14時限目 ほんの少しの理解
――恙なく、実技試験は終了した。
俺は帰りのファルセスタの中で、流れていく街並みを、ぼんやりと眺めていた。
「無事に終わって良かったですね!」
「ああ……」
巧みなハンドル捌きで運転するティタ。ミラー越しに、嬉しさそのまま、産地直送の笑顔が見える。
(まぁ……恐らく合格だろうナ)
筆記で手応えを感じ、実技でも特に悪い評価は無かった様に思える。
(寧ろ、”神”扱いされていたしな……)
魔力に関して言えば、ほぼ他力本願となってしまったが……結果だけ見ると優秀だろう。
とは言え――神は神でも、俺は破壊神。暴力の限りを尽くして来た漢なのだ――。
「あの反応……マオさんなら、絶対合格ですよ!」
「……ティタがそう言ってくれるのなら、”絶対”合格だろうナ?」
「は、はいっ!」
「信じてるぜ、俺はティタの言葉を」
「そ、そんな事急に言われると……ぷ、プレッシャーが……!」
「臆することはない。合格だろうと不合格だろうと、俺の征く道は変わらない」
「マオさん……」
弾む軽口と共に、会場の喧騒はどこか遠くへ。
「例えマオさんが不合格だったとしても……あたしはマオさんについていきますから!」
心強い同志の言葉に、俺の胸の内は情熱を帯びた。
……嬉しい事を言ってくれるじゃないか。有難い事だ、付き従ってくれる舎弟がいるというのは。
「フン……。そういう言い方されると、不合格になる”フラグ”にならないか?」
「ええっ!? じゃ、じゃあ……例えマオさんが”合格”だったとしても……あたしはマオさんについていきますから?」
「なんで疑問形なんだよ。あと、なんか言葉がオカシイ」
「くぅん……だって、マオさんがフラグだなんて言うから……」
俺の突っ込みに、言葉が不自由になってしまうティタ。アワアワしながらも、運転はスムーズである。
「まァ、安心しろ。なんせ俺は”神”らしいからナ?」
「! あははっ! あの試験官の方、凄い驚きっぷりでしたね!」
「だな」
借り物の魔力でああも驚かれると、紛い物である俺が、さも本物の様な気さえしてくるものだ。
「フラグがどうした。俺がドエレー神である以上、フラグ操作も容易い。受かっているさ」
「あ、なるほど……神ですもんね! 神だったら、何でも出来ますよね!」
「そう、俺は神だ!」
「神! マオさんは神!」
――変な宗教が生まれ始めている気がするが……細かい事を気にする程の繊細さは、今の俺達には無かった。
『解放感』――その一言だけで、この状況を説明できる理由と成り得る。
「ティタも、敬ってくれていいんだぞ? 俺を神と」
「あたしは最初から敬っていますよ! 神!」
「そうだ。もっと敬ってくれ。神っつーのは、人々の信仰から成り立っているのだからな。崇めてくれ」
「神! 神!」
「俺は合格する! 神だからな!」
「それなら良かったです! マオ神様!」
「誰がマオ神様だ」
「ノッたのに裏切られました!?」
アホみたいな会話をする程には、俺達のテンションは壊れていた。
「いいかティタ。人生とは、”裏切り”の連続だ。俺は何度も『ボケ高』の不良共に騙され、裏切られ、ハメられてきた」
「! な、なんと……!」
「しかし俺は、逆に、返り討ちにしてやった。半殺されたなら、全殺ししてやった」
「……全殺しってそれ……人を殺めてませんか?」
「……………………硬派だからな」
「嫌な間の取り方ですね!?」
硬派に誓って、人を殺してはいない。仁義礼智信にも劣るからな。
「要は、裏切られてもいい自分を持つってことだ。……人を信じてもいい。だが、裏切られていいようにしとけ」
故に、硬派は孤独なのだ。
番長を目指すって事は、そう言う事の連続で、その頂点だと思っている。
「つまり結論。俺は神ではない!」
「こ、これが裏切り……!?」
饒舌になる自分と、気怠げな思考回路。ちょっと疲れてきたので、景色に没入する事にした。
(ま……なるようになるさ)
成るように為るし、成るようにするだけだ。
――未だ都会の街並みの中、我らが根城であるヴァルサリル城へと到着した。
箱舟と化したファルセスタから降り、俺は真っ直ぐ部屋へと戻る。
「……ああ」
そうして直ぐに、お行儀もお構いなくベッドへ寝転んだ。
……流石に疲れた。肉体的ではなく、精神的にだ。
この疲労感は久しぶりである。試験勉強後の解放感に似た感情を覚える。
(実際そうだが)
試験終了後の無双感たるや……今なら何でも出来そう。
(――いや、駄目だ……眠ろう)
――無理だった。
一度眠ろう。夕食までまだ時間がある。
脳が睡眠を欲している。飯前の昼寝って、なんでこんなにも気持ちが良いモノなのか――。
(眠い……)
思考に靄がかかり始める。意識が薄くなり、ゆっくりと体の力が抜けていく。
『あれー? マーくん寝てるねー?』
『疲れていたのでしょうね。夕食の時間まで、寝かせておきましょう』
……ピスカやエルルの声が聞こえるが、俺の意識は落ち始めていた。
『……あら? 何をしているの、ピスカ?』
『寝ている隙に、寝顔でも撮っておこうかな~って』
『それはいい考えね。私も撮るわ!』
こいつら……いつも勝手に俺の部屋へ入りやがって……覚えていたら、しばくぞこの野郎……。
……。
…………。
………………。
――早いもので、試験の日から1週間経過していた。
5月17日の日曜日。俺の部屋、俺の手元には――ヴァルヴァラ学園の合格通知が届いていた。
「……………………フン」
一先ずは、先へ進んだ。進むことが出来た。
「はぁ」
感動も一入で、言葉に出来ない感情が、心の中で嵐となって巻き起こっていた。
(思えば、真面目に勉強して受かった経験は初めてかもな……)
今までなあなあで生きて来た人生だった。使って来たのは、己の拳と鉄パイプのみ。
受験に合格して嬉しいという素直な感情。復讐心よりも、ずっと尊いものだ。
(試験結果の内訳は……)
ヴァルヴァラ学園の学園生である証――『学園証』と共に、テストの結果が送付されていた。
勿論、迷わず見る。
「……エルルのお陰か」
――見たところ、筆記は平均より少し上のレベルだったが、実技が高得点だった。
昔から体を動かしていた事と、エルルの魔力によるブーストで、強化された身体能力はかなり高かった事が良かった様だ。
何より――あの魔力量測定が良かった様だ。エルル様様だ。
「マオ! どうだった?」
勢いよく扉が開け放たれたかと思えば、姦し3姉妹――エルル、ピスカ、そしてティタが、血相を変えてやって来た。
(ったく……ノックはしたがれってんだ)
最低限の礼儀すら忘れる程、彼女たちの感情は理性を超え、全面に押し出されている様だった。
「……」
敢えて背を向け、間を作る。少しくらい勿体ぶってもいいだろう――
「あ! マーくん受かってるー!」
「 !? なっ!」
気付くと俺の手元にあった合格通知は、背後に忍び寄った盗人エルフの手に渡っていた。
(コイツ……『森の狩人』使いやがったな……!)
――勉強したから、知っている。
エルフ族特有の素質『森の狩人』。
周囲に同調・同化して、気配を消すという、アサシンの如きスキルだ。
素質は種族ごとに特有のものであり、その種族であれば、誰でも使えるとの事。つまりエルフ連中は誰でも、アサシンの様に気配を消せるのだ。
――但し、ハーフ等は、より血の濃い方の素質が受け継がれると言う。
一見して、この種族だからこの素質! ……と決めつけてしまうと、実はハーフで、別の素質でしたー……なんて、痛い目を見るかもしれないな。
(因みに俺は……多分”無い”)
この世界の種族ではない俺は、一体何に当てはまるのだろうナ?
(それはさておき――)
「やりましたねマオさんっ!!」
真っ先に、抱き着いてくるティタ。勢いで後ろに倒れるのを防ぐため、仕方なく受け止めた。
尻尾が喜びでブンブン跳ねている。大振りである。
……犬だ。久々に実家へ帰った時に、出迎えてくれる愛犬だ。飼った事ないけど。
「……言ったろ? 俺は受かっていると」
「! そうですね! マオさんは、マオ神様でした!」
「は?」
「すぐ突き放さないでくださいー!」
少し意地悪をすると、ギュッと強く抱き着いて来た。
……凄く温い。春だと言うのに湯たんぽを使っている様だ。または、湯たんぽ代わりの愛犬だ。
「――ああ、堪らなく柔らかい感触だ。いい匂いもする。可愛い。愛でたい。ずっとモフりたい――」
「……あのさ、俺の後ろでコソコソ俺の声を当てるの止めてくんない?」
俺の背に隠れ、さも俺の心の声だとばかりに、アフレコしてきやがるエルル。
「……それ誰の”心の声”だ?」
「マオ」
「おいコラ」
勝手に俺の心の声を作るな。変態か。
エルルの”偽装俺の心の声”により、ティタが少し恥ずかしそうにしているじゃないか。
「……ズルいなー、盛り上がっちゃってさー。……わたしも、どーーーーーーん!!」
「おい!」
猪が如く、ピスカも無理やり混ざって来る。異物混入甚だしい。
「構えよー。マーくんはかまってちゃん製造機かよー」
「そんなものになった覚えはない。俺は硬派製造機だ」
「……は? 何言ってんのー?」
「……」
小動物が2匹、じゃれついて来ている感覚である。散歩中に子犬が飛びついて来た様な感じ。
……さっきから俺、犬で例え過ぎじゃないか?
(何かこう、犬とか猫とかの小動物に飢えているのだろうか……?)
「――ハァ、ハァ。ピスカちゃんペロペロ。ん舐めたい」
「……エルルはエルルで、俺の心の声で遊ぶな」
ド変態じゃないか、俺のキャラ。
『舐めたい』の前に『ん』が入っているのが、サイコーにキモい。しばきたい。
「何よ。私だけ仲間外れにして」
「俺は最初から何もしてないが?」
「イケない人ね、マオは。人を惹きつけるカリスマ製造機なのかしら?」
「違う。俺は硬派製造機だ」
「……さっきからその、ナントカ製造機って、流行ってるんですか?」
――あと……”仲間外れ”って言葉は、少し語弊があると思う。俺は元々、君達とは――
……そう言いそうになったが、口から出る前にかき消えてしまった。
「こうなったら……私も交ざるしかないわね!」
「何がこうなったらだよ――ぐっ !? 」
突っ込む間もなく、エルルまでおしくらまんじゅうに参加してきやがった!
最早、湯たんぽ責め。
喜びよりも、暑苦しいの感情が強くなってしまった。大型犬サンドウィッチ。具は俺。
「喜びは皆で分かち合わないと、ね?」
「 !? つまりあれか……」
「皆、めでたく合格よ! やったわね!」
「まぁ、わたしは受かると思ってたけどね~」
「あ、あたしは少し不安でしたけど……良かったです!」
「取り敢えず離れろ鬱陶しいっ!!」
三者三様の喜び。勿論俺も嬉しい。
(ようやく……か)
――俺の思考は既に、次のステップへと進んでいた。
こんなのはあくまで序の口。俺が番長へ至るための前段階に過ぎないのだから。
「え~? 美少女3人に抱き着かれてるんだよ? もっと喜びなよ~?」
「そうね。うち1人は王女なのよ?」
「わぁい、ウレシイナ」
「棒読みじゃん!」
「心外ね」
「そんな事言われる俺の方が心外だが?」
ようやく始まる俺の番長ライフ。見えて来た道筋。
髪をかき上げ、3人を雑に引っぺがす。
詳しく言うと、頭をアイアンクローの如く鷲掴みにして、体から離した。
「――もう。王女の扱いがぞんざいね?」
「なら王女らしく振舞ってくれ」
何処の国に、不良に抱き着いて共に喜ぶ王女がいるのやら。
「でも……まぁ」
俺は――3人へ頭を下げた。
「感謝する。俺に指導してくれて」
深く、深く。
――俺はこの女子達に感謝しかない事を、誠心誠意伝えなければならない。筋を通す。
「有難う」
――こんな不良に勉強を教えてくれて、魔力を貸してくれて、覇道の入り口へ導いてくれて……感謝しかない。
「……何度でも、言ってあげる」
エルルが、頭を下げる俺の顔を覗き込む。
「――貴方に興味があるから、よ?」
思わず顔を上げた。きっと、驚いた顔をしているだろうな、俺は。
クスクスと笑うエルル。優しく見守るピスカ。やる気に満ちたティタ。
(ああ、きっと――)
言葉には絶対出さない。けど、多分……こういうモノなのだろう。
「だって、わたし達『仲間』でしょー?」
――ちょっとだけ、理解は出来た気がした。ほんのちょっとだけな。