第4話 専属メイドなる舎弟
「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」
「 !? うるさっ……!」
勇者パーティ入りの勧誘に対し、俺は首を縦には振らなかった。
その判断に、飛鳥とウルルが驚きの絶叫を上げた。両耳の鼓膜が終わっちゃう。
「何でそんな驚いているんだ……」
「そりゃー驚くでしょ!?」
右隣に座る、爽やかフェイスの飛鳥が身を乗り出して詰め寄る。
「なんかもう仲間入りみたいな流れだったじゃん! ゲームで言うと加入イベントじゃん!」
「まぁ、空気的にはそうだったナ?」
「だよね!」
「でもこの世界はゲームじゃないだろ」
「そんな身も蓋もない事言う?」
「俺は言う」
「さすが番長! 漢らしいね!」
驚いたり褒めたり……忙しい奴だと思っていると、左隣のウルルは神妙な面持ちである。
「何か……事情でもあるのですか?」
窺うような素振りで、俺を見つめる。慮ろうとしているのか。
「事情と言うか、これは俺の信念の話になる」
「信念?」
「ああ――」
俺は一度皆の顔を見渡し、心の内をさらけ出す――。
「別に、命が惜しくなったとか、怖くなったとか、そういうことではない」
界塵、勇者の事情を聞いても、俺は死への恐怖は一切なかった。
「そもそも、俺は一度、命を助けられた身だ。拾ってもらったチャンスだ。この世界のために使うのも悪くない」
一言一句、しっかりと聞いてくれる3人。話しがいがあるというもの。
「俺も天花市の人間だ。敵に対する特効……? っつーのも多分ある。多少は活躍できるとは思う」
――それでも、それでもと、俺は断言する。
「――今の俺には出来ない」
「……出来ない、と言うのは?」
当然の疑問を繰り出すウルル。
俺は横目で飛鳥を見た。視線が交差する。
「俺には飛鳥の様な”意志”を持っていない。例え怖くなくとも、帰れないことに納得しても、力になりたいという覚悟がないんだ」
飛鳥の言葉を引用し、俺流に言葉を伝える。意志をぶつける。
「界塵からこの世界を守るという意志――信念。俺はまだ、それを見いだせていない”半端者”だ。やるからには、中途半端に関わりたくない」
「……中途半端だから、出来ない。そういうことですね」
「ああ」
適当に、なあなあに勇者パーティに入り、流されるまま世界のために動けるかと言われれば……答えはノー。俺の中の”硬派”が許さないだろう。
やるからには、関わるからには全力で、己の全てを持って、この世界を守るという覚悟を持ちたい。
……俺にはまだ、覚悟はない。
「無理に誘うものでもないですよ」
今まで静観していた王妃が、声を発する。透き通り、響き渡る声だ。
「そもそも、こちらの事情で連れ来たようなものですから、無理やりパーティ入りさせて働かせると言うのは筋違いです」
「はい……ごもっともです……」
「それはまぁ、そうだけどね」
王妃に諭され、納得する2人。せざるを得ない。
俺の言葉は正しく伝わったようだった。改めて向き合う。
「真魚様の信念――覚悟というのが良く分かりました」
「分かってもらえたのなら良かったよ」
全てが本心で、これでも分かってもらえなければ――俺は言葉以外の伝える手段を探さなけばならなかった。
「――それでも」
ウルルから飛鳥へ視線を移すと、飛鳥はいつも通りといった笑顔で、
「真魚君なら、その内ちゃんと覚悟を持ってくれるって、何となく思うな」
軽く言ってのけるのであった。
……フン。何をそこまで、俺に期待しているんだか。彼の考えていることが分からん。
「いずれにしても、俺は何らかの覚悟はするだろう。この世界で生きていくと決めた以上、信念は必要だ」
「なんか小難しいこと考えてんだねー?」
「君が考えてなさすぎじゃないか?」
「……そーかも。案外さ、2人を足して2でかけるといいかもね」
「かけるなかけるな。2倍にしてどうする」
「ほら、2人合わさって2倍的なノリだよ!」
考えてること分からん。いや、本当に。
「……飛鳥君、真魚君」
「うん?」
「何スか」
俺と飛鳥の名を呼ぶ王妃。何となく姿勢を正す。
「貴方達がどんな決断をし、生きていくとしても、最大限サポートします。だから遠慮なく頼ってくださいね」
王妃からの有難いお言葉に、俺も飛鳥も礼をする。
「ありがとう、王妃様!」
「ウス。助かります」
「いえ……発端は私たちですから。当然のことです」
「そうです! 遠慮なく国を、メルン王家を頼って下さいね!」
有難いことだ……国レベルで俺らの”ケツ持ち”をしてくれる。こんなに頼れる所も他にないだろう。
「さて……そうと決まれば頑張んなきゃねー。真魚君の分まで!」
「別に、俺の分は背負わなくてもいいぞ?」
「そう言う訳にもいかないよ。僕は5代目勇者で、真魚君は6代目勇者なんだから。場所は違えど思いは同じ、的な」
「いや意味分からん」
「真魚君はパーティに入んないけど、真魚君の思いも持って頑張るってことだよ!」
「……フン、だから意味分からんから」
死ぬ訳じゃないし、飛鳥がそこまで俺の事を思わなくていい……そう言おうとも思ったが、
「頑張ろう―ぜ?」
やる気満々な彼に、水を差すのも良くないナ?
「それでは、今後の話し合いでもしましょうか、アスカ」
「そうだねー」
ウルルの言葉を切っ掛けに、飛鳥が立ち上がる。
「ん」
不意に右手が差し出された。手を見て、飛鳥の顔を見ると、ニコッと笑う。
「握手。今後とも宜しくって感じで」
「……フン」
俺も釣られて口角が上がる。彼と関わるとペースが乱されるが、悪くない。
「宜しく、飛鳥」
「ああ宜しく、真魚君!」
少しだが、友情が生まれたような気がした。ほんの僅かだが。
「あ、あっ」
そんな二人のやり取りを見ていたウルルも、俺へ手を差し出す。
「私も! 私のことも宜しくお願いします!」
「ああ」
華奢な手を、ガサツな俺の手が覆いつくす様に握る。ちょっとでも力を込めたら壊れそうな程に繊細だ。
「こちらこそ宜しく」
「はい! こちらこそのこちらこそです!」
ブンブンと腕を振るウルル。そこまで嬉しそうだと、釣られて嬉しくなるだろうが。
「じゃあ王妃様、またあとで!」
「失礼します、お母様」
連れ立って、王家の間から去って行く2人。まるで旋風の様な勢いの2人であった。
これからこの世界の為に力を発揮していくのだろう。
対して俺は……まだ覚悟はない。
「大丈夫です」
俺の考えを読んだかのように、王妃が慰める。
「焦らずとも答えは出ます。気長に待ちましょう」
「……そうだといいスけど」
優しく微笑む王妃は、まるで聖母のように見えた。
……いや聖母って見たことないけど。実在したら多分こんな感じだろう。
「王妃様、さっきも言ったように俺はこの世界の事を知りたいス。これからどうしたらいいスか」
まずは世界の事を知りたい。そして信念を得る。
「……ちょっと待ってください。そろそろだと思いますけど」
「 ?? 」
王妃は扉を気にしていた。バカでかい観音扉。
「来るまで待ちましょうか。紅茶は飲めますか?」
「ウス」
普段あまり飲まない紅茶だが、王妃と一緒なら嗜むに決まっている。
異世界で初の紅茶だ。誰が来るのか知らないが、優雅に待つこととしよう――。
……。
…………。
………………。
「し、しつ! 失礼しまぁすっ!」
上擦った甲高い声が聞こえたかと思うと、轟音と共に扉が開き始めた。
紅茶3杯目のおかわりのタイミングだった。お腹がタプンタプンしている。
「待っていましたよ」
「遅くなってすいませんです!」
小走りで駆けてくる少女。姿を見るにメイド服のようだが――
( !? け、獣耳!?)
一見シックなメイド服少女かと思いきや――よく見ると頭の上に犬? の耳が生えている。
「片付けは済んだのですか?」
「途中だったんですけど、抜けさせてもらいました!」
「あらあら、大変でしたね」
あと尻尾。犬の様な尻尾が左右に振れている。
「じゅ、獣人……?」
俺が驚き目を見開いていると、少女が俺の前に出る。
「この子は『ティタ・カラミティア』。真魚君の世界で言う”獣人”――こちらの世界では『ワーグ族』と言います」
「は、はい! ティタです! よ、よろしゅく、お願いしましゅっ……!」
「あ、ああ……よろしゅく」
獣人――いやワーグ族? か。滅茶苦茶噛んでいるし、俺も釣られて噛んでいるが――そんなの気にならない程に見た目のインパクトがデカい。
茶髪の長い髪を二つ結びにして垂らし、茶色の瞳は心配そうに俺を映す。ちらりと見える八重歯。全体的に幼い容姿のメイドさん。
……に、犬耳と尻尾が生えている。
(『異世界ギャップ』……とでも言えばいいか? ともかくドエレービビったぜ……!)
「くぅん……あ、あんなに練習したのに噛んじゃったです……」
何やら知らないが落ち込んでいるティタ。同時に犬耳と尻尾も垂れる。
(やっぱり感情で動くんだ! 耳と尻尾って!)
「何故この子が紹介されたか……不思議に思っていることでしょう」
「……え? あ、ああ、そっスね」
1ミリも考えが及ばなかった自分が恥ずい。完ッ全に思考停止してた……。
「先程の解答です。真魚君にこの世界のことを教え、サポートする存在……」
王妃が彼女の肩に手を乗せる。ビクッと背筋を伸ばす少女。
「彼女は今日から真魚君の『専属メイド』として就かせます」
「……は!?」
専属……メイド? 専属?
「よ、よろろしきお願いしゅくます!」
いや噛みすぎ。逆にどう噛んでる?
「ティタはこの春『メイド学習院』を卒業した、『見習い城仕えメイド』です。城もそうですが、国のことにも精通しています。年も近くて、真魚君にもピッタリでしょう」
「……なるほどな?」
適当に”なるほど”って言ってしまう俺。
いや、ちょっと待って王妃。情報量多くて読み込めてないんだが。自分、まだロード中の画面っすわ。
「これからこのティタが、真魚君の身の回りの世話をしてくれます。ご用命あれば何でも申し付けてください」
「が、頑張ります!」
「また、身の回りの世話だけじゃなく、戦闘もこなせるので、お供に連れて行っても構いません」
「戦います!」
「この城――『ヴァルサリル城』で自由に過ごしてもらって構いませんから。自分の家の様に過ごしてもらえればと思います。それもティタに言ってもらえれば、案内もできます」
「案内します!」
「それから――」
「――ま、待った。待ってください王妃様」
王妃の言葉を遮り、俺は声を上げた。音を上げたと言ってもいい。
「1つ1つ確認したいっス。ちょっと飲み込み切れなくて……」
「……あらあら、そうですね。ごめんなさい早口で」
口を手で覆い、上品に笑う王妃。スッと右手の人差し指を立てる。
「要するにですね……真魚君の為の『舎弟』です」
「 !? なるほど……!」
秒で理解出来たわ。さすが王妃。
「俺は雑候谷真魚。”真魚”って呼んでくれ」
「! あ、はい! マオ様!」
慌てて答えるティタに、俺は首を振る。
「”様”はいらない。君は俺の舎弟――つまりは”妹分”ってことになるからな」
「で、ではなんとお呼びしたら……?」
「呼び捨て……は難しそうだナ? だったら”さん”で」
「わ、分かりました!」
耳と尻尾を張り詰めて、俺と目を合わせる。
「よろしくです、マオさん!」
――俺に専属メイドなる舎弟が出来ました。