番外編:余興の裏側
わたくし、先程まで余興を繰り広げておりましたカロリーナでございます。
パーティー会場を出たわたくしは、その足で控室に向かいました。
そこには、陛下と王妃様、そして、わたくしの父であるシュヴィレール公爵をはじめ、第一王子の側近方の御父君が待機しているはずです。
ノックをして入室すると、想定通りの方々に加えて、隅の方で震えながら体を縮こまらせているご夫妻がいらっしゃいました。
もしや、あの平民の娘の親御さんでしょうか。
そうならば、無理はありませんね。
とは思いましたが、ここには、陛下方がいらっしゃいますから。
まずは、きちんと礼を取りませんと。
「よい、面を上げよ。カロリーナ、ご苦労であったな」
「勿体なきお言葉。余興はお楽しみいただけましたでしょうか」
実は、パーティー会場には、監視の魔道具を設置しておりました。
会場の様子は今もこの部屋に映し出されております。
先程までの余興も、この場の皆さまは一部始終をご覧になったことでしょう。
ああ、余興と言えど、お話した内容は事実でございますよ?
話に出した証拠の数々も、ここに置いてあります。
陛下方にもご確認いただかないといけませんしね。
先に殿下たちに渡してしまったら、破棄される可能性もありましたから。
「一部、不敬な発言がございまして、申し訳ありませんでしたわ」
「ん?……ああ、わしのことも面白おかしく言ってくれていたか。まあ、余興であるからな。それくらいは構わん」
「ご厚情、感謝いたします」
笑って許してくれた陛下には頭が上がりません。
何かをしたわけでなくとも、頭が上がらない方には変わりありませんが。
「しかし、本当に行動を起こそうとするとはな」
「事前にお止めできればよかったのですが。力及ばず、恐縮でございますわ」
「いや、彼奴はこのわしの言葉でさえ聞き流すような愚か者だ。ああやって、衆人環視の中でもないと聞く耳を持たなかっただろう。全く、本当に困った奴だ」
ええ、本当に。
陛下も王妃様も素晴らしい方々ですのに、どうして、第一王子はあんなに残念になってしまったのでしょうね。
初めての御子で随分と甘やかしてしまった、とは聞いておりますが、それにしても、彼の身勝手な勘違いぶりは度を過ぎていると思いますわ。
「ところで、カロリーナよ。どうしても気持ちは変わらんか」
「はい。恐れながら。殿下との婚約の解消をお許しいただきたく存じます」
「そうか…。カロリーナには、次期王妃となってもらいたかったのだがな」
「申し訳ございません」
余興の通り、わたくしは、殿下との婚約解消を願い出ておりました。
婚約を破棄したかったのは、殿下だけではありません。
わたくしも、殿下との婚約は嫌でたまりませんでした。
勉強はしないし、鍛錬もしない。公務だって人任せ。
遊んでばかりで、好き勝手なことをしているのが殿下です。
あんな問題児、わたくしの手には負えません。
後始末をして回るのも、ほとほと疲れました。
わたくしにも限界はあるのですよ?
そう思っていたところに、今回の殿下たちの計画を掴んだのですわ。
これ幸いとその計画を引き合いにして、陛下に婚約の解消を願い出たのですけれど、残念ながら許可は下りませんでした。
そこで、余興を提案したのです。
殿下たちの暴走を止めるための策である、ということを強調しました。
それが功を奏したのか、余興の許可をいただくことができましたわ。
ただし、あの余興は。
表向きはわたくしが勝手に催したものとなっておりますから、バカなことをしたのも、わたくしだということになるのですよね。
わたくしが泥をかぶることになりますから、ひとつ、お願い事を叶えてくださるということになったのです。
これを引き出せて、本当によかったですわ。
当然、そのお願い事は、殿下との婚約の解消にしますわよね。
「まあ、今回のことだけでなく、これまでもカロリーナには散々迷惑をかけてきたからな。これ以上を望むのは酷であろう。残念ではあるが、婚約解消を認めよう」
くっ……!やりました!
余興をした甲斐がありました。
漸く、殿下から解放されることができますわ。
「ありがとうございます。婚約者からは外れようとも、今後も、臣下として国に尽くして参りますわ」
「ああ。よろしく頼むぞ」
と、陛下に言っていただいたところで、控室のドアがノックされました。
何かと思えば、殿下たちが騎士に連れられて入ってきましたわ。
わたくしは聞いておりませんでしたが、そのような手筈だったのでしょうか。
「なっ……!どうしてっ………」
そう声を上げたのはどなたでしょう?
殿下たちは、室内の面々に驚いていますわね。
まあ、親が勢ぞろいしているとは思わなかったことでしょうしね。
そして、目の前に映し出されている映像にも驚いていますわ。
これで、余興の様子もすべて筒抜けだったことがおわかりいただけたかしら?
「お前たちの計画にはほとほと呆れたぞ。カロリーナが機転を利かせてくれなかったら、お前たちの醜聞が他国にまで広がるところだった」
「なっ!醜聞など……!あの計画は完璧でした!カロリーナの本性を暴き、正義を貫くための計画だったのです……!」
「何が正義だ。カロリーナが話していた証拠もここにあるぞ?お前たちの不貞も、色欲に狂ったその娘の自作自演の虐めも、すべて証拠があがっている」
「…………っ!」
あの場で証拠は出しませんでしたから、口だけだと思っていたのでしょうか。
証拠の束を目の前に突き付けられて、殿下たちは言葉を失ってしまったようです。
「あんた…っ!なんてことしてくれたのよ!」
ただし、ただひとり、平民の娘だけは黙っていられなかったようですね。
ですが、わたくしを責めるのはお門違いですことよ?
というか、娘の不敬な行動に、母親らしき方が気を失ってしまいましたわ。
父親も顔が真っ青です。大丈夫でしょうか。
「この娘を黙らせろ」
陛下が騎士にそう言って、娘に猿ぐつわを嵌めていますが。
それでも、娘は何か喚こうと必死ですわね。
「今日の計画が実行されなかった故、決定的な醜聞は避けられたものの、これまでの問題行動を見過ごすことはできん。追って沙汰を出す。それまで謹慎していろ」
陛下にそう告げられて、殿下たちは膝から崩れ落ちてしまいました。
ですが、自業自得ですわ。
そうして、殿下は騎士に、側近の方々は父親に連れられて帰っていきました。
平民の娘は暴れて収拾がつかないので、とりあえずは牢屋行きでしょうか。
騎士に連れられていく娘をご両親が切ない目で見送っておりますね。
「カロリーナ、いろいろごめんなさいね」
「いいえ。大変お世話になりましたのに、勝手を言って申し訳ありません」
「いいのよ。本当は、もっと前に解放してあげられればよかったのだけど。甘えてばかりで、こちらこそ申し訳なかったわ」
「そんな、おやめください。全てはわたくしの我儘なのです」
「あなたを娘にできなくて残念だわ。でも、また、お茶会しましょうね」
「まあ!ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」
わたくしも、最後に王妃様とお話をしてから、その場を辞しましたわ。
え?卒業パーティー?
もちろん、戻りませんでしたわよ?