第24話 優勝の果てに……
※グロ描写有り。ご注意ください。
拳と拳の戦いは、熾烈を極めた――。
純粋に武力を競う拳闘大会は、俺の目にとって非常に新鮮であった。
一試合一試合に見られる闘志、漢気。
「ウラアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「オアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
地をも揺るがす怒号に、飛び交う野次。
筋肉ムキムキの漢達が、拳のみで相手をねじ伏せようと振るって振るって振りまくる。
傍から見れば原始的な力比べである。だが、何故こうも、心を湧き立たせるのか。
「……」
圧巻の試合展開に、俺は瞬きも忘れて魅入るしかない。
思わず前のめりになり、拳を強く握って観戦している自分がいた。
――予想以上だ……予想以上に、熱くて面白ェ!
「東コーナー……ライフ! アベ――――――ナアアアアアアアア!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
一段とギアが入り、益々湧くギャラリー。
優勝候補の登場に湧き立っている。俺もティタも、いやが上にもライフに注目してしまう。
――筋骨隆々の漢であった。
タッパは勿論俺以上。2メートルはあるのではないか。ゴリゴリのマッチョである。広いはずのフィールドが小さく見える程の巨漢。
しかし、凶暴的な肉体とは裏腹に、黒髪のショートヘアーに甘いマスク。穏やかな表情で優しさすら感じる。
「こりゃまた……想像以上に優男じゃねぇか、ライフって奴は」
「でも、見かけに騙されてはいけないです。ライフの温和な見た目から繰り出される技は”暴力”そのものですから」
「見た目と表情がアンマッチだからなぁ」
観客に手を振りパフォーマンスしている内に、西コーナーの拳闘士の紹介が終わる。
ライフの相手も大男だ。むしろ、ライフよりも体格がいい、スキンヘッドに髭面の厳つい漢だ。
向かい合う両者。ジリジリと肌を刺す殺気。鼻息荒く睨み合う。
俺自身、参加する訳ではないが、鼓動が早くなっている。
(始まる……!)
今、開始のゴングが鳴る――
「開始ッッ!!」
「「オォラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」」
同時に飛び出し、共に拳を振りかぶった!
「!」
「シャラァッ!」
相手の巧みなバックステップにより、ライフ渾身の右ストレートは宙を裂き、相手の拳が顔面へ肉薄する。
「ゥラッ!!」
しかし、既の所で、体ごと左へ転がり込み回避する。
「 !? なんつう反射神経だよ!」
「でも追撃来ます!」
距離を離すも、その隙を追撃する相手。勢いそのまま、強引に向きを変え、ライフへ迫る。
「アラララララアッッ!!」
接近して拳のラッシュ。態勢の崩れたまま、ライフは相手の拳に合わせ、腕でガードしつつ後退する。
一時たりとも見逃せない熱い駆け引き。恐らく、決着は一瞬だ。
「イィアッ!」
「!」
止めとばかりの大ぶりで強力な一撃。しかし――
「――ィアッ!!」
相手の顔面狙いの拳が空を切る。大隙が生まれる。
「――ダッシャッ!!」
しゃがんだ状態のまま、足のバネをフルに使い、ジャンプする勢いで――
「! ――がっ!」
アッパーを顎に叩き込んだ!
(入った!)(入りましたっ!)
「が……がっ」
相手は白目をむき、背中から後ろへ倒れた。
――決着は、やはり一瞬であった。
「……勝者! 東コーナー、ラアアアアアアアアアアアイフウウウウウウウウウウウウ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
今までにない程の大歓声。称賛のシャワーが天から降り注ぐ。万雷の拍手だ。
俺も思わず立ち上がり、拍手を送っていた。
「……フーッ、息をするのを忘れていた」
「あたしもです。緊張感ある戦いでしたね!」
「ああ、ドエレーシビレたぜ」
脈動が遅れてきている様な錯覚に陥る程、集中していた。
体が喜んでいるのを感じる。今更ながら、体が火照り、汗が頬を伝う。
俺は今まで、”相手を倒さなければならない”という強迫観念で喧嘩をしていたが、この大会の出場者達は純粋に、自身の腕を試す、磨くために戦っていた。
――俺にとっての、あるべき理想の漢の姿がここにあった。
気付くと、ティタが嬉しそうに俺を見ている。
「マオさん、何だか楽しそうですっ!」
「……ああ、そうだな」
楽しい。そう、ティタの言う様に、俺は心から楽しんでいる。
「見れて良かった」
指摘されて尚、口角が上がるのを止められなかった。
……。
…………。
………………。
――楽しい時間が過ぎるのは、早いものだと常々思う。
決勝戦が終わり、優勝は予想通り、ライフ・アベーナとなった。
「……凄かったな」
「……はい、凄かったですっ」
ライフが会場のど真ん中で、優勝トロフィーを掲げている。
力こぶをアピールする半裸漢の金ぴかモニュメントである。太陽の光を浴びて、煌めている。
「マジで凄かったナ?」
「そうですねっ!」
「……」
「? どうしたんですか、マオさん?」
「……いや、何かもうスゲェ感動して。月並みな感想しか出ないんだ」
「ふふっ、それ分かります!」
口元に手を当ててころころ笑うティタ。
人間、本当に凄いものを見ると語彙力が消滅するのだと、身をもって知った。
「……素晴らしかった」
全試合、ライフはほぼ一撃でキメていた。必殺のアッパーとでも言うべきか。
魔法は一切出ない。正真正銘の力勝負。原始的喧嘩。大立ち回りだ。
(俺にとっちゃ、あの優勝トロフィーが、最高峰の宝物に見えるぜ)
最高の漢の勲章だ。俺の気持ちは今、満足している。
『これより、優勝者であるライフ・アベーナ選手のサイン会を行います。サインご希望の方は、バトルフィールドまでお越しください……』
ギャラリーへ向けたアナウンスが鳴る。直ぐに、ティタが俺の肩を掴む。
「是非! 行きましょう、マオさん!」
「サイン欲しいのか?」
「マオさんが、です! 顔に書いてありますよ?」
思わず自分の顔を触ると、強く眉間に皺が寄っている。興味がライフへ向いているのだ。
「……ああ、そうだな。ライフに会ってみたい」
大会を制した硬派な漢に、俺は会ってみたいと望んでいる。
俺の素直な告白に、ティタは柔らかく微笑んだ。女神の様な笑みだ。
「ふふっ、では行きましょうか!」
「ああ!」
ティタに手を取られ、引っ張られながらギャラリーを出る。
急に心拍数が上がっていく事に気が付く。
どうしよう……何を話そうか。相手は硬派な漢だ。無意味な会話は無粋だが……。
「何を話すんですか?」
「……うーん、『趣味はなんですか?』って――」
「それは止めた方が良いです」
真顔のティタにピシャリと止められた。そんなに変な質問だろうか?
……まあいい。会ってみれば、己の内に湧き上がる衝動と共に、聞きたい事も形になるだろう――。
「?」
「…… ?? どうしたティタ――」
階段を下りている最中、ティタが突然止まった。必死に獣の耳をピクピクさせている。
「何か……変な音聞こえませんか?」
「何かって……」
俺も必死になって耳を澄ますも、周囲の雑音で良く分からない。
「ここの雑音とは違う……何かの大群が群れをなして飛んでいる様な――」
「何だそれ」
「喜び? いや、悲鳴でしょうか?」
ティタは全神経を手中させ、聴覚で音を聞いている様だ。
俺には何も分からない。ただただ雑踏の中にいて、熱気冷めやらぬ空気を味わっているだけだ。
「何かが起きているのか?」
「……分かりません。でも!」
ティタが次の言葉を言うことはなかった。それよりも先に、
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!』
大きな悲鳴と共に、大きな破壊音がブレイキ座に響き渡った……。
………………。
…………。
……。
――時間は少しだけ遡り。
見事、優勝を果たしたライフは、自身の控室へと戻って来た。
足取り軽く、熱戦の余韻を残したまま、これからファンとのサイン会が行われる。
(やった……遂に俺はやったんだ!)
本当に熱い戦いだった。敵は誰も彼も猛者ばかり。一試合でも気を抜くことが許されぬ状況。
その上、身も震えるほどのプレッシャー。自身は無敗記録を持っており、ファンの期待も高まっていた。
(ここ一番で何とか粘れた……次戦ったら、どうなることやら)
自分は運が良かった。相性が良かったと、決して驕り高ぶる事はない。
チャンピオンらしからぬ謙虚さと慎重さ。だからこそ、ライフはこの大会で勝ち抜けたのだと自己分析。
とうとう果たした、悲願の優勝。大事に抱えているトロフィーは、何物にも代えがたい宝物である。
(一先ず休もう。次のサイン会まで多少休憩できる)
寝てしまわないか心配ではあったが、それよりも体を休めたい欲望に忠実であった。
「よし――」
自身に割り当てられた、控室の扉を開ける。何気ない動作だった。
「おや、戻って来るのが存外早かったのう?」
――知らない声だ。
部屋の中を目にし、先程までVIPルームで観戦をしていたスポンサーでありセシオーリア孤児院オーナーの御令嬢、『クズメ・ル・セシオーリア』が佇んでいる事に気が付いた。
次に――
「な、なっ!?」
クズメが、先程まで戦っていた対戦相手の男を、食べている事に気が付いた。
スキンヘッドと髭面に、勿論見覚えがある。
屈強な肉体が、腹から縦に裂かれ、中から赤黒い臓物が取り出され、バクバクと咀嚼している――。
「お、おま! おっ、うぅっ!」
堪らず、胃袋から込み上げてくるものを吐き出す。こんな状況、飲み込めるはずもない。
「……はぁ、やはり生身は食えたモノじゃないのう」
ぺっ、と、さっきまで動いていただろう心臓を、ガムでも吐き捨てる様に口から出し、足で踏みつけた。
「やはり生は、魂に限るのう?」
クズメの足裏と地面の間に糸引く血管。滴り落ちる鮮血。部屋の中は、赤一色に染まっている。
――この女、クズメじゃない!
本能的に察したライフは、直ぐに思考を切り替える。これは、先程までの高揚感を全て打ち消すには、十分な状況であった。
「なぁなぁ、そちは所謂”最強の男”なのじゃろう? 最強の男の魂って……どれ程美味なのかのう?」
「っは、し、知らねぇな! テメェは何者だ!」
「質問をしているのはわらわじゃよ?」
ゆっくりと、ゆっくりゆっくり近寄ってくる。ライフも後退したいが、足が竦んで動けない。
(どうしたッ! どうした俺の足ッ!!)
にじり寄る、得体の知れない女。口の端が大きく引き攣る。
「無理もないのう。『大妖怪』を見るのは初めてじゃろうから」
「だ、大妖怪?」
「よいよい。問答などせんでも」
ゆっくり、ゆっくり。クズメの表情は、最早別人の様に歪んでいる。
化物だ。この世のものとは思えない、化物だ。
「……キ、キハ、キャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
姿がブレる。陽炎が消え去る。
貴族の令嬢だったクズメの姿は、見る見るうちに、十二単の妖艶な美女となった。
「もう飽きたわ」
「――あ」
刹那、ライフの胸を貫く黒い影。視界が揺らぎ、宝物であるトロフィーが、懐からするりと抜け落ちる。
美女の背後から現れた9つの尻尾。九尾の狐。
(い、いつの間に!?)
尻尾の1つが鋭利な槍となり、ライフの急所を貫いている。
(ま、魔法だ! コイツは何かの魔法を使っているッ!!)
「あ……あ!」
刺された場所からブクブクと、黒い泡が染み出し、全身が黒く染まっていく。
次第に視界が狭まっていく。
「なに、もの……だ」
拳を振るうも届かない。先程まで他者を圧倒していた拳は……もう。
「い た だ き ま す」
突き刺さっていた尻尾を、抜いた。
ブシュウウウウウウウウウと、激しく噴き出す黒い液体。宙を舞っては霧の様に漂い消える。
(リヴェーチェ様、どうかお助けください――)
信奉するリヴェーチェ様へ祈りを捧げ、目を瞑る前に視界へ映ったのは、自分自身の”魂”だった。
(あ、俺の)
「――」
ライフの意思は……そこで途切れた。
「キャハ、アハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
心から、高笑いをする美女。
尻尾の先には、か細い”炎”がべっとり付着している。今にも消えそうな、魂。命の炎だ。
「ん~」
尻尾ごと丸のみし、咀嚼し、反芻する。
――食べている。命の灯火を、人の魂を。
「ま、こんなものかのう」
舌なめずりをして、食事を終えた。
懐から扇子を取り出し、優雅に自身を扇ぐ。
「さて、爺達も動き出しているだろうし、面倒じゃが――」
最早、動かなくなったライフを蹴り飛ばし、自ら歩く道を作る。
更に懐から、悍ましい色をした短剣を取り出した。
見る者が見れば、深く魅入ってしまうような短剣だ。
「わざわざ、高貴なるわらわが、セシオーリア家に潜り込んでまでして拝借したのだ。役に立ってもらうぞ、『異剣ヤーンデレンド』よ」
美女の姿が再び変化する。今度は、真っ黒い化物だ。
尾が9つあり、全体的に狐のシルエットをしている。まさに、『九尾の狐』、そのものだ。
「アーキュリアよ……い た だ き ま す」
激しい破壊音と共に、天井を突き破り、駆け出していく九尾の狐。
残されたのは、対戦相手の死体と……優勝トロフィーを抱いて生きた屍と化した――ライフだけだった。