラン君――じゃなくて、マオ君はそういう人なんだし」
「誰がそう言う人だ」
知り合ってまだ日が浅いと言うのに……何を決め付けたかような事を言いやがるんだ、この怪力女は……。
「とりま、自己紹介の続きからっすね! おれ、『ギンタ・ラリワタラス』! 15歳の青少年でーっす! ヨロ~!」
(お前のどこが青少年だ)
”性”少年の間違いだろ、と突っ込みつつ、そういや名前知らなかったな、と今更思う。
(――んで、俺とほぼタメか)
こうも性格が正反対なタメは初めてかもしれない。陽と陰、多弁と寡黙。
――相変わらず真っ黒い羽を生やし、ブレザーを着崩し、黒のスラックスを着こなしている。ジャラジャラと、こじゃれた銀のアクセサリーを首や手首に装着している。
(やっぱ……チャラいな)
俺から言わせると、非常に”軟派”である。硬派の逆を行く性格、見た目、素行……。
悪いとは言わない。ただ、俺はそう成れないだろうなと思うだけである。
「あ! おっぱい揉ませてくれる子いたら、気さくに話しかけてもらっていいっす!」
「「………………」」
……お、一瞬で女性陣を引かせたぞ。流石に空気で分かる。凍り付いてるもん。
「……と、取り敢えず、次の人に移ろっか?」
「そ、そうですね」
笑顔を張り付けたまま、ミャンとキュビィが次のベリルへと自己紹介を促した。また変な事を言われる前に、さっさとコイツのターンを終わらせたいのだろう。
(うん、俺には絶対成れないな)
ギンタの生み出したこの空気を感じて、より強く、そう思わざるを得なかった。
「……あー、ボクは『ベリル・キリコッテ』! ネコベースのワーグ族だよー。よろしくー」
凍てつく空気の中、無難に自己紹介をするベリル。そう、普通にしていれば普通に見える(?)子なのだが。
――恰好も無難な学園の制服姿だ。ただ――
(……何だろうか)
――気になるのは、女性が付けるリボンではなく、男性が付けるネクタイ、濃い青のスラックスを履いている所である。
(何だろう。気にはなるが、突っ込みたくはない)
良く分からないが、触れない方が良いと、脳が警鐘を鳴らしている。
そう、これは警告。価値観が壊れかねないナニかがある。だから、触れないでおこう。
(誰も触れていないのが、何よりの証だな……)
「あとー……そのー」
マイペースそうだったベリルだが、急にもじもじとし始めた。
その視線は、チラチラとランコへ向いている。
(あー、分かるぞ)
ランコに向けて、”ファン”として何か言いたいのだろう。
「? 何カナ?」
わざとらしく小首を傾げるランコに、クラッ☆ときた様で、ベリルは一瞬立ち眩みを起こす仕草をした。
「だ、大丈夫ですか?」
キュビィが駆け寄ろうとするが、事情を知っている俺とミャンが手で制する。
「大丈夫だと思うよ?」
「ああ、コイツはこういう奴だからな」
「は、はあ……」
分かったのか分からないのか、曖昧の返事のキュビィである。
とは言え、一応声はかける。
「おい、生きてるか?」
「も、もう……」
「もう?」
「も、もうダメ! 推しがボクを見てるよーーーー!」
勝手に見られてろ。
「……ベリルの事は分かったから、次に行こう」
「そうですね」
キュビィも一瞬で理解してくれたようだ。
コイツもチャラホスト同様、何を言い出すか分らん”不安要素の塊”だからな。さっさと打ち切って、次に進めよう。
「――それじゃ、トリを飾るのはランちゃんですよねぇ☆」
満を持して、とばかりに、今まで聞き役に徹していたランコが、皆に笑顔を振り撒いた。
……あー。来るな、コレ。”例のアレ”が来るぞ。衝撃に備えねばなるまい。
俺は”硬派”をしっかりと保ち、迎え撃つ準備をした――。
「はぁ~~~~~~い☆ あざとさはぁ、正義なんだよ? みんな、みぃ~んな、ランちゃんの虜になっちゃえ~~☆ 皆の妹☆ ランコ・スプラゴンだよぉ~~☆」
来たッ!! 伝家の前口上!!
「うわああああああああああああ!! 生のランちゃんだあああああああああああ!!」
1人だけ大発狂の奴もいるが、他の面子もそれぞれテンションがアガったようだ。
「やっべ……マジのランちゃんっすね……!!」
「……ハッ!」
「凄いです……!」
(ま、有名なアイドルらしいしな)
気持ちは分らんでもない。俺にはアイドルを推した経験は無いが、推していたらこういう感じになる事は、容易に想像できる程度には理解がある。
あのフェンですら、憧れの表情を浮かべている様に見える……かも。知らんけど。
――そんな中、意外な事に、ミャンも興奮している様で、
「ら、ランちゃんがこんな間近で……ヤバ」
声を震わせながら、目を輝かせていた。
(へェ……)
本当に、ランコって人気あるのな。確かに、可愛さはあるとは思うが――
「じーーーーっ☆」
ふとランコを見ると、俺の事をガン見していた。
「え、何?」
「ホントーに、マオお兄ちゃんは平然としてますよねぇー……」
そりゃそうだろ、と言おうとして――口を閉ざした。
またウザく絡まれても面倒だ。それに、ここには熱狂的なファンがいる。下手すりゃ”第2ラウンド”が始まってしまうかもしれない。
(フン。俺も賢い選択をしなければならないナ?)
「感動に打ち震えていたんだよ」
「そうは見えませんけどぉ!?」
「俺はポーカーフェイスだからな。内心狂喜乱舞、眩しくて目も合わせられない程だ」
「ずっと目が合ってますけどねぇ……」
適当な事を言いながらいなす。
これでいい。無理に否定したり、突っかかったりしなければいいのだ。
「うーん。中々手強いですよねぇ、マオお兄ちゃんは」
「そうだ。だから諦めろ」
俺をファンにするのは、と言う言葉を含ませての発言だ。しかし――
「あは☆ だからこそ、マオお兄ちゃんには、”お兄ちゃん”になってもらわないといけないんです☆」
寧ろ、やる気を出させてしまった様だった。
「――これで、自己紹介は終了ですね」
「ああ、漸く行ける訳だ」
フェンが待ちくたびれたとばかりに、大きく伸びをした。
「じゃあ……行こうか!」
ミャンの合図と共に、指定のエリア『ヴァンテージの森』行きのホームへと向かった――。