第10話 食後の散策
――アーキュリアの首都『ルザブル』。
メルン王家の棲まうヴァルサリル城を中心に構え、城下町として栄えている都市。
見た目は俺の住んでいた天花市そっくりな程、科学技術が進んでいる。
高層ビル群に、舗装された道路、信号、そして――
「 !? 」
長方形で、少し浮いて動く箱。それが道路を駆け巡っている。
「く、車? だよな……?」
「――『ファルセスタ』ですね」
「ふぁるせすた?」
「はい。魔力で動く車、と思ってもらえればいいかと」
……ハ。魔力ってのは、どれだけ万能なんだろうか。
路肩に止まっているファルセスタをまじまじと観察をする。
見た目は良くあるセダンだが……驚くことが1つある。
「 !? タイヤが無ェ!?」
そう、タイヤが無い。セダンの形で、タイヤが無い。
「魔力を動力としてまして、中にある魔結晶の力で数センチ浮くんです」
「浮く!?」
「はい。操作感は車に近いらしいですけど」
「……」
絶句、とは俺の事を言うのだろう。
”空飛ぶ車”なんて、未来の絵空事だと思っていたが……異世界ではそれが当たり前になっていた。
「ガソリンの代わりに魔力を使っている……という事か」
魔法のあるファンタジーな世界かと思ったら……とんでもSFの世界じゃないか。
「もし興味があるのでしたら乗ってみますか?」
「え゛っ!?(高音)」
ちょっと声が裏返ったが、鉄の心によるポーカーフェイスで、何事もなかったかのように振舞う。
「……フン。乗るって……出来るのか?」
「あたし、免許持ってるので!」
どこか嬉しそうなティタが、尻尾フリフリで名乗りを上げた。
これはアレだ。役に立てて嬉しい感じの振り方だ。投げたフリスビーをちゃんと取って来た犬がするヤツだ。
正直撫でてあげたい可愛さがあったが、硬派な漢は僅かでも隙を見せない。
「免許がいるのか」
「はい! 10歳からなんですけど、国公認の講習を受ければ免許を発行してもらえます!」
「ほう?」
10歳……小3か小4くらいで車運転するようなものか。俺らで言うと”チャリ”。
「そんな小さい頃から免許与えて大丈夫か?」
「うーん、多分大丈夫ではないかと。感覚的に操作できるので」
「いや、モラル的に」
「もらる?」
考え過ぎか? ――いや、もしかしたら前提が違うのか。
俺は俺の世界の基準の歳で考えていたが、この世界的な基準があるのかもしれない。
「 ?? 」
ティタが首をかしげている辺り、ガキに運転させる道徳やらモラルやらが無いのか。
――もしくは既に持っているのか。
「あー、気にしないでくれ」
日々修正しよう。俺の基準は未だ俺の世界だ。変えちゃいけないもの以外は適応しなければ。
「大通りを散策したい。頼む」
「分かりました!」
取り敢えず、今度ティタのファルセスタに乗せてもらおう。そうしよう。
……。
…………。
………………。
――『ルザブル大通り』はルザブルのメインストリートであり、賑やかであった。
中心のヴァルサリル城の正門の前を横切るようにして出来ている大通りであり、ルザブル――いや、アーキュリアの市場がギュッと詰まった様な通りである。
ここはファルセスタも通れない歩行者天国となっており、左右に店や出店がひしめき、様々な種族が入り乱れていた。
獣人――ワーグ族の家族連れ、エルフ族の女子高生グループ、2本角と爬虫類の様な尻尾を生やした少女、羽の生えた少年達――
「! ちょっと前失礼するぜぃ」
「 !? 」
鬼の様な1本角を額に生やした2メートル以上もある大男が、俺の横を通り過ぎていく。
――まさに”異世界”。異国の地である。
「ドエレーな、ここは……!」
「いつも活気づいていて、元気を貰えますっ!」
「だな」
ティタに案内されながら、右側に沿って石畳を歩く。
商業ビルだけでなく、個人経営の飯屋、服屋も立ち並ぶ。
折角だから、異世界を感じられる店に入ってみたいもんだが……。
「 !? ありゃなんだ?」
目を惹いたのは、裏路地の先にある暗い店。
――暗いと言うより黒。真っ黒な店だ。
「な、なんでしょう?」
「ティタも知らないか」
「すいません……いつ出来たんだろ?」
小首を傾げる仕草で不思議がるティタ。当たり前だが、ティタが知らない事は俺も知らない。
「……試しに行ってみるか」
「は、はい」
惹かれるものがある……きっと俺は、どこまで行っても裏路地が好きなのだろう。
「フン、また異世界に飛ばされたりしてな」
「? 異世界?」
俺の独り言に反応してくれるが、意味は良く分かっていない模様。俺がやって来ることになった状況までは伝わっていないのだろうな。
「あたしが先頭になるので、マオさんはあたしの後ろにお願いします!」
「危ないのか?」
俺たちに対する殺気は感じないが、ティタはは耳をピンと立てている。
「念のためです。ちょっとだけ怪しいので」
「……了解」
ティタが先陣を切り、警戒してくれる。俺は一応背後を気にする。
力を持たない俺は、どうしても守られる側だ。俺の中の硬派が情けなさを感じているが仕方ない。
――驕り勇んでも意味はない。それはただの”蛮勇”になる。
2人が並んでギリギリ通れるような狭い裏路地を進むと、どん詰まりに構えるは真っ黒な店だった。
普通の木造2階建てのようだが、全部黒で塗り固められている。
「何というか、ちょっと怖いです」
「だな。お化け屋敷だとしたら雰囲気あるが」
この辺りは陽が差していないため暗い。その上この店の色だ。
朝とは思えぬ夜の世界。光の裏の、闇の底。
「あ、マオさん。これ……」
「店の看板か……」
店の脇に落ちていた看板。恐らくこの店の名前なのだろう。
「本屋『漆黒魔法堂』……本屋だったのか」
「それにしては不気味ですよね」
「だな。『名は体を表す』とは言うが、正に漆黒だ」
壊れかけの木製看板。刻まれた文字はそう書かれていた。
「看板を掲げていないという事は……今はやっていないという事か」
「そうみたいですね」
試しに入り口の扉を押したり引いたりしてみるが、鍵がかかっているようだった。
「……帰ろう」
「そうしましょうそうしましょう!」
ブルブルと体を震わせるティタ。気持ちは良く分かる。
空気自体が冷たい。長居したくないと、本能に訴える雰囲気が醸し出されている。
裏路地から再び大通りへ。すぐに暖かい日の光に包まれ、身も心も休まる。
「なんだか不思議な店でした」
「ああ。何と言うか、異様だったな」
入ることは叶わなかったが、多分それで良かったと思う。
「良かったです。何もなくて……」
「何かある可能性があったのか?」
「……近頃は物騒ですので」
何か言いづらそうなことがあるようで、モゴモゴしている。
物騒、という事はやはり何かはあるのだろうな。それこそティタが警戒しなければならない何かが。
「……さ、気を取り直して散歩の続きだ」
「はい!」
今気にしてもどうしようもないな。いずれティタが教えてくれるだろう。
――再び右に沿って進む。
打って変わって明るい声と人々に、先程までの空気を打ち消すように、自然と会話も弾む。
「ティタはどうしてメイドに?」
「あたしの家――カラミティア家は元々従者の家なんです。代々城に仕えていまして……あたしもメイドに」
「それは自分の意志か?」
「最初は違いました。お婆さんの真似事だったんです。……でも、やっている内に楽しくなって! 人に仕える、従事するってこんなにも幸せな事なんだなって」
「……根っからのメイドさんなんだな、ティタは」
「そうみたいです」
照れ臭そうに耳をかくが、とても楽しそうに、生き生きと語るティタ。
「きっと、これがあたしの、やりがいなんです」
素晴らしい事だ。自分の意志で自分のやりたい事が出来る、果たせるという事は。
「君の軸は、しっかりとしているな」
「軸、ですか?」
「ああ。君の人生における信念、それに基づく生き方さ」
「そ、そんな大層なものじゃないですよ?」
「大層じゃない訳ないじゃないか。意志のある人生は何にも変えがたい」
だからこそ俺は、意志のある人生を送りたいと願う。硬派な漢の人生を希うのだ。
「フン……少し哲学じみた話になってしまったナ?」
「あはは、ちょっとあたしには難しいです」
「正直なのは良い事だ。難しい話の後には糖分でも補給しようか」
丁度いい所に、スイーツを売っているカラフルな屋台があった。甘い香りに誘われる。
「賛成です! スイーツ食べたいです!」
「俺も」
ティタに連れられるようにして屋台へ。新作創作スイーツを作っている店のようだ。
俺は、無難なフルーツパフェを、ティタはフルーツパンケーキをそれぞれ頼んだ。
「丁度だ」
「ありがとうございましたー」
王妃からのお小遣いで清算。ティタが出そうとしたが、有無を言わせず俺が払った。
普段ケツ拭きをしてもらっているのだ。こういう時に活躍できなきゃ硬派が廃る。
(知らない硬貨……)
この世界の通貨は『R』と言うらしい。上から金貨、鉄貨、銅貨。銀は無いらしい。
「どれどれ――」
道の端にあるベンチに座り、早速かぶりつく。
「 !? 」
う、美味い! 何と言うか、口の中に広がる甘味、果物の瑞々しさが混ざり合い踊ってやがる!
「! くぅーん! お、美味しぃ!」
隣に座るティタも舌鼓を打っているようだ。イヌミミが蕩け、尻尾ブンブン。
「やるじゃねぇかスイーツ。俺の全身が喜んでやがるぜ……!」
「あたしの全身に甘みが染み込みます~」
「そういや、ティタは甘い物が好物だったナ?」
「はいっ! 三度の飯より甘い物です!」
なんとも胸焼けしそうな格言だが、それがティタにとっての真理なのだろう。
数分もかからないうちにペロリと平らげる2人。晴れた日に外で食べるスイーツもいいものだ。
「次はどうします?」
「フン……暫くは道沿いを歩こう」
「分かりました!」
エネルギー補給も済んだところで、散歩続行。
……穏やかだ。国の中心部は治安もいいらしい。
騒動らしい騒動もなく、物珍しい露店を見て歩く。
「平和だな」
「はい! 『騎士団』と『防衛軍』が守ってくれていますから!」
「騎士団?」
防衛軍は分かる。リーナ中隊長が所属するフラグナ防衛軍の事だ。
騎士団とは一体? ティタに尋ねようと思った時だった――
「界塵発生! 注意せよッ!」
どこかから怒号が聞こえ、すぐにサイレンが鳴った。
よく見ると、街のあちこちに電柱の様な棒が等間隔で刺さっており、その先にメガホンの様な物が鎮座している。
サイレンは、そのメガホンから流れている――。
「異常事態を知らせるサイレンです!」
「異常事態って?」
「界塵や魔物が出現した時や、隣国が攻めて来た時です!」
説明しながら、俺の手を引くティタ。その表情は焦っており、警戒心バリバリだ。
「一先ず避難しましょう!」
「分かった」
ティタに促されるまま、近くの地下シェルターへと逃げ込んだ――。