4時限目 5兄妹、怪しいメイド
「……そう言えば、マオはどっちになるのかしら?」
「何が?」
「”兄”か”弟”」
王家の間から出て、長い廊下をエルル達と歩いていた。
先陣を切るクルルの後ろに俺とエルル、最後尾をヴァルドという布陣である。
「マオ、歳は幾つ?」
「15」
「あら? じゃあ私の1個上ね」
「前に話したろ」
「そう?」
初めて解体室に行った時だったか……確か話した。
(ま、コイツの事だから、興味無くて覚えて無かったんだろうな)
「じゃあ――私にとって『マオお兄様』って事になるわね」
「ぶっ!?」
うおおおおおッ!? 背筋が一気にぞわっとした!
味わった事のないむず痒さに、思わず背中を掻く。俺が苦しんでいる様子を見て、エルルが面白そうに微笑んだ。
――まるで悪魔の様な微笑みである。
「……なんでそうなる」
「養子に入ったという事は、私達義理の”兄妹”でしょう?」
「”戸籍上は”そうだが……」
敢えて『戸籍上』を強調するも、返って嬉しそうなエルル。やはり悪魔。
ニヤニヤと笑う姿に、俺はブルブルと体を震わせた。
「兄妹だなんて勘弁してくれよ……杯を交わした訳でもねェのに」
「そういう問題?」
「そういう問題なんだよ、俺にとっちゃ」
血の繋がりも大切だが、俺にとっては、契りを交わした関係というのも大切だ。
(まぁ、ある意味では、契りを交わしたと言えなくもないが)
「そんな寂しい事言わないで、マオお兄ちゃん?」
「げぇーーッ!?」
わざとらしく吐く素振りを見せるが、やはりエルルは動じなかった。むしろそういうやり取りを楽しんでいる節がある。
「でも、エルルの言う通り、俺らは兄弟になったんだから。新たな敬称は必要かもね」
「ちょっと、ヴァルドさんまで……」
俺達のやり取りを、呑気に後ろから見ていたヴァルドも、乗っかって来る。
……意外とノリの軽い奴だナ。
「止めてくれ、今更」
「えー、面白いじゃない。私とマオの仲でしょう?」
「はぁ? んだそれ……」
俺とエルルの仲か…。
魔力を分けて貰う契約はしたが、”友達”と言う訳ではない。多分。向こうはそう思ってないだろう。
かと言って、”他人”と言うには距離が近い。他人以上、友達未満みたいな。
――一瞬、『仲間』という単語が浮かんだが、それこそ有り得ない。
(……フン。馬鹿か俺は)
馴染まない。単純にそれだ。
前にピスカやティタに言われたが、俺に仲間なんて言葉は似つかわしくない。
独りでいいとは言わないが、仲間なんて陳腐な括りでカテゴライズして欲しくない。
少し悩み、俺はこう返す――
「――知ってる奴が、いきなり『お兄様』とか言ってきたら変だろ?」
知ってる奴、”知人”。まぁ、俺とエルルは知人だ。それだけ。
「……そう」
俺の何気ない言葉に、エルルが少し寂しげに笑った。
(別に、これでいいだろ……)
良く分からない罪悪感を覚えた気がした。だが、良く分からないから捨て置いていいだろう。
……白けるぜ、まったく。
……。
間違った気が、しないでもない。でも……。
…………。
「……チッ」
……気にしてもしょうがないので、気にせず放置して歩く。
とっとと自分の部屋に戻りたい。自然と早足になっている自分がいる。
(女々しいんだよ一々……! ”硬派”の癖によォ!)
やや乱暴に髪をかき上げる。思考はフラットに、冷静に。
「――という事は、真魚君は俺の”弟”って事になるんだね」
妙に優しい表情のヴァルドが、俺に歩調を合わせ、横並びで話を続ける。
「……そうっすね。戸籍上は」
「やけにそこを強調するね?」
「いや普通するっスよ」
俺みたいな平民代表が、いきなり王族と家族とか……ギャップで風邪ひくわ。
「ははっ。お堅いね、真魚君は」
「硬派スから」
俺の常套句を告げると――なんと、ヴァルドは感心した様に喜んだ。
「! なるほど――硬派ね」
「 !? 」
……え!? 分かるのか!? 硬派が!
しっかりと、両の眼でヴァルドを凝視する。
――見定めなければならない。硬派な漢として。
「……?」
「……!」
言葉を交わさずとも、硬派な漢は目を見りゃ分かる。
本物か、偽物か。俺レベルになると、分かっちまうもんなんだ。
第一、硬派っつーのは、ただの言葉じゃないんだ。様々な意味が含まれた、”言葉”にして”概念の一種”なんだよ。
言葉で理解しようとすんじゃねェ。いや、理解できる訳がねェ。
言葉の中に内包された真の軸を、雰囲気で理解できなきゃ……硬派は向いてねェ。インスピレーションが重要だ。
「……………………」
鑑定士の如く、ヴァルドの瞳のその奥を覗き、反応を見て――理解する。
「宜しく頼んます、兄貴」
「……真魚君!」
この人は、俺の兄貴になってくれる人だ!
「ああ!」
破顔して応えてくれた。俺の左に並び、右腕を肩へ回して来た。
「宜しく、兄弟!」
「ウス!」
俺、結構タッパあるはずだが、ヴァルド兄貴もでけぇな……。
「EPは持ってるかな? 連絡先交換しよう」
「お、いいスね」
覚束ない手で番号を交換し、何時でも連絡出来る体制となった。
「宜しくね」
「こちらこそ」
――改めて、ヴァルド兄貴をしっかりと観察をする。
デカくてイケメンでアースヴァンズ第10席の王子であり――俺の挑むべき最後の壁だ。
(――そして、硬派を理解している人)
俺は生涯の兄貴と出会えたのかもしれない。記念すべき今日の日を、『兄貴記念日』と名付けよう!
(きっしょい事、考えてそうですわね……)
前を歩くクルルが、嫌悪感に満ちた顔で見ていたが、気にしない事にしよう。
……。
…………。
………………。
――部屋へ戻り、暫くして。
(腹減ったな……)
夕食前だが、どうにも腹の虫が治まらない。
恐らく、先程までみっちり勉強をしていたせいだろう。頭を使うと腹が減る。当たり前の事だ。
食堂まで廊下を歩くと、せかせかと走り回るメイドをチラホラ見かける。
――夕食の時間が近いから、その準備だろう。
そんな中、悠然と歩く俺はとんでもなく場違い感がある。しかし、空腹は恥をも超える欲求だ。
(流石につまみ食いをしたら怒られるだろうか……)
小坊が、晩御飯前に台所へこっそり侵入し、バレない様におかずをパクる心境の元、歩を進める。
「……ん?」
腹を摩りながら歩くこと暫し、下への階段に差し掛かったところで……視線を感じた。
悲しいかな、番長時代の名残で、人の視線には敏感なんだ。いつ喧嘩を売られるか警戒する必要があったからな。
視線は背後からである。善意か悪意か、どうかは分からない。
(……いや。善意だったら、後ろから睨む必要もねぇわな)
自慢じゃないが、敵は作る事があっても、味方を作る事なんてそうそう無い。
……本当に自慢じゃないな。
(一気に振り返って、その面を拝むとするか……)
階段を降りたところで、予備動作無しで振り返ってやろうじゃないか。
(3……)
脳内でカウントダウンを始める。不審な動きは一切見せない様心がける。
(2……)
ま、大方ピスカかピウだろう。この城において、危険な敵が紛れ込んでいるとは思えない。どうせ悪戯目的だろう。
(1……)
かと言って、早々にやられる俺じゃねぇ。偶には俺もやり返したい。
(……0 !! )
―― 一気に振り返る。視線の主はきっと階段の途中にいるはずだ!
「……っ!」
「……あ?」
確かに、俺を注視していた人物がいた。しかしそれは、予想していた人物達では無かった。
「あ、え、えーと……」
おかっぱのメイドである。丸っこい耳に猿の尻尾のワーグ族メイド。……見た事あるな。名前は確か――
「……ハッカ?」
そんな名前だったよナ? なんか一回、変なアイドルの動画を見ていた時に来た、新人の子だ。
「……! あ、ああはい。マオ様がご存じだったとは……光栄です」
正解だった様で、礼儀正しくペコリとお辞儀した。俺の元へと、テンポ良く駆け降りて来る。
「そういう君も、俺の事を知っている様じゃないか」
「あ、わたしは偶々、ティタ先輩とモイナ先輩が喋っているのを耳にしたので……」
「ティタとモイナが?」
「あ、はい」
……。
え、ちょっと気になる。あの2人、俺の何の話をしていたのやら。
(……ま、いいか)
どうせ碌な事じゃないだろうし、徒に情報を頭へ入れる必要はないだろう。
「……で?」
「? 『で?』とは……?」
不思議そうに首を傾げるハッカ。特に不自然さのない動作だが……。
「いや……君、俺にガン付けてなかったか?」
単刀直入に聞く事としよう。お城のメイドさん相手に、回りくどい事をしてもなぁ。
俺の問いかけの意味が、理解出来ていない模様。ぽかんと口を開けている。
「あ、え……? 『ガン付ける』って?」
「ああ、ほら。威嚇っつーか、俺の事ジッと睨んでなかった?」
実際はジトーーーーッと、だが。
パンピー向けに分かりやすく翻訳した事で、漸く理解し、狼狽えながら手を横に振った。
「え……あ! に、睨んでないですないです!」
「ホントか? なんか背後から視線感じたんだが、君しかいなかったよな?」
「あ、はい。わたししかいませんでしたが……」
「……」
「! い、いや! ち、違います! わたしなんかがマオ様を睨むだなんてとても! むしろ――」
何か続きの言葉を言おうとして、慌てて口を噤んだ。
「 ?? むしろ?」
「え、あっ!? いや――」
俺が聞き返すと、途端にしどろもどろになって濁し始めた。
なんか怪しいな、このメイド……。糸目キャラレベルで怪しい。
「むしろ、何だよ? 睨んでいた他に理由でもあるのか?」
問い詰める。俺より大分背の低いハッカへ、中腰になって顔を近づける。
「――!!」
直ぐに目を逸らすハッカ。顔は一気に熱を帯びていく。
これは……何か疚しい理由があるに違いない!
「君……一体――」
「――な、なんでもないです! 失礼します!」
「えっ」
顔を赤らめ、頬を抑えながら駆け足で去って行ってしまった。と言うか、ほぼ全力疾走だった。
「えー……」
何だったんだよ……。
1人取り残されてしまった。それも、消化不良のままである。
「……何か萎えたわ」
後ろ髪をガシガシと乱暴に掻く。
結局、言いようのない感情を抱えたまま、俺は戻る事にした。
腹が減っていたはずだが、それもどうでもいい程に、テンションが爆下げだ。
(それにしても……)
確かに向けられていた視線。俺が振り返った瞬間感じたのは――
(強烈な敵意、だったナ)
今後、ハッカが俺に対して、何故敵意を持っていたのか……疑いながら過ごす事となるだろう。