第5話 番長面接
ヴァルサリル城、某部屋にて――。
「そう言えば『ルーちゃん』、聞いた~?」
「……何の話かしら、『ピスカ』」
本やら巻物やらが散らばり、乱雑になっている書斎の様な部屋の中。木製の作業机の前に座り、見たことのない水晶? に上から慎重に赤い液体を垂らす少女。
――少女は『ルーちゃん』と呼ばれていた。
対して、話しかけた方は出入口の側の壁に寄っかかり、暇そうに漫画を読んでいる少女。メイドの格好をしている。
――少女は『ピスカ』と呼ばれていた。
「なんかぁ、勇者召喚の時にトラブルがあって、2人来ちゃったんだってさ~」
「へぇ、そうなのね」
「……相変わらず、ルーちゃんは興味のない事はとことん知らないよね?」
「私は、脳が疼くような興味のある事を追求したいから」
「いやぁ、清々しい程に研究者脳だよね~」
ピスカは読んでいる漫画から目も話さずに会話を続ける。ルーちゃんも、一切ピスカを見ようともしない。
状況、会話内容から、2人が長い時を共に過ごしてきた仲だという事が窺える。
「なんでもぉ、わたしの親友がその内の1人に専属として就いたんだって~」
「……ティタのこと?」
「そうそう。『ティーちゃん』」
ここで初めて、ルーちゃんはピスカを方を見た。好奇心に疼く瞳。
「ティタのモフモフふわふわ感……あれは研究対象ね!」
「……ルーちゃんがそうやってティーちゃんを可愛がるから、あんまりここに寄ってくれないんだよ?」
「だって、あの愛くるしさは反則でしょう!?」
「分かるけど。分かりみしかないけど」
ピスカも漫画から目を離し、ルーちゃんとの会話を続ける。お互い興味のある話題になると、会話に波が生まれる。
話が弾んでいると、途端にルーちゃんの弄っていた水晶がぼんやり光り出す。
「なんか光ってるけど、何したの?」
「……勇者の血を垂らしてみたのだけど」
「あ~、『ウーちゃん』から貰ったやつ?」
問いかけに頷くルーちゃん。光は何度か明滅し、やがて消えた。
水晶の元へ近寄るピスカ。
「反応してるっぽい?」
「ええ……」
青く輝く水晶は、赤い液体――血を垂らした部分が見事に腐食している。
「界塵の成分を抽出し、ちょっとだけ混ぜた水晶だったのだけど……」
「ふ~ん。じゃあ勇者の”特効”によるものなんだね~?」
「そう言わざるを得ないわね……!」
慌てて側にあった巻物に記していくルーちゃん。その顔は嬉しさと興奮の入り混じったものである。
「私は”特効がどこによるものか”、という事について疑問を持っていたの」
「……ん~、勇者のどこからどこまでが特効の範囲か、ってこと?」
「そう。そして今回の実験で、勇者から体外へ出た血でさえも、界塵に対して特効を持つことが証明されたと言う訳ね」
話ながら手は止まらない。鼻息荒く、巻物に実験結果が書き連ねられていく。
「サンプル……! サンプルが足りないわ! 何度か実験をして、この証明を確実なものにしなくてはならないわ!」
「……ウーちゃんから貰う?」
「しばらく国外で演習を行うって言ってたから、難しいわね……」
「ありゃ~」
「出来れば血以外でも実験したいところだったのに」
行き詰まり、暗雲立ち込めたところで、ピスカが悪戯っぽく笑った。
「い~こと、思いついちゃった~」
……。
…………。
………………。
王家の間を後にし、用意された部屋へと戻った。
――勿論、専属メイドのティタも一緒である。
「ここはマオさん用の部屋になります。自由に使ってください!」
「そうか。ありがとう」
「い、いえいえ。わたしが用意したものじゃないので……」
「君が用意したかどうかは関係ない。俺は君に感謝したい。ありがとう」
「! あ、は、はい!」
(妙に緊張しているな……)
用意された部屋は、俺がこの異世界で目覚めた部屋だった。お洒落なカントリー風の広い部屋。
天蓋付きのベッドもあるが、ちょっとメルヘンチックで恥ずかしさもある。
「さて」
どっかりと、三人掛けのソファに腰を下ろす。入り口で立ったままのティタを手招く。
「隣へ座ってくれ」
「! は、ひゃい!」
ぎこちない動きで、俺の隣へ座るティタ。1人分ぐらいのスペースが空いている。
恐らく、この1人分が俺と彼女の心の距離だろう。
専属メイド……俺に仕える舎弟の様なもの。
ならばまず、やらねばならぬことがある――。
「趣味は……なんだ?」
「えっ? えぇと、お料理……です」
「そうか」
「……」
「えっ? えっ?」
「好きな……食べ物は?」
「! うーんと、甘い物? とかです」
「なるほどな……」
「……!(ブルブル)」
”ティタ”という少女を、知ることから始めよう。
「歳は?」
「じゅ、14です」
「 !? 俺の一個下か……!?」
にしては華奢だ。筋肉がないように見える。全体的に小さい。
不意に、ピンと立つ犬耳が視界へ映る。目が合うと、微妙に逸らされる。
やはり緊張しているという事だろうか……。
ここは兄貴分として、緊張を和らげる必要があるだろう。
「気持ちは分かる」
「……え、えっと?」
俺は一度、髪をかき上げ、出来るだけ声色が明るくなるよう努めた。
「いきなり異世界から来た、良く分からん硬派な漢に仕えることになったんだ……不安な気持ちになるのも分かる」
「! い、いえ、そんなこと……」
「正直に話してくれていい」
「……くぅん」
否定しようとしたが、俺の圧に負けたのか、耳と尻尾をしゅんとさせる。
「その、どう話してみたらいいのか……分からなくて、緊張しちゃって……」
「だよな」
「で、でも! その、嫌だとか、大変って気持ちはなくて、あたしにとっては初めての専属ですし、こんな大役任されて混乱しちゃって! まだまだ未熟なのに……」
スカートの端をギュッと握り、しどろもどろになりつつも、言葉でしっかり伝えてくれる。そういう一生懸命さが、何より嬉しい。
「マオさんと……仲良くなりたいです」
「……フン」
なんだ、気持ちは一緒じゃないか。俺は手を差し出す。
「少しずつ、お互いを知って行こうぜ?」
「! は、はいっ!」
誰かさんと共にした握手の様に、今後とも宜しくと、手を握った。
「まずはお互いの自己紹介から始めたい。いいか?」
「はい! よ、よろしくです!」
ビシッと背筋を伸ばすティタだったが、先程あった緊張は多少和らいでいるようで、耳と尻尾は張り詰めていなかった。
「――改めて。俺は真魚。ボケ高一年の15歳だ。趣味は筋トレ。好きな物はおにぎり。嫌いな物はぬめぬめしたもの。硬派を目指す、硬派な漢だ。宜しく」
ビシッと挨拶を決める俺。対してティタは、あせあせとメモ帳に書き込んでいた。
「別にメモしなくてもいいぞ?」
「あたしにとってのご主人様ですから、ちゃんと知っておきたいのです」
ほう、殊勝な事だ。この子、しっかりしているじゃないか。
「次は君の番だ」
「は、はいぃ」
今度は俺がスマホを取り出し、メモを取る準備をする。
「……」
ジーっと、俺のスマホに釘付けになるティタ。ウルル、王妃と続き、この世界では相当なレアもののようだ。
そんな様子を眺めていると、俺の視線に気づき慌てて目を離した。
「ティタ・カラミティアです! 14です! 『イヌベース』のワーグ族です!」
イヌベース……要するに犬の要素のある獣人と言ったところか。
「この春、『メイド学習院』を卒業した、『見習い城仕えメイド』です。趣味は――」
「待った。メイド学習院と言うのは?」
自己紹介の最中に悪いが、疑問に思った点に割り込む。聞き覚えのない単語一個一個に突っ込まなければ、俺は先に進めないだろう。
「このヴァルサリル城では多くの従者がいます。女性の従者であるメイドと男性の従者である『フットマン』。中でも、メイドのための育成機関がメイド学習院なのです」
”メイドの養成所”ということか。メイドの為という事は、フットマンの為のものもあるだろう。
「学習院を卒業したメイドは、城に仕える城仕えメイドか、人に仕える専属メイドに配属されるです」
「それでティタは元々見習い城仕えメイドだったが――」
「晴れてマオさんの専属メイドにランクアップしました!」
これからは専属メイドと肩書を改められますと喜ぶティタ。無邪気な笑みである。
「果たして、俺に就いて幸せになれるのか……」
「えぇっ!? こ、怖い事言わないでくださいよぉ……」
喜びから一転、ブルブルと体を震わせた。
硬派な俺に就いてくるのは大変なことだろう。恐らく。
「続けてくれ」
「は、はいぃ。えっと趣味はおりゅっ、お料理で、得意料理はオムライスです!」
「オムライスとはメイドらしいな。……と言うか、オムライスはあるのか、この世界に」
異世界特有の料理かと思いきや、超馴染みのある料理名が出たのだが。
「天花市との繋がりによって、昔から色んな文化がこっちにも来てる……って聞いてます」
「そういや、昔から交流があったって言ってたな……」
ウルルがそんなことを言っていたの思い出す。
「でもでも、文化は来ても食材が来ている訳ではないので、あくまで似た料理、と言うのも聞いたことがあります」
食材は引っ張って来れないのか……あくまで勇者だけという事だろうか?
しかし、俺のポケットに入っていたスマホは一緒に異世界入りしてしまった。腕時計、財布やそれに付随するウォレットチェーンなんかも一緒だ。
もしかしたら、食材単体では持ってこれないのかもしれない。勇者にくっ付いたものならば可能なんだろう。
……いつかウルルにでも聞いてみるとするか。
「”聞いたことがある”って言うのは、ティタはオリジナルを知らないのか?」
「はい、あたしは知らないです。似た料理だと判断したのは過去の勇者達なので」
「……”過去の勇者の感想を元に似せて作った”という事か?」
「そのようです」
異世界に来てまでオムライスを食べたい気持ちだったのか。気持ちは分かる。
故郷の味、というものは、離れる程に恋しくなるものだ――。
ぐぅぅ、と俺の腹が鳴る。
「フン、食べ物の話をしたからか、腹が減った」
「! それなら、是非作らせてください……オムライス」
「宜しく頼む」
出来ることならば、ケチャップでハートマークを作ってもらいたかったが、それは自重した。