01.いろいろと違います
「カロリーナ・シュヴィレール公爵令嬢!」
ああ、遂に始まってしまうようです。
悪役令嬢の断罪イベントが。
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はい、わたくし、子爵令嬢のララリーと申します。
五歳のときに自分が転生者だということに気づきました。
だからと言って、魔法に長けているわけでも内政チートできるほどの頭脳もなかったので、その辺の貴族令嬢と何ら変わりなく、粛々と生きて参りました。
それが一変したのは、魔法学園の正門を見たときです。
既視感のある正門に、ここが前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だということに気づいたのですよね。
ああ、一変したといっても、傍から見たら特には変わっていないのですよ?
わたくしはヒロインや悪役令嬢ではありません。
彼女たちの同級生その8くらいの令嬢なのです。
簡単に言えば、モブ令嬢ですね。
ですから、誰かの目に留まるようなことをしていたわけではありません。
ただ、時々息をひそめて行動に出ていただけです。
え?こっそりと何をしていたのか、ですって?
そんなのは、各種イベントを覗き見していたに決まっています。
ゲームの記憶を掘り起こして、イベントが発生する場所に先回りして、ヒロインと攻略対象がいちゃこらするのを影から覗いていたのですよ。
そうです。
わたくしの学園生活は、出歯亀生活だったと言っても過言ではないのです。
そんな日々を送っておりましたから、イベントが回収される度にある種の満足感もあったのですが、実は、気になることもありました。
わたくしが先回りしているはずなのに、わたくしよりも前にヒロインが現場にいることが多かったのですよね。
それに、ヒロインの行動も話す言葉も、ゲームと全く同じなのです。
ゲームの世界ですから当然なのですけれど、あまりにも出来すぎていました。
それに、彼女がやることは、どうにもわざとらしいのです。
だから、ヒロインも転生者なのではないかと思います。
そして、もうひとつ気になることがあります。
登場人物たちの性格やスペックがゲームと違うと思うのですよね。
王子を始めとする攻略対象たちは、ゲームでは、優秀でありながら心に闇を抱えている、という設定だったと思うのですが、わたくしがこの目で見た攻略対象たちは、なんというか、残念な方々なのです。
学力も魔法や剣の能力も平凡ですし、性格も決していいとは思えません。
勘違いしている傲慢野郎、と言ってもいいのではないかとすら思います。
対して、悪役令嬢は、大変聡明な方で、完璧な淑女です。
高飛車でも傲慢でも我儘でもありません。
相応の教育を受けていらっしゃいますから、厳しいことも仰いますが、わたくしのようなモブの下位貴族の令嬢にだって、見下さずにきちんとお話をしてくださる方なのです。もちろん、礼儀を弁えていれば、ですが。
何よりも、悪役令嬢は大変お美しいのです。
髪の色も目の色も髪型もお顔の造りも、ゲームと全く同じです。
ですが、まさか、三次元のほうが美しいとは思ってもおりませんでした。
今では、お見掛けするたびに拝んでいます。
今のわたしくしの推しは悪役令嬢なのです。
そんな悪役令嬢贔屓なわたくしですが、それを抜きにしても、本来、礼儀を弁えていないヒロインに注意するのは当然なのですよね。
ゲームをプレイしていた時はヒロインでしたから、悪役令嬢に小言を言われても「負けない!」などと思っていましたけれど、リアルではそんなことを言っている場合ではないのです。
この世界では、悪役令嬢が仰ることがまさに常識なのですから。
小言だと無視してはいけないのです。
できなければ、王妃はおろか貴族としても生きていけるかわかりません。
それに、貴族ですから、遠回しな言い方だって普通なのです。
それを、嫌味だなんだというのは間違っているのですよね。
そう考えると、小言や嫌味は、ヒロインの被害妄想なわけなのですが。
納得がいかないのは、むしろ、その他の虐めなのですよね。
足を引っかけられたとか、お茶をかけられたとかは定番ですが、わたくしが出歯亀していた限り、悪役令嬢はそのようなことはしていません。
していないというよりも、その場におられなかったことだってあるのです。
そもそも、悪役令嬢は大変お忙しいのです。
王妃教育に政務まであるのですから、学園にもたまにしかいらっしゃいません。
ですから、虐めをしている暇などないはずなのです。
となると、ヒロインの自作自演の線が濃いのですよね。
でも、ここは乙女ゲームの世界。
強制力が働いているのかもしれませんが、攻略対象たちも残念な人たちなので、ヒロインの言葉を真に受けていたようです。
おかげで、大筋はゲームの通りに進行してしまっているのです。
そして、そのまま月日は流れ。
到頭、卒業パーティーの日がやってきてしまいました。
これまでの流れですと、今日は、悪役令嬢の断罪イベントが起きる日です。
悪役令嬢は何もしていないというのに、断罪されてしまうのです。
これは、乙女ゲーム経験者であるわたくしでも許容できるものではありません。
どうにか回避できないものかとも思っていたのですが、わたくしはただのモブ令嬢であり、階級も低いその辺の貴族令嬢なのです。
卒業パーティーを眺めていることしかできません。
すると、取り巻きたちを引き連れ、ヒロインを腕にぶら下げた王子が悪役令嬢のほうに向かっているのが見えました。
「カロリーナ・シュヴィレール公爵令嬢!」
ああ、遂に始まってしまうようです。
悪役令嬢の断罪イベントが。
カロリーナ様が、ゲームで悪役令嬢を割り当てられた公爵令嬢です。
婚約者である王子から名前を呼ばれ、王子のほうを振り向いたカロリーナ様のお顔には笑顔が浮かんでおりました。
大変尊い笑顔で、誠に眼福です。ありがとうございます。
「あら、殿下。皆さまもお揃いで」
今日は平等を謳う学園のパーティーということもあって、あまり畏まったことは推奨されておりませんので、カロリーナ様も略式の礼を取っただけでした。
そして、カロリーナ様が王子に目を合わせたところで、王子が息を吸い込みます。これは、あの決め台詞を言う流れですね。
お行儀も悪くカロリーナ様を指さして、王子が口を開こうとした時でした。
「婚約破棄でございましょう?」
王子よりも先に、カロリーナ様が話し始めました。
あら?これは、何かがおかしいですね。
ここにきて展開が変わるのでしょうか。
先制を取られ、婚約破棄宣言をする前に台詞を取られてしまった王子は、口をハクハクすることしかできておりません。
ヒロインを始め、取り巻きたちも呆気にとられているようです。
「違いましたの?今日のパーティーで、わたくしに婚約破棄を言い渡す予定でしたでしょう?なんでも、わたしくを冤罪に陥れてまで、そちらのご令嬢を新たな婚約者にされたいのだとか」
ここまで言い当てられてしまうとは。
どうやら、カロリーナ様は事前に情報を掴んでいたようです。
もしや、まさかのどんでん返しになるのでしょうか。
ますます目が離せなくなりました。