第2話 王女と王妃ともう1人
――『王家の間』にて、ウルルと共に待つこと数10分。
仰々しい音と共に、大きな観音開きの扉が開け放たれた。
ゴゴゴゴゴゴ……と、地鳴りを思わせる様な轟音に驚き、その先からやって来た人にも驚いた。
――お姫様、である。
薄桃色の長髪を悠々と靡かせ、煌びやかな紫のドレスが空を裂く。頭の上に載った半透明のティアラが彼女が特別であることの証明をしてくれている。
――いや、そんな証明なんてなくとも、彼女の在りよう自体が”姫”なのだ。
ウルルもお姫様の如くドレスに身を包んではいるが、彼女を見てから見ると、まだまだ幼く、親近感すら湧く。
だが、あのお姫様は違う。
見る者を圧倒する佇まい、オーラ、神秘性……残念ながら、俺の語彙力では言葉が浮かばない。
それ程までに、纏う空気すら異次元もので、くぐって来た修羅場の数が違うのだろう。
……カリスマ、というヤツだ。
ただ強く凛々しいだけでなく、包容力すら感じる。全てを受け止め、諭し、諫める。
俺流に言わせてもらうと、”ドエレーマブい女”……!!
「あ、お母様!」
「 !? 」
あのマブ子が母! 母という事はつまり……お母さんという事だな!(?)
「……なるほどな」
何が「なるほどな」なのか、言っていて自分でも分からなかったが、内心驚天動地の俺を差し置き、ウルルの母がこちらに気が付く。
聡明な表情から一転、穏やかで嬉々とした表情に。手を振り、こちらへやって来る。
――真っ直ぐに俺の所へ。
「 !? 」
くっ……! 万事休す……!
「――お目覚めになられたようですね?」
「……あ、ウス、お陰様で」
俄かに緊張し出すも、それを表に出さない様気を付ける。
抗えぬ母性力(?)に、俺の幼心がすっかりトキメいちまっている……!
「ウフフ。そう固くならなくていいわ」
「! 恐縮ス」
!? 緊張を見抜かれてやがる……! ポーカーフェイスが売りの、この俺が!
……まぁ、仕方のない事だ。
俺の様な”硬派”な漢は、人生において女性とあまり関わらず過ごして来た。その”ツケ”が、今こうしてきているのだろう。
「私の名は、『フィリル・ド・メルン』……アーキュリア国の”王妃”よ。『フィリル』と、呼んでもらえたら嬉しいわ」
「 !? 王妃様……」
嫋やかに、お辞儀と共に、ウルルの母――フィリル王妃は名乗りを上げた。
王妃……と言う事は、国王の妻、ということになるのだろうか。俺の世界で言う”組長の妻”。ナンバー2。
「俺は『雑候谷真魚』ッス。字で書くと、”雑草”の雑に、”諸侯”の候に、”谷口”の谷に、”真実”の真に、”魚”の魚で、雑候谷真魚」
ウルルの時と同じように、素早くスマホを取り出しメール画面で文字を入力していく。
「あら、それは『スマートフォン』という物かしら?」
「ええ、ご存知スか」
「実物は初めてね」
「そうスか――」
これまたウルルの時の反応と一緒で、興味深げにスマホを覗き込むフィリル王妃。
!? 近い……! 何かいい匂いがすんぜオイ……!?
体を寄せ合っているため、間近でフィリル王妃を感じることとなる。その距離感、香り、息遣い……全身から溢れ出るフェロモンに緊張してしまいそう。
――フン、しかし俺は”硬派”な漢である。硬派歴も長い。この程度、おくびにも出さずに乗り越えることが出来る。ポーカーフェイスなら得意なんだこの野郎――
(ブルブルブルブル)
「? 体を震わせてどうしたの?」
「……武者震いス」
体は正直ね。
「真魚……真魚君、ね。いい名前だわ」
「そうスか? 俺としては、『まお』なんて、女子っぽくて俺のイメージと合わないなって思ってるっスけど」
「そんなことはないわ。名前の通り、真魚君は”真っ直ぐ”で、魚の様に”澄んでいる”わ」
「それこそ、そんなことないっスよ。俺は武骨な野郎ですから。澄んでるどころか、ドブ川のドブ水の様に濁り切ってますよ」
「あらあらまぁ」
手に口を当てて笑ってくれる王妃。その仕草も一々洒落ている。
まさか、名前を褒められるとは思ってなかった。名前にいい思い出がなかった分、照れそう。いや照れた。
「改めまして……真魚君。ようこそアーキュリアへ。話はウルルから……伝わっているかしら?」
「あ、はい。軽くこの国の歴史と、俺の状況について」
「そう……なら、帰れないということも?」
「知ってます」
俺がそう答えると、フィリル王妃は申し訳なさそうに、顔を曇らせた。
「申し訳なかった……と言っても、どれだけ謝罪をしても、許してもらえる行為ではありません」
「いや、もう気にしないでください。なってしまったことは仕方ないスから。この世界で生きていくって、決めたっス」
「それでも――」
そう言ってフィリル王妃は大きく頭を下げた。
「ケジメは必要です。国として――メルン王家で真魚君を全力サポートします。申し訳ありませんでした」
「……!!」
俺は無言で、王妃の謝罪を目に焼き付けた。
彼女は”ケジメ”と言った。国として、王妃として、”頭を下げる”という事がどれ程の意味を持つのか……一不良には分からないことだ。
だからこそ、目に焼き付ける。彼女の誠意を、意思を、漢気(?)を、無下にする事だけはしたくなかった。
「……ありがとう」
「? 何がスか?」
「真魚君がこの国で生きていくって……決意してくれたことに、ありがとう」
この人は本当に、心からマブいんだな……。
……。
…………。
………………。
王家の間にある4人用の机を囲み、椅子に座るや否や、再び訪問者がやって来た。
唸るような扉の開放と共に現れたのは――『桐第一高校』の少年である。
ニコッと、人懐っこい笑顔で駆け寄って来た。
「あ! 元気になったんだね! 良かった~!」
「……おう」
爽やかな風貌、柔和な雰囲気、そして馴れ馴れしい……。
硬派な俺としちゃ、苦手な人種だ。
それもそのはず。”言葉はいらねぇ、肉体言語だこの野郎!” ……の世界観で生きてきたからな、俺。コミュ力は多分終わってる。
「顔見せは終わったのかしら?」
「王妃様! ウルル! たった今、終わりましたよ!」
「どうでした?」
「皆優しくて安心したよ~」
ナチュラルに俺の隣の椅子へ座る少年。グッと身を乗り出して俺に近づく。
「僕、『結城飛鳥』って言うんだ。制服見れば分かると思うけど、桐第一高校の1年1組。出席番号は33番! ヨロシク!」
とびきりの笑顔に、明るい性格。俺とは正反対の人間だ。
元気いっぱいな人は苦手だが、礼儀正しい人は好きだ。やはり人間忘れてならないのは『仁義礼智信』である。
「俺は雑候谷真魚――”真魚”って呼んでくれ。宜しくナ?」
これまたスマホを出し、お互い名前を認識し合う。
「あ、連絡先交換しとく?」
「ここって電波通じてるのか?」
「あー、どうだろ」
「申し訳ないですけど、通じてないですね」
俺と飛鳥が連絡用アプリを起動した所で、ウルルから残念なお知らせを聞かされた。仕方なくアプリは閉じる。
「アーキュリアはそこまで科学技術が進んでないんですよね」
「……みたいだな」
改めて辺りを見渡し、電化製品が一切ないことに、異質さを感じた。
頭上の照明も、良く分からない宝石が輝き照らしているだけだ。
「それでも、火・水・風・電気等は生活に根付いてはいるのですが……なかなか」
「今後の課題って感じだねー」
どこか他人事の様に答える飛鳥。彼の興味はそこにはないようだ。
「そう言えばさ、ここで何してたの?」
「……真魚様が目覚めたので、お母様の所に連れてきたんです」
「そっか。怪我が治って良かったね、真魚!」
「ああ、本当に有難い」
「そんなお礼を言われることは。元はと言えば私を庇って負った傷ですから。命の恩人です」
どこか申し訳なさそうで、同時に期待に満ちたような表情をするウルル。この流れはまた褒められてしまう。
――俺は褒められた人間ではない。話を変えよう。
「王妃様、ウルル。俺はこの世界で生きていくことを決めた。可能ならば、この世界の事、教えてはもらえないか?」
「それは勿論です。あと、私の事も『フィリル』と呼び捨てで構いませんよ?」
「そう言う訳にはいかないスよ。立てさせてください」
「……別にいいのに」
ボソッと、残念そうに呟く王妃様に罪悪感があったが、乗ってはいけない。
若輩者が上を立てるのは当たり前のことだ。――但し、上が正しく上として君臨している場合に限る。
(悪に歪み腐った年上は立てるに値せず――)
この王妃様からはカリスマを感じる。思わず平伏したくなるような凄味がある。敬うのは本能だ。
「それなら真魚様、私がディメヴィア及び、アーキュリアについてご説明しますね!」
俺のお願いに応えるウルルだったが、王妃様に制される。
「ウルルはこれからパーティに参加して打ち合わせがあるでしょう?」
「う……! ま、まぁ、そうですけどー」
「それに全体訓練や仲間の選別、授与式の準備と忙しくなるでしょう」
「ぐう……」
ぐうの音も出ない……出てはいるが、とにかくウルルが難しいのは分かった。
パーティに、訓練。何か大きな催し物でもあるのだろうか。
逡巡しているウルルだが、やがて諦めたように項垂れた。いちいち動作が小動物みたいで可愛いなこの野郎。
「……すいません真魚様。私は貴方の力になれない様です……」
「そこまで落ち込まなくても」
「落ち込みますよ! 私は命の恩人である真魚様に、何もできていない……!」
……あまり命の恩人とか連呼しないで欲しいのだが。背筋がこそばゆい。
「気にしないでくれ。ウルルにはウルルの役割があるのだろう? それに向けて頑張ってくれ」
「で、でもぉ」
「君が頑張ってくれることが嬉しいと思う」
本心である。わざわざ天花市にまで来て、飛鳥を引っ張って来た。彼女だけの役割があり、彼女が頑張ることで、この世界はプラスに傾く……そんな気がする。
「……わ、分かりました!」
少しは元気になったのか、目に彩度が戻って来る。一喜一憂色々あるわな。
「それならさ!」
唐突に、成り行きを見ていた飛鳥が声を上げた。皆の視線が集まる。
「一石二鳥の考えが浮かんだよ! 真魚も僕らの『勇者パーティ』に参加したらいいんだよ!」
「 !? 」
勇者パーティ、だと……? 何やら事態が変な方向へと転がり始めたような気がする――。