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その領域の名は『果て越え』


 ここまで繋いできた戦いの道のり。その成否を決める最後の賽は投げられた。

 遍く全てを押しつぶし、燃やし尽くすことを定められた黒い日輪。

 これに挑むのはあまりにも小さな希望の光。

 自らの片腕を突撃槍に変貌し、白い炎を纏い前に進む、全ての戦士たちの目指す果てのその先。

 今やまっすぐな白い線となり、空へと昇るガーディア・ガルフに他ならない。


「――――――――!!!!」


 そんな彼は今、自身がこれまでに背負い、築き上げてしまった全ての業を晴らすために前に進む。

 前に進み進み進み切って――――壁に衝突。

 瞬間、彼は感じ取る。

 白黒に意識だけでなく世界が明滅し、内部へと侵入するべく足掻き、結果的にそれが成され表面に張られた分厚く強固な壁を砕き中に入った瞬間に感じ取る。


 『熱い』


 と、彼は思ったのだが、これは生まれて初めての事であった。


 各々の属性使いは自身が得意とする属性に対する耐性を備えている。雷ならばしびれ状態に対する耐性を、光属性ならば目くらまし、闇属性ならば暗闇による視界不良などに対し強い耐性を持つ。

 そんな耐性であるが、日常生活にまで及ぶほど広い範囲をカバーしているのは炎と氷の二属性であろう。

 氷属性ならば『冷たい』や『寒い』。炎属性ならば『熱い』や『暑い』からかけ離れた生活を送ってきているのだ。

 炎属性の扱いにおいては、自身の分身であるウェルダを除けば右に出る者がいないガーディアならばなおさらで、それこそ彼は夏の日差しをうっとおしく思うのが上限で、それ以上の熱全般を無効化してきた男なのだ。


 だから今、他者が感じてきた身を焼き骨の髄まで食い尽くすような恐ろしさを初めて味わい、戸惑いから足を止めた。止めてしまったのだ。

 そうなれば待っている未来など一つしかない。


「クソ―――――――――」


 『果て越え』ガーディア・ガルフは炎の海に全身を包まれ、意識を手放した。




「ここ、は?」


 一度閉じた両の眼。それを開くきっかけとなったのは穏やかな鳥のさえずり。戦の匂いを感じさせない人の声。そして遥か昔に置き去りにした鐘の音であった。

 その全てを懐かしく思い意識を鮮明にした彼は周囲を見る。

 黒張りの革が貼られたソファーに校歌がデカデカと貼ってある額縁。端を見れば見覚えのある校旗が飾られており、自分が座っている椅子や目の前にある机も記憶にあるものだ。


「珍しい。いやもしかしたら、初めて見たかもしれない」

「!」


 ここがどこであるか彼はすぐに気が付いた。

 おそらく死の直前に見る走馬灯のようなものであろうとも思った。

 しかしそれだけでは言い切れぬ奇跡が今、彼の瞳に飛び込んだ。


「悪い夢でも見たか? それとも泣けるような映画を思い出したか? 少し、いやかなり興味が湧くな。君さえよければ、涙の理由を教えてくれないかい?」


 真っ赤な髪の毛にトレードマークである白衣を着て、穏やかな声を発しながらガーディアの前にある机にコーヒーの入ったカップを置くその姿。

 それは在りし日の輝きを身に纏ったアデット・フランクに他ならない。




「そうか。なんとも波乱万丈な話だ」

「…………」

「一番驚いたポイントは、お前が負けるところだな。どのような理由があれ、それこそ夢の中とはいえ、お前が負けるという話は信じがたい」


 それから彼は『夢』と称し様々なことを語っていった。

 目の前にいるアデットが死に分かれるより幾分か前の姿であることを察し、彼が死ぬまでの未来の話をした。彼が死んでから千年前の戦争の話をした。そして千年経った未来で自分が行ってきた事柄の話をした。

 するとアデットは腕を組んだまま片目をつむり、面白い話を聞いたと示すようにうっすらと笑いそう指摘する。まるでそれが、この場では最高に優れた冗談とでも言うように。


 そんな友に彼は訪ねる。


 ここは一体何なのかと?


 夢にしては鮮明で、走馬灯にしては長すぎる。

 ならばこれまで起きた様々な出来事が嘘偽りで、今ここで続いている世界こそが、自分が本来身を置くべき場所なのかとも思った。


 思ったが、それだけはあり得ないと断言できた。できてしまった。


 なぜなら友と向き合う彼の姿は、重ねてしまった全ての罪を吐露し、声を震わせながら謝罪するその姿は、記憶にあった頃からかけ離れていた。

 ウェルダと対峙し、最後の一撃に全てを賭した現在の姿だったのだ。


「…………そうだな。言うなれば、私が遺した置き土産、といったところかな」

「置き土産?」


 問いにアデットが答える。自身の手元にあったカップを掴み、中に入っているコーヒーをゆっくりと飲み込み息を吐きながら。


「君が死にそうになった私と一度だけ会えるようにした。死の間際に遺した、意思疎通が可能な遺言のようなものとでも思ってくれたらいい」

「それはおかしいな。私が死に瀕したのはこれで三回目だ。それならば既に君と会ってるはずだ」

「その疑問の答えならばわかってる。この術式はそこまで融通がきくものではなくてね、対象に混ざりものが入っている場合、正しく『ガーディア・ガルフ』と認証できないんだ。つまり」

「別人格が宿っていた状態では発動しなかった、か。なるほどな」


 淡々と語りながらも、察することができる部分もあった。

 自身の身に宿った別人格が消え、その上で死に瀕するだけの危機が迫るとなれば、そのタイミングは絞られる。

 それは今のように、自身の生存を賭けウェルダと戦っているタイミングにほかならず、つまりアデットはその瞬間を狙いすまし、もう一度彼と会えるように仕組んだのだ。


「心遣い、というんだろうな。それ自体はありがたい。だが」

「だが?」

「理由がわからない。ただ会うだけならば、もっと早くてもよかったのではないか? それこそウェルダが体から抜け落ちた瞬間を狙ってもいいはずだ」

「………………」


 ただガーディアには納得できない部分があり、その点を指摘する。ウェルダが抜け落ちた直後に会っても問題ないのではないかと。

 するとアデットは押し黙り、


「……思いを受け継ぐのはいい。糧にしてより良い未来につなげるのもいい。けれどね、死者に後ろ髪を引っ張られるのは良くないんだよガーディア。今を生きる者は、後ろにばかり目を向けてちゃいけない」

「?」

「私はね、できる事なら二度と会わない方がいいと思ってこの術式を組んだんだ。だってそうだろ? この術式が発動しているということは、君は死の危機にいる。そしてもう一つの条件も満たしているということになる」

「もう一つの条件?」

「私の死を引きずっている事。延々と罪悪感を抱いていることだ」


 けれど意を決したように口を開き真剣な面持ちでそう告げると、ガーディアは声を荒げた。

 当たり前である、と。

 あの出来事に胸を痛めなかった日はないと。


「あれこそが私の人生における大きな過ちの始まりだった。あの件さえなければ、私の人生は違っていた………………それだけは、断言できる」


 顔を両手で覆い、謝罪の意を込め彼は言う。


「本当に、本当にすまない。未熟な私の過ちのせいで…………私は君の未来を奪ってしまった!」


 そして――――――告げる。

 もう一度会えれば絶対に言おうと決めていた言葉をこの奇跡のような機会に口にする。


「お前ならそう言うと思っていたよ。だから私は今こうして君の前にいる。そしてその上で言えることはただ一つ」

「…………」

「気に病むことはない。本当に気に病むことはないんだ。あの一件はね、この世界で生きていれば、ありふれたものなんだ。だからな、そんな一生かけて後悔する必要は全くないんだ!」

「なっ――――――!」


 その直後に間髪入れず行われた内容。アデットらしくもないあっけらかんとした様子にガーディアは息を呑み何も言い返せず、


「――――あぁ。私も言いたいことが言えてよかった」


 果てにそのような事を言い、アデットは笑う。

 無邪気に。心底楽しげに。ただその直後には辛気臭い空気を纏う。


「むしろ謝るのは私の方だ。君の言った通りだからね。あの時、私は死んではいけなかった」

「アデット。君は何を?」

「シュバルツは君と同等の力を得て、隣に立てる存在になろうとした。それに対し私は、色々なことを教え、君を私たちのそばまで引き寄せようとしたんだ。一般的な人と同じ目線に立ってほしかったんだ。それが実現できなかったからこそ、君はここまでミスを重ねた。本当なら私が隣に立ち、それを防がなくちゃいけなかったんだ」


 「それは謝るようなことではない」とガーディアは言いたかったが言えなかった。直前に同じことで説教をされたゆえに。


「で、どうだ」

「え?」

「気は楽になったかい」


 ただそれでも変化は明確にあった。

 これまでずっと体にのしかかっていた重みが消えたのだ。心に刺さっていた棘が抜けていたのだ。

 その驚くべき事実に彼は目を見開き、


「さて、私から君に最後の助言だ」

「助言?」

「ああ。ガーディア、君は――――」


 そんな彼に対し、アデットは常日頃と変わらぬ穏やかな声で語り始める。千年前、伝えることができなかったアドバイスを。


「アデット」

「うん?」

「君は私にはもったいない親友だったよ」

「はは。それは私が言うべきセリフだな」


 それが終わった時、扉は開いた。

 思い出が詰まったその部屋を出る扉。

 そこから伸びる光景は記憶に通りならば一方に教室に続く扉が、もう一方に日差しを差し込む窓が供えられた壁があったはずだが、今は少し違う。


 長く続く廊下の終わりにあるのは突き当りなどではなく、先行きの見通せない闇なのだ。行くものを不安で押しつぶすような昏い世界なのだ。


「この先はどこに繋がる?」

「君が向かうべき、正しき未来へ」

「そうか」


 けれど今の彼は怖れはしない。

 感じたことのない炎が胸から生まれたかと思えば全身を駆け巡り、かつてない強さを自らにもたらすのを感じ、


「そうだな。最後にもう一つ、その背中に乗せておこう」

「?」


 始まりの一歩を踏もうとした瞬間、彼の背にいる青年は別れの言葉を告げる。


「正直さ、今までのお前は情けないところが多かったと思う」

「……そうだな」

「だからさ、かっこいいところを見せてくれ。『俺の友達は最高なんだ』って、あの世で語らせてくれ」

「!」

「――――――頑張れよ」


 穏やかに、彼の心を包むように、これまでのすべてに感謝するように最後の一言を告げ


「ああ!」


 直後に、ガーディア・ガルフは瞳の端から一筋の液体を垂らし駆け出した。

 

 先へ先へ。延々と先へ。


 見覚えのある校舎の景色を後にし、遥か彼方に僅かに見える一番星のような輝きに近づくために真っ暗な世界へと。


 それを超え、星の輝きさえも超えたかとおもえば酷似した黒の灼熱を進み、


 そのさらに先に進むため咆哮を上げ


 その時は来た




「ねぇイグちゃん。ちょっと気になったんだけどさ、なんであいつのことを『果て越え』って呼ぶの?」


 それはこの戦争が始まってしばらくした頃、まだ彼女が手痛い敗北をしていないとき、ふと気になって尋ねた事であった。


「どういうことですか?」

「いやだってちょっと不思議じゃない。相手は貴方にたてついた敵なわけじゃない。それにしては『果て越え』っていう名前には恐ろしさがないと思うの。もっとこう、『魔王』とか『悪魔』とかみたいな、おどろおどろしかったり、明確に悪い奴だってわかる名前でいいじゃない!」


 ついでに言えば法則からも外れていると付け加えた。


 鬼に例えられるような強者を百人退けられるゆえの『百鬼薙ぎ』

 そのような兵も千人退けられるゆえの『一騎当千』

 どれほどの数を揃えようと負けることなく君臨するゆえの『万夫不当』

 そしてそのような人物が襲い掛かろうと絶対に勝つ、人間を超えたという称号の『超人』


 それらに対し『果て越え』という称号は外れた位置にあると彼女は思ったのだ。


 その指摘を受けイグドラシルは笑った。幼い頃に抱いていた夢を、年を経てバレた時のような恥ずかしさを覚えた様子で。


「え、なに? もしかしてかっこいい見た目にやられて、怖い名前は付けられなかった系?」

「違いますよ。私がその名に込めたのは『憧れ』と『願い』です」

「憧れと願い?」


 するとアイビスは目を細め意地の悪そうな声でそう告げ、イグドラシルはそう返答。


「いつか、そういつか……どうしようもない危機に襲われた時。『世界の果て』という終わりがやってきたとき、最前線に立って超えてくれるヒーロー。私は、彼みたいな強さの人物にそういうものを求めているのです」


 ゆえに『果て越え』であると説明され、当時の彼女は頬を膨らませた覚えがあった。

 自分こそがその役目ではないかと思っていたからだ。


「あ」


 しかし今、彼女はその意味を知る。


「これが『果て越え』」

「すっげぇ……」


 世界を押し潰し、その上で焼き尽くすことを己が使命と命じられた天球が、突如不規則に膨れ上がる。

 同時に内部に溜めていたエネルギーを覆うための膜にすさまじい勢いで亀裂が迸り、


「イグちゃんはこれを」

「どういうことだアイビス・フォーカス」

「…………ううん。なんでもないの忘れて」


 地上で多くの者が見守る中、轟音を立てながら破裂する。

 世界に厄災を運ぶものとは思えぬ、空を埋め尽くす花火を連想させるように美しく炎を散らせながら、ガーディア=ウェルダ最大最強の一撃は消え去った。


 そして


「ウェルダ」

「!」

「ウェルダウェルダウェルダウェルダ――――――ウェルダァァァァァァァァァァァァ!!」


 世界の果て、星々の光だけがともる漆黒の海の中、同じ顔をした二人の男が今一度向き合う。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


遅くなってしまいましたが更新です


最後の最後に明かされる『果て越え』という名の由来

特殊な環境で語る二人の男

最後に語ったアドバイスとは?


次回、長く続いた戦いが終わります。


それではまた次回、ぜひご覧ください!!

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