7時限目 あなたに知ってもらいたくて
「やっば~☆ 遅れちゃったぁ~☆」
今日は、ヴァルヴァラ学園の入園試験の日。
学園の並木道の隅っこを、コソコソと歩く影があった。
(まさかこんな所を1人、ランちゃんがいるなんて誰も思ってないよねぇ?)
――彼女の名前は『ランコ・スプラゴン』。巷で話題の、『アクアマリン』のアイドルであった。
可愛らしい容姿に、小悪魔な言動。小さな口から発せられる、愛らしい甘い声は、幾人もの人々を虜にしてきた。
そのあざとさは、「幾らでも貢ぎたい」、「一生養いたい」、「彼女の財布になりたい人生だった」、「いつの間にかお兄ちゃんになっていた」等、老若男女問わずメロメロ。投げキッス1つで、ライブ会場では紙幣が空を舞い、彼女を応援する紙吹雪と化す。
更に彼女はファンの人達を、『お兄ちゃん』、『お姉ちゃん』と呼び、国中に我こそは兄、姉と言わしめる人を続出させている。
――『可愛さの最終形態』、『あざとさの臨界突破』、『史上最高の妹』とその名を轟かせていた。
有名人である彼女は、試験会場でパニックが起きない様、キャスケット帽を深く被り、華々しい衣装からかけ離れた、シックな衣装で変装をする事にも抜かりない。
(アイドルとして、変装は当然ッ☆ ランちゃんは自分の身を弁えているのです!)
アイドルとしての意識もしっかりとしている。危機管理能力にも長け、ちょっとでもイメージダウンに繋がるような事は一切しない。
特に気を使っているのは『異性との交流』。男性と一緒にいる所なんて撮られたら目も当てられない。彼女はアイドルと言う”偶像”を理解しているからこそ、その辺りは徹底し、避けて生活している。
ファン評価が高いのは、そういうアイドル意識もあっての事だった。スキャンダルは無く、男の影が見えない事から、彼女は神の域まで信仰されているのだ。
これはアクアマリンと言うアイドルグループに言える事だった。ランコだけでなく、クールなお姉さんキャラの『リップ・ウンディウス』や、不動のセンターで幼馴染キャラの『トレア・ヴァンジーニ』も、アイドルとして徹底していた。
(アイドルとは……穢れ無き純白。ランちゃんは身も心もアイドルなのだ!)
アイドルらしいアイドル――それこそが、アクアマリンの武器であり、象徴であった。
――並木道から外れ、憩いの場へ。
一面芝生の海である。噴水やベンチ、西洋風の東屋であるガゼボと、ゆったりした時間を過ごすのにぴったりなスペースである。
中央付近には屋台が並んでおり、ちょっとした軽食を楽しむ事も出来る。
(あれれ。ちょっと道、間違えちゃったかも?)
受付に向かうはずが、ランコは謝って憩いの場に出て来てしまったらしい。
勉強している受験生がチラホラと見える。だが、誰一人として、ランコと気付く者はいない。
(あは☆ 変装はバッチリだね!)
帽子の1つでも取ろうものなら、人々が押し寄せる事になるだろう。ランコは帽子の位置を調整し、早々に立ち去ろうと決めた。
(……う~ん。喉が渇いたなぁ)
――決めたのだが。屋台の1つに飲み物売りがあった。それが目にはい入り、急に喉が渇いてしまった。
(トレアちゃんとリップちゃんには悪いケド……☆)
アクアマリン、3人でやって来たのだが、ランコは車の中でちょっとだけ変装に手間取った。そのせいで遅れてしまい、2人を待たせている形になっているのだが……。
喉が渇いたのなら仕方ない。これは生理現象。乾いてからじゃ遅いんだから、と自己弁護をしながら、飲み物売りへ足は向かった。
――そのせいだろうか、横から来ていた人に気付かず、ぶつかってしまった。
「キャッ!」
「 !? おっと……」
慌てて受け身を取ろうとしたが間に合わず、地べたに尻もちをついてしまった。
「いてて……」
「……悪いな」
目の前の人が謝る。見下ろされる形だ。
「いや――」
余所見をしていた自分が悪いと思い、ランコは素直に謝ろうとして――気が付いた。
(! ぼ、帽子が!)
やけに視界が開けていると思ったら……肝心要の帽子が取れてしまっていた。
ぶつかった衝撃で落ちてしまったのだろう。油断していた。飲み物に気を取られ、こんな所で身バレしてしまうとは。
「あ……え~っとぉ」
取り繕う事も出来ないだろうと、ランコは頬を掻く。ランコは超有名人だ。誤魔化しも効かない。どうにかこうにかパニックを治めようと、頭を働かせる。
「サイン書いてあげるから、ランちゃんがここにいるって事はぁ、内緒にしてくださいねぇ☆」
……咄嗟の判断にしては上出来だろう。ファンサしつつ、騒がれない様に先手を打つ。
こちとら百戦錬磨のアイドルなのだ。状況判断能力が違うのだ☆ と自己評価。
これでも騒がれてしまったのなら仕方ない。学園の運営を呼び、この場を宥めてもらおう。
(あは☆ 完璧な作戦だよ!)
どうなる事かと思ったが、何とか機転がきいて良かった。
さて、相手はどうでるか……? ランコは相手のリアクションを待つと……予想もしない返事が返って来た。
「は? いらないけど……」
(!?!?!?)
……。
…………。
………………。
外に出た俺は、適当にブラついていると、ちょっとした広場に出てしまった。
そこには屋台が立ち並び、ファーストフードの様に、手軽な飯を味わえるようだった。
(そういや……喉が渇いたな)
喉が渇いた……それを意識すると、今すぐにでも飲みたい衝動に駆られてしまった。
この世界には自販機が無い。だが、飲み物売りの屋台がある。
目の前でフルーツがプレス機の様なモノで圧し潰され、生ジュースが味わえる。
丁度、飲み物売りが視界に入った。喉を潤そう、そう決めると、真っすぐ目的地へと足を向けた――。
「キャッ!」
「 !? おっと……」
急に、脇から出て来た人がぶつかってきやがった。とは言え、向こうの方は俺よりタッパが無く、重量も無かった様で、相手だけが尻もちを付く形となった。
「いてて……」
――少女である。ぶつかった拍子に帽子が取れた為、少女だと判断出来た。
肩くらいまで伸びた、海の様に青い髪を、左側頭部で括ったサイドテール。白い貝殻の髪留めで括っている。
気弱そうなタレ目も、髪色の様に澄んだ青色をしている。
耳は魚の様な耳ヒレ。そして星形のピアス……ヒトデモチーフだろうか。
服装は野暮ったいが、顔の造形だけで、この子が可愛い部類であることは明白であった。
(見た目からして、恐らく『マーメイド族』と言う奴だろう)
人魚の様な特徴のマーメイド族。実物を見たのは初めてであるが、本当に陸で動けるんだな……。
(普通に足あるしな)
魔法って何でもアリなのだと、改めて実感する。
(中坊くらいか? どっちにしろ年下だろう)
「……悪いな」
一応謝っておく。まぁ、一方的にぶつかられたのは俺の方だが、客観的に見ると、多分俺が悪者に思われるだろうな。
(不良の悲しい性だな……)
俺が謝ると、少女は申し訳なさそうに手を振った。
「いや――」
何かを言いかけた途端、少女は急に頭へ手を乗せ、オロオロと辺りを見渡し始めた。
( ?? 何だ?)
見た所、落ちている帽子に気付き、突然慌て始めたという印象ではあるが。
「あ……え~っとぉ」
思ったより、甘ったるい猫なで声だな、と分析していると、少女は意を決した様に、とびっきりの笑顔を見せてきた。
「サイン書いてあげるから、ランちゃんがここにいるって事はぁ、内緒にしてくださいねぇ☆」
(は?)
急に何言ってんだ、コイツ。やば。
「は? いらないけど……」
なんで知らない奴から突然、サインを貰わなきゃならないんだ……気味悪いな。
ちょっと引いていると、少女は慌てて立ち上がった。
「な、なんでそんな意地悪言うんですかぁ~☆ ぶつかっちゃったお詫びでぇ、特別にサイン書いてあげますよぉ?」
「え、いらんし」
え、怖。初対面でサイン書かれるとか……新手の詐欺か?
「………………!?」
愕然としている少女である。まさかサインを書かせてくれないとは……そんな表情をしているように見える。
(ヤバい奴だ……)
ギャンブル狂いのピウとは、別次元でヤバい奴だと認識した。俺は少女を無視して、飲み物を買う事にした。
(こういう手合いは、触れないに限る)
俺が人生で得た経験の1つである。『ヤベェ奴には関わるな』。
「なんで無視するんですかぁ~~~~!!」
「うおっ!」
急に肩を掴まれ、流石の俺も驚いた。
コイツ……周囲に危害を加えるタイプの、ヤバい奴だ。
思い出すのは、俺の地元の『桔梗学園』にいた、『人斬りラリ男』こと『岡田』と言う奴だ。
コイツは相当、頭のイカれた奴だった。興奮すると、手当たり次第にナイフを振り回すラリった男で、何人もの不良が病院送りになった事を覚えている。
……最終的に、俺が正面からぶちのめし、牢へぶち込んでやったけどな。
(コイツも同じ様な匂いがする……!)
”ラリ男”ならぬ”ラリ子”である。こういう手合いは、対処が面倒なのを知っている。
「ランちゃんのサインですよぉ!? 普段はぁ、ライブの時しかやらないサービスなんですよぉ!? それでもいらないんですかぁ!?」
「おう」
「……!?」
いるか! そんなもん!
つーか何だ? ライブ? 何の話をしている?
まるで俺が、最初から少女の事を分かっている前提な感じで、言われている気がする……。
(……ハッキリさせておこう)
「てか、誰?」
「……………………!?」
あんぐりと口を開け、この世の終わりみたいな顔をしている少女。一体何なんだよ……。
「別に、ぶつかられた事に関しては気にしてねェから。ま、そう言う事で」
さっさと会話を打ち切って、今度こそジュースを――
「え、えええええええええ!?!? ランちゃんの事、知らないんですかぁ~~~~!?」
……ッ! うるっせェ……! 耳がキンキンしてんぞ!? 多分鼓膜5、6枚破れたと思う。
(んん? 何か最近、誰かに似たような事を、言われた気がする……)
一瞬既視感があったが、仁王立ちする少女に気を取られ、記憶が脳内の片隅の方へと流れて行った。
「分かりました! 分かりましたよぉ! そこまで惚けるのなら、ランちゃんとしても考えがあります!」
「いや惚けてないが……」
「あは☆ 意地悪なお兄ちゃんですねぇ☆ 仕方ないです。いつものアピール、生でやってあげますっ☆」
――この時、ランコは「意地悪なファンがわざとしらばっくれている」と言う考えであった。
サインなんかじゃなく、もっとファンサしろ、そう要求されているものだと深読みしていたのである。
(上・等・です☆ 幾千ものファンの要望に応えられなければ、アイドルとして失格! 見せてあげます! そして、もぉーっと虜にしちゃいます☆)
ランコは燃えていた。今、目の前にいる『お兄ちゃん』を満足させるアピールを、トップアイドルとして、見せて付けてやる、と。
対する真魚は――
(コイツしばいて早くジュース飲みたい……)
喉が渇いていた。
――胸に手を当て、大きく息を吸う少女。仕方なく、少女のアピールとやらに付き合う事にした。
「よっし☆ いっくよ~~~~!!」
可愛らしい笑顔を振り撒き、
「はぁ~~~~~~い☆ あざとさはぁ、正義なんだよ? みんな、みぃ~んな、ランちゃんの虜になっちゃえ~~☆ 皆の妹☆ ランコ・スプラゴンだよぉ~~☆」
アイドルっぽい前口上を言い放った!
「いや誰だよ!?」
「何で知らないのぉ~~~~~~!!!!」
ガクッと崩れ落ちてしまった少女。その背中には、どうしようもない悲壮感が溢れ出している。
この隙に、俺はすかさずフルーツジュースを注文する。
「……お客さん、中々の強者だね?」
出来上がったジュースを貰う際、店主のおばさんにそんな事を言われた。
「頂きます」
フルーツジュースの入った瓶に口を付け、一気に流し込む。
「くぅ~~~~ッ!!」
喉が一気に潤う。カラカラだった砂漠に、突如出来上がったオアシス。
乾ききっていた喉が、一気に大海原へと世界が変わった。
「……ふぅ」
当初の目的を果たして満足だ。さ、もう少しこの辺りを散策――
「あ、あは☆ 分かりましたぁ……」
――移動しようとした時だった。
ゾンビの様に、ぬるっと立ち上がった少女は、俺をビシッと指差すと、
「あなたを! 絶対に! ランちゃんの『お兄ちゃん』にして見せますぅ!!」
謎の宣戦布告をされたのだった……。




