第26話 護られる意思
地下シェルターにある個室は、まるでホテルの様な作りであった。
ベッド、テーブル、ソファ、シャワールーム、トイレ、テレビ? の様なモノ、冷蔵庫? みたいな箱、と一式揃っている。
俺は真っ先にベッドヘダイヴした。今日だけで色々な事があり過ぎた。
体内の疲労が、澱みとなってベッドへ沈んでいく。
「……お疲れの様ですね?」
「疲れない方がどうかしてるぞ……」
「それもそうですね……」
うつ伏せのまま、顔だけティタへ向けると、荷物をまとめながら苦笑していた。
流石のティタも疲労を隠せない様で、普段よりに動きにキレがない。
「一先ず、地下シェルターなら安全のはずですから、マオさんは休んでいてください」
「ティタは?」
「ちょっとお城の状況を確認します。EPが上手く機能していないみたいで」
そう言って、ポケットからEPを取り出す。綺麗なオレンジ色だ。
「故障か?」
「どうでしょう。電話やメールが上手くいってないみたいで……」
何度か操作しているみたいだが、芳しい結果を得られていない。
「地下だからか?」
「? どういう事ですか?」
「いや……スマホとかでもそうだが、地下とかだと電波が届かなくて圏外になったりするんだ」
「けんがい?」
「電波の届かない場所の事だ」
俺の世界では、地下やトンネル等で一時的に圏外になったりする事があった。異世界でもそうなのかは知らないが。
知らなかったみたいで、目から鱗が落ちた様に驚く。
「へぇ~、そんな事があるんですね」
「良くある話だ」
常識的な話を、さもひけらかしている様で、少し恥ずかしかった。
すかさず俺は起き上がり、ベッドに腰掛けるスタイルに変える。
「外の安全な場所で試してみたらどうだ?」
「そうですね! そうします!」
EPを持っていそいそと部屋を出ていく。
俺は1人残る。別に連絡を取る人等いないからだ。
精々王妃、ピスカ、エルルくらいか。飛鳥やウルルへ連絡するのもおかしいし、他の人の番号は知らない。
「……はあ~あ」
再び、ゴロンと横になる。
本当に色々あり過ぎた。頭の中の整理は出来ではいないが、いざと言う時はフル回転出来るだろう。
(少し……眠るか)
結局ライフのサインは貰いそびれた。それどころじゃなかったからな。
「ふぁ~ぁ」
欠伸をして、伸びをする。ポキポキと肩の骨が鳴る。
そのまま寝返りを打つ――
「……寝ますか?」
「 !? 」
入り口で突っ立っているヒリュダと目が合い、飛び起きた。ゴキグキャと腰から変な音がしたが、それよりも驚きが勝っていた。
「ちょっ、おまっ……いつから?」
「最初からですが?」
首を傾げるヒリュダ。この野郎全く気配無かったじゃねぇか! マジビビった……。
「私はお二人を保護する任務があります。なので、見守らせてください」
幼い少女らしからぬ真顔で淡々と述べるヒリュダ。感情死んでるのか?
「ティタの後は追わなくていいのか?」
「部下が1人付いて行ったので問題ないです」
「それなら良かった」
俺よりもティタの方を優先してくれて構わない。事の発端は俺だから、ティタに被害を受けさせたくはない。
「そういう事ですので、私に真魚様を見守らせてください」
「別にいいけど……今からちょっと寝るだけだぞ?」
「そうですか」
俺の問いかけにも動じず、入り口から動かず俺を見ている。
監視されている……! じぃっと見つめられている!
「いや、そんな見られてちゃ眠れないんだが」
「そうですか、すいません」
そう言って俺に背を向け、そのままステイ。
……いやロボットか? 言われた事忠実に守るイエスマンか?
「ちょいちょい、嬢ちゃん。俺の為にそんな状態にさせて、俺が素直に寝れる訳ないだろ?」
「……そうですか? あと、『嬢ちゃん』じゃなくて、私はヒリュダです」
「保護はいいが、嬢ちゃんを立たせていると『やらせてる感』が出てちょっと嫌なんだよ。何とかならないか?」
「なるほど、そう言う意見もあるのですね……あと私はヒリュダです」
特に、俺より年下であろう少女を護衛代わりに入り口を守らせているのは……何となく気が引ける。
……いや、分かるんだ。恐らく、この少女はクソ強い。この国最強のヴァルヴァラ騎士団のヴァルキューレに所属しており、その上”第1席”と言っていた。
第1席と言えば1番だ。多分。だからこそ、俺やティタを保護する様、王妃に言われたのだろう。
とは言え……このまま眠るのも何か違うよな。硬派な俺なら、違う。
「……そうだな。ヒリュダ、俺の話し相手になってくれないか?」
「だから私はヒリュダです――え? あ、はい。分かりました」
俺の提案を却下する事もなく、毅然とした態度でベッドまでやって来る。
見た目は本当に、小学生の子供なんだけどなぁ。
「何を話しましょうか?」
「取り敢えずどっか座ってくれよ。立ったままじゃ辛いだろ?」
「別に辛くはありませんが……分かりました」
そう言って、ベッドに座る俺の隣にちょこんと腰掛けた。
……まぁ、別にいいが。てっきり近くのソファに座るかと思っていたから。
「何の話を?」
身長差がかなりあるため、上目遣いで見詰められる。
近くで見ると、随分と澄んだ目をしている。キラキラした、純粋な瞳だ。
(……ぬぅ!)
俺自身、暴力に塗れた汚れな為、こういう純粋無垢な視線に弱い。硬派が苦手としている相手の1人だ。
「今の状況は?」
思わず臆しそうになったが、ここは硬派を通す。
「……余り良くはないですね。大量の界塵が現れたかと思ったら、ヴァルサリル城の『神聖結界』が破られてしまったのです」
「神聖結界?」
「ヴァルサリル城を囲うようにして組まれた結界です。魔物や界塵を寄せ付けない効果を持ちます」
「……それって相当ヤバくないか?」
「ええ」
淡々と、平然と事実を述べるヒリュダだったが、反比例して状況は相当悪い。
ホワイトドラゴンが城へ攻撃して来ないのには、その大層な結界に守られていたからかもしれない。じゃないと、空の秩序を勝手に守っているホワイトドラゴンが、空まで届く城を目の敵にしない訳がないもんな。
しかしながら、結界は破られてしまったのか。もしかしたら、城へ魔物や界塵が襲撃してきているのかもしれない……。
(――いや、やめよう。勝手に悪い想像をして、堕ちるのは意味がない)
「城の人達は?」
「戦えない者は避難を、戦える者は抗っています――」
指を差すヒリュダ。その指先は、この部屋の入口だ。
「新しく私達の長になったクルル様は、ここ地下シェルターで避難民の介抱をしています」
「え、クルルが?」
「ええ」
「そうか……」
ちょっと驚いた。
ついこの間、ヴァルキューレの引継ぎを任されたクルルだったが、今はもう立派に職務を全うしているんだな……。
『運命を受け入れ、何かが出来るはずなのに何もしない、これからの“未来”を大事にしないあんたは、何をしているのかしら!』
――一瞬、クルルに言われた罵倒が頭を過った。
(クルルはもう、未来を大切にして、国の為に動いているという事か……)
焦る様な気持ちは、正直ある。しかし焦っても、何もできない事は分かっている。
「他は?」
「国に残ったヴァルヴァラ騎士団を招集していますが、敵は多く、苦戦を強いられています。」
「国に残った……?」
ヒリュダの言葉の一部に引っかかり、リピートすると、ヒリュダは眉一つ動かず話す。
「多くのヴァルヴァラ騎士団は勇者パーティへ同行しました。残ったの僅かです」
「 !? 」
オイオイ……それは……洒落にならねェんじゃ?
「マジかよ……」
「マジです」
一度息を吸ってから、ヒリュダは告げる。
「ヴァルヴァラ騎士団は、普段は難なく界塵を追い払う事が出来ます。ですが、そのほとんどを、今回の勇者パーティに割きました。国防が弱くなるとしてもです。何故だと思いますか?」
「……あ?」
何故……だと? そんな事……そんなもん――
俺が答えないでいると、ヒリュダが冷静に続けた。
「――賭けているからです。今回の勇者パーティに。界塵を、界団を、滅ぼす事に」
……ああ、そうだろうな。勇者パーティの為に、貴重な戦力を全てつぎ込んだ事を理解した。
「ヴァルヴァラ騎士団だけじゃありません。先程報告がありましたが、教団も界塵と戦っているみたいですね」
「教団って言うと……魔剣教団か!」
「そうです」
魔剣教団――魔物や界塵を討伐する組織になっていると聞いたが……そうか、彼らもまた、結果的に、国を護る事へ力を貸しているんだ。
「『弱者救済』を謳っている彼らですから、界塵から弱者を守ろうという”意志”は本物でしょうね」
「そうか……」
あんな胡散臭い宗教団体でさえ、国の為に動いている。クルルも、ヴァルヴァラ騎士団も動いている。
飛鳥もウルルも、自分の意志で勇者パーティへ参加し、討伐の為の旅をしている。
素晴らしい事だ……。
……俺は?
「……」
「そう悩まなくても大丈夫です」
俺が黙りこくると、ヒリュダが俺の手の上に自らの両手を重ねてくる。
「真魚様は客人です。私がちゃんと保護しますから」
「……いや――」
「人には向き不向き、得手不得手があります。例え真魚様に勇者の力があったとしても、それを無理やり使わせるのは道徳に反します」
ギュッと、まるで勇気付けるかの様に、優しく握る。
「真魚様は真魚様の考えで、行動していいんです」
相変わらずクールな表情だが、幾分和らいで見えた。
……何が『硬派が苦手としている相手の1人』だと? フン、俺もバカだな。
「ありがとう。そう言ってもらえると、助かるよ」
しっかりと目を見て、敬意を払って答える。
子供だろうと関係ない。この子は大人顔負けの意志を持っている。それだけで、歳なんて関係ない。
俺の感謝に、目を細めて喜ぶ。
「私こそ、初対面で高説垂れて申し訳ないです」
「そんな事はない。少なくとも俺は、嬉しかった」
「……そ、そうですか」
あ、ちょっと照れた。
慌てて手を離し、コホンと小さく咳払い。
「とにかくですね、国は今、全力で対処しています。魔物はいいですが、界塵は厄介です」
「どんな所が?」
「この世界――ディメヴィアの人は、界塵に対し弱点なんです。耐性を持たないどころか、敵の攻撃が効き過ぎる」
「 !? ……それは、厄介だ」
この世界の人は常にハンデを抱えたまま、あの大群を相手にしなければならないのか?
「ディメヴィア人が界塵を倒すには、高濃度の魔力・魔法でかき消す他ないです。要するに、1体1体に対してより全力で挑まなければならない、と言う事です」
「1戦1戦が死闘だな……」
「ええ。死ぬ気で、界塵に挑んでいます」
抑揚のない声だが、内容は超ハードだ。
この国の異常事態に、皆死ぬ気で挑んでいる。強い意志で、行動している。
……。
「なあ、ヒリュダ。ちょっと聞きたい事が――」
尋ねる前に、俺のEPが鳴った。
ここだと電波が悪いんじゃなかったか? そう思いながら発信者を見ると――
「……飛鳥?」
思わぬ人物からの電話に、俺の気持ちは突如ざわつき始めた……。