21時限目 復讐
(赤い。赤。真っ赤だ……)
――額から流れる血……まとめて、右手で髪をかき上げた。
自慢のオールバックに血が混じっても気にしない。――否。気付く程の知能を、”今のマオ”は持ち合わせてはいなかった。
「悔しいぜ……あァ、悔しい……」
――深紅の世界から、視界はクリアになるが……思考は上手く纏まらない。
(したら……目の前の”敵”をぶっ飛ばせばいいンだろーがッ!!)
フェンの放った魔法――『拘束・第2の筋』により、マオの思考能力は低下してしまっている。
思考能力は5~7歳程度まで落ちており、行動は直情的で、ある意味では迷いがない。
「殺ンぞッ! オラアアアアアアアアアアッッ!?」
「殺しちゃまずいだろ……」
フェンの突っ込みも無視し、殺気溢れる特攻を仕掛ける!
――しかし、策もクソもない、単調で単純な殴りつけ攻撃となる。
助走を付け、勢い付けて、ストレートに走り出す。
「……ハッ! しっかし、体力だけはあるようだな!」
鼻で笑い、待ち構える態勢を取るフェン。
走って距離を詰め、右拳を真っ直ぐに振るう! そう、たったそれだけの攻撃方法――
「雑魚が! 話にならないぞ!!」
カウンターとして放たれた右上段回し蹴りが、マオの剥き出しの胴体へと吸い込まれる――!
「 !? が……!」
ゴキッ……と、鈍く低い音が、体内に響き渡る。
間違いなく、骨の折れた音だった。魔力による強化を超える衝撃に、耐え切れず、その場で膝を付いてしまう。
「い、痛ェなおい……」
「だから……話にならない」
無慈悲な表情でそう告げる。左脇腹辺りを抑えながらも……それでも、マオはフェンを睨みつける。
闘志はまだ――消えてはいない。
「オレに大見得切って挑むだけの度胸はあるが……諦め悪いな、オマエも」
「ハーッ、ハーッ……誰が?」
「オマエだよオマエ。魔法だけじゃなく、痛みも重なって状況把握出来てないな」
「ハーッ、ハーッ……」
「息するのもやっと……か」
――そう言って、フェンはマオ目掛けて手をかざした。
「このままじゃ、諦めないオマエを殺しちまいそうだからな……終わらせてやるよ、この喧嘩を」
「ま、まだ……ハァ、硬派を……」
「そういやさっき言ってたな。何だよソレ?」
痛みを必死に抑えながらも、眼前にいるフェンの足にしがみつく。
何とかしてでもコイツを倒す……ただその感情だけで、今のマオは動けていた。
(知能が落ちてると、痛みも純粋に感じやすくなるもんだが……)
通常は……理性があり、知能がある為、痛みを感じた時、それを和らげる様あれこれ考えるものだ。
――しかし、今は知能低下中。只々痛いと言う感情が、怒涛の様に押し寄せ、ダイレクトに感じてしまう。
(痛ェ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!)
脳内を渦巻く己の悲鳴。体の節々から出ているアラートは、マオの幅を更に狭めている。
「俺は……俺はまだ……」
「もう終わりだ」
「もう少し……もう少しなんだ……」
「いや、終わりだ」
とうとう、フェンを掴んでいたマオの手が、あっさりと剥がされる。
「――【拘束・最後の紐】」
フェンの手が光る。迸った光は、じっと見つめるマオの視界へと入り、眼球から体内へと変化を起こす――
「ンぎィッ!?」
ビクン、と大きく痙攣して……ポトリと大地に落ちた。
「……最後の紐は、魔力の低下。これでオマエは、魔力による強化を弱体化された訳だ」
「……」
マオは、一言も発しない。話す力も、残っていない。
「魔力の鎧が無ければ、ダメージはよりダイレクトに伝わる。痛すぎると、脳は動く事を停止し、気を失う」
「…………」
喋らないマオを相手に、フェンはベラベラと喋る。
これは、フェンにとって、勇敢にも自分へ挑んでくれた挑戦者への、”餞別”の様なモノであった。
「それでも動ける奴はたまにいる。しかし、そうはいかないぜ。”革”、”筋”、”紐”……この3つを受けた相手は――必ず動けなくなる効果を持つ」
「………………」
惨めだな、とフェンは倒れたマオの頭を踏ん付けた。
「オマエは、オレに挑んだ時から、こうなる”運命”だったって訳だな」
……。
…………。
………………。
「――ちょっと、ランコ。何処へ行くの?」
――女子寮から出た並木道を歩く、3人組の女子グループ。
目的地とは違う方向へと向かおうとするランコへ、同じ『アクアマリン』メンバーの『リップ・ウンディウス』は呼び止めた。
「……あは☆ ちょ~~っと気になるお話を、耳にしちゃったんだぁ☆」
相も変わらない猫撫で声で話すのは、ランちゃんこと、ランコ・スプラゴンである。
「それって……喧嘩騒ぎの事かな?」
リップの隣を歩く、アクアマリン不動のリーダー、『トレア・ヴァンジーニ』が小首を傾げ、質問を投げた。
「喧嘩騒ぎ……ああ、さっき廊下で話している人達がいたわね」
「そうそう! それの事でぇす!」
人差し指を立て、”ピンポーン”と口に出す。
「何かねぇ、その喧嘩してる人の特徴がぁ、ランちゃんにご執心なお兄ちゃんな気がするんだよねぇ~☆」
……本当は、ランコがご執心なお兄ちゃんなのだが……彼女の中では、いつしか逆転してしまっていた。
(あは☆ マオお兄ちゃんも無事受かってたみたいだねぇ……☆)
ランコとしては、マオがちゃんと合格していた事が、自分以上に嬉しかった様で、普段よりも数倍テンションが高かった。
「……それで、わざわざ野次馬しに行くの?」
「んもー! 野次馬じゃなくて、応・援! いつもはファンに応援してもらってるからぁ、たまにはランちゃんが応援してあげなくちゃ☆」
「それはすっごく偉い事だね! よしよ~し」
「ほわぁ……☆」
そう言って、トレアはランコの頭を撫でてあげると、ランコは嬉しそうに目を細めた。
「またそうやって甘やかす……」
はぁ、と溜息を吐くリップ。
トレアの”ランコ甘やかし”は今に始まった事ではなかったが、調子に乗るから止めて欲しいと内心思っていた。
「はぁ~……極楽じゃ~……☆」
「ぷっ。それじゃお風呂に入ってるみたいだよ?」
「うん、そうだよぉ」
「違うわよ」
天然のトレアと、無邪気なランコのせいで、リップは終始”突っ込み役”に回らなくてはならず、慣れた様子で合いの手を挟んだ。
「きっとねぇ、トレアお姉ちゃんの掌からはねぇ、秘湯の源泉が垂れ流れているんだよぉ」
「何それ。怖いわ」
「そうなんだ!」
「そんな訳ないでしょ」
どんな奇病よソレ……と震えざるを得ない。
(この2人は……相変わらずね)
――あの『百鬼夜行』を経て。
学園を盛り上げるために入園したアクアマリンであるが――普段と変わらない2人に、謎の安心感を覚えていた。
「……そんなことよりっ! さあさあ、早く行かないと終わっちゃうよぉ!」
今にも駆け出しそうなランコに、苦笑しながらも『付き合うしかないな』と半ば諦めの境地のリップ。
「そうだね! 折角だし、わたし達も行こうか?」
「……そうね」
逆に、ランコがここまで推しているファンは珍しい、と思い興味が湧く。
「それ、良いかも☆ 今度こそ、堕として魅せるから~……☆」
「……何の話かな?」
「さあ?」
(あは☆ これも”運命”だよねっ! マオお兄ちゃん☆)
……。
…………。
………………。
――体内で、大きく火柱が上がる。
最初は――小さな火だった。
火はやがて、ダメージを負うごとに大きくなっていき、最終的には火柱へと成長する。
薪は――負の感情。
”痛い”、”苦しい”、そして……”悔しい”。嫌な感情が火にくべられて、大きく燃え上がらせる。
それらの感情の根底にあるのは――激しい”屈辱”。
(――奴の魔法は【拘束】。3種類の効果を持ち、1つ目は”身体能力の低下”――)
屈辱感は、己の中に”新たな力”を得ようと作用する――。
(2つ目は”思考能力の低下”、3つめは”魔力の低下”――)
無意識化で聞こえてくる言葉が、勝手に脳裏へ刻まれ、知識として貯蔵される――。
(そして、3つの効果を受けると、”必ず動けなくなる”)
思考は低下していても、言葉は耳から染み入る。
やがて雪解けの様に溶け出して、まるで酸素の様に……火と、強く、結び付く。
今――火柱は魂を燃やし、力と成って心を起こす――!!
「――――――【復讐】」
「…………あ?」
自然と口から零れた言葉。俺の――魔法。
ボウッ、と俺の体が一瞬だけ燃え盛り、体に掛かっている魔法を打ち消した!
(なっ!? 魔法の強制解除だと……!?)
思わずたじろいだフェンは、俺の頭から足をよけて、数十歩退いた。
「……これが、”運命”だって?」
ゆっくりと……体を起こす。体はボロボロだが、心は――熱く燃えている。
たった1つの感情――復讐心によって。
「”運命”なんてモンはなァ……全ッ部! しばいてヤるッ!!」
――吠える。叫ぶ。
今ある”心の力”を糧に、目の前の敵を討ち滅ぼす!!
「……ハッ! 威勢だけは、いいみたいだな」
「試してみるか? 威勢だけじゃないか、どうかを……ナ?」
右手で”かかって来い”と指を折って挑発をする。
「面白い! オマエに、オレの【拘束】は打ち破れるか――!!」
手をかざすフェン。再び、手の平から光が溢れ出す――
「――【無礼・第1の枷】」
――よりも! 先に! ――俺は、手の平から光を発した!
「――な、何ぃ!?」
俺の光を見たフェンは、突如、地面へ両手を下ろした!
――いや、正しくない。フェンは両手が重すぎて、下ろさざるを得なかった!
瞬時に下りた両手が、地面へ着いた途端に、ズンッ、とその衝撃でクレーターを2つ生み出した。
それだけではない。地についている両足も、徐々に、ズブズブと地面にめり込んでいる。
「お……オマエ! これはっ!」
「なんだ?」
「オレの魔法じゃないか!!」
両手両足の重さで、身動きが取れず上手く喋れないフェンが、辛うじて言葉を吐いた。
「……少し違うな。これは”俺流”だ」
「は……?」
――そう、俺流。
俺の【復讐】は、魔法により受けた”屈辱”を覚え、能力を”理解”する事で、”自己流”にして会得する……と言うモノ。
ただの”コピー能力”じゃねェ。言うなれば……”アレンジ能力”だ!
「【拘束・第1の革】は身体能力低下だろ? 俺のは違う。単純明快。ただ、体が重くなるだけだ」
「……オマエェ……!」
肩で息をするフェンに、俺は真正面から近づく。
「はぁー……俺もケッコー限界なんだワ。『終わらせてやるよ、この喧嘩を』」
「! ふざけるなよ……! この”拘束”を解けぇ!!」
「”拘束”はお前だろ? 惨めだナ?」
「クッ!!」
――目の前に立つ。
フェンは相変わらず、両手両足を地面に落とし、みっともないお辞儀をしている様だった。
「……ハッ! 言っとくが、オレはかなり硬いぜ? 魔力で超強化している上、身体能力が柔じゃない!」
「ああ、知ってる」
「オマエと我慢比べって事だ! オレが耐え切るか、オマエの魔力が切れるか!」
「『いや、終わりだ』」
俺は右拳を強く握り、一気に振りかぶる!
「喰れてやるよ――憎き九尾の技をな!!」
拳に力が宿り、フェンの顔面へと突き刺さる――!
「――【過信】!!」
「!? ギャッ……!!」
――たった1発。
たった1発で――フェンは吹っ飛び、宙を舞い、地面へ落ちて、気を失った。
――【過信】。
『九尾の世王界』が使っていた魔法、”不意を突く魔法”を俺流にアレンジし会得したモノだ。
実際に不意を突かれ、屈辱感を覚えた為、会得していた――!
「オリジナルと違って不意はつけねェが……代わりに、俺の攻撃は必ず――弱点を突く」
――そう。
自身の攻撃は、必ず相手の弱点を突く事になる。また、突いた箇所が相手の弱点となり、弱点は如何なる防御も貫通し、通常の2倍ダメージを受ける事となる――。
(……出来れば”あんな奴”の魔法、使いたくは無かったが……)
温存していた、と言えば聞こえはいいが、単純に躊躇いがあった。
『百鬼夜行』の原因の1つでもある九尾の魔法を、アレンジして使うのに、抵抗感があった。
(まァ、もう四の五の言ってはいられないナ?)
事態は、動き出している。先へ進むためには、あらゆるモノを利用しなければ、上へと進めないだろう。
「……」
フェンを利用し、何とか”新たな力”を得た。その上、会得していた魔法も試し打ち出来た。
これ以上ない、成果だろう。
「……フン」
間抜け面でのびているフェンを置いて、俺は去る――。
「”硬派”――完了だ」
”硬派”を笑う者は、”硬派”に泣く。それだけは、覚えておくンだぜ――フェン。