序章 約束を果たしに
世界は負の連鎖で続いている。同族との戦争と分かり合えたはずの者たちとの戦争。様々な争いと惨劇。どうして分かり合えることが出来ないのだろうかと、青年はタバコを吹かしながら思う。
「全く…どうして人間って言う者は、分かり合えないんだろうな」
青年の足元には、人間と思えるような骸が転がっている。だが、人間に思えるそれはホラー映画で言うところの「ゾンビ」のように腐乱している。
「おい、零時。終わったか?」
零時と呼ばれる青年の後ろから、大剣を携えた茶色い髪をした高身長の青年が歩きながら寄ってきた。
「あぁ、こいつで最後だろうな」
「しっかし、また人体実験で出たやつなのかね」
茶色い髪の青年は頭を掻きながら、呆れたように呟く。
「だろうな、まぁ、こういうのは今に始まったことじゃない。俺らが今やるのは被害を最小限にすることと、このクソみたいな人体実験をしてる頭のおかしい奴を上にあげることだろ」
零時と呼ばれる青年はタバコを吹かしながら遠くを見つめ、茶色い髪の青年に言葉を返す。そんな中、零時と呼ばれる青年のズボンのポケットに入っているスマホが震える。そのスマホを取り出し、ディスプレイ画面に映し出された番号を見ると、少し頬が上にあがる。
「ようやく来たか…長かったな」
「あぁ?どうしたんだ、零時?」
「悪い、後の処理は任せた。俺はこれから約束を果たしに行ってくる」
茶色い髪の青年に背を向け、走り出す。それと同時にスマホを耳に当て誰かと通話を開始した。
「ん?あぁ!!なるほどな。ったくよ、嬉しそうな顔しやがって。まぁ、長い間待ってたことだしな」
茶色い髪の青年はポケットからタバコを取り出し、指先から火を出し、タバコに火を付ける。それと同時に片手に持っていた大剣が光を放ち、金色の髪をした女性の姿になる。
「ようやく、約束が果たせるんですね。ふふ、弘も嬉しそうですね」
「え?そ、そんなことねぇよ!!」
「ふふ、照れない照れない」
金色の髪をした女性はニコニコと笑いながら茶色い髪の青年に微笑みかける。茶色い髪の青年は照れながら顔を背けている。
「あぁ!!もう!!とりあえず後の報告とか済ませんだから、早く処理すんぞ!!」
「はーい」
(零時、絶対に戻ってこいよ。俺らも待ってるからよ…)
…
「あの場所は、まだわからない点が多くある場所だ。そこに1人で君を送ることになるんだが、本当に行くかい?」
さっきの場所とは代わり、ビルの最上階に位置した場所で青年は女性と会話をしていた。
「あぁ、覚悟はできてる。それに俺から頼んで許可を出してもらったんだ。ありがとうございます」
そういうと深々と頭を下げる。それを見た女性は少し驚いた表情を見せる。
「まさか、君からそこまでお礼を言われるとはね」
「そんなに変か?」
「変だね」
にっこりと笑う女性に、怪訝な顔をする青年。だが、すぐに女性と同じように表情が緩む
「さて、そろそろ行くかい?」
「あぁ、行ってくる」
青年は再度頭を下げる。そしてすぐに頭を上げ、女性に背を向ける。そして、青年の姿を見送り青年の姿が見えなくなると女性は後ろに隠れているものに話しかける。
「ついて行きたいと言わなくて良かったのかい?」
声をかけられてひょこっと顔を出す2人。片方は頭に耳を生やした女性。もう片方も頭に耳を生やしているが片方の女性よりも幼い少女である。そして、耳を生やした女性の方が女性に返答を返す。
「いいんです。前々から言われていましたし、この時が来たら1人で行くって」
「そうだったのかい」
少しため息混じりで返す女性。そして耳の生えた女性の腕の中で目尻に涙を浮かべる少女に視線を向け、またため息をつく。
「まったく、あのボウヤは…。さっさと帰ってきなさい」
…
青年は先ほどのビルとは違い、次は砂浜を歩いていた。その砂浜には普通は置いていないようなポールと「関係者以外立ち入り禁止」のテープが張り巡らされ、その前には軍人が数人。門番のようにその区画を警備していた。青年はその軍人の1人に歩み寄る。
「ん?軍人といえども許可の無いものを通すわけには行かない」
青年の前に立つ軍人に、青年はポケットから出した手帳を開いて見せる。
「第3特務部隊隊長の氷神零時です」
その手帳を見ると軍人は驚きの表情を見せ、テープが貼られている区画の前に通すように体を避ける。
「し、失礼しました。氷神隊長!!報告は受けております!!くれぐれも無理をなさらぬように!!」
敬礼をしながら言う軍人に、青年は敬礼を返す。そしてテープをくぐり抜け、浜の奥に進む。すると浜にはその遠くに見える島に繋がる道があった。
「あぁ…ここまでようやく来れたか…それじゃ、さっさと行きますか」
青年はゆっくりと、島に繋がる道を進み始める。だが、ゆっくり歩き始めたのも束の間。道の左右に広がる海からけたたましい波の音が鳴る。青年は立ち止まり左右交互に目を向けると、また正面に目を向け深呼吸をする。左右から迫る音が青年の近くで一瞬止まる。が、すぐに音の正体が姿を現す。大きなサメのような形をした化け物が青年に牙を向ける。
「はぁ…お前ら、10年前も俺に牙を向けてきたな」
息を吐き、地面を蹴り飛び上がる。そして、青年は目を黒色にし、左右に手を広げた青年は左右の手からか黒色をした電気を出す。
「お前らに構ってる暇はないんだよ!!」
青年は左右からくる化け物の鼻部分を左右の手で鷲掴みにすると一気に黒色をした電気を放出する。それを受けた化け物は感電し、青年の左右の手から崩れ落ちていく。青年はそれを見ると、先ほどまでとは違い一気に島に続く道を駆け抜けるように走り出した。
「このままだと、海にいる奴らに一気に襲われそうだよな…なら…!!」
青年は地面を力一杯踏み込んだと思うとその足元からは黒い空気の渦ができ、その反動で青年はさらに加速した。だが、その後ろ先ほどのサメのような化け物と、それ以外にタコのような化け物、カニのような化け物が青年を追いかける。
「ち…っくしょうがぁああああああああ!!」
青年は咆哮しながらもその足は止めずに片足がつくごとに加速していく。タコのような化け物が青年を海へ引きずり込むために触手を伸ばすが、青年はそれを紙一重で避ける。だが化け物も青年を島の中へ入れまいと青年に攻撃を加える。
(あと少し…!!あと少しなんだよ!!)
青年は歯を食いしばりながら、苦悶表情を浮かべる。目の前には島の浜辺が見える。青年は体を屈めスライディングをする。島の浜辺につくと青年は一気に体を反転させ、化け物たちに向き直る。
「構って欲しいんだろ!!んじゃぁ!!」
青年は、再度屈み浜辺の地面に両手をつける。すると、青年の周囲から冷気のようなものが漂い始める。
「これでもくらいやがれぇええええええええ!!」
青年は再び咆哮する。浜辺の地面からは氷の結晶がまるで剣山のように細かく生え出し、化け物たちに襲いかかる。そして、その結晶に貫かれた化け物たちは力なく崩れ落ち動きを止める。
「はぁ…、はぁ…、」
青年は片足をつき、呼吸を整える。倒した化け物たちに目を向け、動かないことを確認すると、次に周囲を確認する。
「はぁ…。何もいないかぁ…?」
ため息をつき、ポケットにあるタバコを取り出し、指先から出た火でタバコに火を付ける。タバコを吹かし、背にした島の方を向く。
「何も変わってないな…。10年前と何も変わらない」
青年はそう呟くと右手の甲を見る。白色の紋章。雪のように白く、紋章は淡く光っている。
「さて、返してもらおうか」
青年はタバコを吹かし、手から炎を出しタバコの吸い殻を燃やす。そして、島の内部へと足を進める。
…
数分、歩き回り青年は記憶の中にある大事な場所にたどり着いた。そこには、先ほど青年が出したような氷の結晶ではなく虹色のように光る結晶があった。
「見つけた。ようやく見つけた…」
青年はその結晶に歩み寄ると結晶の内部を見る。その結晶にはこちら側に手を伸ばす黒髪だが部分的に白色をした髪がある特徴的な髪色をした女性が閉じ込められていた。青年の記憶にある最後に見た彼女の体勢のままでそこに閉じ込められている。
「時雨、迎えにきたぞ」
そう言うと、その結晶の中にいる彼女に手を伸ばすと結晶の中に手が吸い込まれる。そして彼女の手を掴むと一気に彼女の手を引っ張ると結晶は砕け、その破片は粒子になり地面に吸い込まれていく。青年は自分の体に彼女を抱き寄せると、先ほどの戦闘の疲れもあったのだろうか。尻餅をつく。青年は彼女を一目見、一瞬安心した表情を見せるが、また真剣な表情に戻り彼女の気道を確認する。
「よかった…ちゃんと息してる」
青年は、泣きたい気持ちをグッとこらえ、彼女を起こすために彼女を揺さぶる。何回か揺さぶった時に彼女の目がゆっくりと開く、そしてその目は青年の顔を見る。青年の顔を見た彼女は顔をくしゃくしゃにしながら泣き始めた。
「零時君…!!本当に迎えに来てくれたんだ…。零時君…零時君…」
彼女は青年の胸に顔を埋め、青年の名前を呼びながら泣き噦る。青年は彼女を抱きしめ「うん、うん」と言いながら力強く抱きしめる。
「遅くなってごめんな」
「ううん…いいよ。約束通り迎えに来てくれたから」
泣き顔から無理に笑顔を浮かべる彼女を見ると、昔の泣き虫な彼女の表情が重なる。本当に彼女を助けられたんだ。やっと約束を果たせたんだ。と青年は思う。が、その感情に浸るのも束の間。2人の前方から地響きが聞こえる。この音、この全身の毛が逆立つような力を持つ化け物を青年は知っている。
「この感じ…あいつか、そういえば、決着つけてなかったよな」
青年は彼女に自分の来ていたコートをかけてやると、立ち上がり前方に目を向ける。それを見ると彼女も立ち上がり青年の右手を握りしめる。
前方からの地響きが強くなり、2人の目の前に現れたのは、彼女を捕らえていた結晶と似た色をした大きなティラノサウルスに似た化け物が姿を表した。
「時雨、起きれすぐだと思うんだけど、こいつとの決着に力を貸してくれないか?」
青年は彼女の手を強く握りしめる。
「うん、零時君と一緒に」
彼女が言葉を返すと彼女の体から白い光に包まれ、青年の右手にその光が集まる。光が薄くなり、青年の右手には一振りの日本刀が姿を表す。
「さぁて、決着つけようか?」
青年は左手に刀を持ち直し、右手で鞘から刀を引き抜く。彼女がいる心強さ、彼女を取り戻したことにより本来の力を取り戻した青年はいつもより力強く地面を蹴り化け物に突進する。そして決着をつけるために、仲間のいる元へ帰るために…