往古来今物語 八頁目
物語は終わった。間違いなく。
千年前、一人の青年の過ちから始まり今にまで続いた物語は、その青年自身の手で終わりを迎えた。
戦いの終わりを示すクレータのど真ん中にいるのは仲間達の歓声を浴び、体を癒す勝者。
そして迫る死の瞬間を、何もできず受け入れる敗者である。
これでおしまい。おしまいのはずなのだ。
「…………」
「え?」
しかしここに、新たな物語を紡ぐ者がいた。
最後の最後に、誰も予期していなかった展開をたった一人で進めようとする者がいたのだ。
「待て。お前何やってんだ!」
此度の物語を引っ張る主人公の名は原口積。
この状況で、多くの者に指さされ非難されると理解しながら、己の道を貫く者である。
それは突然の事であった。
親しい者は近づき抱き着いたり賛辞を送ったりした。そうでない者は一歩引いたところで彼らの様子を満足げに眺めていた。はたまた疲れた体を癒し始めていた。
これらに当てはまらない者もいたが、誰もが今回の戦いの結果に満足し、大きな充足感を得ていた。
しかし唯一人、彼だけはその空気に染まっていなかった。
他の者同様重くなっていた自身の体を引きずrながら誰も近寄らないウェルダの側にまで歩み寄り、これまでのように回復することのない、胴体に空いた巨大な風穴を眺めたかと思えば、そこに手をかざす。
「…………テメェ」
「通常の回復術が効くかどうかわからねぇからな。ひとまずは体の端と端しか繋がっていないような穴を塞ぐことにするよ。それなら錬成術の方が向いてるし、俺の得意分野だからな」
発せられる光の色には鋼属性だけでなく多分の水属性が含まれており、みるみるうちに傷は塞がれていた。ついでに言えば拒否反応の類もない様子である。
「そうじゃねぇ! なんでそいつを助けるかって聞いてるんだよ! そいつは………………そいつは! なかったことになったとはいえ、一度はオレ達の大半を殺した奴なんだぞ!」
怒りの声で指摘をした康太が聞きたいのはもちろん穴を防いでいる手方法ではなく、『なぜ助ける必要がある』という理由の部分であり、大勢の同意者がいた。
「…………ここにいる奴らに聞きたいんだけどよ、こいつが何をやったのか言ってみてくれよ」
「え?」
場がえも知れない空気に満たされ始めるが、積は倒れているウェルダから視線を外さず淡々とそう告げ、全員が虚を突かれたのか閉口し、
「まぁ殺人未遂ではあるわな。現実の改変が行われたとはいえ、一度俺らを殺したわけだからな。ただそれはなかったことになった。とすりゃ、何が残る?」
「何が、残る?」
「それって罪状、のことよね?」
続けられる言葉を聞き、ほとんどの者がそちらに意識を向ける。それこそシャロウズやアイビスまで考える素振りを見せ、そうしている間に積による風穴の修復は終わりへと向かっていく。
「星を破壊しようとした、てのはドでかい罪状だけどな。けどそれも未遂で終わってんだよ。そうすっとさ、こいつの罪は意外なことに他にはないんだよな。となりゃ仕事やら日常で、結果的にとはいえ最低でも一人は殺してる俺たちがのうのうと生きて、そうじゃないこいつが死ぬ理由はないと思うんだよ。だから………………俺はこいつに生きてもらいたいと思ってる」
「ば、馬鹿な! 正気か小僧! お前はそれが何を示しているのかわかっているのか!?」
そうして治療が終わり、積が語り終えた時、いの一番に声を荒げたのはガーディアに抱き着いたままのエヴァである。
彼女は自身がこれまでに犯した罪を承知の上で、自分の愛する人を苦しめた怪物を非難し指さす。
「もしもそいつがまた暴れ出したらどうする!? 今でなくても、減った分の力を取り戻し、再びダーリンに襲い掛かってきたらどうする!? お前はわかっているのか? 次もこううまくいくとは限らないんだぞ!!」
彼女の言い分は最もだ。
この場にいる大勢の者が察しているのだ。
もし同じことが二度起きれば、次はきっとこうはいかない。大勢の犠牲が出てしまうと、よくない未来を思い描いているのだ。
「エヴァ、悪いが今回は手を引いてくれ」
「え?」
「この戦いで手を貸してくれる条件でね。もしも誰一人として欠けることなく戦いが終わったのなら、彼の命も助けてほしいと乞われたんだ」
その状況で口を挟んだのは意外にも最も長く死闘を演じ、最も長く彼に苦しめられたガーディア・ガルフであり、多くの者が律儀に約束を守ろうとする彼に呆然とし、
「……私はここにいる全ての者に救われた。だがその始まりにまで遡ればそこには君の活躍があったのだと思っている。だから君の意見を尊重するよ。しかしだ、他の者らはそうではないだろう。だから原口積、君がなぜ、そんな意見を抱いたのかを教えてくれ」
しかし自分以外の反応こそ当然のものであると察しそう続け、すると積はウェルダがいきなり襲い掛かってこないことを確認した上で視線を外し、内心の緊張を和らげるために深呼吸を行い、
「……死んだ馬鹿兄貴なら、そういう選択をしているだろうと思ったからだ」
兄に似た鋭い瞳で全体を見渡し、言い切った。
「善さん?」
「……俺の知ってる馬鹿兄貴はさ、時折誇大妄想染みたことを言い出したり、やったりする輩だった。本気の本気で『果て越え』に挑もうとしたり、絶対的危機的状況を自分一人で何とかしようとしたり。復讐相手が格上だとわかっても、無謀にも挑んだり………………神様になったり、とかな」
続く発言の数々には誰も言葉を挟まない。
歓喜の念も、怒りや困惑の空気さえかき消し、積の語る原口善に対し耳を傾ける。
「そんな馬鹿兄貴ならさ、絶対にこいつを見捨てないと思うんだ。たとえ無茶苦茶だとわかってても、人を見捨てるようなことはしないと思うんだ。そんなあの人に――――――俺はなりたい」
言ってしまえばそれは『憧れ』だ。
支離滅裂で道理や理論からかけ離れたものである。
「兄貴にイグドラシル様。ヴァンさんにデュークさん。いや怪我人を数えればもっといる。それを承知の上で頼みたい!」
「「――――――」」
「この桃色の空の下で起こった最後の戦いを、馬鹿みたいな『奇跡』で終わらせてくれ! 味方も敵も誰ひとりさえ死なず、みんな日常に帰れるっていう、最高のハッピーエンドにさせてくれ!」
しかし熱はあった。
発せられる心からの叫びに、頭を深々と下げるその姿に、胸を打つものはあった。
「誰も死なずに終わらせる、か。そうだよな。それが最高の結末だよな」
「それを言われちゃったら仕方がないわよね」
最初に賛同したのは蒼野だった。続いて肩を並べていた優もうっすらと笑みを浮かべながら続き、ゼオスも無言で後に続いた。
「実はなガーディア」
「?」
「お前と同じ顔の奴に剣を向けるのは、気が引けたんだ」
「……それは嘘だろう」
続いてシュバルツも彼らに続いた。
「俺はもちろんお前さんの味方だ。なんせ、生涯をかけて味方になってやるって決めたからな」
「そりゃどうも」
続いて場の空気にふさわしくない快活な笑みを浮かべながらヘルスが続くと、その様子を見て壊鬼やシロバ。クロバやレイン、それににエルドラやクライシス・デルエスクも続き、
「我が主よ。この選択は心からのものなのですね」
「……私は目前にある最良の結果を投げ捨てるような愚者ではないよ。それに皆が危ぶむような事にはならない。主人格、支配権の権利に関しては力の激減と共に失われたが、もしまた暴れたとしても、元々の力の三割以下の出力だ。それなら私が何とか抑え込める」
「貴方がそうおっしゃるのなら私も付き従います。それでエヴァ・フォーネス? お前は彼の意見に賛同しないのか?」
「貴様…………」
「今回は貴方の負けじゃないかしら」
「ふんっ!」
ギャン・ガイアの煽りを聞きながらアイリーンも続き、エヴァまでもが鼻を鳴らしながら賛同。それを契機にウルフェンを筆頭に訝しげな様子をしていた者までもが同意し始め、
「そろそろ折れてもいいんじゃないか康太君?」
「ゴロレムさん。オレは」
「疑い深く、慎重なことは重要だ。けれど、今必要なのはそれじゃない」
「…………うっす」
強い警戒心をあらわにしていた康太もゴロレムと共に大多数となった意見に歩み寄った。
こうして残ったのはいたたまれない表情で真横を見つめるシャロウズ。そして
「あーそのだな。君の胸中は大いに察するんだがな」
この戦いで家族を二人失ったアイビスである。
「いいのよ。最初から結論は出てたんだから」
「え?」
「だってあいつを恨むのはお門違いでしょ。あたしの立場からしたら、恨むべきは恋人に抱き着かれてるほうのガーディアよ」
「ならなんで最後まで」
「そりゃ大半の奴があたしのことチラチラみてたんだもん。それなら、そのご期待には最後まで付き合ってあげなくちゃね!」
「性格悪いなお前は!」
そんな彼女も他の者が心配したようなことはなく、軽快な足取りと意地の悪い笑みを浮かべ、シャロウズと共に歩みより、
「これが、俺たちの総意だ」
ここに結果は示された。
いまだ倒れたまま動けないウェルダに対し、積は決然とした表情で腕を差し出す。
「いいのかよ」
「ん?」
「お前がしてるのはとんでもなく馬鹿な選択だ。そんなもんに世界の行く末を掲げるのかよ?」
だがしかし、この土壇場で全体の総意に反論する者がいた。
ほかならぬウェルダである。
彼は小馬鹿にしたような態度でそう言い、
「信じられない気持ちはわかるけどさ、今は俺の手を取ってくれ」
「…………」
「もしかしたら世界がそれを許さないのかもしれない。真実がどこからか露呈し、お前は石を投げられるような立場に身を置くかもしれない。けど」
すると優しげな、他の誰でもない原口積としての声でそう続け、
「ここにいる俺たちは必ずあんたの味方になる。他の奴らが違っても、俺だけがなってやる。だから――――――手を握ってくれ」
手を差し出す。
自分など瞬きの間に殺せてしまう。それがわかっているゆえに手を震えさせ、それでもこうすることが正しいと信じ、原口積は手を差し出した。
「甘ちゃんが。なんだってんだよチクショウが」
そんな彼の手をウェルダは握った。
敵意も殺意もない。決して傷つけぬようにと、最新の注意を払ったことがわかる手つきで握り返した。
「シュバルツ」
「ん?」
「世界にはとんでもない奴がいるな」
「そうだな」
「完敗だよ原口積。君は、私の予想を完璧に上回った」
その光景を見て『果て越え』ガーディア・ガルフはそう呟く。
やがて多くの者が動けるだけの状態にまで戻ると来た道を戻り、
日常に帰還する。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
桃色の空で繰り広げられた物語はこれにて完結!
3章も残り2話です!
それではまた次回、ぜひご覧ください!




