第20話 未来強襲
――4月16日、木曜日、午後1時過ぎ。
俺が異世界ディメヴィアに偶然召喚されて、一週間が経った。
この一週間は、俺の人生の中でも濃厚で濃密な一週間であった事は間違いない。
突如異世界に飛ばされ、ファンタジーの住民と出会い、大きな城で闘争とはかけ離れたスローライフ……。
余りにも現実離れしているが、これが現実で、これから一生のスタンダートとなる。
『全体! 進軍!』
どこかで聞こえる号令に耳を傾けながら、ヴァルサリル城1階の、長い廊下を1人歩く。
星空観賞会から数日、俺はティタからアーキュリアについての勉強を始めていた。
同時に、筋トレも欠かさない。この世界で生きるために、前向きに行動を始めたと言う訳である。
……未だ、俺の軸は出来てはいないが。
『キャーーーー!! 勇者様ーーーー!!』
『頑張ってください!!』
『行けーーーー!!』
黄色い歓声が飛び交っている。
俺はようやく足を止め、窓の1つから城下町を覗き見た。
小高い城から下り、目の前に鎮座するルザブル大通り。ど真ん中を行進しているのは、アーキュリアの精鋭揃いの『勇者パーティ』である。
国中から強者のみかき集めた、まさに最強の軍団。その数、1000人。
結果として、豪勢なパレードになっている。道路脇にズラリと並ぶ国民達。思い思いの声援が駆け巡る。
(彼らが、アーキュリアの未来の為に征くんだな……)
聖剣授与は午前中に済んだ。凛々しい表情の飛鳥を、俺は遠くから眺めていた。
今回も、彼らの出発を、遠くから眺めるだけに留めておく。
先頭の方を進むのは、メルン4兄妹の第一王女、ウルルだ。
艶やかな桃色の髪を靡かせ、優雅且つ凛々しい。
『ウルル様ーー!! 頑張ってーー!!』
『麗しや……ああ、麗しや!!』
『王女様ーーーー!!』
目を奪われる容姿に、表情に、立ち居振る舞い。王女としての貫禄が、民衆の声援を加速させる。
(今サイコーにマブいぜ……ウルル)
フィリル王妃のカリスマは、確かにウルルへと受け継がれている様であった。
ウルルに気を取られていると、一際大きい声援が聞こえ、意識がそちらへ向く――
(フン……イカすじゃねぇか)
パーティの中間辺りを歩き、笑顔を振りまく飛鳥。そう、勇者だ。
その腰元には、光り輝く聖剣が収まっている。
『……』
「 !? 」
一瞬、目が合った。
――いや、かなりの距離だ。その上、俺が城から見下ろしている形になっている。俺だと気付く事もないだろう。
「……フン」
……しかし、何となくだが、本当に目が合った様な気がした。
「頑張れ、勇者パーティ……!」
俺は尊敬の念を込めて、エールを送る。
どうか彼らの旅路が、栄えあるものに、なります様に……。
……。
…………。
………………。
「……」
――パレードは終わり、飛鳥とウルルは行ってしまった。
界塵や界団を倒すまで、戻っては来ないだろう。それはいつになるのか……計り知れない。
俺は勇者パーティの去った後の、大通りを未だに眺めていた。名残惜しい気持ちもあるが、彼らの歩いた軌跡を、何となく眺めていたかった。
(これでアーキュリアには、天花市を知る人間が俺しかいなくなってしまった)
唯一の異世界人になってしまった。だからと言って、何という事もないが。
(そろそろ戻るか……)
いつまでもここにはいられない。俺も、前を向かなければならない。
――そう思っていた矢先だった。
「ちょっと、そこの不良!」
「……あ?」
俺の背後に、乱暴な言葉をぶつけてきたヤツがいる。
誰かがやって来ていたのは分かっていたが、俺に用とは。しかも、この俺が不良だと……!
いや、実際そうだけど。
敢えてゆっくり、気怠そうに振り返ると、偉そうな少女が腕を組んで仁王立ちしていた。
見た感じ、中坊ぐらいだろう。年下のガキだ。
不遜な表情である。小柄で背も小さく、派手な黄色のドレスで着飾っている。髪の毛は長髪をツインテールにして、クルクル螺旋状に巻いている。
俗に言う、『縦ロール』か、『ツインテドリル』だ。
少女は自身のツインテをねじりながら、不敵に笑う。
「――いや、こう言うべきですわ。『ニート』!」
……え? 何? 俺今喧嘩売られてる?
ふん、と息を吐く少女。その堂々たる姿たるや、逆に感心したくなってくる。
「ニートはこんな所で何をしているのかしら?」
高慢的な態度のまま、俺に接してくる。
何なんだこのクソガキ……! 礼儀もクソも無いのか? 初対面の人に接する態度じゃねぇだろ!
内心イラつくが、所詮ガキの言っている事だ。俺はそこまでキレやすい訳でもない。菩薩の心で接してやろうじゃねぇかコラ。
一度髪をかき上げ、思考をクリアにした。
「……おいおい、嬢ちゃん。初対面の人をそんな呼び方したらダメじゃないか」
「うるさいですわクソニート。頭が高いですわよ?」
「……(ピキピキ)」
分かった、これ喧嘩だ! 喧嘩売られてるんだ! 進〇ゼミでやったことあるよ!
――じゃなくて。いくら何でも暴力だけはマズいな。相手が先に手を出して来たならまだしも。
それと気になるのが、このクソガキの髪の色が、美しい桃色をしているって事だ。
濃い桃色の瞳が、挑発的に俺を睨む。
「クソニートは勇者パーティ入りを断って、こんな所で何をしているのかしら?」
――ああ、分かった。このクソガキはメルン4兄妹の3女だ。確定だ。
俺の事情を知っていながら、この特徴的な髪色に瞳だ。雰囲気も、どこかウルルやエルルに似ている。性格は真逆だが。
しかしそうなると困るぞ。しばこうと思ったが、王家の、しかも第3王女様となるとボコす訳にはいかない。
「……あら、言葉が通じていないのかしら? これだから、頭の悪いクソニートは困りますわ」
「しばく」
「! 痛ーーーーーーーーーーーーい!」
結構強めに頭を叩いた。拳骨だ。コンプラ違反もなんのその。
「なっ! 何すんですのーーーー!!」
しゃがみ込み、必死に頭を撫でるクソガキ。涙目でこちらを見上げてくる。
「フン。俺流、肉体言語だ」
「ただの暴力ですの!」
「違う。これは肉体言語だ。分からないならもう一発いくしかないが……」
「わ、分かりましたわ! 理解理解!!」
すかさず立ち上がって距離を取るクソガキ。その間も頭を摩っている。
「痛いですわ……不敬ですわこのニート!」
「誰が不敬だ」
「あんたですわクソニート!」
「あのな、お前に敬う要素なんか一つもないんだよ」
俺の言葉に、過剰に反応する。
「――わたくしは『クルル・ド・メルン』!! あのメルン王家の第3王女ですわよ!?」
目尻に涙を溜めつつ、叫ぶように言い放つクソガキ。どこまでも偉そうである。
「だから何だよ? それって偉いのか?」
「偉いですわ! 王族ですわよ!?」
「王族は偉いかもな。でも、お前自身は偉くないだろ」
「なっ……!?」
俺はクソガキに近づき、両肩をガッチリ掴んだ。
目の前にたじろぐクソガキ。高慢さから、徐々に委縮が混じる。
「いいか嬢ちゃん。偉い人間ってのはな、自分から偉いって言わないんだよ。周りが勝手に言ってくれるヤツこそ、本当に偉い人間なんだぜ?」
「! そ、それは」
「何かを成し遂げ、尊敬される。敬られる。慕われる。そうして初めて、周りが評価し、讃頌してくれて、『偉い』って言われるんだよ」
得てして、皆に慕われる偉い人達は、自分から偉いだなんて言って来なかった。
「だったら嬢ちゃんはまだまだだよなぁ? 現に俺は”偉い”だなんて思えなかった」
「……っ!」
俺から目を逸らし、明後日の方向へと逃げる。しかし俺は逃がさず、しっかり肩を掴む。
「――まずは年上に対する礼儀を覚えろ。話はそれからだ。これは嬢ちゃんよりも数年先に生きている先輩からの有難いご助言だぜ」
手を離す。途端に、俺から離れて身構えるクソガキ。
「え、偉そうに……! 何もしないでのうのうとタダ飯を喰らい、手下のメイドに家事をやらせ、ダラダラ生きているクソニートに、そんな事言われたくありませんわ!」
( !? ぐっ……!?)
ず、図星を突かれた!? ムカつくが反論出来ない!
「あんたと一緒に来た異世界人は、勇者として立派に旅立ちましたわ! あんたはそれを見て、何も思わなかったのかしら?」
痛い痛い痛い! 一々言葉の棘が痛すぎる!
「運命を受け入れ、何かが出来るはずなのに何もしない、これからの“未来”を大事にしないあんたは、何をしているのかしら!」
ああ駄目だ。反論出来なくなると苛立ちしか出て来ん!
「――上げ膳据え膳で生きてるんじゃないですわよ、クソニート!!」
こ、このガキャァ……! マジしばく!
――と、急に冷静になる自分がいた。駆け出したい心が一気に萎える。
「……思わなかった訳じゃないさ」
「は?」
訝し気な表情で睨みつけるクルルを見て、改めて告げる。
「飛鳥がちゃんと旅立ってってよ……何も思わなかった訳じゃない。俺も力になれたかもしれないという思いはあったさ」
「だったらなんで、加わらなかったのかしら?」
「覚悟が無かった。世界を守るっつー覚悟が出来てなかった」
俺は俺さえ無事ならそれでいい。そういう考えしかないヤツに、世界が守れるわけがない。
「中途半端に関わりたくなかった。だから俺は断った」
例え俺に界塵特効があるとしても、雑に仲間に加わりたくはなかった。
「俺の意志で、選択で、世界を守る信念を持って勇者パーティに加わるべきだ」
じゃなきゃ――硬派とは言えないよナ?
「……」
相変わらずふんぞり返っているが、黙って俺の話を聞いているクルル。
やがてポケットから、何かの紙の束を放り投げてきた。
「ほら、意地汚く拾うのですわ」
「お前一々――」
性格の悪い奴だ……しばきたい。そう思いながら、ぶん投げられた紙束を拾う。
見た所、何かの大会の観戦チケットのようだが……?
「ウルル姉様からあんたに渡すよう言われたのですわ。『貴方の選択の後押しになればと思って贈ります』って」
「ウルルが……?」
選択の後押し……これで俺は、”未来”へ歩むことが出来るのだろうか?
「こーんなクソニートに渡しても、無駄になるだけだと思うのですけれど」
「無駄にはしないさ」
俺はチケットを懐に仕舞う。
「有難く頂戴する、サンキュな」
「! 別にあんたに感謝される筋合いはないですわ。ウルル姉様から言われて渋々ここへやって来ただけ――」
「あ? 何言ってんだクソガキ。今のはウルルへ向けた感謝だ。勘違いするな」
「……(ピキピキ)」
チケットの詳細は知らない。
だが、あのウルルが贈ってくれたものだ。きっと、俺の今後を左右するようなブツなのだろう。
「じゃあこれで、わたくしは帰りますわ!」
「ああ。さっさと帰れクソガキ」
「! ムカつく! クソニートが!!」
終始お互いを罵倒し合い、その場はお流れとなった。
――チケットは『世界一拳闘大会』の観戦チケットだった。
開催日は、3日後の19日、日曜日。