第3話 飛鳥の意志
――『勇者パーティ』とは何か。
……その前に、知っておかなければならないことがある。
この世界ディメヴィアでは、魔法の発展と同時に、良くないものが蔓延っていた。
それは天災とも呼べる邪悪、悪の権化、人々に対する脅威――。
奇跡の具現化である『魔法』の反作用――絶望の具現化、世界の塵。
――『界塵』。
黒い塵で出来た界塵は、ディメヴィアでは見られぬ異形の姿をしており、意思を持たず、ただただ人の魂を貪り喰らう。ただそこに人の魂があるから喰う、シンプルな本能のままに動く。
人は奴らにとって、ただのエサである。
更に、奴らは群れる。群れて、大きな塊となり、いつしか国となり、『界団』と、呼ばれるようになった。
魔法の反作用と言われるだけあり、魔法が効きづらく、対処も難しい。ディメヴィアの人では、高濃度の魔力で直接かき消す他ない。
……そう、ディメヴィア人であれば。
「飛鳥君、真魚君のような異世界の人間――特に天花市の人間ならば、界塵に対して『特効』を持っていることが判明しているのです。中でも強力な特効を持っている者を招き、勇者として迎え入れる……」
――フィリル王妃の話に、俺は飛鳥とウルルと出会った時のことを思い出していた。
あれは、飛鳥をディメヴィアへ招き入れる儀式だったということだ。そこへ偶々俺が紛れ込んでしまったというだけのこと。
「即ち、勇者パーティとは、天花市より招いた勇者を中心とした、界塵及び界団討伐組織のことなのです」
流暢な説明に、もしかしたら全く同じことを飛鳥にも話していたのかもしれない、と思った。
「界団は大きな国と化しています。アーキュリアだけでなく、各国から強い戦士が集まり大組織となってはいますが、アレを倒すには勇者の力がどうしても必要なのです」
「国レベルの敵、か。他の国も勇者を召喚しているんスか?」
「いえ、アーキュリアだけです。正しくは、アーキュリアの王族である『メルン王家』にしか出来ません」
メルン王家……フィリル王妃とウルルの名の中に入っている『メルン』という単語。つまり2人がそのメルン王家に該当するのだろう。
まあ、見た目からして煌びやかな2人だ。王族と言われても納得する。
不意にウルルと目が合うと、どこか誇らしげである。
「2人がその王家ってことだナ?」
「そうです。こう見えてそうなんです」
「いや……そうとしか見えないけどな」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいですね!」
世辞じゃない本心を話すと、やはり誇らしげに微笑むウルル。
「アーキュリアを建国し統べるメルン王家のみに受け継がれる魔法――『運命の糸』。それを用いて天花市へ赴き、1番強力な特効を持つ勇者を選定し招く……それが私の役目でした」
「そうそう。いきなりウルルが来たときはビックリしたよー」
「アスカが1番素質を持っていたので」
「なんかそうみたいだね。自分じゃ分からないけど」
他人事の様に語る飛鳥。言葉がどこかフワフワしている気がする。
危機感? 覚悟? そう言ったものが希薄に感じるが……大丈夫だろうか?
……人の心配できる立場じゃないが。
「勇者は他にいるのか?」
「いませんね。アスカが5代目勇者となるので、真魚様は6代目勇者ですね」
「フン、俺も勇者の仲間入りか……」
「こちらに来た天花市の人は、そう呼ばれます」
裏を返せば、今まで、天花市市民4人がこっちに来たということになる。
過去4人が来ていると言うのに……俺と飛鳥の他に、勇者はいないという事実の意味――。
……チッ、聞かざるを得ないか。
「――今までの勇者はどうなった?」
聞くならストレートに、だ。硬派は遠慮というモノをあまり知らない。
俺の問いに……ウルルは少し顔を曇らせた。
「ええと……」
言いにくい事でもあるのだろうか。口籠り、しばし沈黙。気まずい空気が流れだす。
空気を読まない俺にとっては、気まずさなどどうでも良かった。
状況によっては敢えて読まない方が良い。気を配るのは美徳だが、それだけでは事態が動かない場合もあるのだ。
――数十秒か、数分か。
やがてウルルが答える前に、王妃が口を開いた。
「初代から3代目までは……界塵にやられてしまったと、聞いています。4代目については、化ける魔法を使って逃走してしまったため行方不明です」
「 !? 」「!」
予想よりも遥かに悪い結果に、俺と飛鳥は軽く動揺した。
「私が関わったのは3代目、4代目……そして飛鳥君、真魚君です」
「そうか……。4代目は未だ見つからないのか?」
「ええ。突然、全てを投げ出し逃げてしまったのです」
目を伏せる王妃。4代目に思いを馳せているのか、その感情は読み取れない。
「見つかるといいね」
「ああ」
然程動揺していない飛鳥。界塵の脅威を知ってもなお、揺らがず崩れない。
自暴自棄になっている訳でもないだろう。何故そこまで、平気でいられるのだろうか――。
「飛鳥は、1番素質を持っているんだよな」
「あ、うん。そうだね」
「今の話を聞いても、勇者になりたいか?」
「うん!」
即答、であった。流石の俺も、ポーカーフェイスから驚きの表情へと歪む。
「……死ぬかもしれないぞ?」
「だとしても。まー、異世界に行ける機会ってこの先一生ないだろうしね」
……軽いな、君。ウルル的にはその方が連れて来やすいだろうが。
俺が訝しげな表情で見ていることに気付いたのか、飛鳥は笑顔で答える。
「そりゃ最初は悩んだよ。ただ異世界行くわけじゃないしさ。何か良く分からん敵と戦わなきゃいけないじゃん? 僕喧嘩とかもしたことないし」
「だろうな」
桐第一高校って、頭良い奴が行くところだしな。
「今も僕らの先輩とも言える勇者が殺されたって聞いて、超ビビったよね」
「そうは見えないが?」
「あれー、そう? 内心ガクブルだよね」
飛鳥はどこにでもいる普通の少年だ。中肉中背。鍛えている様子もなく、穢れを知らなそうだと思うくらい澄んでいる。
しかし――
「それでも、僕が力になれるならと思ったんだ」
「……!?」
覚悟の灯っている瞳である。他人のためなら自分すら犠牲に出来る。そういう奴の目だ。
俺は知っている。そう言う奴ほど強く、御しにくい。自己犠牲を厭わない狂犬タイプは、天花葵高校の不良に多かった気がする。
「僕が1番素質持ってるっていうならさ……例え怖くとも、帰れなくとも、力になりたいじゃん。多分、それが僕の役割だと思うんだ」
だから言葉が軽かったのだ。自分自身すら他人事のように扱える。この世界のために戦う覚悟を感じる。
感服し、息が漏れた。彼こそまさに勇者だ。
「……君は凄いな」
「そうかな? そうでもないと思うよ、真魚君と比べたらさ」
「俺……?」
俺に視線が注がれる。どこか恐れを抱いているような表情――。
「……フン。流石に知ってるか」
これも知っている。こういう視線をついさっきまで、受けてきたところだ。
「そうなのですか?」
王妃とウルルも食いつく。
どうやら俺の評判は、飛鳥へ既に知れ渡っていたようだ。
「知ってるも何も、有名じゃん! ボケ高の『終末戦争』の覇者、1年して『ボケ高番長』、でしょ?」
今度は俺が、他人事の様に飛鳥の言葉を聞いていた。
……。
…………。
………………。
――王家の間より地下1階。この城に勤める従者達が慌ただしく動いていた。
先程勇者パーティ候補同士の顔合わせが終わり、その片付けにてんてこ舞いである。大きな『調理室』では悲鳴のような声も上がっている。
皆メイド服に身を包む女性ばかりであり、”メイドの世界”と化している。
そんな中、従者の中でも新参の従者が研修を行う『メイド室』では、1人のメイドが準備をしていた。
「うぅ~、緊張しますぅ……」
仄かに暗い室内で、身だしなみを整えている少女。フサフサの尻尾が不安げに揺れている。
「は、初めまして。よろしゅく……うぅ、噛んじゃいました」
挨拶の練習をしているようで、先程から成果が芳しくない。
「初めが肝心、初めが肝心」
呪文のように唱え、自らプレッシャーを与えていくスタイル。追い込みの極致。
「そろそろ時間ですね……」
壁にかかった時計を見て、少女は上へと向かった。期待と緊張を含むその表情は、やがて照明に照らされていった。
……。
…………。
………………。
「番長だったのですか、真魚様は!」
驚きと関心の入り混じるウルル。対して王妃は、キョトンとしている。
「……好きでなった訳じゃないぞ?」
「でもでも、凄い事ですよね、番長って!」
「まぁ、ボケ高のトップってことにはなるな」
「トップ! じゃあやっぱり凄い事ですよ、番長! 私もなってみたいです!」
「……」
あんまないけどな、番長に食いつくことって。
「番長になると誰殴ってもいいんですよね?」
「良い訳あるか! なんだその世紀末な世界は!?」
「でも実際『終末戦争』中はそんな感じでしょ?」
「まぁな」
「じゃあ同じ事じゃないですか!」
「ウルルの言い方だと語弊があると思うぞ?」
番長を何だと思ってやがるんだこの姫様は……。
「偶々倒したい奴がいて、そいつ目指すうちにテッペン取ってたってだけだ。番長なんて座に興味はない」
「へぇ~そうなんだ。ドラマチックだね」
「どこがだよ。ただの喧嘩にドラマもねーだろ」
「僕にとっては縁のない世界だからさ。そう言う”漢の戦い”って憧れるけどなー」
皆、不良マンガの見過ぎだ。実際の喧嘩なんて、素行不良のクソガキ同士ただただ殴り合うだけなのだ。そこにドラマも、感動もない。
あるのは――意志。目の前の敵を倒すという、単純で原始的な意志だけだ。
そもそもの話、不良に憧れるもんじゃない。不良より、善良の方が良いに決まっている。
「番長は偶々だ。それ以上も以下もない」
「だからいいんじゃん」
「何が」
「勇者パーティ!」
!? ……そう繋がる訳か。
突拍子もない言葉だったが、意味を理解した。
俺は息を吐いて、前髪をかき上げた。
「そんだけ喧嘩慣れしてるんならさ、一緒にやろうよ悪者退治。真魚君にも素質はあるはずだし。勇者パーティなら冒険に出る訳だから、そしたらこの世界の事も知れるよね? ウルルも一緒だし、ウルル自身恩を返せる」
「! それ、いい考えです! さすがアスカ!」
「でっしょー!」
盛り上がる飛鳥とウルル。成り行きを見守る王妃。
……勇者パーティに入る流れになっている。
「ほら、一石二鳥だね?」
満面の笑みに、邪気すら払われるような爽やかさ。どこまでもまっさらなのかもしれない。
「さっき勇者の話聞いただろ? 死ぬかもって分かっただろ? そんなところに俺を誘うのか?」
「真魚君なら大丈夫! 多分!」
「……分かった。君は軽いんじゃなくてただ純粋なんだな」
「その心は?」
「馬鹿」
言うねぇ~! と燥ぐ飛鳥。何も考えず、本心だけで喋っているのだろう。それがようやく分かった。
まぁ、分かったところでどうもないが。
「あの、どうされますか?」
期待の表情を浮かべるウルルに、選択を促される。隣で同じく期待している飛鳥。
どうするって? そりゃあ決まっている。
「断る」
――俺は勇者パーティ入りを断った。




