13時限目 神、降臨
――午後である。
実技試験の為、俺達は外にある広いグラウンドへと移動していた――。
「おお……」「うわぁー……」
試験会場の光景に、俺とティタは思わず声が漏れてしまっていた。
会場自体は、あちこちに黒いテントが張っており、そこで体力測定を行っている様だが……何より目を惹くのは、受験生の数だ。
(見渡す限り人……)
兎にも角にも、人である。各地から集まった受験生によって、グラウンドは”人の海”と化していた。
「結構いるね~」
呑気に構えているピスカは、のんびりと感想を述べた。その言葉に、頷いて同意する。
「力自慢達が、集まったって感じね」
「ああ、確かに」
軽く周囲に目を配るだけでも、屈強な人がチラホラと見える。
――狼男の様な青年だ。
外ハネをしている銀髪ロンゲで、背中辺りで一本結びにしている。タッパもあり、全体的に筋肉質だ。細マッチョ……と言うやつである。
頭の上には”犬の耳”が生えているが……彼の纏う、鋭利な雰囲気的に、”狼の耳”と言われても違和感がない。寧ろ、そうあるべきだと思ってしまう。
(圧倒的な野性味を感じる……)
周囲を常に威圧している様なプレッシャーを放っている。明らかに異彩を放つ存在。
彼の周りだけは人がおらず、孤高の狼となっている。
(――まるで、元の世界の俺の様だナ?)
番長となった後の、周囲の反応を思い出し、親近感を覚えた。
仲間なんておらず、孤独のトップとして君臨していたあの頃を……。
(……フン、似合わねェ)
――何故カタルシスに浸っているのか。
奴は必ず生き残るだろう。奴の目からは――覚悟を感じる。獰猛で、ハングリーさを含む、野性の目だ――。
「――俺は受かるだろうか?」
「……ん、大丈夫でしょ~。筆記がちゃんと出来て、実技もそれなりに出来ればさ~」
「そうね」
後ろにいるエルルが、軽く俺の背中を叩く。
「自信を持ちなさい、マオ。私達が支えて来たでしょう?」
「そうですよ! マオさん、あたしと一緒に勉強頑張ったじゃないですか! いけますよ!」
ティタも、俺の前に立って、力の籠った目で励ましてくれた。
「……ああ、とても感謝している」
「その”感謝の気持ち”があるのなら、大丈夫ね」
「フン……」
……情けねェ事言ってんじゃねェぞ、俺。
つい出てしまった後ろ向きな発言は、俺らしくもない。みっともない。
俺は覚悟を決めたんだ。この世界を護ると、その為に全て関わって生きていくと。
(こんなとこで弱気は……硬派じゃねェな)
「……マーくん、ちょっとしゃがんで~?」
突然ピスカにそんな事を言われ、何事かと中腰になると、
「リラックス~、リラックス~」
背後に回られ、揉み揉みと、両肩を揉まれた。
ピスカなりに、俺の緊張を解そうとしてくれているのだろうか。
「お客さ~ん、大分凝ってますね~?」
「……肩よりも、中腰がキツイ」
「あらら。……お客さん肩よりも腰なんだ?」
「現在進行形でそうなってる」
芝居がかった口調で、軽快に俺の肩を揉む。
――正直、気持ち良くはない。ピスカの手は小さく、握力もない。もっとゴリゴリに揉まれた方が、気持ちはいいだろう。
「……ありがとな。少し軽くなったよ」
「にゅふふ、お安い御用だよん」
しかし、そう言う話ではない。ピスカは俺の緊張を解してくれたのだ。
「あ、お客さん。御代金は頂くからね~?」
「……分かってる。”合格祝い”に、何か飲み物でも奢るさ」
――入園試験など、序章にもなっていない。
さっさと実技を済ませ、俺は次のステージへと進もう。
……。
…………。
………………。
実技試験とは言っても、体力テストの様なものだった。
腕立てや腹筋等、基礎トレーニングを指定の数だけやればクリア。このレベルであれば、高校3年生の運動部でもクリア出来るだろう。
――しかしここは異世界ど真ん中だ。ただの体力テストでは終わらない。
「……『魔力量測定』?」
幾つかの課目をクリアし、やって来た黒いテントの入り口看板に、そう書かれていた。
「どれだけ魔力を持っているのか測定するの。一定の魔力を持っていないといけないわ」
隣に立つエルルが、分からない俺に解説してくれた。
「そのまんまだな」
「まんまね」
話しながら、順番待ちをしている列へと並ぶ。
意外と回転が速く、ちょくちょく前へと進める。この分だと、数分後には俺の番がやってきそうだ。
「……つか、俺大丈夫か?」
ふと気になった事があり、周囲に聞こえない様、エルルへと耳打ちをする。
「大丈夫よ」
「俺まだ何も言ってないが?」
クスっと、口元を隠して笑みを零すエルル。
――こういう仕草をされると、彼女が”王女”なんだと実感させられる。正直悔しい。
「私から借りてる魔力が大丈夫かどうか……ってことでしょ?」
「……正解」
どうも、彼女は頭の回転が速い。いつも思考を先読みされている気がする。
(寧ろ、俺の思考が読まれやすいのだろうか……)
しょうがない。俺は脳筋・暴力・単細胞の不良なのだからな。
(……自分で自分をここまで卑下しなくてもいいか)
悲しくなってきた。
「魔力契約については、別に禁止されている訳ではないから、何も言われないわよ」
「そうか……あ、あと――」
「私の魔力を借りても、私の分の魔力はあるから遠慮しないで?」
「……」
……マジで悲しくなってきた。
「こう見えても、私は王女よ」
「へぇ、そうなのか」
「……マオったら、意地悪な事言うのね?」
「冗談。すまんな」
若干、拗ねたような演技をするが、直ぐにいつもの表情へと戻る。
「王女なりに、魔力は持っているって事。バンバン借りてもらって構わないわ」
「僥倖。それなら遠慮なく使わせてもらおう」
ま、俺と契約できるくらいだ。人並み以上には魔力を持っているのだろう。
「次はマオの番ね」
――そうこうしている内に、俺の番がやって来た。俺の前にいた人がテントから出て来た様だ。
「行ってくる」
「頑張って!」「いってらっしゃ~い」「ファイトです!」
三者三様のエールを頂きながら、テントの入り口を開け、中へと入った――。
――中は思ったよりは明るい。
10畳程のスペースに、試験官3人。目の前にテーブルがあり、その上には濃い藍色の禍々しい真ん丸水晶が鎮座していた。
(明らかに普通じゃねぇナ?)
異世界らしいアイテムの登場に、俺の心は僅かながら跳ねている。
「受験票の提示を」
言われるがまま、入り口の側にいた老年の試験官へ受験票を渡す。
「…………マオさんですね。では『魔力量測定』を行います」
「ウス」
一応受験票には、『マオ=ザコヤ・ド・メルン』と書かれてはいるが、試験官に反応は無かった。
(王家の名字を見りゃ、何かしらの反応があると思ったが……)
メルン王家には、それなりに親戚がいるのかもしれない。
取り敢えず、言われた通り、水晶の前に立つ様指示される。
「この水晶は『魔力吸収石』。魔力を吸収する特性を持った魔結晶を研磨して作り出したものです」
老年が水晶に触れると、触れた部分が僅かに白く光った。
「この様に、微量の魔力でも反応します」
「……フン」
……なんかあれだな。あの……旅館とかに置いてあるビリビリしている球体の奴。触れたトコに電撃が走るヤツ。
確か、『プラズマボール』とか言うヤツだ。アレに似ている。
「触れて、目一杯魔力を注ぎ込んでください」
「ウス……!」
エルルが遠慮なくって言ってたからな。ガッツリ借りさせてもらおう。
俺は腕を捲り、首元に触れる。
直ぐに反応は起きる。首に刻まれたチョーカーの様な模様が、熱くなっていく。
同時に、全身へ正体不明のエネルギーが滾って行く。
――魔力を異物として捉えているのではない。もう一つの”血管”として、受け入れているのだ。
「行きます!」
溢れ出る魔力の光を放ちながら、俺は水晶を鷲掴みする勢いで掴んだ!
「 !! 」
ゴオッ!! と鈍く低い音がしたと思ったら、
「……なッ!?」
一瞬にして、水晶が砕け散ってしまった!
「そ、そんな馬鹿な……」
「こんな事が事が起きり得るなんて……!」
奥に控える試験官たちが騒めきだす。その表情は驚愕。
(粉々に……なってしまった……)
鷲掴んだ途端に、砕けてしまった。
水晶の感触を確かめる前に、固形は無くなり、砂塵と化してしまったのだ。
「……あ、ああ」
目の前の老年試験官が震えている。腰をぬかし、尻もちをついたまま、俺を見上げている。
「……神」
「え?」
ボソッと呟いたかと思うと、額を地面に擦り付けた。
「神じゃあ!! 神が御光臨なさったぁ!!」
ご、ご乱心……!
は? え、どうした爺さん?
(この魔力量……相当ヤベェのか?)
俺には実感がないが、相当ドエレー結果だった様だ。嬉々として、試験官たちが燥いでいる。
「10年に1人の逸材だ……!」
「いや、100年に1人の逸材だ!」
「いやいや、1000年に1人だろう!」
「1000年に1人の青年だぁ!!」
1000年に1人の美少女みたいに言われてもな……。
「あの……いいすか?」
取り敢えずこの場を離れよう。騒がしくなってしまったからな。
「ええ、ええ! どうぞお気を付けて、お帰りなさいませ! 神!」
神言うな。
何ならこの後、俺以上の”真の神”が現れるからな。
(この調子だと、魔力量測定は合格だな)
借りた魔力だが、何とかなりそうで、真の神に改めて感謝することとしよう。