第16話 魔剣教団
なし崩し的に始まったピスカとのお出かけは、ルザブル大通りをブラブラ歩くプランである。
「にゅふふ~、マーくんとのデート楽しいね~」
「デートじゃない。お 出 か け な?」
俺は絶対デートとは認めん。硬派はそれを許さない。
デートとは、こんな気軽に行ってはいけない。もっと神聖なものであるべきだ――
「マーくん、お堅いね~?」
「無論。硬派だからな」
「……どういう事?」
肌で感じてくれ、肌で。
――大通りを右に沿って進む。俺が左側、ピスカが右側だ。
何故だか繋がれた俺の右手と彼女の左手。客観的に見てデートっぽいが、それでも俺は認めん。認める訳にはいかない。
(デートとはこんな気軽に――以下略)
隣を歩くピスカは上機嫌だ。露店を見てはキャピキャピ燥いでいる。
「ね、マーくん。あれ何だろうね?」
「ん? どれだ?」
「あれだよあれー。ラーメン屋の隣ー」
手を繋いでいる上、ピスカは身を寄せてくる。体の柔らかさに女性らしさを感じたり感じなかったり。
(硬派がムズムズする……ッ!!)
俺は気持ちピスカから距離をとる事に努める。
「あまりくっ付くんじゃない」
「えー、ダメー?」
「ああ」
駄目に決まっているだろう。こんな事、付き合っている恋人同士がする事だ。
――一応、確認しておくか。
「君、付き合っている人はいないのか?」
後でトラブルに巻き込まれたくなかったため、ドストレートに核心へと突っ込んだ。
大切な事だ。もし良い相手がいるのにこんな事をしているのであれば、不純以外の何物でもない――。
「……あっはは! 彼氏なんかいる訳ないじゃん! わたし専属メイドだよー?」
俺の発言が余程面白かったのか、背を”く”の字にして大きく笑った。
「主人に仕える身だからねぇ。主人以外に構う相手がいるのは大問題なんだよ~」
「それもそうだ」
俺はホッとした。
――この安堵は、ピスカに彼氏がいなくて安心したという事ではなく、不義理が無くて良かったの安堵だ。
しかし、目敏く俺の様子を見ていたピスカが、ジト目で言い寄る。
「でもぉ~、マーくんが望むなら……わたしはいいよ?」
「たった今、主人に仕える身だから大問題だと言っていなかったか?」
「それは普通の場合。マーくんは姫公認だし、大丈夫だと思うよ~」
「いつから公認の仲になったんだよ……」
「いいからいいから~」
今度はわざとらしくくっ付いて来たので、おでこを人差し指で軽く押した。
「やりすぎ」
「ちぇー」
どこか面白くなさそうだったが、次の瞬間には機嫌がすぐに戻った。
「ま、いっか。マーくんとわたしは気楽な仲がいいよね~?」
「言う程気楽か?」
「わたしは気楽だよ~」
「君はそうだろうけど」
確かに、この子とは雑に話しても問題ないと言うか、緊張しないと言うか……そういうのが、気楽な仲、と言う事か?
「……まぁ、確かに。楽ではあるな」
「! あー! マーくんがデレた~」
「あ゛?」
人を普段はデレないツンデレみたいに言うな。俺は硬派だぞ。
「あの露店、行ってみよ~よ!」
「ちょ、おい」
マイペースに俺を引っ張りまわすピスカ。
気付くと親友になってそうな……そんな当たり前の雰囲気作りが恐ろしく上手い。恐ろしい。
駆け出すピスカの後を追う。
すると、途中で突然ピスカが止まった。俺も足を止める。
困った様に、頬をかく。
「どうした?」
「いやー、厄介なのがいるね」
「 ?? 」
今度は、ピスカの目線の先を追う。すると、これから行こうとしていた露店だった――
「なんだ?」
見てみると、露店の周りに黒い集団が屯っていた。
若者5人である。種族はバラバラ、服装はカジュアルだが、皆その上に黒いローブを纏い、帯剣している。
「おー、見るからに怪しい連中だナ?」
「ま~ねぇ。実際そうだし」
ピスカは俺の腕を掴み、逃げるようにしてその場を後にする。
「あれは『魔剣教団』。元々は『魔剣』を崇拝している宗教団体だったんだけど……今は魔物や界塵を討伐する自称自警団って感じ」
――魔剣教団。そして魔剣。そこはかとなく胡散臭い。つーかフツーに怪しい。
「魔物や界塵を倒してくれるんならいいんじゃないか?」
「それがね~そうでもないんだよねぇ」
「と言うと?」
「国が非公認って点と、目的があくまで魔物・界塵討伐だから、他に迷惑かかっても仕方ない……みたいな考えな点」
「人様に迷惑をかけるのは良くないな」
「まぁ何よりヤバいのが、魔剣を崇拝している点」
「 ?? 」
俺が脳内で疑問符を浮かべていると、ピスカは囁くようにして告げる。
「魔剣の言う事は”絶対”なんだよ。たとえそれが犯罪だとしても、教団員は一切疑わない」
狂信者……そんな単語が頭を過った。
「だいぶヤバそうだな……」
「実際何度も揉め事起こしてるからね~」
「逮捕――っつーか、檻にブチ込まないのか?」
「そりゃ事件や事故の場合はねぇ。何も無ければ何も出来ないよ~」
それは俺の世界でも同じか……。胡散臭いだけで牢にブチ込めないのと一緒。
「ん? 『魔剣の言う事は――』って言ってたけど、魔剣ってのは喋るのか?」
「いやいや。なんか、魔剣の”内なる声”を聞いている的な感じだったね~」
「じゃあ実際は喋んないのか」
「だねぇ~」
……より胡散臭いぞこの組織。
それって、幾らでも『魔剣がこう言ってました!』って嘘が付けるじゃないか。
「――何となく伝わったかな? 教団のヤバさ」
「ああ」
怪しいモノには近づかない。当たり前の事だ。
魔剣教団――十分注意しよう。
……。
…………。
………………。
「我が名は、『邪眼伯爵ユニサースⅠ世』! 吾輩の邪眼で、世界を闇に変えてやろう!!」
「……いや怪しいな」
ピスカに引っ張られてやって来たのは、何故かコスプレショップだった。
比較的古めのビルの3階にあるコスプレ専門店『ジェットプレイ』。ここでは試着コーナーがあり、自由に漫画・アニメキャラのコスプレを楽しめる様だ。
「最近コスプレにハマっててねぇ。……『邪眼の闇の、生贄となれ!』」
ノリノリでアニメキャラのコスプレをしているピスカ。黒髪ショートのウィッグ、海賊風の服に、黒いマントを羽織り、片目に眼帯を付けている。サーベルを高々を掲げ、その表情は愉悦に満ちている。
(俺からすりゃ、ピスカの存在自体コスプレみたいなもんなんだが)
「なんでユニサースⅠ世のコスプレなんだよ……」
「あれ? マーくんは知ってるの?」
「ちょっとな」
昔の深夜アニメであった『パイレーツ☆マスターズ』――通称『パイマス』の悪役だ。言動や彼なりの悪の美徳から、とても人気があり、一時期は主人公以上に人気があった。
だが最終話が近づくにつれて、インフレについて行けず、かませキャラになり、最終的にはギャグキャラへと成り下がってしまった。
もはや彼の名セリフ、『吾輩の邪眼で、世界を闇に変えてやろう!!』は、セリフの後ろに(笑)が付く程落ちてしまったのだった。
「結構コアなアニメだったから、よく知ってたねぇ?」
「ああ……」
ピスカの素朴な疑問に答えるべきか逡巡し、ピスカならいいかと判断した。
「――俺はこう見えて、昔は結構なオタクだったからな」
「へぇー! いが~い!」
今日一番のリアクションである。半目が大きく見開かれた。
そうだろう。そう驚かれるのも仕方ない。余りに今と違い過ぎるからな。
「むしろ昔は、オタクで貧弱で華奢な少年だった」
「最終的には番長に?」
「まぁ……色々あってな」
「色々ありすぎー!」
そうだな、色々ありすぎた……それも良くない方に。
「……ふぅ」
俺は髪をかき上げ、濁った息を吐き出した。
「そう言う訳で、今でも割とオタク気質なんだ。案外、根は変わっていない」
「なるほど~」
自分の過去の事を、中々話す気の起きない俺だが、特段隠している訳でもない。
何故なら……大切なのは”今”だからだ。五常と、硬派を守って生きていきたい。
「う~ん……じゃあ」
急に俺の手を取る。そして女の子向けアニメの変身ステッキを持たせた。
「一緒にコスプレしようよ~? 昔齧ってたんなら、きっと楽しいよ~!」
俺の過去を聞いて、嬉々として提案してくるピスカ。渡りに船、とでも言いたげな表情である。
(……まぁ、たまにはいいか)
「そうだな……やってみても、いいか」
「わ~~い! 決定!」
「コスプレは良いが、普通の奴な」
「コレは?」
「……(無言でガンとばす)」
「あはは、ごめんごめ~ん!」
慌てて俺の手から”変身ステッキ”をひったくった。
最初は何となく話題を変えるためにそんな提案をしたのかとも思ったが……ガチの提案だったぞ、この野郎。
――それから数分、ピスカと共に衣装を選ぶ。
「何がいいかなぁ~?」
「無難に、パイマスの主人公でいいんじゃないか?」
「ええー。爽やか美青少年である主人公は、マーくんには似合わないんじゃない?」
「おい、俺が爽やか美青少年じゃないとでも言いたいのか?」
「うん」
「……」
まぁ……事実だな。ぐうの音も出ない。
「わたしがマーくんに合うの探してくるね~」
「え」
俺を置いて駆け出していくピスカ。
そんな本格的なヤツじゃなくていいんだ。ピスカが満足してくれればそれで。
(そもそも、コスプレなんて初めてだ)
一人ポツンと残された、手持ち無沙汰な俺。
キョロキョロと辺りを見渡す。全てが物珍しく、目移りしてしまう。
こういう店は、見ているだけでも楽しいものだ。お店の人的には、金を落として貰いたいだろうが。
適当に服を物色して回る。出来れば硬派で、漢臭く、ハードワイルド的な物はないだろうか。
「……ん」
偶然、老紳士風のスーツのセットを見つけた。
もしこれを着たならば、俺は硬派からロマンスグレーへとジョブチェンジするだろう。
(まぁ、ロマンスグレーと言うには若すぎるけどナ)
しかし、残念ながらこのセットは購入済みであり、見本しか置いていない様だった。
――他を当たろう、と近くを漁っていた時だった。
『……!』
『…………っ』
『……!!』
『…………』
……やけにうるさいな。遠くで誰かが揉めている?
向こうの売り場で言い争いをしている様だ。俺は耳を欹ててみる。
『――だから~、わたしが最初に選んだよねぇ?』
ピスカだ!
「何やってんだ……?」
すぐに売り場へ向かう。こんな所で揉めては店の人に迷惑だ。
早足でピスカの元へ行くと、思わぬ連中と遭ってしまう――。
(……魔剣教団!)
黒いローブの帯剣。魔剣教団の教団員が3人、ピスカと対立していた。
「あ、マーくん」
「どうしたんだ一体?」
俺の登場に、教団員達が多少たじろぐ。教団員達よりも体格が大きい俺が、ガンとばしながらやって来たからだろう。
「わたしが最初にこの黒ローブを選んだのに、力づくで奪おうとしてきて~」
「……なるほど、分かりやすい」
ギッ、と鋭く睨む。いつの時代も、これが効く。
「う、うぅっ」
教団員の1人が後退るも、他の2人が前へ出る。
「う、狼狽えてんじゃねぇぞ。こっちの方が人数が多い」
「そっ、そうだ。俺らは新しい同胞の為に、黒ローブを手に入れなければならない」
別の店で買えばいいのに……と思いながら、俺も前へ一歩。
「まぁ待てよ。俺は別に喧嘩したい訳じゃねぇ」
「じゃあその黒ローブを寄越してくれるのか?」
「何言ってんだ。こりゃ早い者勝ちだろ」
「ハン! ならば実力行使しかあるまい」
この脳筋共め……。得られないのなら暴力っつー典型的なヤンキー気質だナ?
「別の店で買えよ」
「何故我々が目の前にブツを見て諦めねばならないのだ?」
「そういうもんだろ、買い物っつーのは」
「分からんな。我々は欲しいものは必ず奪い取る――それが」
「「「魔剣様の声なのだ!!」」」
……やっば。