第21話 熱の入り方
――世界一拳闘大会。
首都ルザブルの中でも、力自慢の『拳闘士』のみが招待される、大規模な”漢”達の腕試し大会なのである!
「――ドエレー最高じゃねぇか!!」
「ま、マオさん?」
「嬉しそうですね、少年」
ティタは驚き、リーナ中隊長は小さい子供を見る様な優しい笑みを湛えている。
(ぐ……ちょい燥ぎ過ぎた……!)
「フン……」
柄にもなくテンションが上がってしまい、普段のクールなイメージを保つため、側にあった味噌汁を喉に流し込む。
「 !? あ゛っ゛つ゛ゥ゛!」
「大丈夫ですかマオさん!?」
「熱々の味噌汁を一気に飲んだらそうなりますよ……」
激アツの液体が、俺の喉を所狭しと駆け巡り、焼き尽くし、胃袋の中へと収まった。
「~~~~ッ!?」
大被害である。戦火は未だ燻り、俺の痛覚を虐めている。
「水です! 水飲んでください!」
「ん゛ん゛ッ~~!!」
ティタに手渡された水こと回復薬で、喉の熱さを消火した。
「フーッ……すまない」
「いえいえ」
意味もなく不敵に笑う。感情表現が苦手なだけなんだ。
――4月17日の、朝の事である。
いつもの様に、食堂室にてティタの作ってくれた和食に、舌鼓を打っている所だった。
フラグナ防衛軍の中隊長、リーナと久しぶりに会い、共に飯を食う流れに。
そこで、ウルルから世界一拳闘大会について観戦チケットを貰った事を話し、どういった催し物なのかと、ティタや中隊長に聞いてみたのだった。
「――少年、”拳闘士”という職業があるのは知っていますか?」
姿勢正しく、スクランブルエッグを食べる中隊長。赤ブチメガネのレンズがキラリと光る。
「いや……名前からして、拳で戦う職なんじゃないかなとは思ったスけど」
「まぁ、ほぼ正解ですね」
喉を労わりつつ、おにぎりを掻っ込む。
ティタが握るおにぎりはどうしてこんなに優しい味になるのか……。
「拳のみを武器とした戦闘スタイルの職業です。体格のいい種族が多いですね」
「ほう……拳オンリーなんスか」
「はい、拳オンリーです」
「素手喧嘩って事だナ……!」
「ま、マオさんの目がギラギラしています!」
するに決まっている! 素手喧嘩主体の職業だと……? 漢臭くてイカすじゃねぇか!
拳で語る……そんな硬派な漢に、俺はなりたい。
「熱いねぇ……!」
「! ま、まだ熱いですかっ!? 火傷しちゃいました?」
「いやそっちじゃなく。拳闘士に対して熱いねぇって」
「あ、ああ! 良かったですぅ」
水を用意しようとパタパタを慌てていたティタだが、ふぅと安堵の息を吐いた。落ち着きなかったモフモフの尻尾も安定する。
「世界一拳闘大会は、各地の腕利き拳闘士達が一斉に集まり、トーナメント方式の1対1で戦い、たった1人の勝者を決める大会です」
「 !? タイマンか……!」
「マオさんが見た事ないくらい嬉しそうです……!」
「そりゃそうだろ!」
「! わんっ!?」
ガシッと、ティタの両肩を掴んだ。ビクッと、体を震わせるティタ。
「いいか? 男の子で、トーナメントが嫌いなヤツなんていねぇんだ。特に、タイマン勝負なんて最高にクるだろ?」
「そ、そうなんですか……?」
「断言できる。因みに、バトルロイヤルも好物だったりする」
「本当でしょうか? と言うか、ち、近いですマオさん……!」
本当に決まっているだろう。
バトル漫画でこの展開になったら絶対ワクワクするからなァ……。ありがちではあるが、安心と信頼感がある。
「俺が思うに戦いってのは、本能のぶつけ合い。要するに一種の”対話”なんだ。お互いの意地と意地のぶつけ合いなんだぜ」
「近いです近いです! く、くぅーん……」
「これが熱くならない訳がないよナ。そうだろう、ティタ?」
「あああ、あた、あたしは別の意味で熱くなってきましたっ」
これを機に、サブキャラ、モブキャラの奮闘を見せてくれてもいい。それだけ、漫画の世界観が広がるって事だからな。
「――俺は好きだ」
「! きゃ、きゃいんっ!?」
総じて――俺はバトル漫画が好きなんだ。
結局、血沸き肉躍る熱い戦闘が好きなんだ。能力バトルもの、スポーツ、極道、ヤンキー……頭脳戦なんかも好きだ。
……正直、現実での不良相手の喧嘩は、別の目的があったから楽しくは無かったし、楽しめるものでもなかった。ただただ己の暴力を振りかざすだけだった。
しかし、それでも俺は言える。
「大好きなんだ!!」
「あのっ! あのののののっ!?」
戦いが大好きだ。闘争本能……と言うべきか。俺の奥底にあるのは、純粋に戦い好きな、少年の心なのかもしれないナ?
「……その辺にしておいた方が良いと思いますが?」
つい熱くなっていると、中隊長の横槍が入った。
確かに……少し熱くなり過ぎた。頭は冷静に、体は硬派に、それが俺だ。
「ウス……すんません」
気付くとティタの両肩を掴んだまま、顔と顔を近づけて力説していた。目の前には、耳の裏まで真っ赤に染まり、目をぐるぐるさせているティタの顔のドアップだった。
「しゅき……しゅき……しゅき?」
ぶつぶつと何かを呟くティタから手を離し、背中を摩ってあげる。
「おっと、すまないな。つい力が入ってしまった」
「……ばうー。し、心臓に悪かったでしゅ……」
胸を押さえ、心を落ち着けようと荒い息を吐くティタ。
……ちょっと熱すぎたか。俺のオタク気質がはみ出しちまったようだな。
「ちょっと熱かったか?」
「め、滅茶苦茶熱かったです……」
「それは重畳」
俺の熱さが、少しでも伝わったようで満足である。
「ちょ、重畳なんですかぁ? くぅーん……」
未だ混乱している様だ。俺はティタを椅子に深く座らせ、休ませた。
「……少年はあれですね、ちょっと――いやかなり言葉が足りないかもしれないですね?」
「そうスか? まぁ、背中で語るってのが硬派スから」
「背中で語り過ぎじゃないですか……?」
苦笑している中隊長だったが、俺には理由は分からなかった。
……。
…………。
………………。
世界一拳闘大会は19日。明後日だ。
意識すると、とても待ち遠しく思っている自分がいた。このままではワクワクして眠れないという、遠足前のガキになってしまいそうだった。
なのでどうするかって? 答えは――筋トレだ。
筋トレってスゲーよな!? 全ての問題に対する解答に成り得るからな!!
「フッ……フッ……」
今日の分の勉強は終わったし、外に出るという選択肢もあったが、今日は気分じゃない。
「フッ……!」
こういう日は、自室に籠ってとことん体を虐めるに限る――。
トントントン、と控えめなノック。
俺がバーピーをやっていた時だった。多少、息を整え、汗を拭う。
ティタだったら――外から優しく声をかけてくれる。
ピスカだったら――問答無用で入って来る。
メイドリーダーだったら――外から猫なで声で金の無心をしてくる。
――つまりは、それ以外の来訪者だ。
「はい?」
扉を開けると、派手派手な黄色のドレスと、巻き巻きの桃色ツインテドリルが目に入って来た。
「さっさと開けなさいよ、クソニート」
「……」
――すぐに扉を閉めた。
『ちょっとぉ!? 何閉めてんのよニートの癖にぃ!?』
小生意気な第3王女、クルルことクソガキがいた。
とてもあのウルルやエルルの妹とは思えない程の口の悪さだ。
「あ、勧誘なら間に合ってまーす」
『誰が押し売りよ!? こちとら王女ですわよ!?』
溜息と共に、髪をかき上げる。今日は厄日じゃねェか……。
「よう、クソガキ。なんか用か?」
『扉越しに会話始めんじゃないわよ! わたくしのこと舐めてるんじゃないかしら!?』
「舐めてはいないが……ちょっと嫌だなって」
『そんなの、わたくしの方がもっと嫌ですわよ!』
「あ? 俺の方がもっともっと嫌なんだが?」
『なら、わたくしの方がもっともぉ~っと嫌ですわ!』
ギャーギャーと甲高い声が耳に障る。
本当……面倒な子だ。硬派に合わん。
俺は年功序列を尊ぶ。年上は敬い、年下は導く。勿論、敬うべき年上、導ける年下に限るが。
特に礼儀だ。礼儀を知らんガキは苦手だ。多少腕白くらいならいいが、コイツの様にハナから軽蔑するような目でバカにしてこられると正直拳骨が出てしまう。
仁義礼智信……俺の護るべき”五常”だが、余りにこのガキと相性が悪い。
「ドア越しじゃ要件は果たせないか?」
『無理! フィリルお母様にクソニートを連れて来いって言われているのですわ!』
「 !? 王妃に?」
俺は直ぐに扉を開けた。
「何してんださっさと行くぞ。王妃を待たせる訳にはいかない」
「くっ……! 最初から素直に出て来なさいよクソニート!」
「あれだ……お前に会うのが恥ずかしくて///」
「ウソつくな! 死ね!」
口わっる……死ねは言うなよ。仮にも王女だろ。
――終始暴言を吐いてくるクソガキの数歩後に付き、王妃のいる王家の間へ。
轟轟と大きな観音開きの扉が開け放たれる。
「「失礼します」」
内心、『うわ、ハモった』と愚痴ながら中へ入っていく。
「うわ、ハモった最悪死ね」
このクソガキも同じ事を思ったらしい。聞きたくはないが独り言が聞こえてしまった。
……良かったな。俺も同じことを思ったぜ。後でしばけたらしばくからなコラ。
最早犬猿の仲と言うか、油と水の様に混ざり合わないレベルまできているが仕方ない。
王妃のいる所まで並んで2人で歩く。
俺が歩調を合わせている訳ではない。コイツが俺に張り合う様に歩調を合わせてきているのだ。
「あら、仲良しですね?」
( !? )「!」
王妃の第一声に顔が引き攣ったが、得意のポーカーフェイスで隠しきる。
「……フィリルお母様、ニー……この人を連れて来ましたわ」
一瞬ニートって言いかけたな。
まあ、クソガキも何とか堪えている様子。こめかみに青筋が浮いてはいるが。
「お久しぶりス。王妃」
「お久しぶりね。元気かしら?」
「元気っス。王妃やティタ、城の人達のおかげで大事なく過ごせてます」
「それなら良かったわ。この城は真魚君のお家だと思って、自由に過ごしてもらって構わないから」
「恐縮ス」
……相変わらずマブいお方だ。
透明感のある薄桃色の長い髪に、整った顔立ち、甘い香り、紫のドレスが美しさを際立たせている。
「お役目ご苦労様、クルル」
「! い、いえそんな! 幾らでも頼ってくださいまし!」
娘であるはずのコイツでさえ、王妃の圧倒的オーラにかかっている様子。
つーか、遜る事が出来んじゃねぇかよ。
「突然お呼び立てしてごめんなさいね」
「いえ……」
豪華な椅子へと案内され、遠慮なく深く座る。
4人用の机を、王妃、俺、クソガキで囲む。
「……君も一緒?」
「……うふふ、何か問題があったかしら?」
「何もない」
しれっと俺の右隣に座るクソガキが、『余計な事を言うなよ?』と視線で脅してきやがった。
……そんな事分かっている。俺だって同じ気持ちだからな。その点において、共通認識を持つ事はとても大事だ。
「丁度2人に用事があったの。まずはクルルからね」
「は、はい!」
若干緊張している様子のクソガキ。レアだ。激レアだ。
「ウルルが率いていた『ヴァルキューレ』――その引継ぎの許可が、国王から出たわ」
「! 本当ですかお母様!」
嬉しさの余り立ち上がるクソガキ。全身から喜びが溢れ、表情が生き生きしている。
「本当よ。『ウルルがこなしていた大役……任せたぞ』と、仰っていたわ」
「~~~~っやりましたわ!」
両手を天にあげて、遂に全身で喜ぶクソガキ。その様子を嬉しそうに眺める王妃。
こうして見ると、クソガキも無邪気な少女なのである。……普段の振る舞いはアレだが。
王妃の血を引いているだけあって、見目形は美少女だし、言動のせいで色々勿体無い。
……いやアレか? 俺にだけ当たりが強いのか? その可能性はありそうだ。
「ヴァルキューレ……」
俺が気になった単語を呟くと、王妃が解説してくれた。
「国を護る軍である”ヴァルヴァラ騎士団”。ヴァルキューレも、ヴァルヴァラ騎士団の一部隊なの。でも騎士団でありながら、王家直属の組織なの」
直属……だからクソガキが率いるという事か。
「それにヴァルキューレはちょっと特殊なの。それは構成員が全員『ウィッチ族』で構成されているの」
「ウィッチ族って言うと……魔女スか?」
――ウィッチ族の名は聞いた事がある。
確かピウとメイド同士の定期戦闘訓練を見学していた時だ。魔法の話になり、ウィッチ族の名が出たな。
魔法を2つ所持しており、己の成長を犠牲に莫大な魔力を持つ……そんな感じだった。
「そうね。『魔女族』と呼ばれていた種族。昔からの契約で、王家にはウィッチ族で構成された組織を直属組織として置く事になっているの」
「それで今回、クルルが引き継ぐ事になったんスね」
「ええ。ウルルの後任としてね。頼むわね?」
「お任せくださいまし!」
ビシッと姿勢を正して威勢のいい返事をする。
こうして見ると本当にお嬢様みたいだ。実際そうなんだが変わり過ぎ。
「待たせてごめんなさいね。次が真魚君ね」
「ウス」
俺は一体何を言われるのだろう。多少身構えていると、予想もしない事を言われた。
「真魚君――異世界の学園には、興味はないかしら?」