第30話 反撃の狼煙
――俺とティタとヒリュダが、ヴァルサリル城へ着いた頃の話。
ヒリュダの知る『緊急ルート』を利用し、裏手から城門内へと侵入した。
庭園へと直結しており、花壇の1つから這い出る形となった。
「 !? 」
見上げて、驚いた。
えげつない数の界塵が、城を取り囲んでいた。
白い城は、黒ずんでいる様に見える程、界塵が押し寄せている。
例えるならば……砂糖に群がる蟻だ。覆われて、食い千切られ、蹂躙される。
地獄絵図だ。きっと地獄がこの世にあるのだとしたら……この光景そのものだ。
「……っ!」
顔面蒼白のティタ。
長い間、城で過ごしてきたティタにとって、相当ショックだった様だ。
……誰だってそうだ。慣れ親しんだ自分の家が、訳の分からない化物に襲われていたら、ショックを受けない訳がない。
俺でさえ、ドエレー衝撃を受けている。世話になっている城が、化物の大群に襲撃されている光景は、クるものがある。
肩を抱き、少しでも落ち着かせる。
不安げに俺を見上げる瞳だが、俺は力強く頷く。
「……行こう。取り返そう」
かけられる言葉は少ない。しかし、それでも伝わる意思もある。
「……はいっ!」
憂いを何とか振り払うティタ。悲しみの表情は、決意の表情に隠れてしまう。
……強い子だ。
決して自暴自棄にならず、前を向き、立ち向かおうとしている。
(補助は必要ないな。彼女は戦える――)
「ん?」
俺が離れると、少し名残惜しそうに学ランの袖を掴んでいた。
「――どうした?」
「……え?」
俺が尋ねると、不思議そうに見返し――やがて、自分のしている事に気が付いた。
「! あ、えっと! すいませんっ!?」
無意識に行った事の様だ。慌てて手を離し、パタパタと手で叩いて皺を伸ばしてくれた。
「なんか、気付いたらマオさんの服を掴んでいて……すいません、ごめんなさい!」
「いいよ。気にするな」
人は誰しも、誰かに寄り添いたい時がある。
嬉しい時、悲しい時、頑張りたい時、癒されたい時……。
硬派は全てを受け入れる。俺もティタの頼られたいと思う様な漢でいたいものだ。
「……休んでいる場合じゃありませんよ」
後ろから来たヒリュダの言葉で、意識が戻される。
「国王は恐らく『国王の間』にいると思います」
「国王の間?」
俺の問いに、ヒリュダが頷く。
「アーキュリア全てを見渡せるとされる、国王のみが入れる部屋です。恐らく、そこから各組織に指示を出しているのではないでしょうか」
「 !? そんな部屋が……」
「あくまで噂ですが」
「噂かい」
冷静で真面目なヒリュダが言うと、妙に説得力があるんだよなぁ……。
「噂ではありますが、どちらにしろ国王の間に誰かしらはいると思われます。目指すなら、そこが良いかと」
「……分かった。そこを目指そう」
ヒリュダの提案に乗る。幼い容姿だが、判断能力はずば抜けていると感じる。
「陣形はどうする?」
「私が先陣を切ります。その後に真魚様、殿にティタさんが付いてください」
「ああ」「分かりました!」
作戦はあっさり決まった。後は、実行し、約束を果たすのみだ。
(飛鳥の言伝は、必ず届ける――!)
頼もしい少女に従い、城へ向かう――
「? 何でしょう?」
ピーーーー、とどこかで鳥の鳴く様な声が聞こえた。
ヒリュダが見上げた先を、目で追ってみると――
「綺麗な光線だな……」
白い光の光線が、城の壁を突き破り放たれていた。
「……!」
見上げ、光線を見て、ティタが固まった。
俺とヒリュダはその様子に気付く事なく、其々感想を述べる。
「壁を突き破る程の光線……一体何者でしょうか」
「城のモンじゃないのか?」
「どうでしょうか……」
「ヒリュダでも分からないか」
「はい。そもそもですが、私は普段城にいる訳でもないので」
「あ、そうなのか」
「基本、『ヴァルキューレ』は王家の命で各地へ派遣され、国の為に活動する組織ですので。まぁ、今はクルル様の命で動いておりますが」
「ほう」
城に常駐している訳ではないんだな。
確かに、城で生活していて、一度も見た事が無いかもしれない。目立つ装いをしている為。一度でも見たら直ぐ覚えられる事だろう。
「じゃあ……敵?」
「可能性はありますね」
「…………っ!」
敵だとしたら厄介だが……あんな光線を放つ様な相手に、勝てるヴィジョンが浮かばない。
(俺では無理だが……ヒリュダとティタならいけるか?)
俺が思考しようとしたところで、若干悲鳴のような声を上げるティタ。
「どうした?」
思考中断。俺もヒリュダもティタへ注目する。
……震えている。最早悲しみを隠そうともしていない。
自らの体を抱きしめ、ジッと光線の出た壁の穴を見上げている。
「エルル様です……」
小さな声で呟いた。
聞き返す前に、ティタが喋る。
「あの辺りは、エルル様のいる『解体室』です!」
「 !? 」「!」
エルルのいる解体室だと……!?
だとしたら、あの光線はエルルか? または――
「……確認しよう。ちょっとだけ寄り道だ。いいな?」
「そうですね。考えたくもないですが、敵だとしたら……厄介です」
言葉を飲み、選んで発言するヒリュダ。
……最悪の状況を、頭の片隅には入れて置かないといけない。
髪をかき上げ、気合を入れ直す。
「近道は?」
「……特にないですね。『レイヴァード』が呼べれば良かったのですが……」
「れいぶぁーど?」
「ヴァルキューレ専用の、黒く大きい鳥です。主に移動用として使われるのですが、こうも空に界塵が多いと、呼んでも敵を惹きつけてしまうでしょう」
鳥に乗って飛んで行けたら一発だが……そう簡単にはいかないだろうな。
「やはり、地道に中から上へ上がっていく必要があるかと」
「面倒だが、仕方ないな」
そうと決まれば即行動。急いで城内へ入る――
「あ?」
――入ろうとした。壁の穴から、大型の界塵が侵入するまでは。
(…………………… !? )
「見たか?」
「……見ました。何なのでしょう、アレは……!」
戦々恐々とする俺達。
白い光線に誘われるようにして、花に惹かれる虫の如く、9つの尻尾を持つ大型の界塵が、穴の中へと入った行ったのだ。
「マオさん!」
「ああ……!」
チンタラ中から上がっていては間に合わない! 間違いなく最悪な結末を迎えてしまう!
「……見りゃ分かる。アレが、『世王界』だ!」
知恵を持ち、界塵を生み出す界塵。3体の内の1体、世王界。
界塵を始めて見た時にも驚いたが、アレはそれ以上だ。全身が恐怖し、畏怖し、竦みそうになる。
想像してしまう。奴に無惨に殺され、喰われてしまう悪夢。
本能的な恐怖により、全身に警告を鳴らし続ける。アレは人が戦ってはいけない類だと。
蜂が飛んで来た時、近所の猛犬を見た時、他校の不良と遭遇した時――様々な恐怖を体験してきたが、これに勝るものはない。
全てを放って逃げ出したい気持ちも湧く。
それでも――
(俺は決意したんだ。この国を護る為に生きると!)
震える体に鞭打ち、俺はティタにある提案をする。
「……確か、ティタの魔法は、引き離したり出来る魔法だったよナ?」
「え、あ、そうです。【磁力】と言いまして、あたしの周囲のモノを、引き寄せたり、くっ付けたり、突き放したり出来ます」
「そうか……」
まさに磁力の様な性質を持った魔法だ。これならばイケるか――
(いや、行くしかねェだろ!)
腹は括った。俺はティタの魔法に、全てを賭けよう。
「ヒリュダは出来るだけ敵を惹きつけてくれ。そしてティタは――」
俺は城の壁を指差す。
「俺を、壁へくっ付けてくれ」
……。
…………。
………………。
俺の首に付いた契約の模様から、エルルの魔力が全身へと溢れていく――!
「出来るだけ魔力を全身に流すのよ。魔力は、自身の身体能力を高める事も出来るから」
「そーそー。ただの人であるマーくんには必須だねぇ」
「なるほど」
2人のアドバイスを元に、この不思議なエネルギーで、体を覆う。
持っていた鉄パイプまで、魔力を浸透させる。手に馴染む程、魔力をぶち込んでやる――!
「……そういやさー、その鉄パイプは何処からかっぱらったの~?」
「登ってくる途中、ベランダの柵からちょっとな」
「あ~、なるほどねぇ……ん?」
そう言って、納得しかけ……ピスカは驚いた顔でこちらを見た。
「マーくん、そこの穴から飛び出して来たよねぇ。え、どうやって?」
「登って来たんだ。ティタの魔法でな」
「ティーちゃんの……あ~、そう言う事」
皆まで言わなくても分かると、ピスカは今度こそ納得する。
「ティタとヒリュダの協力無しでは無理だった」
「ひりゅだ……ひりゅだ?」
「ヴァルキューレの子よね。確か……第1席の」
「そうだ」
「へぇ~! それなら心強いねぇ~!」
世間話の様に、ワイワイ話している内に、敵が起き上がる。
「が が…… わらわをこんな目に遭わせて……ただじゃ済まないのじゃ、小僧!!」
真っ黒い影の中で、赤い瞳が怪しく光る。
今にもブルっちまいそうな相手だが、俺には――俺達には意志がある!
「俺の準備は出来たぜ」
「わたしも~」
ピスカはそう言って、スカートの中から短剣を取り出す。
「正直、魔力はあんま無いからねぇ。わたしが足止め役になるよ~」
左手に短剣を構え、右手は電気を帯びている。
「『付加――雷属性』!」
バチバチ激しく鳴らしながら、右手で触れた短剣へ、電気が宿る――!
(何その詠唱! 超イカす!)
「……かっけェな、それ」
「でしょ~!」
ドヤ顔で胸を張るピスカ。たっぷり血の染みたメイド服でやられても心配が勝つのだが。
「私の方も準備万端よ」
今度はエルルが杖を構える。
白鳥のモニュメントが先に付いた、奇妙な杖だ。如何にも、”魔法の杖”って感じがしてクールだ。
嘴の先は仄かに光っている。魔力が溜まっているのを感じる事が出来る。
俺が注目していると、得意気になって説明を始める。
「これは私が作った魔法道具よ。この嘴の先から高濃度の魔力ビームが出るのよ!」
「 !? ヤバ……」
ビームの出る杖とか、本当に魔法の杖じゃん……。
ふと、俺は城の壁を突き破った、白い光線を思い出す。
何となく壁の穴へ目をやると、目敏くエルルが気付く。
「そう、それは私がビームで開けちゃったの」
「 !? そうか、そりゃあ……良かった」
「?」
ホッと息をつく。
敵の攻撃に因るものじゃなくて安心した。これが敵のものだったなら、対処が大変だったからな。
「皆、準備は良いんだな?」
「ええ!」「オッケ~!」
俺とピスカが前に立ち構える。後ろで、エルルが杖を構える。
「ああ……体が痛くてイタクテ堪らないのじゃあ……」
9つの尻尾が揺らめく。今にも飛び掛かりそうな勢いで、こちらを――俺を見ている。
「小僧……わらわをこんな目に遭わせたのはそちが初めてじゃ……」
グオオオオオオオオ、と肉食動物が如く、重低音で唸る。
「メインディッシュじゃあ! そちだけは! 惨たらしく貪ってやる!!」
ヒリつく緊張感だが……悪くない。久々だ、こんな感覚は。
それはきっと武器を持っているからとか、魔力を得たからとか、そう言う事ではない。
(国を護るという意志! それが俺に、戦う覚悟をくれるんだ!)
「……フン。喰えるもんなら喰ってみな、キツネ野郎が!」
鉄パイプの先を相手へ向ける。
意志を、覚悟を、硬派を! 相手に全てぶつける!
「俺の肉は……ドエレー硬いぜッ!?」
キツネ狩りの時間だぜ!? この野郎!!