16時限目 登校希望
――5月20日、水曜日。
ヴァルヴァラ学園の……『入園式』の日である。
(合格通知が届いてから3日後か……早くね?)
俺の世界では到底有り得ない、異様なスピード感ではあったが……気持ちの整理は、とっくについていた。
――何故なら、合格通知が届いてからの3日間は、慌ただしくも充実した日々であった。
次の日には、学園で使う書類関係が届き、またその次の日には、学園の制服である『学園服』が届き――今日と言う本番の日を迎える事となった。
学園関係のモノが届く度に、学園に正しく入園したという実感が湧き、ヤル気が増した。
――充実――そう、新しい門出を迎える日々は――準備の日々は、とても希望に満ち溢れ、逸る心が満たされていたのだ。
むしろ、遅いくらいに感じた。合格が決まってから……番長への”覇道”が見えてからは、毎日がじれったくて仕方が無かった。
もっと先へ進みたい……覚悟を決めてから、軸が通ってから、俺は俺としてこの国で生きていく”信念”を得たのだ。
それがやっと果たされる――果たさなければならない。そうじゃないと、俺は俺じゃないだろう。
(兎にも角にも……3日後に入園出来るってのは……嬉しい事だ)
「……ふあぁ~あ」
――朝。俺はベッドから、空へと伸びをしながら抜け出した。良い目覚めである。
いつもの様に洗顔し、いつもの様に服を着替え、いつもの様に身なりを整える。
――しかしながら、いつもの様であって、いつもと同じではない。
(――”学校へ通う”ってのは……久しぶりだナ?)
久方ぶりの――”通学”である!
学校とは言っても、塾や大学の様な、ちょっと違う施設ではあるが……俺にとって『大勢で学ぶ場所』と言う点で大差はない。
(……ああ、バッチシだな)
こういう事は、最初が肝心である。
――『初頭効果』と言う心理効果がある事を、聞いた事がある。
何でも人は、初めて見る相手を第一印象で認識する傾向にあるとかないとか。
(要するにだ……舐められないカッコしていけばいいって事だナ!)
”硬派の世界”では、相手に舐められない事が肝心だ。漢は拳で語るものだが、立ち居振る舞いのオーラだけで圧倒できるものなら、より良いに決まっている。
手を汚さずに、”凄味”だけで相手を退ける――圧倒的強者の特権である。
完全無欠のオールバックを、完璧にキメた所で……控え目に扉をノックされた。
……ティタだ。十中八九ティタだ。10割ティタだ。間違いない。
『お、お早うございますマオさん! 中に入っても宜しいでしょうか……?』
――やはりだった。見えている答えでもある。
ピスカやエルルと違い、ティタは礼儀を弁えている。流石は同志。
「いいぞ」
『! し、失礼しますぅ……』
どこか頼りなさげな声と共に、ゆっくりとティタが入室してきた。
「 !? 」
無事”不良スタイル”となっている俺は、折角だから出迎えようと、入って来るのを見ていて――違和感を覚え、直ぐに気が付いた。
「……良いじゃないか。似合っている」
「! え、えへへっ。あ、ありがとうございますっ! 嬉しいですっ!!」
いつもより恐る恐ると言った感じで、ティタが入って来たのだが……その姿はメイドの姿ではない。
――上は、濃い青を基調し、白で縁取られたブレザー。中に白のワイシャツを着ているのが分かる。可愛らしい赤のリボンが良く映える。
――下は、上と同じく濃い青だが、白のストライプが入っているスカート。暗くなり過ぎず、お洒落な感じが滲み出ている気がする。
――そして、ティタは……”黒のタイツ”を履いていた。
(――タイツ !! )
「――そのタイツ、暑くないか?」
真っ先に、そこに突っ込んでしまった。他に言うべき所もあっただろうに、自分でも分からないが、そこから突っ込んでしまったのだ。
(何故、ティタはタイツを履いているんだ……? そして俺は、何故こんなにもタイツに惹かれているんだ……?)
知られざる己の欲に戸惑いつつ、恥ずかしそうに自分の太ももを触るティタが、返答するのを待つ。
「あ、い、いえ! 全然!」
「そうか。そんな寒いか?」
「いえ、その……寒いとかの理由で、履いている訳じゃないんです!」
「じゃあ何故だ?」
多分、俺の人生の中で、ここまでタイツに執着を見せたのは初めてだろう。それ程までに”ティタにタイツ”というのは衝撃であった。食べ物で言えば”チョコミント”レベルで驚いた。
(寒い以外に履く理由があるのだろうか……? お洒落? 性癖? 分からん……)
「えっと……普段あまり肌を露出しないので……恥ずかしくって」
( !! それかッ!!)
稲妻が、俺の全身を駆け巡ったかの様な、ドエレー衝撃を受けた。
(そうか……普段のメイド服はロングスカート! だが今は丈が膝上のスカートにタイツ! だからタイツに目が奪われたんだ!)
そう言う事だったのか……!(名探偵顔)
普段隠れていることろが露になっているから、ちょっとした”違和感”として脳内にへばり付いていたのだ。
ああ、スッキリしたぜ。まるで、歯の隙間にハマっていた食べかすが、何かの拍子の零れ落ちたかの様な……そんな爽快感を得た。
「成程な……まァ、気持ちは分かる」
「くぅん。こんな短いスカートなんて……だらしない太ももを晒すのが申し訳ないです……」
「そうか? ティタは良く動くし、無駄な肉は付いていないんじゃないか?」
「そ、そうでもないんです! ……自分で言うのもなんですけど……」
はぁ、と溜息を吐きながら、タイツ越しに自分の太ももを撫でていた。まるで太ももを慰めている様にも見える。
(……そういや、ティタの尻尾ってどうなっているんだ?)
ふと思った疑問であった。膝上のスカートを履いてはいるが、尻尾がどこから出しているのか。
「ティタ」
「なんですか?」
「お尻見せてくれ」
「きゃいんっ!?!?!?」
――間違えた。俺は変態か。
「違う違う。……尻尾だ。尻尾見せてくれ。スカートからどうやって出してんのかと思ってな」
「……あ、ああ!! そ、そういう……び、ビックリしましたー!!」
だよな。こんなバリバリ硬派な漢が『ケツ見せろ』って言ってきたらビックリするよな。ゴメンな、セクハラ紛いの事言って。俺決して”尻派”じゃねェからな?
「こ、こうですか?」
その場でクルリと回転し、俺に後ろ姿を見せてくれた。
ふわりと風に揺れるスカートの誘惑に耐えつつ、ただただ尻尾部分を凝視した。
(……”穴”か)
恐らく、ワーグ族用の制服なのだろう。
スカートの上部に穴があり、そこから尻尾を通して出している様だった。
……そりゃそうだ。普通のスカートなんて履いたら、常時尻尾によってスカートが不自然に浮いている状態になってしまうだろう。容易に想像できる。
「ありがとう」
一先ず、お礼を言って向きを戻させた。
多様な種族のいるこの世界だ。種族ごとに、制服が用意されていなければ不親切だ。その点を、この学園はクリアしていると言えるだろう。
「……マオさんは、いつもの格好なんですね?」
「ああ」
様変わりしたティタと違って、俺はいつもの短ラン、ボンタン、黒のタンクトップと、一般的不良のカッコのままであった。
「服装自由だろ? だったら、おれはこれでいい。この方が”力”が出る」
「一応、マオさんの分の学園服がありますよ?」
「――だとしてもだ。コイツは俺の、アイデンティティなんだよ」
”硬派”としての矜持……とでも言おうか。このカッコが許されんなら、俺はコイツで征く。
「……そうですね。その姿の方が、マオさんらしいです!」
「だろ?」
「はいっ!」
俺と学ランは、切っても切れぬ関係性なんだ。常時硬派でいたい俺としちゃ、服装自由は有難い。
「……取り敢えず、飯にするか」
きっちり腹ごしらえをして、学園へ向かうとしようか。
……。
…………。
………………。
食堂にやって来ると、ティタと同じく、制服に身を包んだエルルとピスカの姿があった。
「あ、おはよ~~~~」
「お早う。マオ、ティタ」
ピスカもメイド服から一転、学生へとジョブチェンジを果たしている。
――白のワイシャツに青白ストライプスカートは一緒だが、ブレザーの代わりにグレーのパーカーを着ている。
――また、黒と白のボーダーソックスが特徴的だ。何と言うか、総合的に見てそれこそ『電波キャラ』っぽい。
「大分アレンジ加えたナ?」
「にゅふふ、可愛いでしょ~? 『オシャレ番長』って呼んでもいーよ?」
「 !? 誰が番長だァ…… !? 」
「番長に反応し過ぎよ」
登校すると言うイベントのせいで、過敏になっている意識が、ピスカの些細なワードで反応してしまった様だ。
反省反省……気を付けねばなるまい。
「対してエルルは……オーソドックスだナ?」
「ピスカが弄り過ぎなのよ」
澄ました顔してコーヒーを飲むエルル。コイツは何をしても絵になるからズルい。
――ブレザー、ワイシャツ、スカート、白のソックスと、ちゃんと学園生らしく着こなしている。
――だが、王族らしさなのか、白のマントを身に着けている。
「空でも飛ぶつもりか?」
「……何の事?」
俺の突っ込みに怪訝な表情で返されると、隣に座るピスカが理解した様な表情をしていた。
「そっちじゃあんまり無いんだよねー? マントを着る事ってさー」
「そうなの?」
「ああ」
ピスカに同意した事で、エルルが初めて自身が身に着けているマントに意識が向いた。
「へぇ……マントがあったから着てみたのだけど……マオの世界じゃあんまり着ないのね」
「つーか俺の地元じゃいねぇな」
「! そうだったのね。マントに興味も無いから、気にした事も無かったわ」
「それは俺もだよ。空飛ぶようなキャラが、身に着けているイメージだしな」
寧ろ、それ以外で見た事が無いような……。
「てゆーか、マーくんは着ないんだね~?」
「俺は硬派だからな」
「……それいつも言うけど、意味だけ教えてくれないかなー??」
雰囲気で感じ取れ。空気を読め。
「――さて、飯にしよう」
ワイワイ賑わいながら、朝食を食べる。
流石に慣れた、この穏やかな食事。
気付けば当たり前に同席し、和気藹々と飯を食らう……。すっかり俺も、馴染んだものだ。
「そう言えば、支度は出来ているの?」
雑談が一通り落ち着いたところで、エルルからそんな事を切り出された。
「学園は全寮制。向こうに持っていく荷物はまとめてあるかしら?」
「あ、あたしは大丈夫です! 既に送ってます!」
「そう。マオは?」
「俺は特に、荷物らしい荷物は無いからな」
そもそも着の身着のまま、この世界へ飛ばされてしまったからな。無課金ユーザーみたいなもんだ。
「はぁ~あ。寮生活か~。メンド―そ~」
入る前から怠そうにしているピスカ。
……まぁ、コイツは堅苦しいのとか苦手そうだしな。寮生活だと色々規則もあるだろうし、窮屈な思いをする事になるだろう。
(つーか、寮生活か……)
ピスカじゃないが、確かに面倒そうだ。
俺はあまり他人と群れたくはない。特に、将来俺の障害と成り得るライバル達とはな。
ティタの行き来も大変そうだ。わざわざ俺の世話をする為だけに、女子寮から男子寮までやって来なければならない。
「……俺は男子寮になるから、ティタは無理して俺の世話しなくていいぞ」
「えっ……!?」
ティタ対する気遣いのつもりだったが……ティタがこの世の終わりみたいな表情で固まってしまった。
「「あーあ……」」
周りの2人は、呆れた表情で俺を見ていた。
「いやいや、マーくん。専属メイドに『世話しなくていい』ってのは解雇通知と同じ事なんだよ~?」
「そ、そうなのか?」
「まぁ、マオにそういう理解があるとは思っては無いけれど……場合によっては、ね?」
「マジか……」
俺の心に、激しい後悔の波が押し寄せてくる。
「も、申し訳ない事を言った。悪かった。撤回する」
慌ててティタへ頭を下げる。
俺は暴力を振るう不良だが、誰彼構わず暴力をひけらかす気は一切ない。
ましてや、他人に暴言を吐く趣味を持ち合わせちゃいない。傷つけてしまったのなら、謝罪しなければならない。”仁義礼智信”にも劣る行為だ。
「! い、いえ! マオさんが謝らないでください!」
すると、心優しいティタに制された。
「……マオさんがそういう意味で言ったのではないと、理解していますから。……あたしに無理をかけさせない様に、言ったんですよね?」
「ああ」
「一瞬ビックリしちゃっただけですから……だから、あたしは大丈夫ですっ!」
「ティタ……」
……ドエレーいい子。マジで。
「ティーちゃんが理解ある子で良かったね~?」
「マジでそれ」
危うくメイドを傷つけて辞めさせるところだった。
言葉は、一度口に出したら変更は効かないんだ。だからこそ、”口は禍の元”なんて言われる訳だしな。
「……そろそろ出る時間ね」
「さぁ、皆で仲良く登校しようか~。パン咥えて『遅刻遅刻~』ってね~?」
「少女漫画かよ」
「? 食パンでいいですか?」
「咥えなくていいから」
――この城での食事も、暫くは味わう事が出来ない。
こっからは、楽しい楽しい学園生活が待っている。俺達は城に暫しの別れを告げ、出発した――。