9時限目 宝石が招くは正義の炎
「ボクは『ベリル・キリコッテ』! 見れば分かると思うけど、ネコベースのワーグ族だよー!」
気さくな感じで自己紹介をする猫少女こと――ベリル。
(……年下、か)
――俺は、その人の言動や立ち振る舞い、品格、漢気から、大体の年齢を区別している。
俺の勘は大体当たる。”仁義礼智信”の不良街道を突き進む最中に得た、俺なりの特技と言えよう。
(年上か、年下か。大事なファクターだ)
年功序列を重んじる俺としては、無くてはならない特技である。これにより、弁える所は弁えている。
特に、今俺は良く分からない環境にいる訳だ。自分の芯だけは曲げぬ様、向き合っていかねばなるまい。
「そうか。宜しく」
「よろしくー。あ、ベリルでいいから」
「分かった」
スッと、さり気なく手を差し出してきた為、流れで握手する。
中々、友好的な奴の様だ。喋り口調も落ち着いている。
……手には肉球でも付いてあるのかとも思ったが、普通の手だった。
(何れ機会があれば触ってみたい……猫の肉球)
あれって柔らかいのだろうか? 案外固いのだろうか?
ううむ、気になる。何処かに野良猫はいないのだろうか……。
(いや……この世界の場合、『野良魔猫』か)
――日々の勉強で分かった事だった。この世界では動物自体が魔物である。
言い方が違うだけであり、魔物を食べたり、ペットにしたり、討伐したり……扱いは動物と同じである。
ただ一つ……”魔力”と言う、不可思議なエネルギーを持っている点だけが異なる。
「キミは?」
……おっと、肉球から思考がズレてしまったな。
当たり前の事だが、名前を尋ねられる。
(名前……教えないといけないか……)
ここは流れに乗って、同じく自己紹介した方が良いだろう。先程のラリ子とは訳が違う。
(と言うか、彼女が特殊過ぎたんだ)
――ここまで考える事は無いんだよ普通は。一発目で変な絡まれ方をしたから、後を引いているじゃないか。恨むぞ、ラリ子。
「俺は――」
俺も自己紹介をしようとしたところだったが、ベリルの背後から2人組がやって来た。
「おおおおおおおおおおい! ベリルゥ!! テメ、こんな所にいやがったのかよ!?」
( !? ……チッ! うるっせェな!)
静かな図書棟だと言うのに……工事現場で話すレベルの声量じゃねェか。ボリューム間違ってんぞコイツ。
慌ただしい登場人物に、周囲の目が一斉に向くが、コイツは気にしていない様だ。
鈍感なのか、敢えてやっているのか、詳細は不明だ。
頭の上に小っちゃい耳がある青年だ。多分年上。あと、ワーグ族。
長身の坊主頭で、赤と白のチェックシャツを……ジーパンに”イン”している。俗に言う『シャツイン』である。
(随分とまぁ、古風のヲタクファッションだな……)
最近見かけなかったから、逆にレア度が高いのかもしれない。純正異世界産だしな。
(にしても声デケェしテンション高ェわ)
耳を抑えながら、やって来た古風ヲタクを笑顔で迎え入れるベリル。
「ちょっと散策してただけだよ」
「はぁ? 何ですかはぁ? 何様なんですかテメェは!! んなら俺らに声かけてから行けよな!! ワンチャン帰ったかと思ったぞ!!」
――やっぱ声がデケェ!
激しく唾を飛ばしながら、大声でベリルに詰め寄る古風ヲタク。強い言葉とは裏腹に、その表情は楽しそうである。
「帰る訳ないでしょ、ここまで来て」
「はぁ? 誰が言ってんだテメ! 前回のライブの最中『萎えた……』とか言って帰ってる奴がよぉ!?」
「しょうがないじゃん。あん時腹痛かったし」
「足んねぇって気合がよォ! その点オレは全通してっから!」
「そんなんでマウント取るなって」
「そ・ん・な・ん~~~~???? かぁ~っ! ”お兄ちゃん”が聞いて呆れるな! そんなんだから”トップオタ”になれねぇんだよ! ランちゃんが可哀想だぜ!!」
「別に上を目指してはないよ? ランちゃんがいつも通りいてくれたら、それだけでボクは幸せさ……」
「出た出た”後方彼氏面”野郎が。その点オレは『トレアちゃん』に毎回顔出してっから! ……最近オレにだけ”レス”くれてるんだよな~~!!」
「気のせいでしょ」
「は? え、はぁ? お前マジはぁ? トレアちゃんマジオレの事ワンチャン好きだから!!」
「リアコきっしょ」
「はぁ? お前はぁ? 殺すよ(暗黒微笑)?」
(……何語喋ってんだコイツら……!?)
ちゃんと聞いていても分からない単語がチラホラと……。駄目だ、俺には理解出来ん。
(つーか、2人共超早口で聞き取れねぇよ!)
多分、”ヲタク用語”と言うか、”アイドル用語”だろうけど。トップのオタクである”トップオタ”とか、リアルに恋してるの略語”リアコ”は聞いた事ある気がする。
見知らぬ外国語を聞かされている様な気分にさせられた。こここそが、リアルの異世界だ。
「――いたいた。んんwwwwベリル氏、急にいなくなったからビックリしましたぞ?」
……まーた癖の濃いキャラが出て来たナ?
突如ヲタクの影から、垂れた小さい耳のワーグ族が現れた。
低身長小太りでメガネをかけている。白のTシャツにジーパンとシンプルだが、暑がりなのか、タオルを首に巻いている。
(『ブタベース』のワーグ族ってとこか)
絶対そうだ。全体的なフォルムが豚だ。
――これは別に蔑称的な意味ではなく、コイツがまんま豚っぽい姿形をしているからだ。
「『アントラー』氏と共に心配しておりましたぞ? ブヒッwww」
( !? )
今! ブヒッって言った! ブヒって言ったぞコイツ!
こんなん絶対ブタベースだろ! ……いやマジでバカにしている訳じゃない。
「あー……。悪かったね。でもま、そのお陰で――」
――油断をしていた事は間違いない。この3人の独特な空気に、ついて行けて無かったからな。第三者視点で眺めていた。
急にベリルに腕を取られた。反応が送れ、取られてから気付く。不覚である。
「ここに、新たな”お兄ちゃん”を発見したんだよー!」
「 !? 」
――はぁ? 誰がお兄ちゃんだコラ!? しばくぞ!!
「ちょっと待て。俺は別にお兄ちゃんじゃ――」
俺が訂正しようとするが、それよりも周囲が盛り上がってしまう。
「おー! そうなんか! オレと推しが被んなくて良かったっつーの!」
「同担拒否、乙ですなwww」
「草生やすなバーーーーーーカ!! ぶち殺すぞクラァ!」
「ガチ恋勢www」
「マジ殴るかんなマジで」
……俺にも喋らせろや。
完全に俺を置き去りにして話が進んでいる。つーかブタ、草生やしてんじゃねェよ。
目の前で、卓球の超高速ラリーを見せられている気分を味わった。
若しくは、初期は主人公の敵として立ち塞がり、仲間になってからは解説役に回ってしまったキャラみたいだぜ。
「つーか何なん、君達……」
思わず口を突いて出た、心からの言葉だった。
「「「!」」」
すると、突如3人共が喋るのを止めて、俺の言葉に反応した。
(こ、これは……!)
「は~~~~~~い! 甘やかしてくれる幼馴染は……大好きでぇ~~~~す! トレアちゃんの心に、いつも寄り添う存在になりたい! トレアちゃんの幼馴染になりたい! 『アントラー・メイプル』で~~す!!」
「……はーーーーーーい。クールビューティ、足りないよ! 冷静なきみを思うと、誰よりも体が熱くなる。リップ姉の弟になりたい。『パール・ショーロ』……」
「はぁ~~~~~~い☆ あざとさはぁ、大・正・義! ぜんぶ、ぜぇ~んぶ、ランちゃんの虜になっちゃった~~☆ ランちゃんのお兄ちゃんになりたい☆ 『ベリル・キリコッテ』だよぉ~~☆」
「そう、オレ達!」「そう、オイラ達!」「そう、ボク達!」
目の前で、3人並んで其々可愛らしいポーズを決める。
「アクアマリン非公式ファンクラブ――『宝石箱』だ!!」
………………。
(何だコレは!?)
何なんだコレは?
え……マジで何なんだコレ。俺は今、何を見せられていた……?
「よーし、決まったねー」
「いや、まだキレが足んねぇな!」
「我ももうちょっと、クールっぽさを出さないとダメですなwwwブヒッwww」
放心している俺をよそに、内輪で盛り上がっている。
……久々だ、こんなに置いて行かれた感覚は。
重要な点は、逆に理解出来なくて良かったと言う点。
「つー訳でよ、オレはアントラー・メイプル! トレアちゃんはオレの嫁! 宜しく!」
握手を求められたので、反射的に手を握った。大分熱が籠っている。
「我はパール・ショーロでありますwww。んんwww宜しくお願いしますぞwww」
古風ヲタク――アントラーの手を握ったかと思えば、隣のやけに草を生やす豚と手を握らされていた。
……ジトッと湿っている。
(なし崩し的に握手してしまった……)
あまり関わりたくないタイプのグループに名乗られてしまった。
昔の――ヲタク時代の記憶が蘇りかけ、前から後ろへ髪をかき上げる。
名乗られたからには、名乗らねばなるまい。それが礼儀というもの。
「俺は――――」
今度こそ名乗ろうとしたタイミングだった。いつだって、世界は丁度良い時に邪魔をする。
「ちょっと!」
声をかけられた。まさか、宝石箱の4人目のメンバーか?
「さっきから煩いんだけど!」
……絶対に違うな。
――少女だった。恐らく、同い年くらいだろう。
燃える様に真っ赤な赤い長髪の、ツインテール。髪留めは真っ黒いリング。
勝気なツリ目、髪の様に赤い瞳。しかし、充血していると言う訳ではない。美しい夕焼けの様な瞳だ。
鋭い爪のイヤーカフを耳に付け、尖った八重歯が顔を覗かせている。
そして何より――両目の上のデコから、角が生えている。
全体的にドラゴンの様な特徴を持っている。爪は鋭く、爬虫類の尻尾。
(『ドラゴニュート族』……だ)
――ドラゴニュート族。旧名『竜人族』。竜の如き鱗を持ち、二本角と尻尾が特徴。防御力が高い。
元々のツリ目を、より鋭くさせ、俺らを睨みつけている。
「ここは図書棟。皆静かに勉強してるんだから、そういうのは外でやってよね!」
ごもっともな、至極当然な事を、俺らを見渡し、注意してきた……。
(……………………は?)
俺も?
「あぁん!? 何ですか誰ですかテメェはよぉ!? 偽善者ぶって何正論ブチかましてんだクラァ!!」
「偽善も何も、迷惑してるから注意したんだけど?」
「め・い・わ・くぅぅぅぅぅぅぅぅ?? はぁ? てかはぁ? オレらに喧嘩売ってんのかクラァ!」
逆ギレしながら、少女へと突っかかって行くアントラー。支離滅裂で、こっちが悪者じゃねぇか。
(てか……は? 俺も、コイツらと同類だと思われている……?)
「いやいや、アントラー。流石に分が悪いって。完全にボクらの方が悪いし」
「そうですぞ。サイクル戦は退く事も大事ですぞ?」
「っせぇ!! 喧嘩売られて引き下がってられるか!」
お仲間に制されるも、前に前にと好戦的であるアントラー。
そんな様子を蔑視している少女は、ニヤリと笑った。
「……何? ウチと喧嘩したいの?」
「そうだ! オレはなぁ、正義感振りかざす偽善者が一番嫌いなんだよ!」
「だから、ボクらが一方的に悪いって」
ベリルの言葉も何のその。喧嘩のスイッチが入ってしまっているアントラーは、最早今すぐにでも殴り掛かる勢いだ。
正直、俺よりも好戦的だと思う。理性のある分、俺の方がマシだ……よな?
「いいね! 打ち負かして反省させるから!」
何故か乗り気な少女は、図書棟の裏を指差した。
「4人がかりでかかってきな!」
(やっぱり俺も含まれてる!?)
「行くぞ! テメェら!」
「あー、もうー……」
「仕方ないですな。喧嘩する以外ありえないwwww」
血気盛んに出ていく宝石箱を見送ろうとするが……少女に腕を掴まれる。
「何ボーッとしてるの? アンタの性根も叩き直してあげるから!」
「え? え?」
「ほら、裏に来な!」
「いや、正直俺関係ない――」
「仲間を無視して逃げる気? ……アンタにはより多く、お灸をすえる必要がありそうね!」
(どうしてこうなる……!!)
巻き込まれる形で、俺は少女に引きずられながら図書棟を出た……。




