過去編1話 別れと決意
俺と時雨は船のデッキで話をしていた。
「ん〜、こんなもんかな」
俺は右手に氷属性の力を集中させ、右手には氷の華を作り出して見せた。
「すっごい!!すごいよ!!零時君!!」
時雨は目を輝かせながら俺と俺の作り出した氷の華を交互に見てくる。時雨の無邪気な笑顔を見ると自然とこちらも笑顔が溢れてくる。
「うまく力をコントロール出来てるのは時雨のおかげだよ」
「ふぇ?どういうこと?」
時雨は不思議そうな顔をする。俺はやれやれと言った感じで首を振る。
「簡単に説明するとな。今より小さい頃に契約しただろ?それのおかげで俺の不安定な力もきちんとコントロールが取れるようになってるってこと」
なるほどっと言う顔をして手のひらをグーでポンと叩く。そんな会話をしていると後ろから俺の父さんが話しかけてくる。
「零時、時雨ちゃんそろそろ島につくよ」
「ほんと!?」
時雨はよく島が見えそうな手すりを探し、そこまで走る。転ばないか心配なので俺も後ろから着いていく。島はかなり大きく、リゾート地であることから観光客も多い。だが、この時から俺は正直違和感と言うか胸騒ぎがしていた。
「すごいねぇ〜」
「あぁ、そうだな」
時雨がニコッと笑顔を向けながら俺の手を握ってくる。その手を握り返し俺も笑顔を返す。
…
島につきホテルにチェックインを済ませる。少ししてホテルのロビーで両家族が談笑していた時に時雨の母親が俺に話しかけてきた。
「ねぇ、零時君?時雨知らない?」
「え?さっきまでそこのソファーに座ってたけど」
いつの間にか時雨の姿が見えなくなっていた。時雨の両親は焦り出し、俺の両親も焦り出す。
「俺が探してくる。契約してる俺なら、時雨の魔力を追えるはずだから」
「お願いね、零時」
俺の母さんが頭を撫でてくる。そして俺はホテルを飛び出し、魔力をたどる。普通の人なら魔力をたどることなど不可能。たとえアナザーであったとしても魔力をたどるのは熟練の軍人か、そういった訓練を受けていないと普通はできないが、俺は小さい頃から両親や姉にそういったものはあらかた仕込まれていた。俺は時雨の魔力を追う。契約しているもの同士は一本の魔力線で繋がっているためどこにいても探知できる。
「山の方だな」
魔力線は山の方に続いているのが見える。時雨は確か、花とか好きだったなと思い出し、山に行くこともなんとなく納得はできる。
「まったく…」
少々ため息をつきながら山に入る。自分の背より高い草や生い茂る木々や見たことのない花。確かに幻想的な空間ではあるが、先ほどから高濃度の魔力流が地面を駆け回っているような感じがする。正直こんなに魔力流が高濃度でかつ一箇所、この場合は島全体に集中し駆け回るなど普通ではありえないことだと感じた。俺はポケットからスマホを取り出し、父さんに電話をかける
「…。あ、もしもし父さん?」
『零時、時雨ちゃんは見つかったか?』
「いやまだ。魔力線を追って多分近くまで来たと思う。それと奇妙な感じがする」
俺は島の地面の状況を父さんに説明する。
『ん、なるほどな。確かに妙だな。俺もそんなことが起きることは滅多にないと思うんだが』
「とりあえず、時雨を探すの優先する」
『わかった、何かあったらすぐに連絡を寄越してくれ』
「うん、それじゃ」
父さんとの通話を切り、再度、魔力線を追い始める。自分の背より高い草がうざったく感じる。と、ここで耳をすませる。泣き声が聞こえる。俺はそれを聞くと急いで草をかき分け広い場所に出る。そこには座りこんで泣いている時雨がいた。
「よかった、見つけた」
俺は時雨の近くに行き、時雨の目の前にしゃがみ、時雨の顔を覗き込む。俺の存在に気づいたのか、俺の少し泣き止む。
「あれ…?零時君?」
「ようやく見つけられた」
俺は笑顔を作り、時雨を見る。時雨も「えへへ…」と言いながら笑顔を作る。
「さぁ、時雨のお母さんも心配してたし戻ろうか」
「うん…」
時雨は目尻に溜まっていた涙を手で拭う。俺は時雨に手を伸ばす。時雨は俺が差し伸べた手を取ろうとする。それと同時に、お腹に響くような重い地鳴りと地面から吹き出す高濃度の魔力流。
「!?」
「な、なに!?」
俺と時雨はあたりを見渡すと、規則性がなくバラバラな地点から魔力流が吹き出している。地鳴りは次第に大きくなっていき、島は揺れ出し姿勢が安定しない。俺はしゃがみどうにか耐えるが自分のことより時雨が心配になり、必死に時雨に手を伸ばすが、時雨もバランスが取れないのかしゃがみ動けないでいる。
「時雨!!」
俺は必死に名前を呼ぶが恐怖のあまり俺の声が聞こえていない。それでも俺は必死も何度も時雨の名前を呼ぶ。だが、最悪な状況は続く、時雨のいる位置から魔力流が吹き出す。
「きゃぁあああ!?」
時雨は叫ぶ、俺は態勢が安定しないが時雨を助けるために時雨の近く。
「時雨!!」
「零時君!!」
魔力流に呑まれる時雨。時雨もこちらに手を伸ばすが、俺はその手をなかなか掴めない。時雨のバレット能力を使おうとしても使えない。
「何で!?なんでバレット能力が発動しないんだ!?」
「零時君危ない!!」
ハッとした表情を見せ俺に危険を知らせるが、気づくのが遅かった。いきなり体に衝撃が走り俺は数メートル飛ばされる。
「…!?」
痛みでようやく気付いた。時雨が危険を知らせてくれた時にはもう、そいつは俺の真後ろにはいたらしい。尻尾を回転させ、俺に当てたのだろう。正直、身体中が痛い。立ち上がるのも辛いのだが、なんとか体を起こし、俺はその化け物のところまで走る。走る勢いに任せ、俺は手のひらで氷の魔力を集める。
「時雨から離れろぉおお!!」
俺は地面の氷魔法を一気に叩き込む。すると、地面から氷が勢いよく形成される。その氷はまるで刃のように鋭く何本も地面から伸びてくる。俺はニッと頬を上げるが、その化け物は再度体を回転させ勢いをつけた尻尾でその氷を砕く。
「…!?嘘だろ…?」
俺は驚きのあまり、動きが止まってしまう。何で効いてないんだ!?ふざけるな!!早く時雨を助けなきゃいけないんだ。と俺は時雨の方を見ると、時雨の足元から結晶化のような現象が始まっていた。
「時雨!!お前!!足が…!?」
「…うん…さっきからね…体が動かないの…」
先ほど俺に手を伸ばしている態勢のまま固まっている。俺が困惑していると時雨は泣きそうな顔をしながら俺に無理矢理作った笑顔を見せてくる。
「零時君…逃げて」
「はぁ!?そんなことできるわけないだろ?一緒に帰るんだよ!!」
俺はやけくその状態で化け物に突っ込むが、当然跳ね返される。俺は、また地面の感触を味わうことになり、口の中は血と砂が混じった気持ち悪い味が広がる。
「くっ…そ」
口の中に溜まったもの吐き出す。体も言うことを聞かなくなっており、目も霞出していた。このまま助けられずに死ぬのか…。こんなところで、何も守れていないのに。
「零時!!時雨ちゃん!!」
「零時!?」
父さんと母さんの声が聞こえる。母さんは俺に駆け寄り、俺を抱きかかえた。母さんから流れ落ちたと思われる涙が俺の顔に当たる。視線を父さんのいる方に向けると、父さんは化け物の向き合い睨み合っている。
「かあ…さん」
「零時、今は安静にしてなさい」
「いや…だい…じょうぶ」
俺は再度、無理矢理体を起こすが地面の揺れもありうまく立ち上がることができない。
「時間がない。零時だけでも、連れて帰る」
俺はその言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。俺だけ?時雨はどうする?嫌だ、時雨をここに置いていくなんてできない。
「烈斗さん、そのホーンテッドの撹乱お願いね」
母さんが父さんに告げ、倒れている俺を抱きかかえ立ち上がる。
「待って母さん!!時雨は?時雨はどうするの!?」
母さんは苦い顔をする。時雨の方に目を向け再度俺に戻し母さんは俺を強く抱きしめる。
「零時、仕方ないことなの…」
「仕方ないって…?俺は嫌だ…!!置いてなんていけないよ…!!」
母さんの腕の中で暴れようとしても体がうまく動かせない。俺の見ていないところで爆発音のような轟音が響く。父さんが化け物を撹乱するためにやったのであろう。
「奏、行こう。もう時間がない」
「待って…待ってよ…!!」
母さんの腕から離れ、父さんに抱きかかえられる。そして俺の言葉を無視して父さんは走り出す。俺は離れていく時雨に手を伸ばしながら最後の力を振り絞る。
「絶対!!絶対に迎えに来る!!何年かかっても絶対に!!」
時雨との距離はどんどん離れていき、それと同じように意識が遠くなっていった。
…
俺が再び目覚めた時、俺が見たのは白い天井。風に揺れてカーテンが揺れる音がかすかにする。俺は体を起こし、辺りを見るとここは病院というのがわかった。
「病院…ってことは…」
病院ということはここはどこか別の場所、少なくともあの島ではないということがわかると涙が溢れ出してきた。助けられなかった。置いてきてしまった。見殺しにしてしまった。
「…!!クソ!!どうして!!どうして…」
まだ力がうまく入らない腕を振り上げ布団を叩く。ただ虚しいだけ。そんなことを思っていると病室のドアが開く。
「起きたか、零時」
父さんと母さん、そして時雨の両親が入ってくる。時雨の両親を見ると目を背けたくなる。だが、時雨のお母さんを抱きしめながらいってきた。
「零時君は諦めず、最後まであの場所で時雨のために戦ってくれたのよね。ありがとう」
そういうとゆっくりと俺を抱きしめるのをやめ、俺に優しく微笑みかけてくる。だが、時雨の岡さんの言葉が胸に刺さる。やめてくれ。優しくしないでくれ。俺は…何もできなかったのに
「お、俺は…」
俺は顔を下に下げ、「助けられなかった」と言おうとした時父さんが俺の前に立つ
「助けられなかったか?それはそうだ。あんな大物、まだきちんとした訓練もしていないのに倒せるわけないだろ」
「で、でも…」
そういうと、俺の両肩を勢いよく掴み俺の目をしっかりと見てきた。
「いいか零時。お前は自分のできることを最大限までやったんだ。だがな、これからまたこんな風に大事な人を失うのが嫌なら立ち上がれ。もう同じ思いをしたくないなら強くなれ」
父さんはそう告げると俺の右腕を触り、右手を確認する。
「それにな、まだ失ったわけじゃない」
俺は何をいってるかわからなかった。父さんの顔を見ると、俺の右手を指差してきた。俺は右手を見る。右手の甲には契約印が残っていた。普通、契約しているもののどちらかが死んだ場合は契約印が消えるのだが、それが消えていない。つまり、まだ、時雨は生きていることを意味していた。言葉が出なかった。
「だがな、あの島にもう一度いくなら力が必要になる。普通のものよりも辛く厳しい訓練が必要になるかもしれない」
確かに、力が必要だ。あの島がどんなに危険な場所と化しているかはわからない。だが、俺の腹はもう決まっていた。俺は涙を拭き、父さんの顔を見る。
「辛いとか厳しいとか関係ない。俺は時雨を助けに行く。だから力が必要なんだ。俺はもう二度とこんな後悔はしたくない!!」
少しの静寂の中、父さんが再度近づき、頭を撫でてきた
「それでこそ俺の子だ。体が動ける状態まで回復したら、俺と奏で訓練をつける。覚悟しとけよ」
笑いながらだが、なんとなく温かみがある。時雨の両親は何も言わずただ頭を下げてきた。だが、その行動は俺が時雨を助けてくれると信じているからできることではないかと思う。責任は重大だ。今はゆっくり休み訓練に備える。もう二度こんな後悔はしないように。