25時限目 無言の行
――魔法陣で飛んだ先は、『探検者』の集う『探検者ギルド』だった――。
「……あァん?」
困惑の声が、思わず漏れた。
いや、この光景を見て漏れない奴は誰一人としていないだろう。
――特に、俺の様な、”異世界ファンタジー”を望んでいた者程……な。
魔法陣によって一瞬で飛んだ先は――駅のホームの様に開けた場所となっており、人の流れに沿って上へと階段を進み、『探検者ギルド受付広間』へと辿り着く。
……。
――受付広場は、小綺麗な空間となっている。
グレーのカーペット床に、規則正しく天井に埋められている電灯。
各窓口があり、電光掲示板? らしきものが上からぶら下がり、何の窓口かを明確に案内している。
…………。
入り口付近には、なんと整理券を発券している機械があった。取り敢えず、事前に学園長より指示のあった『2、クエスト受諾』を選び、券を受け取る。
………………。
(市役所か?)
真っ先に、そんな感想が口を突いた。
そう、まるで”市役所”。もしくは”銀行”。それも、俺の世界の。
(なんか……想像していたモノと違う……)
俺の想像では、木造建築で、小汚くて、雑然としていて、昼間っから酒を呷るドワーフみたいな奴がいて、ボードみたいなモンにクエストが書かれた紙が貼ってある様な……そんなイメージだったのに。
実際はどうだ? 綺麗にまとまっており、酒を呑んでいる奴なんて1人もいない。皆受付をして、各々転移場へと向かっている。
とある一角には、バーではなくカフェがあり、コーヒーを嗜みながら談笑している探検者達もいる。しゃ、シャレオツ……。
口を大にして言いたい。
これは、はっきりとした裏切り行為である。”異世界詐欺”である。――いや、”ギルド詐欺”である、と!
(ちょっと期待してたんだがなァ……)
勝手にワクワクしていたのは俺の方であるが、この仕打ちは酷いと思いました(ショックによる知能の低下)。
……兎に角、気持ちを切り替えよう。
俺は無理やりにでも気持ちをリセットさせるため、前髪を前からかき上げた。
これから始まる”苦行”のオリエンテーションの前に、殺る気を無くす訳にはいかない。ここから、一層気張らなければならないのだから――。
(ま、適度に楽しもうかナ?)
番号を呼ばれるまで待たなければならない為、近くにある3人掛けの長椅子へ、適当に座る。
当然、真中へ太々しく座る。中々のクッション性に、俺の尻も喜んでいる。
「――『クエスト受諾』で良いんですよねぇ?」
「……ん、ああ」
早速、同じ『仮パーティ』の面子が、俺の左横へと断りなく座りやがった。太々しさは自重する。
隣に座られた瞬間、ふわり、と爽やかな香水が鼻を擽った。刺刺しくない、優しい香りだ。
「あは☆ ランちゃん、マオお兄ちゃんと一緒で嬉しいですぅ☆」
「……それはそれは。”俺ちゃん”も光栄ですぅ」
「あはっ☆ 何ですかそれぇ。ランちゃんの真似してくれてるんですかぁ?」
「良く分かったな」
「流石に分かりますよぉ。そんな可愛い仕草の子は、ランちゃんしかいないもん☆」
「自分で言う?」
「言っちゃいます☆ アイドルですから☆」
パチッ、と可愛らしく”ウインク”を決められる。俺も、”両目瞬き”で応戦してやる。
――この少女は、マーメイド族のアイドル――”ランコ”こと”ラリ子”である。
相変わらず、甘ったるい声をしている。男受けはしそうだが、女受けは悪そうな印象。
あと、やたらと距離が近い。俺と背丈に差がある為、常に俺を上目遣いする形になっているから、殊更ばつが悪い。
(こういう芸風なんだろうか……?)
”小悪魔系”と言うか、勘違いさせるような言動をするキャラクターだよな。
まぁ、俺の事を”お兄ちゃん”なんて呼んでくるくらいだし、そういう路線の子なのだろう。
――どっちにしろ、この子は”アイドル”だ。あんまり距離が近くなると、変に面倒な事を招きかねない。
平穏を望む俺としては、正直、お近づきになりたくはないが……。
(この子、結構グイグイ来るからなぁ……)
――内心の葛藤を他所に、ランコは平然と俺へ話しかけてくる。
「学園長さんが言ってたのはぁー……ギルドで『クエスト受諾』を選んで受付をしてぇー……既に出来てる『ギルドカード』を受け取ってクエストへ挑戦する! ……ですよねぇ?」
「うん」
「あはっ☆ ランちゃんしっかり覚えてましたぁ! 偉いですかぁ?」
「うん」
「! マオお兄ちゃんに褒められて嬉しいですっ☆」
「うん」
「……なぁ~んかマオお兄ちゃん、対応雑じゃないですかぁー?」
「うん」
「雑じゃないですかぁーー!! もーーーーっ!!」
キャーキャーと1人騒ぐラリ子。ぽかぽか左腕を叩かれるが、痛くはない。ただ、あざといだけだ。
(俺に攻撃してくるとはいい度胸だ……ま、年下だから、寛容の心で接してあげよう)
「そう言えばマオお兄ちゃん! ランちゃんの制服姿はどうですかぁ?」
「どうとは?」
「見て見て☆」
急に立ち上がったかと思うと、俺の前へ。
全身を見せびらかす様にして、前・後ろと交互に動く。
(どうですかって言われてもなァ)
――学園服である、濃い青と白縁のブレザーを――着ないで、上はキャメルのカーディガンを、白のワイシャツの上に着込んでいる。
カーディガンは少しダボッとしており、手の指先が少し見えるくらいだ。”萌袖”とか言うヤツなのだろう。
――下は、濃い青と白のストライプが入っているスカートで、黒の二―ソックスを履いているのがランコらしいコーデだ。
全体的に、可愛さアピールが目立つ格好だ。流石はアイドル。そこら辺の学園生よりも数段ビジュアルが良い。
正直、可愛いとは思う……が、絶対に口にはしない。硬派だからな。
「良いと思う」
無難な誉め言葉を言うと――ランコは嬉しそうに目を細め、全身で震えていた。
「……あははっ☆ マオお兄ちゃんに褒められちゃった……☆」
「大袈裟な」
「大袈裟じゃないですよぉ! だってマオお兄ちゃん、今までランちゃんの事知らなかったですよねぇ?」
「ああ」
「そんな人が、こうしてランちゃんの姿を褒めてくれている。……これって実質”お兄ちゃん”ですよねぇ!」
「違うが」
なんでそうなるんだよ。お嬢ちゃん、思考回路がショート起こしてますよ?
「でもでも、少しはランちゃんの事を、”興味”を持って見てくれたって事ですよねぇ?」
「いや?」
「! ま、まーたランちゃんの事イジメるんだからぁ~。もーーっ☆」
「いやいや。興味は無いぞ? 一切ない」
「よく本人目の前にしてそこまで言えますよねぇ!?」
たじろぐランコを眺めながら、俺は再び太々しく座り直す。
「言っとくが、俺はアイドルに興味は無い。君だけじゃなく、他のアイドルも」
「……どーしてそんなひどいコト言うんですかー……?」
「なんか俺を取り込もうと頑張ってるみたいだからな。一度、俺の意見をはっきりさせておこうと思って」
「そんなぁーーーー……」
しゅんとしているランコには悪いが、これが偽らざる俺の気持ちだ。
俺をファンにさせようと意地になっている様子だからな。”無駄”と言うか、硬派な俺に時間を割くよりも、他の新規ファン獲得を狙った方が良いと、遠回し的なアドバイスだ。
……そんな、つもりだった――。
「……あは☆ ますますマオお兄ちゃんを、虜にしてやりたくなっちゃいましたぁ……☆」
ボソッ、とどこかやる気に満ちた、芯のある声で呟いた。
俯き気味だった顔を上げた時には、凛としたアイドルの表情になっていた。
もしかしたら彼女は、俺以上の、ポーカーフェイスの持ち主なのかもしれない。
「ランちゃんをここまで本気にさせたのはぁ……マオお兄ちゃんが初めてですよぉ?」
「フン。そりゃ――」
俺が言う前に、彼女が人差し指を立て、俺の口の前に持って来て封じた。
「――『光栄だな』、ですよねっ☆」
むぅ……これは中々手強い奴に、目を付けられてしまったかもしれないナ?
……。
…………。
………………。
――ランコに絡まれて数分後、今度は別の厄介者が、俺の右隣に座ってきやがった。
「ら、ランちゃん! こ、こんにちわ!」
猫耳を生やした、茶と黒のトラ柄頭の少女、ベリルだ。『宝石箱』だとか言う『アクアマリン』非公式ファンクラブの一員だ。
「! こんにちわぁ☆」
「!! ぶひゅっ」
ランコが笑顔で答えると、ベリルは人体から発せられる音の中でも、相当気持ちの悪い声を出した後、俺の影へと隠れた。
(つーか、俺を挟んで会話すんなよ……)
俺を盾にすんじゃねぇ、と苦情の一つでも申し立てたかったが、当の本人は――
「ヤバイ……マジ本物のランコちゃんだ……はぁ、目が浄化されるぅ……」
――見事にトリップしてやがった。精神が別の世界が旅立ってしまった様子。
『目が浄化』って何? 腐ってたの? ドライアイ?
「目だけじゃない。ランちゃんの”お声”で、ボクの鼓膜が振動させられていると考えると……もうッ!!」
あ、アブねぇな!? コイツの発想アブねぇよ!!
「あ、ああ……ヤバイ。”分からせ”られたのだ……」
勝手に分らせられてろ。
しかしコイツ……キモい独り言全部、小声で話しているから、当の本人に伝わっていないのは幸いだな。
聞かれてたら間違いなくドン引きだったぞ。表面上は普通に接するだろうが、”心の絶壁”が出来上がるだろうぜ。
「よ、よし……!」
――そうこうしている内に、賢者タイムか、はたまた心の整理でも出来たのか、恐る恐ると言った動きで、俺の影からゆっくりと顔を覗かせた。
まるで――親戚の集まりで、初めて見る遠方の叔父の前に、母親の影から恐る恐る顔を出す子供の様におっかなびっくりだ。
「あ、あのっ! ボク! アクアマリンのファンクラブやってまして――」
多少声を上擦らせながら、ランコへと会話を試みるベリル。
スラスラとまではいかないが、何とかして自分の熱い思いを話そうとする、情熱は伝わってくる。
横で聞いている俺も暑くなるのを感じた。……決して、共感性羞恥では無いと思いたい。
「――そうなんですかぁ! 応援、いつもありがとうございます☆」
ランコは、そんなベリルの話を頷きながら、時折相槌を打って、親身になって聞いている。
こういう態度は、実にアイドルらしい。流石は人気アイドルと言うだけはある。
万人に受けるのはなかなか難しい。だが、彼女の対応は、案外受け入れられる人も、いるのかもしれない。女子を除いてにはなるが。
(……どうでもいいが、俺ここまでベリルに、完全にスルーされてんだが)
突然やって来て隣に座ったかと思ったら、ずっとランコの方を見て会話してやがる。
俺、いないものとして扱われてる? ただの壁だと思われてない?
それか、突然俺の存在が世界から消失したか……それぐらい、自然にスルーされている。
(ま、ランコと話さなくていいから、気が楽だ)
ランコと話すと思った以上に疲れるからな。HPじゃなく、MPが減るイメージ。
「こっ、この間のっ! ラ! ラ、ライブ良かったよ!」
「そうですかぁ! 応援、いつもありがとうございます☆」
ベリルがしどろもどろになりつつ、いかにアクアマリンを応援しているかを話し、それを嬉しそうに聞くランコ。
――その間にいる無言の漢(俺)。
百合の間に入る男かな?
(……そら見ろ。早速変な面倒事に巻き込まれやがったぜ)
――暫くこの”無言の行”が続き、数十分後に番号が呼ばれ、漸く解放されるのであった……。