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一期一会の果てに 四頁目


 溢れ出す黒い煙がどれほどの深手を負わせたのかを明確に示す。

 その影響でウェルダは一歩あとずさり、空を仰ぎ見たかと思えば体幹が後ろに逸れ、


「あれほどの傷を負っても、まだ動くのか!」


 ついに大地に沈むのかとシュバルツは期待したが、その状態のまま体を硬直させ、鋭い視線と共に体を跳ね上げたのを見て戦慄する。

 と同時に蓄積された疲労に内臓を焼き尽くす熱。そして放った最大最強の一撃の反動で片膝をつき、普段ならば一ヶ月継続して戦える己が、この程度で疲労を覚える不甲斐なさを呪う。


「いや、十分だよ。よくやってくれた」


 けれど彼にとって、友が作り出したその僅かな硬直はあまりにも大きな『隙』であり、この戦いを決するべく仕掛けるのに十分すぎる時間であった。



「っっっっっっ!!?」

 

 ウェルダが何かをしでかすよりも早く、ガーディアは肉薄し手にした短剣で無数の斬撃を打ち込む。

 それにより自身と同じ顔をした男の肉体は宙に浮き後方へと吹き飛び、そんな彼を逃がすまいと手にしていた神器を伸ばし追撃。


「黒雛!」

「闢光!」


 その最中に黒と白の炎が再び衝突を繰り返し、僅かにできた隙間にガーディアは体を滑り込ませ、宙に浮かんでいるウェルダが万全の体制を取り戻すよりも早く頭上を奪取。

 真下へと連続で足駄を繰り返し地面を何度も揺らし、そんな中で反撃として己を死へと誘う腕が近づけば、練気を練り上げた砲撃で邪魔を。

 それにより一瞬だけ体が硬直した隙に汚れた金髪を蓄えた頭部を掴むと、異常に強固な地面に頭をこすりつけながら走り出し、自身の腕を掴まれそうになったタイミングで全力で投擲。


「闢光!」


 態勢を整えさせる暇など与えないと言うように瞳術を行使し、その肉体を分厚い幹を備えた木に張り付け、同じように二度三度と繰り返しながら勢いよく距離を詰め、


「いい夢は見れたかよ?」

「ウェルダ!」


 曲刀の形にした神器を勢いよく振り抜く瞬間、死神の声が耳を突き、戦いの趣が変化する。

 それまで攻撃を受けるだけにとどまっていたウェルダが手にした大斧を二つに分離させ反撃を始め、ガーディアは攻撃一辺倒の状況から回避行動を加えなければならなくなり、半ば強制的に動かなくてはならなくなった彼はウェルダと共にログハウスが散見するエリアへ突入。

 

 刃と刃、白と黒の炎、そして互いの肉体が備える剛と技を駆使し一秒の間に凄まじい回数の衝突を繰り返し、


「理解しろ。俺がどれだけ弱体しようがなぁ」

「っ」

「テメェじゃ勝てねぇんだよ」


 その末に皇帝を羅刹覇王が下す。

 どれだけ攻撃を受けても怯まないという彼の特性が史上最速を捉える。


「…………ウェルダ貴様」


 瞬く間の事であった。

 一瞬ではあるが完璧に捕らえられたガーディアは肩を深く抉られ、溢れ出す鮮血が頬どころか頭部を濡らす。それだけではない。脇腹は獣に食い破られたように奪われ、左腕も失っていた。

 その結果に『果て越え』ガーディア・ガルフは歯噛みする。


 此度の戦いで、彼は初めて人に助けを乞うた。そしてこの場に集まった全ての々がそれに応えてくれた。

 その結果、自分たちは間違いなくウェルダを追い込んだのだ。


 だというのに勝てない。


 この極限の生存競争において、最も役に立たなければならない自分が、その責任がある自分が、あと一歩というところまで追い込んでいるのに敵わない。

 どれほどの速度で走り続けても伸ばした腕が届かない。虚空を切る結果に終わる。

 そんな自分を彼は情けなく思い、


「悔しがってる暇はないぞ友よ」


 一瞬脳を占めたその感情を、自身の真横にやってきた懐刀が吹き飛ばす。


「ここまで来たらもう小細工が通用する次元じゃないだろ。今の弱体化したあいつなら、俺達四人で何とか時間を稼げる。だから」

「シュバルツ?」

「一秒と少しだったか? 文字通り死ぬ気で稼いでやる。だから必ず決めろ。あの技なら、それが可能なはずだ」


 本当は誰よりも楽になりたいはずの男が、死力を振り絞り、自分のために力を尽くすと意志を示す。

 その心意気を見せればどれほど途方もない提案も蹴り飛ばすことはできず、『無茶』『無謀』『やる意味がない』そんなありきたりな言葉を全て飲み込み、


「…………わかった。私の未来をお前たちに託す」


 体中に刻まれた全ての傷を最強の能力で無くしながら、悠然とした足取りで近づくウェルダを睨み彼はそう告げる。


 同時に理解する。


 ここがこの戦いの終着点。

 ほんの僅かな時間で行われた、けれども歴史上で最も濃密な戦い。

 そのピリオドが撃ち込まれる瞬間なのだと。


「それなら無茶ぶりついでに一つ頼みがある」

「なんだ?」


 直後、既に行った無理強いにさらなる無理強いを重ね、その表情がこれ以上ないほど渋いものに変化するのを見届けることもなくガーディアの姿が消失。


「諦めたか? それともこの期に及んで稚拙な策でも弄するか? まあいい」


 持っていた二つの斧を一本の大斧にまとめ、同じく終結が近づいているのを理解した瞬間、


「あぁ!?」


 ウェルダの顔からそれまで存在していた余裕が消える。シュバルツの背後から溢れ出す白金の練気。それを前に感じたことのない嫌な感覚を覚える。


 そして


「吾唖合安會堊婀ァァァァァァァァァァ!!」


 最後の衝突が狂戦士の咆哮を契機に始まる。

 目にもとまらぬ速さで腰を下ろすウェルダ。

 彼に向かい数多の鎖が光を置き去りにする速さで近づき、その速度さえ上回る速さで、人斬り包丁が如き神器を手にしたシュバルツが、自身の射程圏内にまで肉薄する。


「エンド(終幕)――――」

「何!?」


 直後、二人は理解した。己の失策を。


「ワルツ(輪廻)!!」


 ここまで熾烈な戦いを繰り広げ、ガーディア達が持っている手札の多くを晒したにも関わらずガーディア=ウェルダはまだ絶技を秘めていたのだ。

 溢れるはずの黒煙は立ち昇ることはなく、唯一無二の領域に至っている膂力。その全てを乗せた円輪が世界を舞う。


「こ、れは!?」


 たったの一振りで放たれた、百の刃から形成される螺旋の筒。

 一つ一つがシュバルツの全力全開さえ上回るそれらは、全身に巻き付くはずであった鎖を易々と食い破り、真正面まで迫っていたシュバルツを渦の中へ。彼の背後に控えていた狂戦士の体をズタズタに引き裂きながら打ち上げ、数十メートル先まで存在するあらゆる障害を砕きつくし、


「終わりだ」


 その光景を見届けるよりも早く、今度こそ神器が秘めた力を発現。

 慌てて近づくエヴァとアイリーンの二人を、全力全開の彼は敵ではないとばかりに斬り伏し、たった0.1秒で、彼らが行った最後の賭けを砕く。


 そして彼はそのまま彼方に控える白金の光へと近づき――――――


「我が主の邪魔をするなぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、事態が大きく動く。


「今しかない! 今しかないぞ!」


 精霊王を下し、完璧なタイミングでの横槍を狙っていた現代の雄達。その全てがこの瞬間に動き出す。

 先頭を駆けるギャン・ガイアが自らの身を巨大な木の化け物へと変貌させ抱き着くようにのしかかり、それに続くようにレオンに童子、それにゼオスが迫り全身全霊の攻撃を叩きこむ。


「邪魔だクソカス共がぁ!」


 その全てをウェルダは相手にしない。

 十全のスペックを出している今の彼にとってそれらの抵抗は考慮に値せず、ただ愚直に前に進み斧を二度三度と振り回すだけで、迫る脅威全てを退けられるのだ。

 だというのに、今、彼は感じたことのない感覚を味わっていた。

 見向きする価値すらない路肩の石が如き存在。

 その程度のものに邪魔されているだけだというのに、吐き気を催すような息苦しさを感じるのだ。


「意味がねぇ」


 目をくらますような光る風。真っ黒な鎖を巻きつける黒い砂。描かれた文字の通りの効果を発揮する墨汁。

 どれもこれも彼にとっては意味など無く、一瞥することでそれらを発する本体を黒い炎に包む。


「意味がねぇんだよ!」


 鬼人族が竜人族が、姿形の境目を、いや千年前から今にまで続く敵対関係を無視して攻撃してくる。

 無数の氷の彫像による波状攻撃が行く手を遮る。


「だから!」


 その全てを彼は己が必殺とする灼爍の液体で退け、


「さっさとどけぇぇぇぇぇぇ!!」


 咆哮と共に足元に自身の粒子を流し込み、


「プロミネンス・D・クラッシュ(灼爍の狂笑)!」


 すると彼の背後が勢いよく隆起し、超巨大な黒い正方体が出現。


「まだこんな切り札を!」


 積が忌々しげな声を上げる中、全てを飲み込むように正方体は巨大な口を開け、白金の光を喰いきらんと前に進む。


「こ・こ・だぁぁぁぁぁぁ!!」


 その特大の脅威を打ち破るべく動いたのは康太にクライシス・デルエスク。シャロウズの三人だ。

 彼らが撃ち出した全身全霊。すなわち三つの疑似銀河が迫る怪物を相殺し、


「っ」

「ぐぅっ!」

「神器の鎧が意味を成さないか!!」


 その代償に康太は片腕を、残る二人は下半身を奪われ大地に沈むが、彼らの抵抗には意味があった。

 僅かに稼いだ時間を経て白金の光が輝きを増し、それに比例するようにウェルダはかつて味わったことのない感覚。すなわち特大の焦燥感を覚え、既に視界に入っている己が合わせ鏡へと向かい一歩踏み出し、


「ゴッド!!」


 絶対に邪魔はさせないという意思を込めた声とともに、横合いから雷の神が殴りつけ、続けてヘルスとアイビスの二人が蛇口全てを捻る勢いで遠距離攻撃を発射。自身の周りを舞う攻撃の雨など意にも介さないという様子でメタルメテオが疾走し、ウェルダの顎をかちあげる。


「おおおおああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」


 そこで、ウェルダは切れた。ブチ切れた。

 一瞬ではあるが足を止め、視界を標的から自分の邪魔をする三者に移し、瞳術による黒い炎を。巨大な斧による斬撃を叩き込む。


 それからすぐに視線を戻した時、


「これ以上!」

「行かせるかよ!」

「なっ!?」


 今度は動揺から足を止めた。

 この場で最も幼く力も弱い、けれど無数の力を集めるきっかけとなった康太とゼオスを除いた三人の若人。

 彼らは自分らの攻撃では止まらないと知り、驚くことに四肢に抱き着いて来たのだ。


「は、離しやがれ!!」


 まさかそんな幼稚な抵抗をされるなど夢にも思っていなかった彼は、殴ったり斧で攻撃するなどという選択肢さえ浮かばずご丁寧に一人ずつ引き離し、


「!」


 そこで目にするのだ。

 世界を埋め尽くさんと溢れる白金の光を。それを背負うように立つ人影を。


 ここに集った全ての人々に願い、最後の賭けを行ったガーディア・ガルフ。

 彼が僅かに腰を落とし、右手を野球ボールを投げるかのように引き、自身を見つめる姿を。


「――――隙だらけだ!」


 その姿を見た瞬間、けれどもウェルダの胸を満たしたのは安堵であった。

 なぜなら彼は間に合ったのだ。

 発射寸前、あと一歩のところまで危機は迫っていたのだ。

 だが攻撃が放たれるよりも自身が大斧を振り抜く方が一歩早いことを彼は自覚しており、

 

「――――――」


 その確信が正しいものであると示すように大斧は目前の同じ顔を両断。


「あ?」





 水となって周囲に散った。





 そして彼は目にするのだ。その遥か後方で、白金の光の発生源となっている男の存在。

 正真正銘本物のガーディア・ガルフの姿を。


「分、身?」


 続けて思い出す。ガーディア・ガルフが懐刀としていた巨躯の剣士。

 彼が持っていたあまりにも意外な特技を。


「――――――――!!!!!!!!」


 声にならない雄たけびが喉を突き、死に物狂いで前に出ようと脳を働かせ、


「極壊轟斬!!」


 その両足が、スタート地点から瞬く間にここまでやってきた、左半身をごっそり失ったシュバルツの手で切り取られ、


「――――我が身は数多の果てのその先へ」


 ここに集まった全ての人々の努力。それが確かな成果を上げたことを示すように彼は口ずさみ、


「お、お前の気は確かにあの体に!!」

「原口善は素晴らしい練気術を会得した」


 自らの勝因。その最後の一つをぽつりと零し、


「神威炎導! 光陰敏速!」


 告げる。

 ほんの少し前、無二の友に向けて告げた言葉。彼が持つ最大最強の秘奥義の解号。


「神速―――――――――」

「アポロ・D・クリエイター!!」


 それをかき消さんと『創世の日輪』の名を冠した炎が溢れ真なる姿、すなわちこの場にいる全員を覆い隠せるサイズの黒い不死鳥の姿を模し、その鋭利なくちばしを目標へと向けながら飛翔。


「白虎!!」


 その脅威さえかき消す勢いで白金の光は膨張。

 次いで一秒以上の時をかけ作り出した頭部と胴体だけで構成された白き獣を纏い、史上最速の闘志は前へ。


 己が身を突き刺さんと迫る黒いくちばしを易々と砕き、続く巨大な胴体に風穴を開け、


「ガーー!」


 ウェルダが何か言葉を発するよりも早く、その咢で噛み砕く。




 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


次回、ラストシーン

本当の本当に、終わりが見えてきました。


また次回、ぜひご覧ください


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