終末の黒陽
「こ、いつはぁ!?」
一秒、それは常人からすれば極々短い時間であるがガーディア・ガルフにしてはあまりに長い時間である。
いや彼だけではない。アイビス・フォーカスやシャロウズ・フォンデュを筆頭に、この世界の強者ならば一秒がどれほど重要なものかを理解しており、それだけの時間を仲間たちが稼いだとするならば、それ相応の威力を秘めた攻撃を撃ち出すことは必須と言える。
それほどの期待を背負った、最強の座である彼が行う結果とはどのようなものか。
その意味を、合わせ鏡というにふさわしい姿をしたウェルダは思い知る。
(多い!)
彼の全身を襲い掛かる白虎の咢。
それを構成する物体、というよりも正体は、ガーディアが扱う神器を無数に砕いた小さな刃の群れである。それらが密集。獣の形を形成して、ガーディアの速度を乗せた状態で襲い掛かるのだが、問題は白虎を構成する刃の数である。
「!!!?」
一秒の間に行える行動回数が五万を超える彼が他の何かに費やすこともなく、この秘奥義を構成することだけに全てを傾けるのだ。
(さ、再生が追い付かねぇ!)
その成果は神業や魔技という言葉でさえ留まりきらない。
ガーディア本人も集中しているあまり数えていないが、刃の単位は万を超え億を超え、兆という数字さえ突き破り、京の単位に到達する。それら全てがただ目前の敵を挫くために形を取り、光の十倍以上の速さを伴い襲い掛かっているのだ。
一撃一撃の威力はシュバルツ渾身の斬撃に劣るが、それだけの刃が波状攻撃として襲い掛かるとなれば、結果は明白だ。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
崩れる。崩れていく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
痛みを微塵も感じず、神器さえ上回る硬度と、この場にいる誰もがひれ伏せる膂力を秘めていた最強の肉体が、指先から順に刃の雨に晒され散っていく。
慌てて対処しようとしたところで、ガーディアが駆ける一瞬の間にできる行為など、たとえ覇王や羅刹というにふさわしい実力を持つウェルダと言えども持ってはいない。
「!」
結果、なすすべなく刃の嵐に晒され、
「――――――」
「お、おぉ」
「あ、アルさんっ」
『安心してくれていい。さっきまでそこに存在したウェルダとかいう奴の気配は完全に消滅してる。君たちの勝利だ」
咢に呑まれていく側から原型が失われ、完全に通り過ぎた時には跡形もなくなる様子を見てエルドラが畏敬の念を感じさせる声をあげる。
自分たちの目だけでは信じられないと思い蒼野が通信の向こう側にいる男に尋ね、念押しする返事を聞き両腕を掲げる。
こうして彼らは声を上げる。
声にならない咆哮を
小学生が行うような幼稚な勝利宣言を
極々短い僅かな言葉を
十人十色の反応を彼らは示し、各々の立場や関係を超え、歓喜する。
体験したことがなかった領域の化け物の消滅を喜んだのだ。
「積?」
「…………何でもねぇ。気にすんな」
そんな中、積だけは不満そうな表情を浮かべ、蒼野が不思議そうに尋ねると、彼はため息を吐きながら腕を組み、
「え?」
「なに、あれ?」
直後に彼らは知ることになる。
見ることになる。
現れた極限にして最後の絶望を。
自分たちの存在する星を、銀河を、いや世界を丸ごと飲み込む、黒い日輪の姿を。
「―――――――――ハァ!」
無限という言葉で形容しても問題ないほどの刃に晒され吹き飛んだウェルダ。
必死に守った頭部を除けば九割以上が吹き飛んだ彼が全身を再生させたのは、桃色の空を突き破り星々が連なる漆黒の海にその身を置いた後の事であった。
再生こそ叶ったものの既に半減していた力は極限まで減らされ、今の彼は普段ならば決して感じることのない体の倦怠感を味わっていた。
とはいえ休んでいる気にもならなかった。
大前提の大きな問題として、彼はガーディア・ガルフが生きている限り、主導権があちらにあるためいつだって命の危機に脅かされるのだ。ここで仕留めなければいけないことに変わりはない。
ただ如何に強靭なウェルダと言えど、一度全身を拒微塵になるまで粉砕され力を激減されたとなれば、これまでのように真正面から戦っても勝ちの目は薄く、
「……テメェらはよくやったよ。真正面からのどつきあいに限れば、負けを認めてやる。だから――――その星と共に滅ぶ栄誉をくれてやる!」
ゆえに彼は決意をする。
自身が行使することが可能な、最大最強の一撃、絶対無敵の鬼札を場に出す。
極到とは属性や能力において最強の力。激しい修練の末、その時代で最も使いこなせた者だけが得られる特別な力である。
過程を省き直接『死』を叩きこむ息吹
限界を超え、あらゆる生物を凍てつかせる波動
それらはまさしく一つの属性の真髄を極めた力であるだろう。
がしかしである。極致を得たからといって、それがそのままゴールになるわけではない。
手に入れた神器を極めれば手足の延長戦として扱えるように
習得した能力を使いこなすことで応用力に磨きをかけるように
果ては様々な属性の使い方の幅を広げるために創意工夫するように
極致も磨き抜くことでさらなる力を発揮する。
無論その磨き方にもいくつかの種類が存在するのだが、生まれたばかりのウェルダが力を入れたのは規模の拡大。そして粒子を吸い取れる範囲である。
優れた属性粒子の使い手は、自身の体内で貯蔵している分に加え自然界に存在する属性粒子まで利用することが可能であり、ウェルダはその範囲を広げることに専心した。
その結果、粒子の収集範囲は『星』を超えた。星々を超え、太陽さえつかみ取り、銀河という枠組みを超えた。まさしく宇宙全土に伸びる炎属性の密集が可能となったのだ。
彼はそれほど集めた粒子を己が最大にして最強。『熱』に特化した炎属性の極致に注ぎ込む。
「来い」
斯くして、最大最後の試練は現れる。
手にしていた二つの斧の内の片方を溶かしながら、宇宙全域に存在する熱という熱を少しずつ奪い取り、掲げた腕の先に密集させ圧縮する。
その密度は他の誰にも真似できない領域のもの。まさしく彼が『果て越え』と示すにふさわしいものであり、そこまで行ってもなお、黒い炎の球体は星を易々と飲み込める規模を誇っていた。
『終末の黒陽』またの名を『アポロ・D・エンド』と呼ぶ彼の放つ最大最強の秘奥義が今、真下にいる者達へと向け牙を剥く。
「ダメだ! ビクともしねぇ!」
「なんなんだ。いったい何だってんだあれは!」
自分達に死を届ける死神をそのまま形にしたような一撃を前に、それでも彼らは抵抗することを選んだ。
目の前にある攻撃と比べれば、どれだけ脆弱なのかを理解し攻撃する者がいた。
自身の持つ力ならば相対するに値すると信じ、撃ち出すものがいた。
たとえどれだけ巨大あろうと、銀河をぶつければ打ち勝てるはずだと思った者もいた。
だが示される結末は同じだ。
どのような努力も無為に終わる。
今や桃色の空を真っ黒な光で埋めるに至った、黒い炎を集めた球体は、神器を溶かしたゆえに能力を中心とした異能を全てかき消し、数多の銀河の衝突をものともしない勢いで突き進む。
絶望を前に多くの者の顔が青くなり、ついに抵抗を止め睨みつける事しかできない者が現れる。
「そうか。それだけが、この危機を乗り越える手段か」
そんな中、ガーディアだけが気づいた。
この中で最も強い抵抗の意志、すなわちこの死闘が自分が原因であることを自覚していた彼は、使命感から誰よりも冷静に戦場を見つめ、微かな光明を見つける。
多くの者らが命を削る勢いで使った最大威力の攻撃。
それらは確かに敗北したが、数多の攻撃を重ねた結果、一か所だけが分厚い壁のような膜を突き破ったのだ。
結果溢れ出したのは炎属性が集まって形成された溶岩など比べ物にならない熱の液体であり、彼方で昇ったため多くの者は気づかなかったが、その勢いは目を見張るものがあった。
「ガーディアさん?」
「どうした? 何か見つけたのか?」
おもむろに前に出るガーディアへと向け、蒼野が最初に尋ね、隣にいたシュバルツが疑問を投げかける。その返事に頷くと誰もが驚いた表情を晒し、彼らに対しガーディアは自身が至った推測を話す。
「諸君が放った攻撃は確かに敗北した。しかしそのうちの一部は球体の表面に張られている膜のような壁を破壊した。その結果、内部に滞留している炎属性粒子が勢いよく溢れ出したのを私は見た」
「そんなことが……それで、それが突破口にどう繋がる?」
「一か所が崩れ中身が勢いよく零れる様子を見てね、私は風船を連想したんだ。開いた穴はすぐに閉じてしまったが、それは中に詰まっていた物が凝固し、蓋となったからだ。もしも修復が否めないような巨大な風穴を空けられ、壁全体を突き破るとすれば」
「破裂して消滅するってことか!」
ガーディアの推測を聞き舞い上がる者達がいた。けれど同じように懐疑の目を向ける者もいた。
確固たる答えに辿り着くだけの素材が足りず、推測の域を超えることはないと言うのだ。
しかしそのようなことを告げる者もすぐに閉口した。
なぜならこの推測が間違っていれば、自分たちは死ぬのだから。
「一応中に密集させ閉じ込めているという証拠はある。あれほど巨大な球体が迫っても、実際に熱さを感じることはないだろう? これはおそらく、発せられる炎属性粒子全てを対象としたものを押しつぶすために内部にため込んでいるからだ。それらのエネルギーを、単純な質量の衝突に捧げているんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どこに行くんだ!?」
直後にそう告げ、ガーディアは前に出る。
その意味を誰もが理解している。戸惑いを口から零すエヴァでさえも。
「……重要なのは巨大な風穴を空けることだが、おそらくそれは不可能だろう。だから代打案として貫通するように直線状に、入り口と出口にあたる二ヶ所に穴をあける。その衝撃で、あの球体を破裂させる。そしてそれができるのが誰かと問われれば――――――私しかいない」
嗚咽交じりの愛しい人の声を聞いても、ガーディア・ガルフは歩みを止めない。
この事態を招いてしまった業。
あまりにも大きく、払いきれない罪の大きさ。その贖罪を少しでもするために、今、ここで、己の持つ全てを捧げる覚悟を決め、
「―――――――君たちに会えてよかった」
最初につけるはずであった言葉だけは切り捨て、精一杯の感謝を込め、振り返ることなくそう告げる。
後ろから近づいてくる足音。涙で濡れた少女の声。
その指先が自分の背に届き、
人生で最も心と体が重くなった感覚を味わいながら、進む。
自分たちがここまで積み上げた努力の成果。その全てを摘むように落下してくる黒い球体へと向け。
「――――――――突撃槍」
固有の形を持たぬ己が神器を、シャロウズが使うような馬上で使う用の槍へと変え、自身と突撃槍を包むように白い炎を纏い、彼は再び一つの『果て』に挑む。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
ついにここまでやってきました
最後の最後に訪れた最大の障害。その壁に3章最後の主人公が挑みます
それではまた次回、ぜひご覧ください




