エピローグ 『アーキュリア界塵討伐会議』
「――ヒリュダです。失礼します」
普段より何倍も畏まり、ヒリュダが入ったのは、国の中枢の人物しか入れない『国議の間』。
――決して、大きく広い部屋ではない。
『王家の間』程ではないが、重苦しい扉の先には、中心に長方形の細長い机と椅子があり、位の高い人達は奥の方に座っている。
無論、王家が奥であり、その次に各長が腰を下ろすこととなっている。
ヒリュダはヴァルヴァラ騎士団のヴァルキューレ第1席ではあったが、末席となっている。席次としては、12番目となっている。
「……おう、ヒリュダ。息災か?」
末席であるヒリュダは、会議の1時間前から入り、上の方々を待つ事にしようと早く入ったが、ヒリュダよりも先に入っていた人が居た。
国議の間に入って直ぐ右の席――ヒリュダからすると、左斜めの席に座っているぶっきらぼうな男に声をかけられた。
全体的に”ロックな格好”をしている。
レザージャケットにレザーパンツ。首元にはモフモフのファーが巻き付けられている。
ロックなのは、格好だけではない。
あろうことか、机に両足を投げ出し、堂々と煙草をふかしている。吹きかけられた煙に顔を顰めながらも、ヒリュダは再び畏まる。
「……お久しぶりです、『シキ』様。私は元気です」
「はぁん。ちっとも元気には見えないがな。ロックが足りねぇな」
「はぁ……」
自分から聞いておいて興味無さそうに、煙を吐き出す。
”ロックが足りない”……まるで真魚の言う『硬派』の様で、一瞬笑いそうになったが、我慢した。
シキは、煙草を机へ押し付け火を消すと、ポケットから携帯灰皿を取り出した。
「灰皿ぐれぇ用意しろってんだ……なぁ?」
「私に同意を求められても困りますが」
「つまんねぇ事言うなよな。……見ろよヒリュダ。俺はちゃんとしてっからよぉ、こうやって携帯灰皿を用意してんだぜ?」
「……そうですね」
その前に、机に火を押し付けて消すのはどうなのだろうか? と思ったが、口にするのも憚られたので、ゆっくり飲み込んだ。
「つーか遅ぇな、上の連中は。何し腐ってんだか」
「まだ始まるまで1時間ありますから、遅い訳ではないのでは――」
「いつまで俺を待たせるんだってな。なぁ?」
ヒリュダの言っている事を聞いていないのか……再び煙草に火を点け、煙を吐き出す。
「……」
最早口を閉ざす他あるまい。『この男とは、会話をしても無駄である』とヒリュダはつくづく思う。
「あ~あ、この国もいよいよ終わりだな」
「! ……何て事を言うのですか!」
流石のヒリュダも黙れなかった。あろうことか、国の中枢人物であるはずのシキが、そんな事を軽々しく発言したのである。
「だって灰皿もねぇんだぜ? 喫煙者に死ねっつってんのかよ! なぁ?」
「……」
口を開かなければ良かった、と後悔するヒリュダ。
「つーかよぉー、最近味落ちてねぇか? 吸っててあんまこないんだよなー」
「知りません。分からないです」
「だからよぉ、あまりにこねぇときはよぉ、俺は2本同時に吸うんだぜ。どう思う? なぁ?」
「……」
早く皆来て! そう思わずにはいられない、ヒリュダであった。
……。
…………。
………………。
開始20分前にまでなると、ポツポツと、主要メンバーが揃い始めた。
「……随分と早いな」
厳格そうな表情で入って来たのは、アーキュリアの運営・統率を行う『国議院』の代表、総議長の『スレイ・ル・グラフィニール』だ。
寡黙で渋いお爺さんである。髪はないが、立派な白髭を蓄えている。
「おーう、スレイ爺さん。相変わらずロックな髭だな!」
もう何本目か分からない煙草をふかしながら、気軽に声をかけるシキ。
「……」
そんなシキには目もくれず。
携帯灰皿に入りきらず、机の上へ山盛りになっている煙草の吸殻を見て、一言。
「……吸い殻の山」
(……え、それだけ!?)
特に注意することもなく、奥の席へと座った。
ヒリュダの心の中の突っ込みが、虚しく胸の中で反響するのみ。
「……ぐー」
(寝てるし!)
椅子へ座るや否や、リクライニングにして、眠り始めてしまった。
そんなスレイの様子を見て、悪戯めいた表情で笑うシキ。
「なぁ、寝てる爺さんのおでこに、煙草押し付けたらどうなっかな?」
「絶対に止めてください」
悪魔か?
「冗談だよ。そんな冷めた目で見んなよな」
貴方の場合、冗談に聞こえないのですよ、と心の中だけで返答しておいた。
――15分前。ドタドタと慌ただしく廊下を歩く音が聞こえる。
「! むっ!」
入るなり、顔を歪めたのは、各種族たちの代表の組織『種族院』の代表、『ハーピー族』の種族長『スウィーチ・ウィザーナ』であった。
初老の男性である。立派な七三分けに鋭い眼光。ハーピー族の特徴である、背中の赤い両翼が目に映える。
咄嗟に羽で顔を覆い、煙の元であるシキを睨みつけた。
「……いつからここは燻製室になったのだ?」
「んだよ、挨拶だな鳥オジサン」
「! 貴様、言葉が過ぎるぞ!」
「別に禁煙って訳でもねぇだろうがよぉー」
再び美味しそうに煙草を吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
「……貴様は遠くへ飛ばされていたから知らないだろうが、とっくに禁煙になっているのだよ!」
「はぁん。それは知らなかったぜ」
見せびらかす様にして、煙草の火を机に押し付けると、スウィーチを馬鹿にするように笑った。
「俺は聞かされてねぇからなぁー。禁煙とか知らねぇから。だから吸う」
「! き、きさ、貴様~!」
「^^」
「その顔止めろ!」
うわぁ、凄い煽るなぁ、と遠巻きに眺めるヒリュダ。
「はぁー! 煙草! うめぇなぁ!」
「屈伸で煽るな!」
ガミガミ怒っていたが、やがて時間の無駄だと分かったのか、鼻息荒くして自分の椅子へと座った。
そして、座るなり項垂れた。
「……何でこんな奴がここにいるのだ……」
同感です。
――10分前。
国教『リヴェーチェ教』を取り仕切る聖司長『ノッツ・ル・リドゥルエッダ』がやって来る。
「……煙たっ」
細身の老人である。煌びやかな祭服に身を包んでおり、糸目が特徴的である。
「おーす、エセ神父! ご無沙汰だな!」
「……シキ君か。久しぶりだね、いつ以来だい?」
「おめぇんとこの教会で会ったぶりじゃねぇか?」
「……うちに来た事、あったかな?」
「……そういやねぇな! ぶはははは!」
ゴホゴホと、煙草の煙に咽ながら、シキへと歩み寄る。
「こんなに吸って……体に良くないよ?」
「こんなうめぇモンが、体に悪い訳ねぇだろ?」
「実際悪いのだけど……」
「無駄ですぞ、聖司長殿」
諭そうとするノッツへ、諦めた表情のスウィーチが、声をかける。
「この阿呆には、何を言っても分からないのです」
「阿呆はおめぇだろ、アホウドリ」
「! ぎっ! きさっ――」
怒りの余り立ち上がったが、机に膝をぶつけ、悶絶してしまうスウィーチ。
「~~~~っ!」
「ぶはは! 罰当たってんじゃねぇかよ! なぁ、ヒリュダ!」
こっちに振らないで欲しい……と、ヒリュダはそっぽを向いて無視をする。
「……良くないよ、シキ君。人の不幸を笑ってはいけないよ?」
「はぁん? 芸人がお笑いやってんだから、笑うのは当たり前だろ?」
「誰がっ……! 芸人だっ!」
必死に膝を摩りながら反発するスウィーチ。目の隅には、痛みの余り涙が溜まっている。
「つーかよぉ、さっきからウゼぇよ。まるで諭してくる神父みたいだぜ?」
(実際神父です。似非じゃありませんから)
ヒリュダは突っ込むが、無論口にはしない。
「全く。子供みたいですよ、シキ君」
「そう言うならよぉ、お前は怪しいんだよエセ神父!」
「怪しい?」
ノッツが不思議そうにしていると、シキは声を高らかに言い放つ。
「糸目な奴は、大体裏切りモンじゃねぇか!」
(……まぁ、そういう作品もありますが)
確かに。ちょっとだけだが、ノッツには怪しげな雰囲気があった。
シキの言う事に一瞬納得しかけた自分を、人を外見で判断してはならないと、恥じるヒリュダ。
「……糸目の事は、凄く気にしているのに……」
あれだけ優しかったノッツの目に涙。本人のコンプレックスだった様だ。
それから口を出す事もなく、自分の席へと座り、がっくりと項垂れた。
(可哀想に……)
「はぁー、会議はまだかよー、なぁ?」
「「……………………」」
(最悪の空気……!)
よくもまぁ……こんなにも、敵を作るのに長けているのだろうか、この人は。
「つーかよぉ、どいつもこいつもしけた顔だなオイ」
(貴方のせいだ!)
声を大にして言いたい気持ちを、我慢する他なかった……。
……。
…………。
………………。
――会議の時間となった。
『アーキュリア界塵討伐会議』。国の主要人物でのみ行われている、界塵討伐の為の会議である。
「――メルン王家、ご入室です」
スレイの合図と共に、王家の面々が入って来る。
先頭をフィリル王妃、次にエルル第2王女、クルル第3王女と続く。
そして最後に、国を統べる王、『ヴォーディン国王』が入った。
威厳が、そのまま人になったかの様であった。
顔付きは厳しく、体格はガッチリとしている。肩で風を切って歩く姿は、まるで巨人が街々を闊歩している光景が想起された。
その堂々たるや、『歩く威厳』と、評される程である。
最奥の、出入り扉と対面になる位置に国王が座る。
国王の右斜めに王妃、左斜めにエルルと、偉い順に右、左と座る形になる。
(おや……?)
王妃とエルルの間に空席は2つある。国王の左斜めと、王妃から見て右の席である。
ヒリュダが違和感を覚え、何なのか形にする前に、国王から発言が出た。
「第1王子であるヴァルドは、今別件で動いている。今回は不参加だ」
なるほど、そう言う事かと理解した。
本来ならば、国王が最奥で、右斜めに王妃、左斜めにヴァルドが座る事になっている。
それから順番に、ウルル、エルル、クルル、スレイ、ノッツ、スウィーチという席次になっている――
(……まただ)
よく見ると、ノッツの右隣も空いている。
(誰が遅刻しているのだろうか……ああ、貴族長か)
国中の貴族達の代表、貴族長。
貴族の中でも一際権力を持っている者しかなれない貴族長の座。その貴族長が、来ていない様だった。
「……貴族長は遅刻か」
苛立っている様子もなく、淡々と述べる国王だが、重低音の声と、言葉の圧が、本能的に恐怖を感じてしまう。
「総議長、始めてくれ」
「……畏まりました」
先程まで寝ていたスレイも、流石に起きている。むしろ、眼光が開いている。
会議の資料を全員に配り、1つ咳ばらいをしてから話始める。
「――では、これよりアーキュリア界塵討伐会議を始めさせて頂きます」
スレイの言葉により、会議が始まった。
依然として、横柄な態度であるシキだが、会議に対しては真面目である。渡された資料にじっくりと目を通している。
「今この場にはおりませんが……貴族長が運営しております情報屋組織『第3の客人』によりますと、目撃された界塵は数10万。被害総額は凡そ2億R程度とされておりますが――」
落ち着いた態度で読み上げていくスレイ。死亡者や怪我人の読み上げの際には、申し訳そうに顔を曇らせる王妃。
被害状況、被害報告は相当なものであった――。
界塵の脅威が、改めて身に染みる面々。護るべき大切な国民が被害に遭っている……その現実に心を痛める。
「今回の界塵襲来を――『百鬼夜行』とさせて頂きますが、5代目勇者様からの伝言によりますと、首謀者らしき界塵が3体、おられるとの事です――」
「総議長。界塵ではなく世王界では?」
手を上げて、訂正を要求するスウィーチ。生真面目で几帳面な彼は、些細な言葉の言い間違いも気になる性格だった。
「おっと……そうでした、失礼。首謀者らしき世王界が3体、おられるとの事です」
言い直し、指定の資料を見る様促す。
ヒリュダも、指示に従って、とある資料を熟読する。
「今回発見されたのは、その内の2体だと思われます。1体は……19日、拳闘大会会場から出現した『九尾の狐』の姿を模した世王界。『九尾の世王界』です」
ヒリュダは、あの日空を飛んで城へと侵入する、九尾の世王界の姿を思い返す。
(あれだけの大物を、良く倒されましたね……真魚様)
この場にはいない、学ランの少年を、改めて称賛したいと思うヒリュダ。
未曽有の状況の中、わが身も顧みず、他人の為に力を尽くすというのは、中々出来ない事である。
しかし彼は、誰よりも真っ先に、界塵へと立ち向かっていった。
蛮勇……そう思う者もいるかもしれないが、ヒリュダは、そういう彼の勇気のある行動に敬意を払い、自らもそうありたいの願うのであった。
「九尾の世王界におきましては、6代目勇者様とエルル第2王女、他2名によって、討伐されたと報告されております」
「はぁん。これマジか、エルル?」
シキは僅かながらも驚き、思わずエルルの方へ確認を取る。
「ええ。その通りです」
「はぁ、やるじゃねぇか。6代目って言えばよぉ、”パーティ入り断った”って聞いてたからなぁ。臆病な奴だと思っていたぜ?」
「まさか。彼は本気で国を護る為に、国の事を知り、向き合う努力をしています。成り行きで……中途半端に関わるのが嫌だからと、パーティ入りを断ったそうです」
エルルの言葉に、ほぅと感心の吐息を漏らすスウィーチ。ノッツも、嬉しそうに目を細めている。
「んーだよ。中々やれそうな奴じゃねぇか」
「シキさんの言う、”ロック”でしょうか?」
「いい感じにロックだな。会いたくなったぜ!」
ぶはははは! と豪快に笑うシキを見て、ヒリュダはつい、今後の真魚を憂いてしまった。
「……話を戻します。九尾の世王界との戦闘後、戦地を調査したのですが、敵が所持していたと思われる、『異剣』を回収しました」
「異剣?」
スウィーチが聞き返すと、スレイは足元に置いていた、錠のかかった重厚な箱の中から、異質な短剣を取り出した。
漆黒に彩られた短剣であるが、ずっと見ていると引き込まれてしまう様な、明らかに異常な短剣である。
物珍しそうに皆が観察をする。その中で、シキが鼻を鳴らした。
「いけ好かねぇ剣だな。まるで魔剣みたいだな」
シキの発言に、今まで黙って会議を見ていた国王が口を開いた。
「――恐らく、『魔剣の複製剣』だと思われる」
「複製剣……ダミーか?」
「ダミーと言うには、少々強力だがな」
そう言って、異剣を仕舞う様指示をする。
「聖剣や魔剣が誕生した頃だ……その頃に、類似品が沢山出回ったという記録がある」
「後追いで似たような武器を作りたかった、と?」
スウィーチの投げかけに、国王は頷く。
「第2第3の聖剣・魔剣を作りたかったのだろう。その結果、市場は類似品で溢れかえった」
「だからこんなにも、邪悪で禍々しいのですね……」
ノッツの言葉に、同意しかないヒリュダ。
実物の魔剣を見た事はないが、魔剣に似せてアレだとしたならば、実物はどれだけ悍ましい物なのだろうか。
(考えたくはないが……考えてしまう)
人は、闇を恐れるが、闇に飲まれやすいものだ。
「そして、これは憶測なのですが……この異剣は、セシオーリア家の宝剣と類似している様なのです」
「! セシオーリアと言うと……あの孤児院のですか」
「確か、今現在、御令嬢であるクズメ様が行方不明だとかで、貴族の間で騒動になっていましたぞ」
「そうすると……この異剣を巡り、九尾の世王界と御令嬢の間で何かあったのかもしれないと?」
「……確定は、出来ませんが」
重苦しく頷くスレイ。スウィーチとノッツは顔を見合わせ、ついつい悪い想像をして、顔を曇らせた。
九尾と殺り合って無事でいられる方が、オカシイと思える程だ。
「拳闘大会で言うと、優勝したライフ選手、準優勝のオンミジ選手が殺されていたと聞きましたな。ライフ選手に至っては、堕落者となっていたそうではありませんか」
「九尾の世王界が現れた場所ですから、九尾にやられてしまったと考えざるを得ませんね……」
ヒリュダにも聞き覚えのある話であった。
何しろ、ライフはその道の人で有名だったからである。メディアへの出演もあり、人気者だったのだ。
(そうか……九尾に……)
熱狂なファンと言う訳ではない。だが、良く知る有名な人が殺されるというのは……酷く心がざわついた。
「クズメ様の件ですが、堕落者となってしまわれたクズメ様が発見された訳ではありません。この件に関しましては、セシオーリア家と連携を取りつつ、この異剣の正体と、御令嬢の行方を捜す方向で進めております」
願わくば、良い結果で終わって欲しいものだと、ヒリュダは祈る他なかった。
……。
…………。
………………。
一度、休憩をはさむ事となった。
各々、思い思いの行動を取る中、エルルとクルルが、ヒリュダの元へとやって来た。
「お疲れ様。中々、ヘビーな話だったわね」
「お疲れ様です、エルル様、クルル様」
「しょうがないですわ、エルルお姉様。状況が状況ですもの」
クルルが思わず溜息をつく。吐きたくなる気持ちは、良く分かる。
「そう言えば……ヒリュダはマオと行動していたのよね。どうだった?」
エルルの何気ない言葉だったが……ヒリュダは目をぱぁっと輝かせた。
「真魚様は勇敢でした。人を救うために、自ら危険地帯へ飛び込んで……私もああなりたいものです」
「……そう。ふふっ!」
普段クールな少女が嬉しそうに話す様を見て、エルルもつい嬉しくなってしまった。
それがこと”マオの事”となれば猶更だ。
「……ふーん。あの”ニート”にしては、多少はやりますわね」
犬猿の仲である真魚が良く言われるのは、何故だか素直に認められないクルルである。
「――はぁん。やっぱいい感じに”ロック”じゃねぇか」
話を聞いていたのか、左斜めから割り込んでくるシキ。
ニタニタと、気味の悪い笑みを浮かべている。こういう場合、碌な事が無いと、ヒリュダは思った。
「ちょっとシキさん。今わたくし達が話しておりますの。横から邪魔しないで頂けるかしら?」
「固ぇ事言うなよなー。……そういやクルル、お前少し、おっぱい大きくなったんじゃねぇか?」
「!? ホンット! コイツはデリカシーが無いですわね!?」
(無いわね……)(うわぁ……)
エルルもヒリュダもドン引く中、シキが煙草に火を点ける。
「なぁ、揉ませてくれよ。金払うからさぁ」
「死ねッ!!!!」
怒りが有頂天になったクルルは、顔を真っ赤にしてその場から去って行った。
手を出さないだけ有難いと思え、とヒリュダは思わずにはいられなかった。
「あ、エルルが代わりに揉ませてくれてもいいぜ?」
「遠慮しておくわ」
「そうか」
すげなく返されたが、特に気にしていないシキは、煙を肺にたっぷりと溜め込み、ゆっくり長く吐いた。
何と言うか……時代に逆行している人だなと、別の意味で感心すらしてしまう。
ヒリュダが何気なくシキを見ていると、突然シキは意地悪な笑みを浮かべた。
「――それでヒリュダ。お前、その勇者の事、好きなのか?」
「! は、はぁ?」
思わぬ所から思わぬ事を突かれ、思わず上擦った声を出すヒリュダ。
「はぁん。いっつもバカ真面目なヒリュダが面白い反応してんな! こりゃマジっぽいぞ!」
「は、はははははぁ!? 何を言い出すのですか!? 貴方は!?」
「ぶははは! こりゃー傑作だぜ! ぶはは!」
腹の底から笑い、煙が充満していく。そんな中でも分かる程、ヒリュダの顔は赤く染まっていた。
「ち、違いますから。私は確かに、真魚様を尊敬しておりますが……それがこう……恋とか……そう言う訳では、無いと」
「たどたどしいんだよお前! わっかりやすっ! ガキの恋愛かよ!」
「~~~~~~~~ッ!」
(何なんですかこの人!? 本当に! 本当に!!)
「し、失礼しますから!」
「おう! 勝手に失礼していけー」
ヒリュダの脳内はグルグルとらせん構造の様に捻じ曲がり、居ても立ってもいられず、その場から脱出した。
……………………。
「「……」」
とうとうこの場には、エルルとシキだけが取り残される事となってしまった。
「……程々にね?」
「何がだよ?」
「今のよ。最初から、最後まで」
「俺は悪くねぇぞ。思った事をそんまま言ってるだけだからなぁ?」
「それを、程々にって事よ」
エルルの有難い忠告だったが、耳を貸すつもりもない様で、煙草を嗜むのに精一杯な様子である。
「2人も女を赤面させてしまったぜ……こいつは罪深ぇ……ロックだな、なぁ?」
「違うわ。ただの”変態”よ」
「ロックはロックでも『エロック』ってか? ぶはははは!」
「……はぁ」
呆れて声も出ず、溜息だけが出るのであった。
……。
…………。
………………。
休憩が終わり、再び集まる面々。
ヒリュダも頭を冷やし、何とか戻って来れた。
その中に――
「いやぁー、すいませんね皆さん! ちょっと急な”聞き取り”が入っちゃったもんですから!」
貴族長、『アーリィ・ル・アルンティーネ』が遅ればせながらの参加となった。
陽気な若者である。
多少着崩れしたスーツ姿に、綺麗にセットされた赤茶髪を靡かせる。”イケメン”と名高い青年である。
しかしながら、若さに似合わず、貴族長の地位に就いているという事は……家柄が素晴らしく、中々のやり手という事に他ならない。
「おいおい、遅ぇぞ七光りぃ。おめぇ、お偉方待たせてどういう了見なんだよ、なぁ?」
(貴方はそう言える立場じゃないでしょうに……)
立場的に、シキの方が下なのだというのに……どちらにしろ、口を閉ざしているヒリュダには、忠告する気もなかった。
シキの野次に対し、眉間に手を当て悩むようなポーズを取るアーリィ。多少、芝居がかっている。
「確かに、申し訳ない事をしました……しかし! ちょっと興味深い話を聞きまして」
そう言うと、用意していたらしい新しい資料を、皆に配って行った。
「界塵が襲撃してきた日にですね、一部で妙な事態が発生していたみたいなんです」
「……体の操り?」
資料を見て、開口一番に疑問を呟くスウィーチ。
皆が同じ様に疑問を持ったところで、アーリィが補足説明を始める。
「どうも、一部のヴァルヴァラ騎士団員に、勝手に体を操られる事態が発生したらしいのです。詳細はお配りした資料に記載していますんで」
「はぁん。これが、遅れてきた理由っつうんだな?」
「はい、そうですね! ただの遅刻じゃあ御座いませんよ!」
ヒリュダは、事細かく記されている資料へ、しっかりと目を通す。
……体が勝手に操られ、仲間を攻撃する騎士団員、か。
「僕的には、界塵の襲撃とは無関係とは思えないんですよね。なんせ、タイミングはほぼ同じだったようですから」
「何かしらの関与が疑われるということですか?」
「その辺りを、これから更に調査していきたいと思いますんで」
ノッツは眉間に皺を寄せ、悩ましい表情をしている。
それもそうだ。他人を操る魔法なのだとしたら……敵にしたら相当厄介である。
「僕からは以上です! 引き続き総議長、宜しくお願いします!」
「……畏まりました」
アーリィが席へ座るのと同時に、総議長が再び本題へと戻した。
「――では、続きから、再開されて頂きます」
指示された資料を見ると、2体目の世王界についてであった。
「2体目が姿を現したのは、20日の夜。昨夜の事です」
資料は写真付きであった。
武士の様な甲冑に身を包んだ、真っ黒い界塵である。手には、異剣の様に禍々しい、刀を手にしている。
「『ヴァルヴァラ騎士団ルザブル中央基地』にて出現したのは、甲冑で身を包んだ武士を思わせる世王界――『甲冑の世王界』とさせて頂きます」
――甲冑の世王界。
どうしてこうも……邪悪な姿形をしているのだろうか。見ているだけで精神を抉られる様な、不気味さである。
「これは聖司長からの報告でした。聖司長、この件につきまして、ご説明お願い致します」
「はい」
ノッツが細目を更に細めて、解説を始める。
「私の部下で、『魔剣』を崇める宗教組織『魔剣教団』に潜り込ませているスパイからの報告です――」
「はぁん? スパイなんて潜ませてんのかよ? ロックだねぇ~」
「奴らは危険な存在ですから。国教を護る為です」
「……そういうとこが、黒幕臭すんだよなぁ」
シキの茶々入れに、ゴホンと咳払いをするスウィーチ。一々解説を妨げるな、という意味である。
「教団に接触し、保護されている可能性ありとの事です。今後、定期的な監視は必要かと」
「きょ、教団が保護しているのですか?」
「報告では、そのようですね」
「厄介ですな……」
苦々しく言葉を吐くスウィーチ。気持ちは良く分かる。
魔剣教団は武装集団だ。危ない動きもしており、闇社会で暗躍している事も分かる。
しかし、有事には国を護るという、国にとって結果的に助かっている面もある。
第一、正面切って教団を排除しようとなれば、百鬼夜行災害の様な、甚大な被害出る可能性が高い。
だからこそ厄介。彼らは正義でも悪でもなく、ただただ扱いの難しい厄介な存在なのである。
「引き続き、部下には見張らせて置き、都度報告を受ける様にします」
「畏まりました」
――ノッツの報告が終わると、後は内部的な行事・儀式の確認や変更の打ち合わせとなった。
各地で甚大な被害が出ている。被害者も多く、急速な復興が課題となるだろう。
その為、重要な行事や儀式は短縮や延期、簡易的に済ませるものも出てくる。
……会議は滞りなく進み、最後は各々のこれからの動きについての命令が下される。
「今後の動きとしまして……聖司長は、国教の更なる普及と教会の確保。此度の災害によって、救いを求める者は多いでしょう」
「迅速に対応します」
「それと、『甲冑』についても、調査を継続させてください」
「畏まりました」
「種族長は、各種族へ問い合わせ、被害状況の現地確認と復興案の提出を行ってください。その際、世王界についての聞き取りもお願い致します」
「了解であります」
「貴族長は、各貴族からの資金調達を。『第3の客人』を用いての情報収集も、同時進行でお願い致します」
「わっかりましたー!」
「シキ様は、ヴァルド第1王子と共に、騎士団の統率・管理を。有事の際は陣頭指揮をお願い致します」
「おーう」
「エルル第2王女におきましては、引き続きエルルフォン、界塵用魔法道具の開発を進めて頂ければと思います」
「分かりました」
「クルル第3王女、ヒリュダ様は、より強固となるよう、国防に徹して頂きたく思います」
「分かりましたわ」「畏まりました」
――各々の役割が振られ、中枢メンバーもやる気に満ちていく。
それぞれの戦場があり、皆国の為に力を尽くし、アーキュリアを発展させていかなければならない。
ヒリュダは、自分に与えられたを全うすべく、決意を新たにする。
やらなければならない。そして、為さなければならない――。
「最後に、国王の方から一言、頂ければと思います」
「……うむ」
スレイからバトンを貰った国王は、ゆっくりと立ち上がった。
そのまま、皆を見渡し、目を瞑る。
「……今でも、界塵に攻められている我が国が、目に焼き付いている」
深く息を吐く。そして、見開いた眼は鋭く、強く、未来を見据える瞳であった。
「勝つぞ! 界塵を、1匹残さず討ち滅ぼすのだ!!」
魂の籠った一言である。たった一言ではあったが、皆の心に火が点いた。
「「「はい!」」」
やろう。為そう。国の為、民の為、そして己の為にも。
戦いはまだ、始まったばかりだ――。
「以上で、アーキュリア界塵討伐会議を散会とさせて頂きます。――解散」