10時限目 やっぱり正義が勝つ
――図書棟の裏、ベンチのあるちょっとした休憩スペースに、俺らはやって来た。
俺らとは――俺、宝石箱(ベリル、アントラー、パール)、そしてドラゴニュート族の少女。
(どうしてこうなった……!)
業腹だが、なるようになれ、という感じではある。
俺からこの喧嘩に、口を挟むつもりは毛頭ない。余計に絡まるだけだからな。
そもそもこれは”宝石箱VS少女”の構図だ。俺はついでに巻き込まれただけ。下手に関与して事を大きくしたくない思いが強い。
(つーか、試験前だからな!)
……こんな事してないで、勉強したい。
この俺が、不良の俺が、こんなに勉強したいと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。いや、初めてだ。
「いるんだよね、アンタらみたいな人様に迷惑をかける”自己中”な奴らが」
少女が指をパキパキと鳴らす。その表情は、やはり勝ち気で自信満々である。
……それにしても、校舎裏――正確には図書棟の裏だが――連れて行かれるなんて、終末戦争以来だぜ。ちょっとだけワクワクしているのは、悲しいかな不良の性か。
「全員で、同時にかかって来ていいよ。その腐った根性、叩き直してあげるから!」
あろうことか、少女は中指を立て、くいくいっと曲げ挑発してきた。
人数差もあると言うのに……戦いの基本は”数”だ。物量で押し切るのが、基本だと思っている。
それだと言うのに、少女は得意げになって俺達を焚き付ける。
「~~~~ッ!!」
この仕草が、喧嘩のゴングを告げた――。
「テメ――舐めてんじゃねぇぞクラァァァァァッ!!」
真っ先に、アントラーが突撃した!
自分たちの非を一切認めず、注意してくれた善良な少女へ、容赦なく殴り掛かろうと飛び出したのだ!
(もうこれ悪の組織だろ……)
誰がどう見たって、”善VS悪”の構図になっていないか?
(正直、俺がアントラーを殴りたいぐらいだが)
「ウラァァァァァッ!!」
アントラーの愚直で過激で素直な特攻。
――しかしここは異世界。マジカルでメルヘンな魔法の世界だ。
「――【根性】ッ!!」
魔力の残滓を零しながら、アントラーは世界に1つの、自分だけの武器を振りかざす!
( !? 体から蔦が!?)
魔法の発動と同時に、走るアントラーの体中から、蔦が生えて全身に巻き付いた。
「んんwwwアントラー氏の【根性】は、表皮に根を生やし、蔓を操る魔法。体に巻き付ける事で強靭な鎧と化し、強力な攻撃力を得るのですなwww」
俺が具に状況観察をしていると、隣で見守るパールが解説役となってくれた。
(有難いが……魔法を隠す気は無いのか……?)
隠していた方が有利だろうに……パールに解説されちゃってるんだが?
「あー、ありゃ大怪我しちゃうね」
斜め後ろの位置に立つベリルが、どこか他人事の様に呟く。
(君は君で興味無さそうだな……)
案外、結束力のないファンクラブだな、宝石箱……。
「だぁれが腐った【根性】だッ!!」
後ろでそんなやり取りがあるとは露知らず。蔦を巻き付けたまま、少女へと肉薄する。
……確かに、蔦が全身へ絡まり、血管の如き鎧となっている。
蔦の強度はしらないが、拳は強化され、ヘビーなパンチだと想像するのも容易い。
――まるでクマの一撃。大きなヒグマの、渾身の右ストレートだ。
馬鹿正直に真っ直ぐで、強力な突撃だろう。しかし、少女は避けようともせず、むしろ迎え撃とうとしている。
「その蔦、根腐れしているね?」
しまいには、軽口をたたく始末。振りかぶった拳が、少女の無防備な顔面へと――
「【逆鱗】」
直前で、少女が魔法を発動するが、吸い込まれるようにして、叩きつけられた!
「……あー、やっちゃった」
ベリルが呆れた表情で、溜息を吐く。
良くある事なのだろうか。何度もこういう事があったかの様な、含みを持たせたセリフであった。
「んんwwww火力は全振りが基本ですぞwwww」
パールはアントラーを称賛している様だが……。
(気になるのは……少女の反応だ)
あれだけ攻撃する様に扇動してきた少女、直前の魔法発動。
ただのおバカならこのままダウンするだろう。静観しているつもりだが、少女の手当くらいはしないと気が引ける。
――しかし、そうは思えない気持ちの方が強い。彼女の妙な自信はきっと、自分の実力を知っている事からくるものであると推察される。
ここは異世界。メルヘンな異世界。きっと、これだけじゃ終わらねェ――
「……んなっ!?」
アントラーの驚きとほぼ同時に、他の皆も驚いた。勿論、俺も同じだ。
「――言ったでしょ? 根腐れしてるって」
あれだけの強力な一撃を受けて、少女は――無傷だった。
――息を呑む。殴られて無傷だなんて、そんな奇跡、有り得るのか?
「……はぁ? てかはぁ? な、なんで効いてねぇ!?」
「懺悔の準備はいいかな?」
いつの間にか、少女は大きな大きな大槌を手にしていた。まるで恐竜の尻尾を綺麗に切断した様な、ハンマーだ。
「ま、マジなんなん? 何なんだコレマジで!?」
軽々と、自分よりも数倍大きなハンマーを振り回す少女。
コンビニで買った傘を、雨上がりにぶん回しながら帰宅する様に、ハンマーで遊ぶ。
「い、いや! 待ってくれ――」
(……終い、だナ)
決着はついた。喧嘩相手に命乞いをした時点で、勝負は決した――
「――成、敗ッッ!!」
アントラーへと、無慈悲にハンマーが振り下ろされた!
「――――」
腹の底に響く様な重低音が、鳴り響く。ハンマーの打撃音だ。
声を上げる事も出来ずに、アントラーは地面へとめり込み、黙りこくった……。
「「「……!」」」
それは俺らも同じ事だ。
一瞬の出来事だった。
負けるとは思ってもいなかったのだろう。ベリルは呆然自失、パールは戦々恐々とし、俺は目の前の状況分析に頭の容量を割いていた。
「――悪は滅ぼす。ウチが正義だ!」
――気付くと少女の体は、キラキラと黄金色に輝いている。
パチパチと火花が弾け、全身が常に黄金色に纏われている。ゲームに良くある”無敵状態”の様だと、漠然と思った。
その姿は――眩しくて、目が眩む。彼女の生き方は――とても眩しい。
「さ、次の相手は誰かな?」
……。
…………。
………………。
「「た、退散ッ!!!!」」
「 !? おいっ!?」
アントラーが潰れて直ぐに、ベリルとパールは一目散に逃げ出してしまった!
( !? 逃げる時だけ息ピッタリかよ!?)
仲間であるはずのアントラーを放置したままである。あっという間に、並木道の方へと消えてしまった……。
(ドエレーゲス野郎共が……!)
何なんだアイツらは……! 仲間置き去りにして逃げやがって……!
(――まァ、俺も人の事言えねぇか)
今の俺の状況と、彼らは似ているかもしれない。
「……アンタが、ウチの相手をしてくれるのかな?」
黄金を振り撒きながら、依然勝気な瞳で見つめて来る。
……ま、そうなるわな。だって俺しかいねェからな。
「いや……止めておく」
両手を上げて降参の意思を伝える。無意味な喧嘩は好きじゃない。
この時ばかりは理性が勝った。流石に勝った。今ここで争う事のメリット、デメリット。俺はまず、試験を合格しなければならないのだから。
争う必要性は皆無。俺は宝石箱でも何でもないのだから――
「……情けない」
「……あ?」
少女の一言で、俺の本能に火が点いた――!
「お前、今なんつった?」
「情けないと思わない? アンタら仲間なんでしょ? 2人は逃げ、1人は降参って……どうなの?」
「(ピキピキ)」
やばい、キレそう。
クソガキ――クルルに比べたら安い挑発だとは思う。しかしながら、当時と状況が違い過ぎる。
――色々と、溜まり過ぎている。
ラリ子の件とか、宝石箱の件とか、少女の件とか、これとか――
「――漢らしくないね?」
「上等だゴラァッ!!」
全ての鬱憤が、爆発した瞬間であった。
硬派な俺に! 言ってはならない事を言った! たったそれだけで俺には喧嘩しうる理由となるンだよ!!
「ぶっ殺す!!」
全部全部ぶちのめしたらァ!!
元々暴力でのし上がって来たのだ。肉体言語なのだ。ムカついたら、殴るのみ!
「……いいね、そうこなくっちゃ!」
少女がハンマーを構える。嬉しそうに、得物を狩るような目で、俺を見ている。
――狩人だ。本能的にそう思った。
コイツは、狩る側の人間だ。
「硬派注入だこの野郎!!」
――だからどうした。俺はただただ、硬派な漢なんだよ!!
「タイマン勝負、殺っぞゴラァ!!」
「かかって来い! 学ラン君!」
俺は短ランを脱ぎ捨て、上は黒のタンクトップとなり、戦闘の構えを取る。
確かに俺はキレている。が、頭は冴えている。闇雲に突っ込んでは、アントラーの二の舞となる。
「どうしたの? 威勢は口だけ?」
「しばく!」
”絶対にしばく”と言う熱い思いに支配されそうになるが、それ以上に、頭は冷静に働いていた。
――俺にも、魔法がある。
契約により、エルルの魔力を分け与えて貰った時、魔法が宿るのを感じた。
本能で理解した。どう言うモノなのかを、生まれてすぐに理解した。
しかし、会得して直ぐに『九尾の世王界』へと使わなかったのには、理由がある。
――発動に、条件があった。
(1つだけ……条件をクリアしたモノがある!)
今この場で――少女目がけて、ブチかます――
「!」
その時だった。少女の足元に、蔦が絡んでいた。
「なッ!?」
思わず、前のめりにして倒れてしまう。
ハンマーは投げ出されてしまい、武器もなく隙だらけな少女だけが、俺の目の前に横たわる。
「……はっはぁ、ざまぁみろや!」
埋もれていた地面から、顔だけ出してほくそ笑むアントラー。
「――ッ!!」
俺はすかさず――
「――死んどけッ!!」
「ギャッ!!」
――アントラーを全力で踏みつぶした!
「は、は? え、何し゛て゛ん゛の゛?」
顔を踏まれて、鼻血を垂れ流しているアントラーを、俺は怒りの表情で見下ろす。
「テメェ……俺のタイマンを邪魔しやがったな?」
「……ひょえ?」
俺はもう一発、蹴りをぶち込んだ。
「人のタイマンをッ! 漢の勝負を! 邪魔すんじゃねェ!! 殺すぞ!?」
「がぁっ!? ぐぇぇっ!? お、俺だぢ、な゛、な゛がま゛――」
「誰が仲間だ! 勝手に俺を巻き込むな!」
「ぐふぅ!!」
2、3発踏みつけた所で、アントラーは小さく痙攣するだけになった。今度こそ、気を失っただろう。
「……喧嘩っつのーはな、硬派のぶつかり合いなんだヨ。特に、タイマンっつーのはドエレー神聖なモンだ。何人たりとも、横槍は許されねェ」
――それが、不良界における暗黙の了解だ。破った奴は、袋叩きに遭うだろう。
「え、えぇ……」
何故かドン引いていた少女に、俺は向き直る。
「――仕切り直しだ。タイマン殺るぞ」
俺が声を発するも、少女はどこかぎこちなさそうに、他所を向いていた。
よく見ると、青ざめている。あれだけ勇敢だった少女だが、何か取り返しのつかない事をしてしまったと、戸惑っている様だ。
「あ、あれ~? 君、宝石箱じゃ……?」
「 ?? 違うに決まってンだろ」
「じゃあ、ホントに巻き込まれたんだ……?」
「巻き込まれたが……もう関係ねぇよ」
俺は、少女へ挑発の意味も込めたガンを飛ばす。
「俺単体に、喧嘩売ったんだからナァ……?」
「!?」
ビクッと、体を震わせる少女。立派な角が、不安げに見えた。
「む、無関係な人に……ウチとした事が」
何かをボソボソと呟いたかと思うと、俺へちゃんと向き直り、
「ごめんなさい!」
真っすぐに、謝って来た。
「てっきり、君もアイツらの仲間かと……無関係な人を叩き潰すのは、ウチの正義的に有り得ないから」
しっかり頭を下げ、謝罪の意を示した。心から、申し訳ないと思っているのだろう。
赤い髪がしな垂れる。誇らしげに天を差していた角も、今では下を向き、詫びを強調している。
(……)
嘘ではない。少女の謝罪。
「本当に、ごめんなさい!」
誠心誠意の謝罪。
(……ああ)
ここで俺が受け入れれば、和解となるだろう。
勘違いされたままここまで来たが、俺が宝石箱の一員と認識されずに済んだ。一触触発の前に、相手に正しく分かってもらえた。血を流す事もなく、訪れた平和。
めでたし、めでたし――
「………………………………は??」
――じゃねェよ!! どこもめでたくねぇ!!
「オイオイ、嬢ちゃん。ふざけんじゃねェぞコラ。人に喧嘩売っといて、勝手に謝罪して、『はいそうですか』で終われる訳ねェだろ! テメェだけ気持ちよくなってんじゃねぇぞッ!?」
「っ! だ、だから! それは申し訳ないと思ってて……!」
「申し訳ねぇと思うなら俺と喧嘩しろや!!」
俺はエルルとの魔力契約を呼び起こす。首筋から全身へと、エルルの魔力が流れていく。
「テメェは言っちゃいけねぇ事を言った……我慢のならねぇ事だ!」
「わ、分かったから落ち着いて! ウチが何か地雷を踏んじゃったんだね?」
「地雷なんかじゃねぇ! 俺の掲げる信念そのものだ!」
滾るエネルギーを、周囲に散らしながら、俺は少女の前に立つ。
「――かかって来いよ。俺がテメェの正義、歪まして殺るからヨ?」
「~~~~ッ! ごめんなさ~~~~い!!」
「! 待てやゴルァッ!?」
怯えて逃げ出す少女、鬼気迫る表情で追いかける俺。
俺が少女を見逃すまで、この鬼ごっこは続いたのだった……。




