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「罪人は前へ!」
戦いは終わった。原口積の活躍により誰一人失うことなく。
しかしである。罪には罰がつきものだ。そうでなければ巻き込まれた者達の心は晴れない。
ゆえにこれから起きる事は当たり前のことだ。常識と言い換えてもよい。
常識であるゆえに疑問を抱く者は少なく、たとえ異を唱える者がいたとしても、口を開かないものばかりである。
「クソ共が!」
世界の中心。すなわち白亜の壁に囲まれた神教の首都ラスタリア。
そこに四大勢力の垣根を超え、多くのメディアや大富豪。市営の警備団体や一般人が集まり目にするのだ。
真っ白な死装束を身に纏い、一人、また一人と木造の壇上へと歩を進める様子を。
そのうちの一人、先頭を歩く染み一つなく人形のように端正な顔をしたツリ目の少女の顔には憎悪の念が籠っており、吐き出される言葉の一つ一つには世界すべてを呪うような念が込められていた。
「「…………」」
続く巨躯と美女の顔に表情はなく、その胸中は全くと言っていいほど読み取れない。
「これが、これが貴様らの選んだ道かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
彼らに続いて壇上に上がる狂信者は、この舞台の端にいる各勢力の代表に対し少女に負けない勢いで吠えるが、相手である四人の代表は無言を貫く。
そうしているとわめいている彼の背に素性を知られぬよう仮面を被った偉丈夫が持つ鞭が打たれ、その背後に歩いていた機械の兵は黙ってそれを見つめていた。
そしてそんな者らに続いて壇上に登った男。
比較する者なき世界最強の目には憂いの念があり、
「エヴァ・フォーネス。シュバルツ・シャークス。アイリーン・プリンセス。ギャン・ガイア。メタルメテオ。そして――――ガーディア・ガルフ」
「彼ら六人をこの世界を最後まで荒らしつくした大罪人と断じ、四勢力の代表。すなわちアイビス・フォーカス。シャロウズ・フォンデュ。エルドラ。ルイ・A・ベルモンドの許可の元、特例として極刑に断じる!!!!!!」
名を呼ばれた四人のうち三人が目を伏せ、罪状を告げるルイだけは厳かな声でそう言い切る。
直後に彼らの前には首を置くための黒鉄色の台座がどこからともなく現れ、真上には鋭利な刃物が形成される。
それを見てシュバルツとアイリーンの二人が一瞬だけ怯えた表情を見せるがすぐにあきらめの境地に達したのか神妙な表情を浮かべ、最後まで抵抗を示そうとするエヴァとギャン・ガイアの二人は、けれど拘束具に施された呪いや取り押さえにやってきた面々の持つ神器の欠片が邪魔で思うような抵抗ができない。
そんな二人を眺めながらガーディアは自ら首を置き、メタルメテオもそれに続いた。
それから彼らの犯した様々な罪が並べられる。
神の座イグドラシルを筆頭に貴族衆の重役二名の殺害。
セブンスター第二位であるデューク・フォーカスの殺害や数多の戦士に対する負傷。
世界中を不安に陥れたという事実もそこに上乗せされる。
「以上の罪により!」
殺した人の数だけで言えば彼らを上回る存在はごまんといるだろう。
しかし与えた損害の規模で言えば歴史上類を見ないほど大きなものであり、ルイが告げる特例に関して口を挟む者などいるはずもなく、
「ぐっはぁ!?」
「おのれおのれおのれおのれぇ!!」
六人の首を置いた黒鉄色の台座が四方八方から襲い掛かる虹色の帯で固定され、続いて全身に巻き付き指の一本さえ動かせぬよう固定していく。
それが数秒続き完全に身動き取れなくなったところで、
「刑を執行する!!!!」
全てを終わらせることを示すようなルイの声が周囲一帯に響き、エヴァとギャン・ガイアの雄たけびが続く。
しかしそれは刃の落下と共に発せられる重厚かつ耳に障る肉を絶つ音により掻き消え、
台座から滴る鮮血が地面まで濡らし、長く続いた戦いの終わりをその場にやってきた観客と放送禁止の網を潜り抜け様々な手段で映像を見ていた者達に知らせていた。
これが終わり
桃色の空の下で戦っていた者達にとってのものではない。
この世界に住む数多の人々にとって、短くも濃密であった戦の、完全な終わりであった
「……綺麗なものだな。なんという?」
「桜だよ。知らないのか?」
「………………知らないな」
「まぁアンタはそこまで花とかに関心なさそうだし、わざわざ見に行ったりしないだろうしね。それならこの機会に覚えておきなさいな。桜っていうのは、この季節に一週間くらいのあいだだけ咲く特別な花よ。平日休日に関わらず、これを見るためだけにすごく大勢の人が集まるの」
「出店なんかも開かれたりしてな。場所によっては桜祭りなんて言って、縁日を開く場所もあるんだぞ」
そのような事が起きている裏で、明るく朗らかな声を上げている者達がいた。
彼らは齢二十歳にも満たぬ三人の少年少女であり、両手には頭が隠れるほどの高さの漆塗りの重箱が積まれていた。
時は春。四月の始め。
寒さが体の芯まで凍らせる冬を超え、温かな日差しが世界を満たす。
そのような話をする彼らの周りには話に出ていた花が咲き誇っており、ロクに整備されていない道を、けれど彼らは気にすることなく進む。
「……その割にはこの場所には出店の類が内容だがどういうことだ? 世界には四方八方を埋め尽くすほこの花が咲いている場所が、ほかにいくらでもあるという事か?」
ゼオスの言う通り彼らの周りには温かな春の日差しを7遮るほどの桜が咲いており、それは四方八方どころか山一つを覆っていた。
「いやお前の言う通りたぶんここほど桜が咲いているところは中々ないよ。けどあれだ。そうなるとさ、やっぱり人が自然と集まっちゃうんだよ。当たり前だけど出店も自然と出てくるわな」
ゼオスの言うことに間違いはないと蒼野は肯定する。となればゼオスはますます疑問に思ったように首を傾げる。
「ならばなぜそうならないのか」とでも言いたげな様子でだ。
「そりゃアンタ、ここに他の人が来られたら困るでしょ。そのために色々と細工を施してるのよ。おそらく、アタシらが気づかないほど膨大な手段でね」
「……なるほど。そこまでする価値があるものなのだな」
さも当然という様子で答えたのは優であり、ゼオスも納得。区切りよく話が終わったところで彼らは目的地に辿り着き足を止め、
「なんかさー自分で自分が死ぬ様子を見るってのは不思議だなー。てかすごいな。断面からしっかり血が出てるぞ。お前ここまでリアリティのある分身を作れるのか」
「そりゃお前、私が騙そうとしてるのは世界一の判別眼の持ち主だぞ。そのくらいのことができないでどうする」
「みなさーん。料理の追加ですよー!」
「あらありがとう優ちゃん」
「いえいえ。好きなだけ食べてくださいお姉さま!」
ラスタリアで行われている死刑執行を宙に浮かばせた映像越しに見ている面々の前で三人は料理を置く。
すると映像に出ていた神教の代表アイビス・フォーカスが嬉々として厚焼き玉子を頬張り始め、首を斬られたはずのエヴァとシュバルツも続いた。
「生き残れたのは嬉しいけど正直申し訳ないわ。騙す必要まであったのかしら? 逃亡を許した、の方がまだましな気がしちゃうわ」
「その意見もわかります。でも多数決で決めたじゃないですか。重要なのは『事件が解決した』ことを民衆に見せる事。そのために『偽りでもいいから、罪人を捕縛して死刑した様子を見せる事』だって。嘘でもなんでも、納得させることが重要なんですよ」
「それはわかってるんだけどね」
さらに離れた場所にはアイリーンが分厚い幹に背を預けており、ワイングラスを片手に語る彼女の前には穏やかながらも兄の面影を残すような低い声を発する積の姿があった。
いや彼らだけではない。
この場所には最後の戦いに参加したものだけでなく各勢力の代表者や無所属の有力者まで集まり、嬉々とした様子をしていた。
そう、ここは事情を知るもの以外は誰も寄り付かない秘密の集会所。
誰もが願った平和の末の花見会場である。
999話 約束の桜
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
三章ラスト一歩手前。その内容は世界に向けた嘘と本音です。
当たり前ですがここまでの騒ぎを起こしたので、彼らだけで内密に処理とはいかず、今回はその件についての話です。
なお、今回彼らが山に張ったのはエヴァとアイビスによる人よけの結界。
これに加えて不法侵入者やら厄介な相手には『絶対消滅』による記憶の改ざんがあります
何はともあれ次回で最終話
お楽しみください
それではまた次回、ぜひぜひ、長く続いた物語の一つの区切りをご覧ください!




