第29話 蹂躙の果てに
9つの黒き槍が、エルルとピスカに襲い掛かる――!
それらは、まるで”蛇”だ。
大蛇の大きさの蛇が、嘴鋭く、体を刺し穿つ隙を狙い、強襲する。
(ヤバ――――!!)
「――ッ! 『付加――金属性』!!」
素早く短剣を複製し、金属性を付与する。
ギラギラに光る金色の短剣となり、迫りくる尾に当てて弾いて、何とかいなす。
「くっ、チャージする暇もないわね!」
エルルは器用に、杖で尾を弾いて捌く。
仮にも第2王女。一通りの武術の修練を行っており、棒術についても学んでいた。
弾いて、いなして、躱して――9つの攻撃を、何とか退ける。
とは言え、既に疲弊気味。同時に襲ってくる事が、無かったのが救いだ。
「ほう、わらわの第1陣を退けるか……」
尾を自在に動かす九尾の狐。しかし尾は、一度攻撃に使うとそこから動かず、元の位置まで戻す必要があった。
敵は一度背後の方まで戻し――あろう事か、毛繕いを始めた。
ペロペロと、尻尾を舐める。真っ黒い影で出来ている為、どう変わったのかは、傍目から見て分からない。
息を整えつつ、エルルは警戒しながら話しかける。
「……何のつもりかしら?」
「何、とは?」
ピスカがいつでも護れる様、常に戦闘態勢に入っている。
「余裕綽綽って事ね?」
「余裕も何も――」
九尾の狐は初めて、エルルを見た。
「わらわは”おやつ”と言ったろう。おやつに対し、何をそんな気張る必要があるのかのう? なあ?」
――ゾッとした。
界塵の中でも喋り、意思を持ち、弱者を虐める残虐性すら持ち合わせている――!
「これはただの”戯れ”じゃ。ちょっと興味が出たから遊んでいるだけ。そち達を、飽きるまで遊ばせてもらうぞ」
1つの尾を舐め切った所で、再び9つの尾が蛇の様に、九尾の背後に並び立つ。
「さぁて、どうやらそち達の事は、もう少し虐めてもよさそうかの?」
「――それはどういう」
「さっきより”速く”してみるのじゃ。上手く避けられたら”褒美”を与えようかの!」
「それは有難いモノなんでしょうね?」
「はぁ? 何を言っておる――」
「わらわから与えられるモノは――痛みも死も! 褒美に決まっておろう!! キャハハハハハ!!」
バカにした笑いと共に、尾が野に放たれる!
「は、早ッ!」
急速に眼前へ迫った2つの尾を、咄嗟に短剣で弾く。
明らかなスピードアップだった。本当にコイツは、おやつ感覚で遊んでいる!
残りの尾も宙を切って、規則性なくランダムに襲い来る。
エルルもピスカの後ろの方で対処する。何とか棒術で、尾を弾く。
……とは言え、一通り扱えるというだけだ。引き籠って生活している時間が長いため、すぐに息が上がって来る。
「はぁ、はぁ、ビーム撃つ体力が、先に無くなりそうだわ……」
「日頃の運動不足が裏目ってるねぇ~」
「次からは、はぁ、マオの筋トレに交ぜてもらう事にするわ、はぁ」
「それ賛成――」
エルルの捌きが甘くなった所を、ピスカが瞬時にカバーへ入る。
――防戦一方。それも、先程よりも厳しい戦いを強いられていた。
相手の出方が分からない為、こちらから仕掛けるリスクが高すぎる。攻撃を捌きつつ、隙を見つけるしかない。
「あぁ、楽しいのう、楽しいのう! キャハハハ!」
尾は自由自在に動き回る。操っている九尾の狐によって、統率の取れた動きにより、捌くのが難しい。
(はぁ、キッツ――)
徐々に、綻びが出始める――
「いッ!」
尾の先が、ピスカの脇腹を微かに掠める。
血飛沫が舞い、メイド服を赤色に染めていく。流石に痛みで、平然としていた顔を顰める。
「! ピスカ!?」
「あー、まだ大丈夫」
そう言って、短剣に、
「ふぅ……『付加――氷属性』」
氷属性を付与し、キンキンに冷えた短剣を当てて凍らせ、止血する。
「ふむ……そういう使い方も出来るのじゃなあ……面白いのう」
一度攻撃の手を止め、観察を続ける九尾の狐。
――遊んでいる。2人を相手にして、手を抜き、オモチャで遊ぶ様な子供と同じ。
尋ねるならば、気を抜いている今だろう、とエルルは再び話しかける。
「聞きたいことがあるの」
「なんじゃ?」
「貴方は……何者なの?」
「……は?」
エルルの質問に、九尾の真っ黒い顔が、不愉快そうに歪んだ。
「そち……まだ上から目線で申すのか? この高貴なわらわに……オモチャの分際で……!」
しまった……と思ってももう遅い。エルルは、いつでも魔法が使える様に準備しつつ、恐怖に立ち向かう。
「……これぐらい高慢な方が、遊びがいがあるでしょう?」
敢えて、挑発してみるエルル。
正直、ダメ元な策だった。少しでも、この特殊な界塵から情報を引き出そうとしていた。
目的は何なのか、仲間はいるのか、どんな魔法を使うのか……何か切っ掛けが掴めればそれで良かった。
(ルーちゃん、凄い胆力……冷や冷やするよねぇ、本当に~)
ピスカも警戒を怠らない。
エルフ族として、種族としての『素質』、『森の狩人』により、周囲に同調・同化し、気配を消す。
森と共に生きてきたエルフ族のみが持つ素質だ。姿が消えた訳ではないが、捜すのに時間を労する事だろう。
直ぐに対処出来るよう、短剣に風属性を付与しておく。これで、高速の対処が可能だ。
「……」
無言で睨んだままの九尾は……やがてケタケタ笑った。
「確かに。キャハアハハハハ! ちょっとだけな、退屈になって来ていた所じゃった。生意気な方が潰しがいがあるのう!」
そう言って、9つの尾の先は、全てエルルを向いた。
「もう、そちには飽きたわ」
一斉に、襲い掛かった!
「ルーちゃん!」
すぐに投擲をする。それも、予め付与しておいた短剣10本、全てだ。
風を切る音と共に、尾を貫き、黒い塵を散らす。
(1本、2本……)
次々と命中し、尾の先がばらけ、ダメージとならない。
(6本、7本……)
しかし、1本当てただけでは威力が足りない。どうしても、2本、当てなければならない。
(9本、10本――足りない!)
4尾分、足りない。
分かっている。足りない事くらい、ピスカは分かっている――。
「はっ!!」
だから、その為に隠れて潜んでいた。意識の外から急襲する為に!
一気に肉薄し、金の短剣で1尾を弾く。もう1尾は――
「重っ!?」
エルルが何とか、棒で弾く。しかし、衝撃で棒まで吹っ飛んでしまう。
(――ラスト1尾!)
エルルを狙う最後の尾。先程尾を弾いた金の短剣を構え――
「当たれッ!」
ど真ん中で動く尾に向けて投擲する!
「――飽きたのは……そちの方じゃからな?」
「!」
投げて直ぐ、違和感に気付く。
尾が、ぼやけて見える。そこに有るはずなのに、実態でない様な、存在があやふやな様な……。
――到達する瞬間、
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「! うッ!?」
ピスカの右肩を、黒い槍が貫いた――。
「ぴ、ピスカッ!」
思わず駆け寄るエルル。脇腹の時とは比じゃない程の、出血をしている。
「待ってて、今、はぁ、はぁ……」
駆け寄ったエルルだが、何故か、異常に疲れている。
運動不足や、恐怖による体力消耗ではない。全身から、何かを大量に放出してしまったかの様な、急激な消費。
「ルーちゃんが……疲れて、どうするのさ~……」
「これ……ばっかりは、ね?」
「まぁ、そうだよねー……助かった」
「ほら、ちょっと、はぁ、口、開けて、はぁ」
懐からLPを取り出し、ピスカに飲ませる。
しゅわしゅわと炭酸水の様な音を立て、見る見るうちに、わき腹と、右肩の傷が治っていく。
「――ふぅ~。ありがと、ルーちゃん」
「どう、いたしまして、はぁ、はぁ」
荒い息を吐くエルルを背後に、ピスカは再び前に立つ。
不思議な事に、九尾は硬直したままだった。何か考えたまま、動かない。
「あれって――」
「多分、だけど、予想通りじゃないから、驚いているのかも、はぁ、しれないわ」
「ああ、なるほどね~」
二人の一連の行動、会話は勿論九尾に聞こえている。が、九尾は動かずに、只々思索に耽っていた。
(おかしい……確かにわらわの攻撃は、”不意を突いた”。心臓を貫く一撃じゃった……)
それが、偶然外れた。偶然と言うには、あの場面では出来過ぎている。
(『杖の女』の魔法かのう……そう、偶然を操作する様な魔法で、無理やり回避された……キャハ、キャハハハ! 面白い!)
ずっと退屈だった戦闘に、ようやく、喜びを得た。
何か不思議な技を使う2人組……最高の、オモチャであり、おやつだ。
九尾が内心燥いでいる間、ピスカも思考する。
(最後の攻撃だけ変だったねぇ……何て言うか、突然攻撃されていたというか、いつの間にか喰らってたと言うか――)
不意に……そう、不意に。
(不意打ちを喰らった――的な感じだよね?)
さっきピスカが、意識の外から奇襲をかけた。それに近いモノを、九尾の攻撃から感じ取った。
(不意打ちを放つ魔法……って所かな~。意識外の攻撃、厄介だよね~)
お互いがお互いに分析し、対抗策を練る。
エルルは思う、次はない。
今ここで決着をつけられなければ、恐らく城自体終わってしまう。
(EPが繋がらない……上手く繋がっていない、と言うべきね)
ポケットのEPは圏外を示している。
(多分、神聖結界が破壊されたから、が有力ね)
神聖結界を利用したシステムが組み込まれていた為、不具合が起きているのだろう。
(苦しいけど、応援は呼べないわ)
期待すらしてはいけない。現状何とか出来るのは、自分達だけだ。
(何とか……逆転の手を考えるのよ!)
――密かな期待もあった。
しかし、ほぼほぼ無いとも思っていた。
本人に、僅かでも興味があればと思った。エルル自身は、大きく興味を持っていた。
「キャハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「え?」
発狂した九尾の甲高い笑い声と共に、尾が連射される。
無造作に、只々目の前の2人を蹂躙する為だけに、床を抉る程の威力の尾が襲い掛かる!
「なんで、急にッ!」
「飽きた。考えるのも面倒になったのじゃ。そもそもわらわ、考えるの嫌いじゃし」
「! それだけで……!」
「面倒臭いから壊す。それだけじゃよ? キャハハ!」
「くっ、随分と我儘だね~!」
まさに、槍の雨。
必死に弾くピスカ。傷は治ったが魔力はほぼ無い。魔力が少ない事から、同時に体力の減りも激しい。
危ない尾だけ見て弾く。全弾弾いてたらキリがない。
「そら踊れ。壊されたくないのなら、舞って踊って奉仕するのじゃ! キャハハハ!」
「く、くぅ、やば……」
勢いが増す。速度が増す。もう選んでもいられない。気付けば足を刺され、左腕を刺され、短剣を弾かれる。
「~ッ! 痛いなぁ、このッ!」
直ぐに短剣を複製――
「はぁ、はぁ、あれ?」
出来なかった。もう、複製出来るだけの魔力は――残っていなかった。
血が吹き出す。今度は左肩を掠った。
足元に、血溜まりが出来ている。これが自分から出た血だと思うと、軽く引いた。
(どうする? 武器がもうないんだけどー……)
仕舞いには、その場に膝をついてしまった。
体力の限界である。頭が朦朧とする。思考能力が低下する。
(ヤバ……クラクラする)
「ピスカ!」
後ろでエルルの声が聞こえるが、妙に遠い。
(――ああ、分かるよ)
ピスカはエルルへ逃げる様ジェスチャーをする。
(多分だけど、こういう時、この界塵は敢えてわたしを狙わない)
「【裏切り】――」
(敢えて、ルーちゃんを狙う――!)
エルルの背後から伸びる黒く悍ましい槍。
必ず不意を突く、無慈悲な一撃――!
「い た だ き ま ――」
「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
突如、壁の穴から、学ランの漢が飛び出して来た!
「何ッ!?」
無防備だった九尾の頭に――
「ウラァッ!!」
鉄パイプを振り下ろした!
カーン、と間抜けな音が響くが、それ以上に、九尾が頭を抱え悶える。
「ギャアア! ガ、ギ、グアアアアアアアアアアアアア!?」
「死ねやゴラァ!?」
鉄パイプを強く握り、乱打、乱打、乱打の滅多打ち。真魚の持つ『界塵特効』により、あり得ない程のダメージが出ている。
「……が ぎ」
軽い音から鈍い音へ。黒い影のはずが、肉を叩く様な感触。
――やがて全身を痙攣させ、動かなくなった。
学ランの漢は、すぐにピスカへ駆け寄る。
「生きてるな?」
「な、何とか……」
学ランのポケットから、『ヒリュダ用』と書かれた小瓶――LPを飲ませる。
「おう、グイッと行け、グイッと」
「うぐぐ、今日で2杯目だよ~……」
「文句言うな。そんだけ血ィ流してんなら、猶更飲まないとな」
しゅわしゅわと傷が治って行くのを確認してから、改めて、エルルの前に立つ。
「……マオ」
「ああ」
学ランの漢――雑候谷真魚は、決意に満ちた瞳で、エルルを見た。
「私の前に来たという事は……」
「君の想像通りだ」
頭を下げる。深々と。
「――君の力を借りたい」
「決まったのね、覚悟が」
エルルの問いかけに、真魚は頷く。
「俺は――この国を護りたい。国の為に、この身を尽くしたい」
「中途半端な覚悟じゃないのね?」
「勿論。俺はこの国の為に力を使い、護っていく。その覚悟は、出来ている」
「そう……」
――無意識ならば、言い逃れも出来ない。
エルフの少女を、俺は無意識に助けた。
そう言う事だった。俺の本心は”人助け”だったのだ。
(そして……人助けとは――)
……父が、良くやっていた事だった。結局は、父の後追いだ。
父の事は苦手だったが、それは父の様な“硬派な漢”になれない自分を、屈辱に感じていたからだった。
本当は――
俺は、父の様な『硬派な漢』になりたい。仁義礼智信を胸に掲げ生きる、硬派な漢に。
――いい加減、漢を見せる時が来た。
「お願いがある。中途半端に関わるのは嫌いだ。だから、国の為に――この国を護る為に、俺の全てを賭けて、関わらせてくれ」
更に頭を下げる。武骨な俺には、この方法しか取れない。
「……」
不意に、エルルが俺の頬を撫でた。こそばゆい感覚だ。
「マオならば……そう言うと思っていたわ」
見上げると、誰よりも威厳がある王女様がいた。
決して、普段着がジャージとは思えない。美しく、儚い。それでいて凛としている。
思わず見惚れてしまうような少女が、そこにはいた。
俺の首を触るエルル。パチッとした痛みと共に、エルルの手から、光が零れ出す――
( !? )
何かが流れていく。俺の中に。見知らぬ活力が、全身へ。
気付けば、足元には円形の魔法陣が浮かんでいる。何の文字で、どういう意味かは知らないが、俺に対して何かを行っている事は事実。
やがて魔法陣は、一層光り輝いたかと思うと収縮し、俺の足の裏から首まで上って来る。
「ッ !? 」
熱を持って首に留まり、黒いチョーカーの様な模様として定着した。
同時に、理解する。俺の中に、”魔法”が宿った事を――。
「――契約完了。頭を上げて、マオ。貴方はもう、前を見て行かなくてはならないわ」
――頭を上げる。微笑むエルルに、楽しそうなピスカ。
「……こんなもんか。契約ってのは随分とあっさりだナ?」
「そんなものよ。契約内容としては、”本来魔力を持っていないマオへ、距離関係なく魔力を分け与えることが出来る”」
「――そうか」
俺は再び、頭を下げて感謝する。
「ありがとうエルル。この恩は忘れない」
「うふふ、そう……なら、”どういたしまして”と言っておくわ」
迸るエネルギーに、かつてなく体が喜んでいる。
未知の可能性が、俺の硬派をより強くする事だろう。
「これで、マーくんも立派な勇者だねぇ~」
ポンポンと、俺の背中を気軽に叩くピスカ。涼しげな表情をしているが、疲弊が激しく、重心が安定していない――
「マオは元から勇者じゃないかしら?」
「体はそうだったかもね~。でも今は、心も勇者になった」
しかし、それでもピスカは軽く答えるのだ。
「ね?」
まるで戦闘があったとは思わせないくらい、普段通りに笑いかける。
……気丈なメイドだ。しかしそれでこそ彼女だ。
「さてと……それじゃマオ――」
エルルが指差した先には、悶えつつも、一部体を消滅させつつも、立ち上がろうとしている九尾。
「ぐ ぎ ぎ が あ!」
口から闇の煙を吐き出す。異様な叫びと共に、戦闘意欲剥き出しだ。
「――いえ、勇者。手を貸してもらえるかしら?」
……ここからだ。
国の為に、人の為に、そして……己の為に!
「ああ!」
護る戦いを、始めよう――。