17時限目 熱き学園生活
――ヴァルヴァラ学園の入園式は、毎月20日と決まっているらしい。
だから、合格通知の送られた3日後だった、と言う訳だ。
「来たな……!」
――雑候谷真魚、久しぶりの登校である!
(とは言うものの……ファルセスタで直だがな)
特に城から歩くことなく、ヴァルヴァラ学園へと辿り着いてしまった。
新たな感動などは無い。
まぁ、3日前の試験時に来ているからな。こういう感じだったかと、最早見慣れた並木道を歩いた。
そして、学園生として、堂々と正門を通る。
……終了。
「あっという間に、登校が終了した……」
「その上寮生活だから、もうほぼほぼ城からの登校は無いね~」
「ああ……そうだな」
ピスカの無慈悲な一言に、勇んでいた気持ちが、若干萎えるのを感じた。
「つーか、エルルは城の連中に”別れの挨拶”は済んだのかよ?」
「? 別れも何も、ただ学園に通うだけよ?」
「それもそうか」
1年間学園に通うだけだしな……そりゃないか。
「いや、盛大に見送りとかも無かったから、既に済ましてあるのかな、と」
「私の周辺には挨拶してきたけれど、大袈裟なものは無かったわ」
「ふぅん」
まぁ、そんなもんか。
放任主義と言えば放任主義だが……。飛鳥やウルルの旅立ちを見てしまっている以上、エルルに対しても国を挙げてお見送りでもするのかと思っていた。
「気楽に考えているのでしょうね。学園に通うだけだし」
「で、でも、最悪”死ぬ”場合もありますよ……?」
「ああ……」
ティタの一言で、萎えていた気持ちが、若干引き締まった気がした。
――『死すら有り得る厳しい生存競争に勝てるのであれば……ゆくゆくは、ヴァルヴァラ騎士団へと入団出来るだろう』
――以前、ヴォーディン国王が俺に言った言葉だ。
傷付く事は勿論、死ぬ事もあるのだろう。それ程、厳しい学園生活だって事だ。
「舐めているつもりはないけれど……私は大丈夫よ」
そんな厳しい状況を考えていた俺とは反対に、エルルは自信満々であった。
「どういう意味だ?」
「死ぬ気はない……って事。意地でも生きて、私は前へ進むわ」
何か根拠がある訳ではない。だが、エルルの桃色の瞳は――希望に満ちていた。
「……フン。まァ、そんくらいの意気込みで行かなくちゃなァ……!」
俺の気持ちはコロコロと、移り変わっていたが、最終的には”硬派”に落ち着いた。
力強く、ティタの背を叩く。ビックリして、ちょっとだけ前のめった。
「そう言う事だ。死ぬ気は更々ねェってヨ?」
「は、はい! あ、あたしもです!」
「あたしも~」
石畳を踏みしめる力に、ちょっとだけ未来への勇気が滲む。
「新たな出発だ」
厳しい生存競争の――幕開けである!
……。
…………。
………………。
――『大講堂』という大きな部屋で、入園式を行う様だった。
以前、筆記試験を受けた『講義室』と比べ、数倍デカい。
講義室は講義室でデカかったが、それよりもドエレーデカい。凄まじいインフレが発生している。
中身はほぼ講義室と同じである。壇上があり、その後ろに黒板。対する席は段々畑になっており、壇上から距離が離れる程、高くなっていく。
「多いな……」
「ね~」
俺達と同じ受かった学園生達が、自由に席に座り、入園式の始まりを待っている。
やはり、種族は多種多様。”種族のデパート”と化している。
「後ろの方に座るか」
「そうだね~。”主人公席”に座る?」
「……後ろの一番窓際か。それでいいか?」
「それでいいわ」
「あたしも大丈夫です!」
ピスカの提案に、それでもいいなと思い、後ろへと歩く。
別に主人公になりたい訳じゃないが、端っこで全てを見下ろしたい。これからコイツらは俺のライバルとなるのだからな。
目的地へ進んでいる内に、そこへ何人か集団で座っているのが見えた。
「あちゃ~、先客がいるね~」
「……仕方ないな」
考える事は皆同じなのだろう。
諦めて、反対の窓際を目指すも――
「こっちも埋まっているわ」
「フン……皆、後ろが好きなんだな」
「後ろだと、どんな人が居るか、見渡せるからでしょうね」
エルルも俺と同じく、先を見据えて後ろへ座りたかったようだ。若干不満そうに、頬を膨らませている。
「ご不満な様で」
「そうね。色々とチェックはしておきたかったわ」
「……君が、他人へ興味を持つなんてな」
意外そうに驚くと、益々ほっぺたが大きくなる。
「持たない訳ではないわよ。万物に等しく興味はあるけれど、特に好奇心をそそられるモノへのめり込んじゃうだけ」
「なるほど」
エルルの場合、それが”モノの研究”へと向いているだけなんだな。
「それと、私がチェックしたいのは、私の友人がいるかどうかなの」
「……え?」
「……その『引き籠りに友人が!?』みたいな目を止めなさい?」
思わず訝し気な視線を送ってしまった。
いかんな……エルルには十年来の友人がいるという話だったじゃないか。
「そんなの、連絡をとりゃいいじゃないか」
「そう……なのだけれどね」
急にしおらしくモジモジし出す。エルルらしくもない動作である。
(連絡を取りにくい理由でもあるのか……?)
何だろうか。あんまり仲が良くないのだろうか。
――でもそんな奴『友人』何て言うか? 普通言わないよな。俺だったら言わない。最早友人じゃないしな。
「な~に恥ずかしがってんの~! 別にルーちゃんから連絡とったっていいじゃ~ん!」
「それは! ……そう、ね」
「え、何。自分から連絡すんのが恥ずいの?」
「……普段は向こうから連絡してくれるから……」
!?
EPで赤くなった顔を隠し、もごもごしているエルル。
あのエルルが……恥ずかしがっている!!
「え~? でもルーちゃんから連絡してない?」
「それは”仕事の依頼”だからよ。プライベートでは……し、してないわ」
オイオイ! マジかよ!? あのエルルが!? 照れてる!!
つーか何だよ。いつも友人に誘ってもらっているクチで、自分から誘った事が無いって事か。
「ハハッ、随分と奥手だナ?」
「煩いわ……」
鋭く睨まれるが、痛くも痒くもない。
今主導権を握っているのは間違いなく俺だ。エルルは”弱い所”を曝け出してしまっているのだから。
「君も可愛いトコあるのナ?」
「~~~~ッ!!」
ここぞとばかりに弄ると、今度は耳まで真っ赤にして、自分の三つ編みをいじいじして、
「はい! マオが調子に乗り出したからこの話はお終い! あの辺りの席にするわよ!」
パン、と両手を叩き、1人でずんずんと行ってしまった。
「……ルーちゃん、意外と奥手で可愛いよね~?」
「だな。普段凛としてるから、ギャップが凄い」
「分かってるじゃ~ん」
「当たり前だろ?」
ガッ、と熱く握手を交わす。
こういうやり取りが、”友情”として育まれていくのだろうな。
……まだ慣れないが。
「ふ、2人共! 握手していないで、早く追いましょう!」
「おう」「りょうか~い」
焦るティタに急かされながら、結局、中段当たりの窓際へ落ち着く事となった。
「何人ぐらいいるんでしょうね……?」
「3桁である事は間違いないのだけれど」
「うへぇー、多いね~。例年より多いのかな~?」
「そのようね。王家としても、『アイドルグループという広告塔を使った宣伝』、『各ギルド・事務所へ強者の勧誘』、『学費の負担』を行った様だから」
「そりゃ人も集まる訳だよね~」
「それだけ本気って事ですよ……!」
「異世界から勇者まで呼んで、界団討伐に向かわせたのだから、もっとこの波に乗らせる必要があるのね――」
……うだうだと話しながら、俺は周囲を観察していた。
どいつもこいつも、腕に自信をもってそうな奴ばかりだ。表情や仕草に、自信が如実に表れている。
俺の今の感情は、『ボケ高』に入ったばかりの頃の感情に似ている。
つまり、殺る気に満ちているという事だ……!
「……マーくーん、目が怖いよー?」
「おっと」
殺気が漏れ出てしまっていた様だった。
……いかんいかん。別に殺したい訳ではない。俺はただ、番長になりたいだけなのだ。
右手で前から髪をかき上げて、冷静さを取り戻す。
(カッカする必要はない。冷静に行こう)
……そうこうしている内に、学園の運営陣がやって来る。
3人だ。若者と、女性と――お爺さん。
(……神爺さん!)
俺を”神”と、エルルを”真の神”として崇める爺さんじゃねェか!
そりゃそうだ。試験官をやってたんだ。そりゃいるに決まってるよな……!
俺が少なからず驚いている間に、壇上へ上がったのは、先頭を歩いていた若者であった。
「皆さん! どうもどうも! よくぞお集まりくださいましたー!!」
(随分とおちゃらけた人だ……)
真っ赤なスーツに、赤茶髪をセットした好青年。まだ20代程の若者だろう。
(陽キャだ……!)
俺に与えた初頭効果としては、”陽キャ”のただ一言であった。
(イケメンだ……!)
更にイケメンときた。
陽キャでイケメン。陰キャで強面な俺とは、真逆を行く存在である。
(飛鳥はどっちかというと、童顔で可愛げのあるイケメンだった。この若者はゴリゴリのイケメン……!)
別に『爆発しろ』とは思わないが、”硬派”である俺ですら、羨ましい気持ちを持ってしまった。
「――僕は『アーリィ・ル・アルンティーネ』。このヴァルヴァラ学園の学園長をしております!」
( !? 学園長かよ!?)
若者は、陽キャでイケメンな学園長だった。
……は? 役満なんだが?
「えー、君達は5月度入園という事で……『騎士科E卓』所属となります。通称『E卓』。これはね、1月入学だと『A卓』、2月だと『B卓』となるんで、5月入学なためE卓ってな訳です」
ペラペラと、軽快に喋り始めているが、あまり耳へ入って来ない。
「基本的には『戦術』と『戦闘』の講義を行い、学園で課す『5つの試練』へと挑んでもらう形になりますね! それ以外はまぁ……自由です!」
何故ならば――非常に軽い雰囲気で始まってしまったからだ。
(喋り方というか……全体的にノリが軽いんだよなァ……)
「ま、君達は学園についてある程度調べて来てるんだろうから、伝統とか歴史とか、そういうのは後で調べてみてくださーい!」
雑くない?
大丈夫だろうか、と一抹の不安を感じ始めた時だった。イケメンの表情が険しくなると同時に、彼が纏う空気が変わった――。
「僕が言いたい事は、そんな畏まったもんじゃないんです。君達はこないだの『百鬼夜行』は知ってるでしょ?」
――勿論知っている。各地で甚大な被害が出た、界塵共による襲撃の事だ。
忘れる訳がない。俺が覚悟を決める決定打となった出来事だ。
「国は大変な目に遭いました。もう二度と、あんな事を起こさせちゃいけない――そう思うでしょ」
思う。思うに決まってる。
「E卓諸君! まずは君達を歓迎しよう! この学園は、夢の『ヴァルヴァラ騎士団』行きの船なのです!」
身振り手振りで大袈裟に、熱く激励してくれる学園長。
「しかし! ……この船はただの船ではない! 時に嵐や時化に襲われ、止む無く船を降りる事や、降ろされる事もあるだろう!」
その熱さに――徐々に話が、ゆっくりとうねりを持って、耳の中へと入って来る。
「目的地へと辿り着いた時に! 船に残っていられた者こそ! ヴァルヴァラ騎士団への上陸を許される!」
人差し指を立て、天を差す。……釣られて、俺も天を仰ぎ見る。
彼の熱さに扇動された形で、俺の心も燃えてくる。
「E卓は総勢700人。『5つの試練』を乗り越え、700の頂を目指せ!」
今度は、俺達学園生の座る席を見渡し、
「勝利を――勝ち取れ!!」
――言い放った。
「……僕からは以上です。んでは、学園の諸々の事は、君達の担任となる『ニカ・サーコネリア』先生にお願いするんで。あと頼んます!」
「……畏まりました」
静まり返った大講堂の中、満足気に、堂々と去って行く学園長。代わりに、エルフ族の美人教師が登壇する。
(…………熱ィ)
短い挨拶であった。学園長は、特に前口上もなく、思いの丈をぶつけて去って行った――。
(……なんつーか……”漢”、だナ?)
チャラい人だと思ったが……案外、その胸の内は熱いのかもしれない。
「……では、これからは貴方達の担任となる、このニカ・サーコネリアが、説明させて頂きます。宜しくお願いします」
(――温度差!)
やたら熱い話の後に、非常に淡々とした学園の説明が始まったのであった――。