22時限目 漢の喧嘩とその波及
――エルル達がやって来た時には、既に”喧嘩”は終わっていた。
「!? マオ!?」「マーくん!?」「マオさん!!」
3人が一斉に駆け寄って来た。誰も彼もが、心配顔である。
……そりゃそうだ。頭から流血、頬は腫れ、全身泥だらけ。驚くのも無理はない。
「どうしたの! 大丈夫なの?」
「いや……だいじょばない」
「だいじょば……ええっ!?」
「骨も折れてる」
「! ちょ、ちょっとちょっとー!!」
「正直、立ってるのもシンドイ」
「……無茶し過ぎよ」
慌てて肩を貸そうとする3人だが、俺の方が背が高いため、上手く肩を貸せないでいる。
「でも――清々しい気分だ」
俺の心からの一言に……心配で凝り固まった3人の頬が緩んだ。
「……そう。それなら、良かったわ」
「大怪我した甲斐があったね~?」
「流石マオさんですっ!!」
三者三様の反応され、不思議と悪い気はしなかった。
(フェンと言う敵は――本当に、丁度良かったナ?)
「いや、良くないでしょー!!」
心の声と、ピスカの突っ込みのタイミングが一緒だった為、一瞬怯む。
「 !! ぐぅっ……!」
怯んだ拍子に体が歪み、傷付いた箇所を刺激してしまう。
俺ご自慢のポーカーフェイスが一瞬解かれ、苦痛に顔が歪む。
「こんな大怪我しちゃって~、マーくんはもーーーー!!」
「取り敢えず、学園長室まで運びましょう。そこだったら、LPがあるはずだから」
「あたしが【磁力】で背中にくっ付けて運びますから!」
「……い、いや、そこまでしなくても、自力で歩ける――」
「いいから。立っているのも辛いのでしょう? ティタに従いなさい?」
「マジで、そこまでしてもらうのは悪ィから。自分で――」
「ティタに従いなさい」
「……ウス」
有無を言わさぬ剣幕に、思わず、反射的に従う社畜的な俺。
仕方なく、渋々、ティタに背負われ世話になる。ティタの後ろ髪から女子っぽい良い匂いがして、何だか落ち着かない。
あと、全体的に柔らかい感触だ。俺の様な武骨で硬派な漢とは違う、”女子”と言う感じだ。
(クソ……益々情けねェ)
自分よりも年下の、柔い女子におんぶされていると思うと……惨めだ。
ちょっとだけ……己の”硬派度”が下がった。
「大丈夫か? 俺、重くない?」
「平気ですっ! マオさんは安心する匂いなので!」
(……匂いの事なんて聞いたか?)
微妙にかみ合わない会話だったが、ティタが言葉通り平気そうだったので、気にしない事にした。
「逆に、あたしは嬉しいです! マオさんのお役に立てて!」
「……俺は普段から世話になっているつもりだが?」
「足りないです」
「足りないか」
「はいっ! マオさんは、もっと、もぉ~~~~っと、あたしを頼ってくれていいんですから!」
……そう言ってもらえると、本当に有難い。有難い事だ……。
「午後からオリエンテーションがあるって言うのに……マオったら、血気盛んなのだから」
「まー、マーくんらしいっちゃーらしいけどね~」
「面目ない」
「本当ですっ!」
珍しく、ティタがプリプリ怒っている。尻尾もプリプリ揺れている。
そういう心配してくれる気持ちは、素直に嬉しい。今まで碌に他人から心配された事って、無かったからな……。
「でも、少し心配ね」
「 ?? 何がだよ?」
「マオの行動、かなりの噂になっているの。もし教師の耳に入ったら大変よ?」
「”先公”に?」
「そ~だね~。入園早々喧嘩とか、下手したら職員室に呼び出され――」
『――E卓、マオ君。フェン君。至急、職員室へ来てください。繰り返します――』
「……ほらね~?」
「……マジか」
鳴り響く校内放送に、俺は全身から脱力するのを感じた。
……。
…………。
………………。
――校舎裏にて、マオがフェンへ逆転勝利する瞬間を、離れて見ていた者達がいた。
「まさか、あの状態から勝つなんてね……」
1人は、『マイティック狩人事務所』所属にして、エルルの古くからの友人――ミャン・マイティック。
(エルルちゃん達より先に来て正解だった……)
ミャンは、エルル達と再会後、一足先に校舎裏へ辿り着いていた。
そして、騒動の結末を――しかとその目に焼き付けた。
(何て言うか、姿勢が違うと言うか……)
心構え? 捉え方? 気の持ちよう? なんかしっくりこない……。
――どちらにしろ、あの”学ランくん”は、喧嘩慣れをしている。そう思わざるを得なかった。
”戦闘慣れ”と言うよりも、”喧嘩慣れ”。”対人戦闘”という括りにするのなら、戦闘慣れと言ってもいいのかもしれないけど。
「――って言うか、エルルちゃんとどういう関係なんだろう……?」
脈絡もなく、不意に湧いた疑問であった。
ミャンが喧嘩騒動の話をした途端、急に落ち着きを失った3人を見て、彼と何かしらの関係性があるのだと推察した。
――片や王家の王女、その侍女と、侍女その2。
――もう片方は、喧嘩っ早く、不良っぽい格好をしたヤバそうな人。
(いやどういう関係性!?)
考えても考えても、ひたすら謎である。
明らかに関りが無い。関係性が見えてこない。無理やりにでも関係性を作ろうとするが、どうしても悪い方向に思考が流れてしまう。
いけないいけない、とミャンは頭を振って邪気を払う。
(……まぁ、今度会った時にでも聞けばいいか)
考えても分からない事は放棄する。ミャンはさっぱりとした性格であった。
(――それよりも!!)
そんな事を呑気に考えていたのも束の間、自分の置かれている立場を思い出す。
(そう言えば、そんな喧嘩慣れしている学ランくんの”タイマン”から、逃げ出して来たんだった!!)
他人事のような気持ちが、一瞬にして我が身の事の様に思えてくる。
――『……喧嘩っつのーはな、硬派のぶつかり合いなんだヨ。特に、タイマンっつーのはドエレー神聖なモンだ。何人たりとも、横槍は許されねェ』
(ウチ、そんな神聖なものから逃げ出したんだけど!!)
下手をしたら、次に会った時に再びタイマンを申し込まれるかもしれない――。
(あぁぁ……ウチのバカ! 何を呑気に観戦してるんだ!!)
次に自分が、あの狼少年の様な参事になっているやもしれない。
――とは言え、喧嘩を吹っ掛けられたとしても、ミャンには受ける道理が無かった。彼女の掲げる”正義”は、悪事を働く訳でもない無関係な人を、傷つける事を許す程、優しくは出来ていなかった。
むしろ、その厳しさこそ、彼女を強くしている”信念”なのだった。
(ウチの勘違いで挑発したんだから、甘んじて受けるべきなんだけど……うぅ~ん……)
今後の事を考えると、上がっていた熱が急速に下がっていくのを感じたのだった……。
――そして、もう1人。
1人と言うか、1つのグループが、丁度終わり際に間に合い、こっそりと盗み見る事に成功していた。
「ふわぁー……凄かったね!」
興奮冷めやらぬ様子でそう言うのは、『アクアマリン』がリーダー、トレアである。
「そうね。”不良同士の喧嘩”って言うのは、中々熱いものがあるのね」
同じくアクアマリンのリップが、クールさを残しつつも、多少熱の入ったコメントをする。
「わたし、生でああいう喧嘩見たの、初めてかもしれない!」
「そうね、試合は皆で見た事があったけど、あれはそう言うのじゃないわね」
「うん!」
”試合”と”喧嘩”。決して同じカテゴライズではないと、リップは断言する。
只々、己の意地と誇りを賭け、称賛なんていらない、誰にも見せるつもりもない、野良の本気のバトル――燃えない訳がない。
「何て言うか、こう……”己のプライドのぶつけ合い”って言うか! 熱いよね!」
「そうね。それも、本気の勝負だったからこそ、良かったのかも」
マオの居た世界では有り得ない程、彼女達には称賛されていた。
――それも、彼女たちはアイドルである。不良の野良喧嘩とは無縁の世界で生きてきたはずのアイドル達が、である。
「……どうだった、ランちゃん?」
「……」
「? ランちゃん?」
トレアの問いかけに答えない程、ランコは放心状態であった。
不思議そうに顔を傾げるトレアとリップを置き去りに、ランコの心は――
(……何アレ……マオお兄ちゃん、超カッコいいんだけどぉ!?)
――熱い漢のタイマンバトルに、意識が持っていかれていた。
(傷だらけで、可哀想な程満身創痍な状態からの、見事な逆転劇……やば、マオお兄ちゃんヤバイ! 推せる!)
”漢”の一端に触れ、純粋無垢なアイドルらしからぬ硬派さを、少しだけ、理解してしまっていた。
「――お~~~~い。大丈夫? ランちゃん? 生きてる? 水、足りてる?」
「……ハッ☆」
トレアに頬をぺちぺちされて、ようやく意識が帰って来た。
「……大分、お熱だったみたいだね?」
「い、いやいや! 違うよぉ☆ ランちゃんそんなにチョロくないしぃ!」
「何の話?」
冷静なリップの突っ込みに、自分が浮かれているのを感じる。
足元が覚束ない感じ。何か、とんでもないものを目の当たりにして、感動している様な、感心している様な……心が惹かれた様な……そんな感じ。
(! このランちゃんが……堕とされかけている!?)
――堕とすつもりが、堕とされかけている。
良く分からない高揚感にワクワクしながらも、ランコは”自分はチョロインじゃない”と言い聞かせながら、並木道を戻るのであった……。
……。
…………。
………………。
――『職員室』のある、『職員棟』へとやって来た。
ここまで運んでくれたエルル達を見送って、中へ入ると直ぐに、担任の”ニカ・サーコネリア先公”が、待ち構えていた。
――ブロンドのロングヘア―をポニーテールにしており、キリッとした目元、綺麗な碧眼。
タイトなスーツ姿が良く似合う。出来るオトナの女性、と言う感じだ。
美人教師――と言っても過言ではない、褐色のエルフ族である。
「……お小言の前に、貴方は治療が先ですね」
「……ウス」
職員室ではなく、『保健室』へと連れてこられた俺は、直ぐにLPを飲ませられ、傷を癒すためベッドに寝転がされた。
保健室は、ベッドが幾つも並んでおり、想像する保健室の数倍広かった。
――すると数十分後には、キツネ耳を生やしたメガネ女子に担がれて、フェンが運ばれて来た。
キツネっ子はフェンをベッドに寝かせ、ニカ先公と軽く会話してから、直ぐに戻って行ってしまった。
(……コイツの知り合いではなさそうだ)
キツネ耳を見て、一瞬『九尾の世王界』を思い出し、頭を振った。
「……あー、ダル」
ベッドに寝ころぶ俺、その隣のベッドにフェンが寝ころぶ。
仕切りの為のカーテン等が無いため、どうしても視界に奴が映る。
「おう。生きてるか?」
「……一応な。オマエ、やってくれたぜ」
「互いにナ?」
「ハッ……」
受け答えできる程には、フェンの体力が回復している様だった。
「――初めてです。入園早々、それもオリエンテーション前に喧嘩する生徒なんて」
「「すんません」」
俺とフェンが同時に謝罪する。
「喧嘩自体は良くあります。でもね、貴方達は早すぎです。出会って数時間で喧嘩って……」
「「迷惑かけます」」
またもや、フェンと被る。
……止めてくれ。まるで2人で、示し合わせて謝罪してる様に思われるだろうが。謝罪に信憑性がなくなる。
(……まァ、実際、申し訳ないと言う気持ちは――更々無いが)
はぁ、と溜息を吐くニカ先公に、俺は申し訳なく思っている――風の表情をして誤魔化した。
――後悔はない。ある訳もない。
反省もしない。する訳がない。これは”漢同士のただの喧嘩”。たった二人だけの、大きな世界にある小さな喧嘩の一つに過ぎないのだから。
「……取り敢えず、貴方達はオリエンテーションまでここにいてもらいますから」
「え゛っ」
先公から耳を疑う事を言われ、思わず変な声が出た。
「当たり前です。貴方達2人をほったらかしていたら、また何しでかすか分からないので」
(……反論出来ん!?)
その通り。この先公……さては”まとも”だナ?
「さて、そろそろお昼ですので――」
先公は3人分の弁当箱? を机の上から俺らのベッドまで持ってきた。
「3人で仲良く、お昼にしましょう」
……地獄かな?