20時限目 校舎裏シャウティング
「――【拘束・第1の革】!!」
――校舎裏にて、睨み合う俺とフェン。
最初に動いたのは――魔法発動と共に、疾駆するフェンであった!
(来たッ……!)
敵が何の魔法を使うのか分からない以上、受け身の立場にならざるを得ないが――
「 !? な、んッ……!」
(か、体が……!?)
魔法の発動と同時に、フェンから放たれた光が目に入り、俺の手の甲に”鎖の紋様”が浮かび上がった。
なんだコレ……と、思う間もなく、俺の体は異常に見舞われた。
――急激に、全身の力が脱力してしまった!
「ボサッとしていると蹴られるぜ――?」
「チッ!?」
迫りくる左方向からの上段回し蹴り。
舌打ちながら、慌ててバックステップにて回避しようにも――上手く躱せず、左脇腹を掠ってしまう。
「 !? くぅッ!!」
稲妻に打たれたような衝撃に眩暈を覚え、いつも以上に距離を取る。
「どうした? ほんの少し掠っただけだぜ?」
「……テメェの顔は見飽きたからな。距離を取らせてもらっただけだこの野郎」
(何なんだ、この体の不調は……!)
普段なら躱せる蹴りであった。エルルの魔力で強化しているなら尚の事、躱せなければオカシイ話だ。
「……ハッ! 随分と混乱している様だな?」
「まさか。嬉しいぜ、ようやく本番って事だ」
虚勢を張り、少しでも考える時間を稼ぐ。
――魔法には、理解が必要だ。特に、俺の様な、条件付きの魔法しか撃てない奴には、猶更だ。
(間違いなく、敵の魔法によるものだ。この鎖の紋様……コイツが浮かんでから、俺の体は本領を発揮出来ていない)
実力を発揮出来ていない現状について考えるが、今は喧嘩中――
「どんどん行くぜ!」
「 !! 」
敵だって馬鹿じゃない。これはリアルの喧嘩。ターン制のRPGでは無いのだ。
「ハァッ!! ハッ!!」
肉薄され、前付き蹴りが何度も放たれる!
(足癖の悪ィ野郎だ! 回避を――)
避けようとするが、全て僅かに掠ってしまう。その都度、チクリとアイスピックを刺すような痛みに襲われる。
「どうした? オマエも撃って来いよ! オマエの魔法を!!」
「――ッ! テメェには……まだ早ェ!!」
「ハッ! なら、撃ってくれるまで攻め続けるのみ!」
最早、俺がイキがっている様にしか見えないのだろう。
加速する蹴りの応酬に、体が悲鳴を上げている。
(クソッ! さっきまで躱せていたのに……急に――避けられなくなった!)
そう、避けられるはずなのに、避けられなくなった。
疲れている訳ではない。体が思考に追いついていない。ズレている。
(身体能力の低下……そう言う事だナ!)
普段より不調の状態で戦わされている状況、そう考えるのが妥当であった。
敵の魔法は――『相手の身体能力を低下させる』!
(分かった所で、対策の取り様が無ェけどな!!)
だからどうした、という最悪な解答。
「シッ!!」
「 !? 」
とうとう下段回し蹴りが右足に当たり、足を取られる!
(――クソッ! 宙に浮く!)
殺伐とした空気の中、ふわりとした浮遊感に襲われる。
「――喰らえ」
たった一言、無慈悲で残酷な一言だ。
「――――!!」
宙に浮いた俺の左脇腹に、かかと落としが突き刺さった――。
「――ッ!! ガハァッ!!!!」
思いっきり血を吐いた。久しぶりに感じる……鉄の味。
「が、ハァッ、ハァッ……」
息も絶え絶え、激しい痛みに、頭痛が始まる。
(ああ……悔しい――)
激しい痛みと共に、胸の内から、どす黒い感情が湧き上がってくる……。
「まだ終わりじゃないだろ?」
「 !? 」
上から聞こえる絶望の呪いの言葉と共に、強力な前蹴りでぶっ飛ばされる!
まるでサッカーボールの様に、宙を舞い、数メートル飛んで地に落ちる。
「ウゥッ!!」
受け身を取れるほどの余裕もない。胴体から着地し、衝撃に全身が痺れる。
(ぐ、クソ……考えろォ……考えろっつってンだろォ……!)
もがき苦しみながらも、敵だけは睨みつける。
……兎に角、隙を作るんだ。そして考えろ。俺の魔法は、観察力が必要――
「ここまでされても尚、反抗的な目をしている……」
「あぁッ!?」
「反逆的な目だ。オマエ、何か悪だくみをしているな?」
「……だとしたら?」
「――【拘束・第2の筋】」
次の瞬間――光が視界を遮り、俺の手の甲に刻まれている鎖の紋様の上に、新たに鎖の紋様が、重なるようにして刻まれた。
(な、何しやがっ――あっ……)
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――再度フェンから放たれた光により――真魚の思考能力が、突然落ちてしまった。
考えるのを止めたというより……放棄。考える意思が投げ捨てられ、只々直情的になってしまった。
「【第2の筋】は厄介だぜ? 思考能力の低下だからな」
フェンはニヒルに笑いながら、ゆっくりと真魚へ近づく。
「ま、オマエに話したところで、理解する頭を放棄してしまっているからな」
「アァ!? 何偉そうに喋ってんだテメェコラオイ!?」
「思考が低下すれば、戦略も取れない。喧嘩にもならない。一人相撲だ」
「…… ?? 意味分かんねェ事、くっちゃべってンじゃねェぞこの野郎!!」
「――要は、無防備なオマエをボコるって事だ」
「うっせェ!! しばく!!」
脇腹を摩りながら立ち上がる真魚。何にも考えていない大振りな右拳を振るう――!
「ハァ、隙だらけだ――」
渾身の上段回し蹴りが左側頭部へとクリーンヒットし、
「 !? 」
声も上げられない程の衝撃に、真魚は再び地面を転がり……やがて止まった。
「――いい喧嘩だったぜ。ま、オレよりは”雑魚”だな」
勝利の言葉と共に、フェンは笑った――。
……。
…………。
………………。
校舎の階段をかける、3人の足音が響く――。
急いで”喧嘩の舞台”である校舎裏へと向かう、エルル達のものである。
「! 魔力が貸し出されているわ!」
「って事は……喧嘩が始まっちゃったんだね~」
「っ! ……急ぎましょう! マオさんが心配です!」
「そうね……」
エルルからマオへ魔力供給がされているという事は――戦闘に入っていると言う証左。
あのマオならば心配ないとは思う……思いたいが、やはり心配な3人は、校舎裏へと向かわなければならない。
出入口へと差し掛かった時――偶然、エルルは見知った人を見かけた。
立派な角に、立派な尻尾。学園の制服へと身を包んだ、竜人族の赤髪少女――。
「あ! エルルちゃん!」
「……ミャン!」
ブンブンと大きく手を振って駆け寄って来たのは、昔からの知り合いで友達の、ミャンだった。
「やっほー! 久しぶりっ!」
「久しぶりね」
勢いそのまま、エルルの手を取ってブンブンシェイクする。
「受かったってのは聞いてたけど……実際会えると嬉しいね!」
「そ、それは私も同じ……ちょ、ちょっと、強いわ」
「あ、ゴメンゴメン」
手首がもげそうな勢いだった為、慌てて制止させるエルル。
人間ベースの『ヒューマン族』と比べると、格段に身体能力の高い『ドラゴニュート族』。こうなってしまうのも、無理は無かった。
特に、エルルは体を鍛えている訳ではない為、骨の1本でも折れてしまいそうな強さであった。
「……元気だね~、『ミャーちゃん』は~」
「ピスカちゃん! ……ってか、その言い方止めてって」
軽くハイタッチを交わす2人。
エルルと親交があるという事は、必然的にピスカとも親交があるという事。エルル程ではないが、ミャンとも親しげな仲であった。
ニヤニヤと、良い玩具を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべるピスカ。対照的に、ミャンは嫌そうな表情をしている。
「なんで~? 可愛いじゃん、ミャーちゃん?」
「言い方っ! それだと猫っぽいでしょーが!」
「猫だとダメなのん?」
「猫よりも、ウチは竜がいいの!」
「……それはそれでどうなのー?」
プンプンしているミャンだが、これまた久しぶりにピスカと会えて嬉しいらしく、言葉尻は普段より優しい。
「……ん? ってか、猫ならこの子じゃん?」
「あ、あたしは犬です!」
急に話を振られたティタは、少しどもりながらも訂正した。
「新しい友達?」
「うんにゃ。この子は『ティタ・カラミティア』。わたしが『メイド学習院』に入った頃から”親友”なんだ~」
「はいっ! ティタです! 宜しくお願いしますっ!」
頭の後ろで手を組みながら、呑気に話すピスカに、ティタが恥ずかしそうながらも嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんだ! ウチは『ミャン・マイティック』!」
「マイティック……もしかして『マイティック狩人事務所』ですか?」
「そ。今後とも是非ご贔屓に!」
「は、はい!」
おずおずと差し出した手を、ミャンは躊躇いなく掴んでエルル同様ブンブンと振った。
「可愛いーーーー! 猫みたい!」
「犬ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
体ごと振り回されるティタは、目をグルグルさせながらも、意地でも訂正だけはした。そこだけは違うのだ。
「――ってかさ、見た?」
急に思い出したのか、動きを止め、神妙な顔へと移った。
「――きゃいんっ!」
それと同時に、掴んでいた手を離した為、ティタは目を回したまま解き放たれた。
「見たって何?」
クラクラしているティタに目を奪われつつも、ミャンの話へと好奇心が移る。
(恐らく……マオの事だとは思うけれども)
「”学ランくん”――じゃなくて、なんか学ランを着た不良と、狼の不良が喧嘩しに行っちゃったの!」
(……やっぱりね)
……。
…………。
………………。
(――結局、コイツは魔法を使わなかったな……)
ピクピクと、微動するのみで、うつ伏せに倒れているマオを見て――フェンは、フンと鼻を鳴らした。
(コイツの魔法は、戦闘向きじゃなかったのかもな)
大見得切って、挑んで来る程だ。それなりに出来る奴だとは思っていたが、肉弾戦で言うと及第点であったと、フェンは評価する。
(……しかし、魔法勝負に関しては最低だな)
魔法を用いた喧嘩は、一瞬で終わる事が多い。
強力な魔法を持つ者程、抜いてしまえば最後、敵へターンを与えずに決着がついてしまう事もザラだ。
(中々、楽しませてくれたぜ。マオ)
雑魚である事には変わらないが、多少は楽しませてくれたと、心の中で言葉を贈る。
(――さて、次の獲物を探しに行くか――)
フェンの思考は、次へと移る。
自分より雑魚には興味はない。一瞬だけ、ほんの一瞬だけマオへ向いた興味も、最早ひとかけらも残っていない――。
「…………待てやテメー」
「!」
言葉よりも先に、”殺気”を感じた。
恐ろしい程の”圧”。数々の敵を打ち倒して来た、強者であるはずのフェンが、躊躇いながらも振り返った。
「誰が”雑魚”だ――テメーは、言っちゃいけねェ言葉を口にした……」
――明らかにボロボロで、額から血を流し、頬を青く腫らしている格下の敵だ。
しかし、いつの間にか立ち上がっていた敵に、フェンは思わず身震いをする。
(! このオレが――震えている!? 武者震いか? それとも――)
「硬派、注入だこの野郎……!!」