第15話 ピスカ日和
――4月13日(月)、午前9時。
今日は大人しく読書だ。
自室にて、ティタと一緒に、この世界の文献を読んでいた。2人仲良くソファへ座り、ティタが隣で覗き込む形である。
俺の漢臭さとは違い、ティタからは爽やかな匂いがする。女子っぽさを感じる。
「……フン」
本をペラペラと捲る。
フツーに日本語なんだよな……こっちの世界の本。天花市から入った本なんだろうか?
アーキュリアと天花市は長年に渡る付き合いがある。その為、両者の文化が互いに入っているらしいが――
(天花市でアーキュリアの文化って……あったか?)
考えてみるが浮かばない。そもそも論、アーキュリアの文化が天花市の文化として根付いてしまったのなら、気付くことが出来ないナ?
(考えても仕方ない事はいいか……)
「それにしても」
俺が今、読んでいるのはアーキュリアの地図である。
「? どうかしましたか、マオさん」
「いや……」
ティタが俺の呟きに反応し、首を傾げた。
「この『カーストランド』って所、ドエレー広いのナ?」
俺は、地図の大部分を占める北部を指差した。
「そうですね……アーキュリアの6割を占めていますから」
「それほぼカーストランドだな……」
――大国アーキュリアは中心に首都、東西南北に都市を持ち、5つの都市から成り立っている。
まずは『首都ルザブル』。俺の住むヴァルサリル城を中心としたアーキュリアの中枢である。
首都より東には、『古都ミミス』。
――かつてメルン王家が棲んでいた首都。天花市との交流に伴い現在のルザブルへと移り、古き良きアーキュリアの文化を残そうと、敢えて近代化していない都市……らしい。
「恐らくですが、マオさんの想像する異世界っていうのが、ミミスなのだと思いますっ」
「ほう……中世ヨーロッパ的な?」
「? 中世ヨーロッパかは分からないですが……想像通りかと」
純粋に見てみたいところではある。元々の異世界とはどういう雰囲気だったのか……興味が湧く。
西部には、『商都ミルゲル』。
――工業集積を図り、国の工業生産の割合を高め発展させている。主に『魔法道具』の生産が盛んに行われている労働者の都……との事。
「エルル様特製の『エルルフォン』も、こちらに工場があるんですよ」
「自分の工場持ってる第2王女って凄いな」
「そうですよね! 週に一度、視察に行っているみたいですね」
「王女とは一体……」
エルルは相当ハイスペックなお嬢様なようだな。
……それより他人の事なのに嬉しそうに話すティタに癒される。
南部には、『楽都クラスベ』。
――保養・遊覧目的のための自然景観や、テーマパーク、歓楽街等の様々な娯楽施設が揃う。主に大人のお店ややんちゃな人が暮らしており、夜は更にディープな世界になる。
「……要は風俗街か?」
「! ふっ!?」
――しまった! ドストレートに言い過ぎた!
一瞬で顔を真っ赤にし、困ったように尻尾を振るティタ。風俗街の意味は知っている様だ。
「あ、い、いえ、気にしないでくださぃ……ちょっと想像しちゃって……」
……ナニを想像したんだろうな。まぁ、硬派だから突っ込まんが。
しかし地図の案内に堂々と『大人のお店』や『やんちゃな人』なんて書かれているのだが。国公認のそういう歓楽街という事になる。
大らかだ。とても。
「ティタは行ったことあるのか?」
「いっ! イったことないですないですっ! わんっ!」
『わん』って言っちゃうくらい錯乱しておる……。もうこの話題に触れるの止めよう。
――話を戻す。
東部が古都ミミス、西部がミルゲル、南部が楽都クラスベ……そして。
北部、『死都カーストランド』。
――都市と言うには広大過ぎる、大自然豊かな都市。『死都』というのは、自然が豊か過ぎる故、『魔物』が溢れ都市として死んでしまっているため。野性の魔物が住み着くエリア、ダンジョンが多数存在し、管理されていない所もある。
名前に”死”が入っているから物騒だと思ったが、意味を聞いて納得した。
要するに、都市としての機能が死んでいるのだろう。だからこそ”死都”。
「カーストランドには『探検者ギルド』がありまして、そこで『クエスト』――魔物討伐、ダンジョン探索などの依頼を受けて働くことが出来ます」
「ああ、凄く異世界的だ」
俺の世界とはかけ離れすぎている世界観だ。改めて、他所へ来てしまったという認識が出来る。
「ルザブル、ミミス、ミルゲル、クラスベ、カーストランド……以上5つの都市によって、このアーキュリアが成り立っています。おわり」
中々個性的な都市ばかりだったな。地図を閉じ、頭の中で情報を反芻する。
「どこか興味のある都市はありますか?」
「どれもこれも、俺にとっては魅力的だったな」
昔ながらのミミスが、どんな感じなのか観光してみたい。ミルゲルでどのようにして魔法道具が作られているのか工場見学もいいな。カーストランドは……魔物がいると言うし、今の俺では行けないか。
「……やっぱりクラスベですか?」
「何がやっぱりだ」
「くぅん!」
手刀で軽くツッコミを入れる。叩かれた頭を押さえ、照れてしまうティタ。
自分で言っておきながら照れるんじゃありません。
「聞いた事があります……男の人は、そういうのが好きだと」
好きに決まっている! ……と声を大にして言いたいが、今後ティタとの付き合いがギクシャクしそうなので、俺はそんなこと言わない。
――そもそも俺は”硬派”な漢。そんな”軟派”な事、解釈違いも甚だしい。
(硬派は性欲を表に出さない。内に秘めたるが硬派なのだ!)
エロを否定する訳ではない。ただ大っぴらに口する事は無いという事。
――断じて”ムッツリスケベ”という訳ではない。語らずもエロを醸し出すのが硬派である。
「男に限らないんじゃないか? 男も女も性欲がある以上、避けて通れない」
「それは……そ、そうですねっ」
俺の言葉に理解出来るところがあるのか、恥ずかしそうに俯いてしまった。釜茹でに遭ったのではないかと思うくらい耳まで真っ赤っか。
意外とムッツリかもしれないな、ティタは。
「いずれは、全ての都市に行ってみたい」
「そ、そうですね! アーキュリア制覇しちゃいましょう!」
「おう」
ほぼ城内ニート生活を送っている俺だが、夢は無限大。
叶えよう、いつの日か。
……。
…………。
………………。
「やほやほー! ピーちゃんが遊びに来ましたよ~!」
自室で昼寝をブチかましていると、唐突に扉が開かれ、エルフ族のメイドであるピスカがやって来た。
「わたし、襲来!」
自分で言うな、自分で。
「人が気持ち良く寝てる時に……なンか用か?」
うたた寝していたところをいきなり覚醒させられたため、目覚めが悪い。正直機嫌も悪い。
……が、そんな事を気にしない能天気エルフメイドであるピスカはグイグイ来る。
むしろ、そう言う時こそ、ピスカは積極性を増す気がする。質が悪い。
「今日は”姫”が会議でいないからさ、マーくんに構ってもらおうと思ってねぇ~」
姫……? ああ、エルルの事か。
「構うって……何すりゃいいンだ?」
髪をかき上げ、中途半端な寝起き状態を無理やりクリアにする。気付くと、ピスカが目の前にいた。
「はっはっは! 遊びに行こうぜ!」
グッと左腕を組まれた。この子はいつも近く、スキンシップが激しい。
(俺の想像していた”エルフ”とは真逆だな……)
「街へ出るのか?」
「そうだよ~。あ、ティーちゃんには許可貰ったから~!」
「俺は許可してないんだが……」
「マーくんは直談判~」
これ直談判と言うか連行真っ最中じゃないか。
「……これ断ったら?」
「じゃあここでおしっこする」
汚っ。
「『じゃあ』って何だよ。会話に脈絡ないな君……」
「ま~、わたしってあんま考えないで喋っちゃうからねぇ~」
「うん」
「即答じゃ~ん!」
オーバーリアクションで頭を抱えるピスカ。
会話がずっと綿毛の様にふわふわしているからな。着地点も不明だし。
正直、話していると不安感に襲われる。俺は今、何を喋っているんだ? と。
「そんな事より、早く出ないと間に合わないよー?」
「何が?」
「おしっこ」
それは1人で行ってくれよ……。
「つーか下品! 恥じらい持てよ! 乙女が!」
「うふふ、ゴメンあそばせ?」
「うお! 急にしおらしくなるな!」
コロコロと表情の変わるピスカを見ているのは楽しいが……楽しさより怠さが勝つ。
それはきっと、今までこういう風に友達と戯れた事が無いからだろう。孤高の不良であった俺には、縁もゆかりも無かったからなぁ……。
「つーか、早くトイレ行けや」
「それもそうだねー」
パッと腕組を解き、小走りで部屋から出ていく。
「わたしが戻って来るまでに、出発の準備してるんだぞぉ~?」
「行くっつってないが」
俺のツッコミは、ピスカが去った後に虚しく響いた。
「はぁ、嵐の様なメイドだ……」
トラブルメイカーならぬ、トラブルメイドだな……。
今のやり取りで完全に目が覚めた。ここからの二度寝は、もう出来ないだろう。
(しゃーねぇなァ~……)
仕方なく準備を始める。準備と言っても、財布をケツポケットにブッ込み、短ランを着るだけだが。
……そういや、今のピスカ、メイド服じゃなかったな。
グレーのパーカーにホットパンツと、随分ラフな格好だった。メイド服よりも似合っているかもしれない。
つまり、最初から、遊ぶ気満々だった訳だ。俺が断ったらどうするつもりだったんだろうか。
(まぁ、そん時はそん時で、俺の部屋にしつこく居座るんだろうな……)
今日の午後は、丸々ピスカに捧げることになりそうだ。
……。
…………。
………………。
「さてさて~、街へと繰り出した訳だけれども」
「おう」
ルザブル大通りへとやって来た。心地よい陽気で弾む思いだ。
「手、離していいか?」
何故かピスカと手を繋いで歩いている。いや無理やり握られたんだが。
ドキドキした自分が、硬派的に嫌だ。
俺の抵抗に、ピスカは小悪魔っぽく妖艶に笑う。
「ダ~メ。手を離すとマーくん、お空へ飛んでっちゃうでしょー?」
「俺は風船か」
むしろふわふわしているのはピスカの方だ。雲のように、実体が掴めない性格をしている。
「まぁまぁ、落ち着くのですぜマーくん」
「どういう言葉遣いだよ」
「んー、リーナ中隊長の真似?」
「あとでぶん殴られても知らねぇからナ?」
中隊長をどういう目で見てんだよ……。
「今日はこのわたしが、オススメの店を紹介したげるねぇー」
「ほう」
ピスカのオススメ、とな? それはちょっとだけ興味あるな。
こんな自由奔放マイペースな子が選ぶオススメ店……絶対面白いに決まっている。
「それじゃー、スキップしながら行こう~」
「止めなさい」
エルフ族の少女と学ランの不良が揃ってスキップなんて、恐怖映像にしかならないだろう。第三者だったら見たかったが。
慌ててピスカの動きを遮る。
「にゅふふ、やっぱり手は繋いどいた方がいいかも~」
「……そうだな」
理解した。これ俺の為と言うより、暴れるピスカを抑える為のものだ。手綱だ。
「おら、早く案内しやがれ」
「ちょっ、急に強引なんだからー」
「君がふざけるからだろう」
俺がある程度マウントを取らなければ……ピスカを御さなければいけない。
でなければ面倒事になりそうだ。
「元気でなによりだね、マーくん?」
「君のお陰でな」
……人の気も知らないで、本当に能天気な子だ。
正直手は離したい。おかしな言動は多いが、異性で歳が近く、可愛い女の子なのだ。
意識はしないようにしているが……スキンシップが多いと心臓に悪い。
「じゃあ……デートしよっか?」
小首を傾げるな。可愛い仕草をするんじゃねぇ。俺は硬派だぞ。
「ああ……」
これは……俺の精神力が鍛えられそうだな……。