第22話 いざ征かん、拳闘の道
王家の間を出て、長い廊下を歩く。
ボンタンズボンのポケットに手を入れ、胸を張り堂々と進む。
舐められるか舐められないかの殺伐とした学校生活を送ってきた為、それが体の中まで染み込んでいる。
「――ちょっとアンタ!」
俺を追いかける形で、駆け足でやって来るのは第3王女のクルル。桃色のツインテドリルが振り子の様に風で揺れる。
その表情は――怒りと困惑の混じり合った、形容しがたい迷いの表情である。
「学園入りを保留するなんて……どういう了見なのかしら!?」
「……ああ」
――先程王妃から提案されたのは、ヴァルヴァラ騎士団に構成される『ヴァルヴァラ騎士』を育成する教育機関『ヴァルヴァラ学園』への入園であった。
異世界入りをしてしまった為、俺の最終学歴は高校1年。勉強も不十分である。
それを憂いてか、王妃からの学園入りの提案だったのだが――
「言っとくが、別に断った訳じゃない」
勇者パーティの時は断ったが、学園入りは保留にしてもらった。
「入学のタイミングは毎月あるようだしな。今月は保留にしてもらっただけだ」
「それはそうなのだけど……!」
余程俺に何か思う所があるのか、クルルはやたらと食って掛かる。狂犬に噛まれた気分だ。
「アンタの事だから、また”中途半端”だからとか、そう言う考えだからとは思うのだけど!」
「良く分かってるじゃないか」
御明察。俺は生半可な気持ちで、学園に通いたくはない。
「はぁ……何でそんなに拘ってるのか分からないけど……取り敢えず入ってみるって考えはないのかしら?」
「無い」
「清々しい程の断言ですわね」
再度、はぁーーーー、と頭を抱えるクルル。何故俺はコイツに悩まれなければならないのか。
「俺はこういう生き方なんだよ、分かるだろ? 何かに取り組むにしろ、信念を持って、軸の通りに歩みたい……変な事じゃないだろ?」
「それはそうだけど……アンタ極端なのですわ!」
「極端でいい。でないと、俺の目指す”硬派”にはなれないからな」
「そもそもアンタの言う硬派って何なのかしら?」
「……」
クルルの何気ない疑問に、俺は答えない。
――どうせ分かってもらえないからだ。
これは俺の『美学』だ。分かるのは自分だけでいい。俺はどこまでいっても、何をするにしても、”五常”と”硬派”を目指し、護る。
それだけだ。それだけでいい――。
「別に、アンタみたいなクソニートの事なんてどうでもいいのだけれど、せっかくお母様がアンタの事を心配しておりますわ。悲しませる事だけは……するんじゃないですわよ?」
……クソガキが俺に突っかかるのは、そう言う事らしい。『王妃の好意を無下にするな』、そう言う事だ。
俺は髪をかき上げ、クソガキを睨む。
「俺は俺の道理を通す。無論、拾ってもらった王妃に対してもな。だけど、俺の道は俺が決める」
「……アンタには『界塵特効』という、何を変えるだけのポテンシャルがありますわ。そのポテンシャルを発揮せずに、自ら”未来”を閉ざす真似だけはするんじゃないですわよ!」
「選択次第だ」
「……ふん、だからアンタはクソニートなのですわ! 死ね!」
「あ゛?」
「ヤバ――」
俺に暴言を浴びせ、一目散に逃げ出そうとしたクソガキの頭を、右手で鷲掴みにしてアイアンクローをキメる。
「ぎゃああああああああ!! 痛い痛い痛いですわーーーー!!」
「年上に対する敬意がねェな……君ィ!?」
「ごめんなさいごめんなさいですわ!!」
「……フン」
俺が手を離すと、すかさず一定の距離を取り、安全を確保するクソガキ。警戒心がありありと見える。
「ぜぇ、ぜぇ……アンタこそ、年下の女の子にする行いじゃないですわよ……! ましてや第3王女ですのよ?」
「知るか。ムカついたらしばく、それだけだ」
「んなっ!? なんて野蛮な思考のクソニートなのかしら!」
「もう一度、しばかれたいか?」
驚く程の反射で、俺から更に距離を取るクソガキ。
「暴力に訴え始めたら人間終わりですわよ?」
「それなら大丈夫。俺は既に終わった人間だからな」
「! コイツ、無敵の人ですわ!!」
脱兎の如く、俺から逃げて行ったクソガキ。恐るべき速さであった……。
「学園ねぇ……」
クルル去った後の静まり返った廊下で、独り言ちる。
正直、良い思い出はない。オタク時代はそこそこだが、それ以降は闘争の毎日だった。
「いっそ、学園の番長でも目指してみるか?」
――なんて、面白くもない冗談を呟いて、苦笑するしかなかった。
……。
…………。
………………。
――4月19日、日曜日。
あっという間に、世界一拳闘大会当日である。
快晴の空の下、外出するのは気分がいい。
「さ、助手席へどうぞ。マオさん!」
「お、おお……」
観戦券は2枚あったため、ティタを誘い、一緒に見に行くことになったのだが……。
「これ……ティタのか?」
「はいっ! 専属メイドは、ご主人様を如何なる場所にもお連れ出来る様、免許とコレは必需品なんです!」
「マジか……!」
開催場所は、ルザブルの南にある大会場『ブレイキ座』。
人気の少ない僻地に建てられているようで、城から距離があり、その上そこまで行く為の移動手段が限られている。
ならば、俺らは何で出発するかと言うと、長方形の浮いている車――ファルセスタだ。
城の格納庫に収められている沢山のファルセスタ。その中の一台に乗って、颯爽と俺の前に現れたティタ。
オレンジのボディで、見た目は角の丸い長方形である。車と言うか、動く長方形である。
窓が開いており、満面の笑みのティタである。
「乗って下さいっ!」
車っぽい乗り物を運転する獣人メイド……情報量が多すぎる。
「失礼」
「どうぞどうぞ! 狭いので気を付けてくださいっ」
恐る恐る助手席の扉を開け、助手席に座る。
中は案外普通である。ただ、女子らしくフローラルな匂いがする。
運転席に座るティタが、意外にも様になっている。
「窮屈かもしれないですけど、シートベルトを締めてくださいね」
「 !? え、シートベルトがあんの!?」
「? なきゃ危ないじゃないですか?」
そりゃそうだ……付けないと危ないからな。
「いや……異世界なら魔法の力で無いのかと」
「あはは、そこまで魔法は万能じゃないですよ」
そう言って、運転席下部にある謎のプラグを引っ張り、右腕に付けていた、これまた異質なリストバンドの穴に繋げるティタ。
「……それは?」
「『エンジンプラグ』です。こっちのリストバンドは『エンジンバンド』。プラグを繋ぎ、バンドから魔力を流し、起動させるんです」
次の瞬間には、ゴゴゴゴッ、とファルセスタが嘶き起動した。
「よし、出発しましょう!」
「……やっぱ便利じゃん」
「?」
不思議そうに首を傾げるティタ。これが当たり前なのだから、突っ込まれても困るか。
――侮りがたし、異世界。
「行きますよー!」
「おう、お願いします」
大会は9時から始まる。その為、午前8時、俺達は城から出発した。
腹の奥底にまで響く様な重低音と共に走り出す。
ティタの巧みな運転で、東門から出てスイスイ道路を進む。
正門の前は歩行者天国であるルザブル大通りが横切っている為、別の門から出なければならない。
「ん~~」
運転席のティタは鼻歌交じりで運転をする。見た所かなり慣れている。
「普段も運転してるのか?」
「専属の前までは良く運転してました。ピーちゃんとドライブによく行っていましたね」
「ほう」
それはとても楽しそうだ。
気の合う仲間と小旅行……テンションがアガる事だろう。
(もっとも、俺には気の許せる友はいなかったが……)
番長とは孤独なものなのである……多分。
「いいファルセスタだナ?」
「そう思ってもらえるのは嬉しいですっ! この『棺桶型』は人気車なんですよ!」
「棺桶型?」
「形が棺桶みたいなので、そう呼ばれています」
……随分と不吉な呼び名だな。
気にしない事にして、暫しドライブを楽しむ。
流れていく景色はどれも新鮮だ。様々なビル、見た事ない建物、人、物……。
「……良い所だな、この国は」
「! ですよね! 良い国ですよ!」
通り過ぎる背景は平穏そのもの。市は賑わい、盛り上がっている。
治安が良いという事だ。不良の跋扈する天花市とは天と地の差だろう。
「そう言えば! マオさんに是非食べてもらいたい店があるんです!」
「ほう?」
「すっごく美味しいオムライス屋さんなんですけど」
「オムライスか……いいな。俺はオムライスについては舌が肥えているからな」
「ふふっ、なら気に入ってもらえると思いますっ」
――時折ティタと雑談をしながら、ファルセスタは街を翔けて行く。
「――拳闘大会なら結構見ますね」
「そうなのか。なんかオススメの選手なんているのか?」
「オススメと言うか、今頭角を現しているのは『ライフ・アベーナ』選手ですね」
「強いのか?」
「今の所負け無しですね!」
「それは強いな」
「はい! ただ、まだ大会とかで優勝した事はないので、今日の大会が初のタイトルになりそうなんです!」
「俺はその試合に立ち会えるという事か……燃えるな」
無敗で勝ち進んでいる拳闘士ライフか……どんな男なのか、興味が湧いてくる。
「因みになんですけど、ライフは拳闘士の団体に所属してまして、そこで呼ばれているあだ名があるんです」
「フン、何て言うんだ?」
「『団体番長』」
「 !? 」
「……どうですか? ちょっと興味湧きました?」
「ちょっとどころか、超湧いた」
もしかしたら、団体番長であるライフの試合を見せたくて、ウルルはこの観戦チケットをくれたのかもしれない。
とすれば……かなりの漢である事が予想される。有難い事だ。
徐々に景色が長閑な景色に切り替わる。
畑や田んぼが多くなり、民家も少なくなっていく。
「田舎って感じだ」
「実際、この辺りは田舎ですね」
辛うじて道路が舗装されているからマシだが、なければただただ広い農村部になりそうだった。
俺の住んでいた辺りも田舎だったが、ここまでではない。ここは相当な田舎だ。
「見えてきました!」
「……アレか」
田舎の中に突如現れる近代的な巨大野外ステージ――ブレイキ座。
デカくて長い鉄の柵で囲われており、2段3段と階段状にギャラリーが戦場を囲う。
作りはヴァルサリル城の訓練塔に似ているかもしれない。
違う点をあげると、ブレイキ座の方が大きく、完全に野外だという事だ。雨が降ったら絶対に濡れるだろう。
「運転ありがとう」
「いえいえ! あたしこそ、誘ってくれてありがとうございます!」
隣接しているこれまた広い駐車場にファルセスタを止め、俺とティタは降り立った。
「結構混んでますねー」
「人気だったんだな」
駐車場には沢山のファルセスタが止められていた。そして、様々な人種が観戦にやって来ていた。入り口付近は人込みになっている。
「時間ギリギリに来たのは失敗だったかもな」
「そうかもですね。取り敢えず行きましょう!」
「ああ」
期待に胸と硬派を膨らませ、流れに沿って入口へと向かう。
――俺の決意の後押しになってくれることを、願っているぜ。団体番長!
………………。
…………。
……。
――ブレイキ座の選手控室の1つ。蠢く闇があった。
「どこで道草をしているのかと思えば――」
ぬらり、と影の様に不自然的に自然に現れたのは、グレーのスーツの老人である。
「こんな所で男漁りとは……貴方も隅に置けませぬな」
いつの間にか、当たり前の様に、まるで最初からこの部屋に居たかの様に登場した老人であったが、相手は対して気にしていない。
「……あら、わらわがどこで何をしていようと、そちには関係ないのではないかのう?」
十二単を着た、妖艶な美女である。
まるで、平安時代からタイムスリップして来たかの様な、立ち居振る舞い、出で立ちである。
「そうですな。貴方がどんな事をしていようと、私には関係がありませぬな」
「そうじゃろう。……安心せい。そちの策にはちゃあんと参加するでのう」
笑みを零す美女。しかしその笑みには、邪悪さが滲み出ていた。
「結構で御座います。それでは、こちらからの合図と共に、宜しく頼みますぞ」
「ハッ! そんな事、言われるまでもないわ!」
最早邪悪さを隠さず不気味に笑う。ケタケタと、笑う度に口から影が零れる。
気付くと、老人はいなかった。夢幻の如く、消え去った。
「……相変わらず、気味の悪い爺よのう」
懐から扇子を取り出し、パタパタ扇ぐ。
「武器は既に手中。ならば、直前まで成り変わりを楽しんでも良いだろうに」
次の瞬間、
「……【色欲】」
十二単の美女の姿が、貴族の令嬢へと変化した。
――明らかな”異常”。
「食べるなら、やはり屈強な男に限るのう……!」
舌なめずりしたその先に、ライフの控室があった――。




